10-12 白骨夫人3
『――あの子じゃない。あの子なら、こんな惨事は起こさないッ』
瀑布のごとき炎の内側より継続して女の声が聞こえる。幻聴以外にありえないものの、幻聴にしては嫌に耳に残る糾弾だ。
妖怪変化の中でも特殊な分類になる黒八卦炉・白骨夫人でさえ、女の声に困惑している様子だ。死した神性を視覚的に表現する黒い炎がゆらゆらと動揺している。
『神罰執行“プロミネンス”の炎の中から声が……どうやってっ』
『あの子じゃないッ』
『いや、声はともかく、さっきからの発言は何? あの子じゃない?? 正体も現さない奴が私を否定して、腹立たしいにも程がある!!』
神罰執行“スピキュール”の熱線が声の発生地点に撃ち込まれていく。数の多さは白骨夫人の怒りの度合いを表すバロメーターだろう。あの子じゃない、などという否定文は、白骨夫人の逆鱗に触れてしまっている。
黄昏世界の管理神、御母様の娘の遺骸を使って作られたキョンシー、白骨夫人にも矜持があるのだ。呪術で死後硬直した体を動かすだけの低級な妖怪だからプライドも自己肯定願望もない、そんな事はない。
『否定するなッ。私は私だ!』
たとえ、神の娘の復活実験の失敗作、無念の駄作であろうとも、正体を否定されるのは腹が立って仕方がない。
『私は姉妹の一人だと言っているのに! 主張しているのに! それなのに誰も信じない。あの愚鈍な母親さえ気付かない。無理やり反魂しておいてなんだそれは?! 馬鹿にするのもいい加減にしろッ』
他人を騙し落とすのに愉悦する白骨夫人らしからぬ、まるで小娘のような泣き叫ぶような主張。
もちろん、これはただの迫真の演技だ。妖怪の戯言である。あるいは、そのように自分を騙して妄信しているだけかもしれない。己に対して『斉東野語』を使ってまで嘘をつくという想定までするべき相手が上級妖怪だ。
白骨夫人が黒八卦炉の遺骸の本人、十姉妹の誰かなどというのは、嘘以外にありえはしない。
なにせ、黄昏世界の反魂術は未完成という前提が存在する。
数千年間の研究でも個を特定して魂を呼び出す技法は完成していない。
未完成ながらに死者の魂を呼び出して肉体に封じれるが、だからこそ、どこの馬の骨とも知れない魂が死別した者の体に宿る最悪を引き起こす。使えたものではない。
……そのデメリットを理解しながら、妖怪共が反魂し続けた結果が白骨夫人ではあるのだが。
『私を否定するなッ』
御母様の精神安定を図らなければ、癇癪一つで黄昏世界はすぐにでも滅び去る。直面した世界滅亡があれば、デメリットなど目には見えなくなるものらしい。
反魂術は未完成。
呼び出せる魂を選べない。
ならば……試行回数で補う他ないという結論だ。かなりの回数を必要とするだろうが、宇宙誕生や惑星誕生と比較すれば限りなく高い確率で姉妹を呼び出せる。十もいるなら誰か一人くらいは呼び出せる。そう願って繰り返された。
最初の千年は間違いなく、そう願っていた。
『私をどうして認めない!!』
千年も失敗を繰り返せばどのような行動とて作業と化す。そして、長く続けば作業自体が目的となり、本来の目的は忘れ去られていく。千年続けた程度では全然、回数は足りないと初めから分かっていた癖に、たった千年で意味を失ってしまったのだ。
そして、そもそもの話。数で補う作戦自体、最初から失敗する事が分かっていた。
“――ここは?”
“――はぁ。貴重な黒八卦炉を使ったところで、結果は変わらない。分かっていた事だが”
何故ならば、妖怪共は反魂作業の成否を確認する方法を考えていなかったからである。
“あ、あの。ここはどこですか。私はどうなって?? 姉妹達は?”
“おいおい、徒人の子供かよ。神性どころか、妖怪ですらねぇ”
“仕方がないだろ。徒人は数ばかり多いんだ”
“徒人って?? 私達、何も分からなくて……。そうだ、お母さんを呼んでください。それか、乳母の扶桑を”
“知らねえよ、ガキ。どさくさ紛れに都の黒八卦炉一つを使って失敗って。どうしてくれるんだよ? アアッ”
“ヒッ。お、怒らないでください。お母さん、お母さーんっ!”
“ハズレのガキが泣くなッ!! クソ、殺して追い出せばまた使えるのか、コレ?”
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“『正体否定』、どのような神秘も否定するスキル。
正体を否定された事により、認識されなくなる。
家族であっても正体を見破れなくなるが、それでも、家族程に親しい相手でなければ本スキルを突破できない。
一度でも正体を看破されたならば、本スキルは無効化される”
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『――姉妹全員を殺すだけで飽き足らず、私の正体さえ奪ったこの世界を私は許さない!!』
再び、神罰執行“プロミネンス”の投射モーションに入る白骨夫人。
死後復活した姉妹……を騙る妖怪らしく、世界を憎む怨嗟の炎を吹き上げ始めた。
『――うるさい。私の姉妹は、お前みたいに狂っていない。狼と徒人で笑みを浮かべるような性悪なものか。――“伸びて”、如意棒』
ふと、正体の分からない声の発生源より細い棒が伸びていく。
棒は狙い通りに白骨夫人の黒い炎の体に突き刺さる。
『はっ、それがどうした?』
正体の怪しさに反する稚拙な攻撃に、白骨夫人は鼻で笑った。炎に棒を突き刺したところで、棒が燃え落ちるだけでまったく意味をなさない。
『燃える? 黒点の低温ではありえない。そんな事よりも、そろそろ返して。最後まで私を庇ったあの子ではなくとも、同じ姉妹の体。お前のような女に使われるのは、酷く迷惑。出ていけ! ――神罰執行“フュージョン・イグニッション”』
白骨夫人の体内に突き刺さった棒を起点に、白く染め上げる起爆現象が発生する。
皐月が行使した重唱七節“N2”と同様の現象としか思えない起爆が局所発生した。そうとしか言いようがない。いや、必要最低限の範囲のみを破壊しているため、完成度は皐月のそれを上回っている。
黒八卦炉は内部で発生した爆発に膨れ上がった。人間に例えるならば、腹を殴打されたかのごとき悶絶に白骨夫人は苦しむ。
『なッ、かはっ?! そんな、太陽の権能をっ。どいつも、軽く使って』
『壱姉、玖妹、力をっ。こちらは二つ、あっちは一つ。単純に数の差で押し切れる。私が腹を殴っているから、おら、おらッ』
核融合腹パンが連続している間に、棒を伝って黒い炎が白骨夫人の内部へと侵入していく。
黒い炎同士が絡み合って抵抗したものの勢いを殺せない。
外から入って来た黒い炎は苦も無く制御権を奪い取り、居場所を奪い、いらない魂を追い詰めた。
『いやッ。神罰執行を連発は、そんなの。ぐッ。体の構造も、熟知されているとしかッ、こんなの、太陽の化身以外にッ。あァッ。まさかっ、いや、ま、待ってッ。貴女は?!』
『さっさと、いなくなれッ!!』
有無を言わせず、黒八卦炉の中から白骨夫人を追い出す。
依り代のない魂など現世に留まれるはずもなく、白骨夫人は黒い海へと沈んでいった。