11-1 『白の力』牛魔王1
白い牛の大きさは規格外過ぎて現実感がない。というか、本物だろうか。
主様の本体、いや、更に大きかった究極生物に相当する大きさだ。世界に一つや二つは規格外の巨大生物はいるものの、黄昏世界の巨大生物は扶桑樹で完売している。こんな植生の滅んだ世界に世界樹が生きているだけでもどうかしていると言いたい。
つまり、とても実物とは思えない。この牛も妖怪ならば俺達を化かしており、ホログラムのように幻術を空に投影しているのだろう。
「牛系モンスターは自分の大きさを偽るのが好きだな。アニッシュを呼び出して看破させてやるぞ」
「いや、あれがクソ親父の実寸大だ」
「クソ親父って。あー、太陽を母親っぽくいう風習みたいに、巨大牛を父親っぽく言うのが黄昏世界の風習か。なるほどー」
「違う。遺憾ながら、あれが俺の実の親父だ」
牛の鼻息が風速五十メートルとなって筋斗雲を流す。幻術にしては風が酷く生暖かいな。
「色々、マジか……」
“愛娘から離れろ、異世界の害虫めぇえエエエ!!”
吠える白い牛が突進を開始する。
闘牛のように角を突き出して向かってくるが、そんな牛のような事をしてこなくても顔のどの部位と衝突しても俺の結果は変わらない気がする。
牛革というよりは山肌が時速数百キロで迫る。山が崩れただけでも大惨事だというのに山そのものが向かってくる状況には、他人事のように笑ってしまう。
「って、見ている場合かっ?! エンジン全開ッ。筋斗雲全速力だ」
「クソ親父がッ、頭に血を昇らせやがって」
内部に滑り込んだ紅孩児が筋斗雲を急発進させたものの、牛の顔が離れていく様子はない。むしろ、距離が縮まっていく。近過ぎてもう顔の全体像が分からない。
筋斗雲が遅い訳ではない。紅孩児はフルスロットルで発進させている。
巨大牛が、速過ぎる。
前足の踏み込みによるバネを使いきっていないため、まだ加速していく。突進の初動状態で筋斗雲の最高速度に近似するというのか。それはつまり、俺が唯一誇れるパラメーターたる『速』さえもこの巨大さで超えている事を意味してしまう。
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▼牛魔王
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“●レベル646”
“ステータス詳細
●力:16777215 守:65535 速:1024
●魔:1024/1024
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●仏神達成スキル『対魔』
●仏神達成スキル『文明繁栄』
●妖怪固有スキル『擬態(怪)』
●妖怪固有スキル『妖術』
●妖怪固有スキル『嘘成功率上昇』
●妖怪固有スキル『魔回復(嘘成功)』
●実績達成ボーナススキル『大力王』
●実績達成ボーナススキル『首強固』
●実績達成ボーナススキル『子煩悩』”
“職業詳細
●仏神(Dランク)(無効化)
●妖怪(Aランク)”
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ナイフを構えたところでどうにかなる相手ではない。それでも、自分に可能な最大限の努力として刺突ナイフを構えたのだが――、
“……ッ?! その光沢、その色合い、その艶。ど、どどどどっ、どうしてお前がコウちゃんの角を持っておるかァアアアアッ”
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“『子煩悩』、子供可愛さに理性を失うスキル。
子供に関する事に対して正常判断能力が低くなる。
また、子供を他人に取られそうになった際に防衛本能が高まり、『力』パラメーターが五パーセント上昇する”
”《追記》
煩悩の一種のため、神仏は本来取得できないスキルであるが、本スキル所持者は神仏職が無効化されている”
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“ステータス詳細
●力:16777215 → 17616075”
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何故か更に激高する巨大牛。
紅孩児の巧みな操縦でどうにか衝角突撃は回避したものの、頬と筋斗雲は接触してしまう。摩擦と衝撃で筋斗雲は名前通り雲のようにちりじりとなって消えていく。
“『白の力』牛魔王の名を魂に刻め! 世界と我が子を脅かす救世主職を滅するッ!!”
「そうか牛魔王かっ! 紅孩児の父親ならそうなるが、西遊記最大のネームド妖怪がこんな時に」
“誰が、お父さんだッ!! 仮面の救世主職ッ!!”
「言ってねぇっ」
足場を失って空中に投げ出された。
それでも反撃を試みて刺突ナイフを白い牛の肌に突き出したものの……駄目だ、刺さらない。
空中でコントロールできない体が牛魔王の頬と衝突した。三度バウンドして再び空中に跳び出す。たったそれだけで全身打撲だ。骨折していないだけ儲けものではある。
叶うなら、手を引っ掛けて飛び乗りたかった。牛魔王の巨体ならば、体の上が安全地帯である可能性が高い。
いや、この距離なら『暗影』でまだ間に合う。
「紅孩児っ!」
視界下方に頭から自由落下中の紅孩児が見えた。頑丈な奴だが衝突の衝撃で脳震盪を起こしたのか。
正直、牛魔王にぶつかるよりは地面にぶつかる方が軽傷で済みそうではあるが、見捨てるのも夢見が悪い。空気抵抗を減らして下降速度を得て、紅孩児の救助に向かう。
「大丈夫かっ」
「あー、クソ。頭いてぇ。クラクラする」
腕を掴んで体を寄せる。
牛魔王の前足の間を落下していき、紅孩児の頭を抱えながら焦げた地面に着地する。転げ回って衝撃を和らげた代わりに、体中が痛い。
巨大な四足動物というよりは足の付いた山が頭上を通り過ぎていく。実際、亀のごとく白い山を背負った牛というべきフォルムだろう。牛の影の下にいるため、黄昏世界の朝だというのに夜のごとくだ。
怪獣に襲われた街の市民のようにこのまま見上げていたいものの、後脚がすぐにやってくる。踏まれないように牛魔王の腹の真ん中方向へと紅孩児の体を引っ張って退避した。
「御影。逃げろ、と言いたいが……クソ親父は妖怪筆頭だけあって強ぇえ。白山として顕現したなら、何事も徹底的だ。情け容赦はない」
「紅孩児の親なら、説得できないか?」
「できねぇ。甘いような事を言っているように見えても、クソ親父は御母様の臣下だ。俺を許しはしねぇよ」
“娘をよくも不良にしたな、救世主職ぅゥウウ”
「そうかぁ?」
ようやく通り過ぎて行った牛魔王。
機動性はあっても急には止まれまい。そのままの速度でどこかに消えて行ってくれる事を祈っていたが……進行方向にあった複数の山を粉砕する豪快なUターンを敢行している。
小さな俺達をどうやって見失っていないのか。
これは、戻ってくるまで想像以上に早そうだ。
「妖怪の癖にフィジカルが強過ぎる」
「クソ親父が脳筋系を絞めたから、屁理屈な妖怪共だけが残ったんだろ」
巨体ゆえに、相対的にミジンコサイズの俺達は足の間を通り抜けて突進を避けるのは容易そうだ。ただ、回避だけでは解決にならない。
倒すにしても、クロスロード作戦で生み出された怪獣以上の巨大妖怪をどうやって倒す。
……いや、紅孩児の父親というのならば、そもそも、倒してしまうのも――。
「おい、まさか暢気な事を考えていねぇだろうな。自分が生きる事を一番に考えろよ!」
紅孩児にガン付けられた時だった。直下型地震の振動に体が浮き上がる。
“近ぃッ。む、娘から離れんかァぁぁああああアアアッ!!”
牛魔王は突進しながらワザと前方に重心を傾けて、転げていた。先の振動の原因である。
転げて下腹を擦っていながらも止まらない。大地を削り上げ、砂埃を超える砂嵐を発生させながらも近づいてくる。
ヘッドスライディングというにはあまりにも不格好であるが、敵を逃がさない合理性には富んでしまっている。都合の良い逃げ道などどこにも存在しない。
「それはマズいッ。というか、紅孩児もいるんだぞ!」
「クソ親父が、俺の事なんて気にするかよ」