10-9 白骨夫人1
魔法をぶっ放した直後に強制送還される寸前、皐月は語った気がする。
「破壊力はすごいけど、超圧縮しているだけで複雑な事はしていない。複雑な事はできないし。えっ、圧縮って炎と関係あるかって、断熱圧縮って知らない?」
こんなに語る余裕はなかったはずなので、俺の妄想なのだろう。うん。
「風魔法も使った事はあるから大気圧縮の原理はね。六節“破局噴火”を超える魔法となると生半可な威力では物足りなくて。そうなると、核融合を起こすしかないって思わない? それで窒素分子を一億度超えまで温めたら、なんか出来た」
なんか出来ちゃったのか。窒素を温めますか、はい、で出来るものなのか。
「どうして窒素かって? 大気の主成分だから。どうしてこの破壊力で七節止まりかって? 原理自体は単純だし、まだ融合魔王の域には達していなくない? あー、でも、この術の開発ツリーを進めると惑星表面全焼で済まないし、仮に完成しても黄昏世界では解決に繋がらない、ここまでにしろってエキドナ様には釘を刺された」
惑星級の火事を引き起こせる可能性を有するならば、危険と判断されて即刻、地球に戻されても文句は言えまい。
皐月が仕出かした結果を望む。
光景の中心に立ち昇るは天を貫くキノコ雲。
たった数秒前まで荒野を闊歩していたはずの巨大妖魔は、チリ一つ残さず焼失している。
妖魔どころか、荒野自体が吹き飛んでしまって残っていない。何もない荒野から黒焦げたクレーターに変貌しており、所々の煌めきはガラス化した砂か、もしかすると準結晶だろう。
「――し、神罰執行“フュージョン・イグニッション”。嘘……」
「どうして、御母様の真火を使えるんだッ?!」
紅孩児やら誰やらがショックに喚いていたかもしれない。が、衝撃波により揺さぶられた鼓膜は機能を失っていて聞こえなかった。
「頼んだのは俺だが、皐月はもう少し加減を覚えるべきではないか」
衝撃波でシェイクされた脳を、頭を左右に振って位置調整する。壁が雲になっている筋斗雲の内部にいなければ打撲や骨折では済まなかっただろう。
「けれども、さすがだ、皐月。よくやってくれた!!」
爆心地は未だに濃い煙に包まれており状況は不明確だ。
被害を避けるために距離を取っている所為もある。衝撃波によって搭乗する筋斗雲が初期位置よりも流されてしまっている。
それでも戦果に疑いはない。妖怪の都は妖魔の巨体ごと消えてなくなった。混世魔王も同じく根絶されているはずだ。
仮にもし、これだけの大破壊でも倒せない奴がいるとすれば、それは正真正銘の化物以外にありえない。
『――壊してやる。全部全部ッ。この世のすべてを壊してやる!!』
ふと、爆心地中央より赤い光が伸びた。
光は黒煙を切り裂きながら垂直に振られている。
『くだらない。くだらない!! この世のすべてがくだらないッ。だから遊びは終わりよ。――神罰執行“スピキュール”』
「なッ?! 『レーザー・リフレクター』ッ」
==========
“『レーザー・リフレクター』、熱や光を反射するスキル。
熱や光といった非物質を百パーセントの効率で反射可能。
強力な防御性能を誇るが、物理弾頭に対しては一切影響しない”
==========
見覚えのあるレーザー光に思わずスキルを発動させる。これが正解で、筋斗雲を二枚におろすはずだった熱線を、体を盾にして反射する事に成功する。
反射されたレーザーが発射元を撃つ。
『太陽の権能が私に効くと思って? くだらないッ』
「誰だ。姿を現せ!」
『私が誰かなどとッ。けははっ、私はだぁれ? 白骨夫人とでも自己紹介すれば、ぱぱァは満足?』
「白骨夫人。あの爆発を生き延びただと?!」
レーザーに割かれた煙の中より女の嘲笑が響いて届く。かなりの距離がありながら嫌に聞こえる。
『けははっ。けははははっ! そうそう、私は白骨夫人。キョンシーの妖怪。けははっ、くだらないッ』
それもそのはず。遠くまで響くくらいには声の主は大きい。
だが、自己申告通りの死後硬直した腕を伸ばして動くキョンシーには決して見えない。
「黒八卦炉??」
巨大な黒い炎の球体が、女の声で喋っている。
『その言い方もくだらないッ。何が黒八卦炉だ。こんな体にしておいて、ただの資源みたいな呼び方をするなッ!!』
黒八卦炉が敵意を剥き出しにして動いている。
ジョークみたいな光景である。いや、黒八卦炉の正体は管理神、御母様の娘の亡骸だ。神性の亡骸ゆえ人間とは大きく異なるものの、広義においては死体にあたる。
死体が動いているのであれば確かにキョンシーだ。
……反則ではないか?
「紅孩児ぃっ」
「俺に文句を言うんじゃねぇッ。俺だって白骨夫人の本体は骸骨としか聞いていなかったんだ! 大事な黒八卦炉をキョンシーにするなんて思うかよ」
『大事な? けははっ。大事にしなかった所為で、巡り巡って妖怪に堕ちた者共が言う言葉か!!』
意思のないゾンビだった黒八卦炉なら鎮めた経験はあるものの、白骨夫人がインしている黒八卦炉はそう簡単にはいかない。
キョンシーも死霊としての格はそう高いものではない。相性で言うと俺に分があり、仮面を外せば鎮圧は恐らくできる。
けれども、純粋な『魔』保有量、火砲の数では、白骨夫人が有利だ。
『――神罰執行“スピキュール”』
「集中砲火、来るぞ!」
黒い炎を突き破って三本のレーザー光が発射された。
対して俺の体は一つだ。筋斗雲を守ろうにも二本は逃してしまう。
紅孩児の操縦技術は確かであるが、それでも光速に近い速度の攻撃は避け切れない。被弾により、雲の一部が蒸発してしまう。
「駄目だ。姿勢制御できねぇっ、不時着するぞ!」
「レーザーを同時撃ちなんて卑怯な」
『スピキュール当たっているのに蒸発しないぱぱァが卑怯って言うなッ。どうなってんのよ、その体!』
筋斗雲は墜落し始めてしまったものの、地形に隠れるならむしろその方がいい。レーザー相手に空を逃げるのは悪手だ。
俺一人ならレーザーは怖くないので、走って行くか。
『今だ。ぱぱァを殺せッ、黒曜!!』
不審な命令を白骨夫人が発した時には、もう俺の背中にはザッくりとエルフナイフが突き刺さっていた。
刺してきたのは気絶していたはずの黒曜だ。
体を奪っていた白骨夫人の魂は黒八卦炉の所にいるというのに、やはり、卑怯な奴め。
『ただで返すと思っていた? 呪いでその女の体は操り人形よ!』
「……パパ。私を……殺して」
『残念―っ! 殺したくらいで止まらない呪いよ! けははっ。でも、呪いを解除する方法は教えてあ、げ、る。実の娘を娶るのが条件だって、親切に教えてあげる。はい、これで呪いは完成。もう条件変更はできない。残念でしたっ!!』