11-2 『白の力』牛魔王2
巨大質量が目と鼻の先に迫る。正確には、巨大質量の目と鼻の先に俺達がいる。
どうやって止める。
いや、そもそも、止める術などありはするのか?
「御影の『速』なら逃げられるだろ」
「過剰評価だっ」
俺だけならば、逃げられるか? 衝突間際に牛魔王に乗り移って頭上を駆け上がる。ほぼ間違いなく失敗するだろうが、チョウのように舞いノミのように跳べばいけるかもしれない。
万に一つの可能性を掴まなければならない窮地には慣らされている。掴めなければ轢き潰されるだけなので掴むしかない。
だが、その場合、紅孩児は置き去りにする他ない。
「気にするな。ただの親子喧嘩に赤の他人が気に病む必要はどこにもねぇ」
背中を押してくる紅孩児。彼女の言う通り、俺は赤の他人である。妖怪親子の間に割り込むつもりはない。
協力関係にあった妖怪一体を見捨てるだけ。
状況を考えれば、見捨てるという言い方も適切とは言い難い。俺に何らかの手段があって紅孩児を置き去りに自分一人逃げるのであれば、確かに見捨てたと言えるだろう。が、俺には手段がないのだ。見捨てる事さえできないのである。
「――手段は、ない」
本当に手段はないのだ。
『暗殺』のような方法で牛魔王を倒せたとしても、死体は止まらない。この場において牛魔王の殺害は無意味である。
仮面を外して牛魔王の突進を止められる誰かを召喚する方法も、採用できない。牛魔王はあまりにも大きく、大抵の奴では肉壁にもならない。恐らく、歴代二番目に大きい主様を呼び出しても、根を張る余裕がないため倒壊させられる。
牛魔王の大質量に対抗できなければ無意味なのだ。
だから、俺には手段がない。
「さあ、行け。行けって!」
「……手段はないんだ」
「おい? こんな時に、苦しそうにして。どうしたんだよ。御影??」
「手段はない。手段はない。手段は……」
手段はない。あってはならない。
牛魔王のような怪物に対抗できるような手段を安易に頼ってはならない。
制御できるのであればまだ検討の余地はあるだろう。が、アレは束縛できるようなものではない。アレを御したつもりになって現世に解き放てば、いつの日にか手綱を切られてしまう。最終的には、世界のすべてが虫食いだ。
手を出してはならないのだ。たとえ、己の命が擂り潰される寸前であったとしても。
けれども、俺以外の命が風前の灯火にあるとすれば――はたして悩むべき状況か。
命は貴重だ。世の中にありふれている癖に、一つとして同じものがないくらいにレアリティが高い。その癖、多くがたった百年も生きられないくらいの壊れもので、保管が効かない。
軽んじるなど、ありえない。
しかも、ここにいる紅孩児は妖怪でありながら人間に手を差し伸べ、多くを救っている好印象な奴である。失われるべき命ではないのは確かだ。
だが、紅孩児一人を救うために禁断の手段に頼る事は、将来的にはより多くの命を危険にしてしまう。そんな権利、俺にはない。
「……はは、トロッコ問題か。俺の場合は、一人を救うために世界一つを犠牲にするのか、っていう簡単な問題らしいな」
権利はない。俺にもないし、他の誰にもない。
ついでに言うと、紅孩児にここで死んで犠牲になれと命じる権利も、誰も持ち得ていないのだが。
「世界なんて、知った事か。目の前の事で精一杯なんだよ」
「御影。おいっ!」
「そうだろ、クゥ。……そういえば、お前を探していたのに。どこいったんだよ、クゥ」
もし、ここにクゥがいたならば、仮面に手をかけた俺の手を止めてくれたかもしれないが、彼女はいない。きっともういないだろう。
そうだ。クゥもいないなら、こんな終わりかけで燃えかけの世界の今後を気にしてどうするというのか。今更、俺が一つ厄災を追加したところで黄昏世界の結末は変わらない。
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“●カウントダウン:残り一年……、十年……、千年……、三日”
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黄昏世界は最終的に……肥大化した太陽に飲まれてすべて焼け落ちる。
それが、黄昏世界のエンドロールだ。太陽はもう寿命を迎えてしまっている。その証に赤色巨星となって巨大化しているのだ。赤天と現地民が形容する巨大太陽が接見する赤い空を見上げて確かめてみるがいい。
既にエンドロールの途中なのだ。もう止めようがないバッドエンドは始まっている。世界が壊れる寸前ならば救世主職様の活躍でどうにかなっても、滅亡が確定した後の世界はもう誰にも救えない。
だったら、いいじゃないか。
“――禁則なり。禁則なり。禁を守るべし。行動を悔い改めよ”
黙れ。よく分からない声ごときが指図してくるな。
こめかみから頭蓋にドライバーを刺し込まれてグリグリと回されるような頭痛も発生しているが、まぁ、このくらいの痛みは対価だろう。
ミシりと骨が潰されていく。普段であれば決して耐えられない頭痛だというのに、心が冷えてしまっている所為かあまり気にならない。
頭を潰したければご自由に。
おかげさまで、禁忌の手段を忌避する思考も潰された。何という事でしょう。ついに俺の理性という最後の防波堤が――ぁ、
「――誰かある。馳走の時間だ。とくと、世界を味わうがいい」
“――美味しい~っ? お不味い~っ? どっち~~?? お腹減った~~~~”
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▼竜頭魔王
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“●レベル:82”
“ステータス詳細
●力:4294967295 守:65535 速:1024
●魔:82/82
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●バハムート固有スキル『身体強化』
●バハムート固有スキル『環境適用』
●バハムート固有スキル『雑食』
●バハムート固有スキル『浮遊』
●バハムート固有スキル『究極生物』
●魔王固有スキル『領土宣言』
●実績達成ボーナススキル『異世界渡りの禁術』”
“職業詳細
●バハムート(Sランク)
●魔王(Dランク)”
“座
●THE・竜座”
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――潰れた思考が再生し、復活するまでの間に状況は激変してしまっていた。
牛魔王の山のごとき巨体へと、竜とは似ても似つかない癖に、竜の頭としか形容のしようがない蟲が喰らいついている。
突進中だったはずの牛魔王を受け止めて、更に押し返す同格か更に上の大重量。そうでありながら空中飛行するのだから、やはり竜なのか。
独特形状の口を開閉させて、白い山肌を砕いて飲み込み……究極生物、竜頭魔王は久しぶりの食事に歓喜した。
“う~~~ん、美味しい~~?”
“こやつはッ、カプト・ドラコニス、計都羅喉ッ!! キサマッ、また我等が世界に襲来するとは、今度こそは逃がさぬぞ!!”