9-17 狼と徒人 五日目昼
投票は同数となり無効。再投票というまどろっこしいシステムは狼と徒人に採用されていない。
同数なのは仕方がない。このパターンも考慮はしていた。
だが、俺とクゥの票が割れるなんて、一切考えていなかった。
「クゥが、裏切った??」
投票先をテリャに示し合わせていたというのに、クゥはオンロに投票した。
目の前で行われた事実でありながら受け入れ難く、硬直してしまう。突然、液体窒素をぶっかけられたみたいだ。それだけ俺はクゥに対して信頼を寄せていたのだと副次的に気付かされてしまう。
信頼感という部分では他を寄せ付けないのがクゥなのだ。
あくまで旅の仲間。偶然、知り合っただけの関係。恋愛感情などという甘ったるいデスソースは一切ふりかかっていない間柄。豆腐みたいに淡泊な繋がりでありながら、焼けた大地を何日も一緒に進み、凶悪な妖怪を共に倒している。
つまり逆説的に、俺とクゥが、意味もなく絆だけは強い事を証明しているのだ。
正直、何を考えているのか分からない女なので俺を絶対に裏切らないという自信はないのだが。『吊橋効果』が発動しないくらいに俺をどうでもよく思っている女であるのは間違いないのだが。
ただ、黄昏世界のすべてに裏切られても、クゥが裏切るのは最後の最後だろうという安心感がある。
「そんなクゥが俺を裏切るなんて、世界が終わったか?」
「天地開闢??」
「いや、馬鹿な。長年放置したジャムの瓶蓋くらいに固く信頼していたクゥに限って! そもそも、妖怪嫌いのクゥが俺を裏切って妖怪に協力するはずがない。もしかして、お前はクゥではない偽物?」
「私はクゥで本物だけど。変な御影君ね。いきなり取り乱して、言動もおかしいし。妖怪に何かされた?」
自分で言っておいてなんだが、目の前のクゥは本物だろう。
狼と徒人が始まってから、俺とクゥは常に一緒に行動していた。ゲーム中に入れ替わるタイミングがあったとは思えない。狼と徒人のルール的にも、妖怪が擬態して入れ替わっているのなら、俺はもう敗北していなければならない。
「クゥこそ、妖怪に操られていないか?」
「私が誰かに操られている訳ない。見よ、この自由意思を」
如意棒をバトンくらいの長さにしてクルクル回して遊んでいるクゥ。それのどこに説得力を有するのか知らないが、本人に操られている自覚はないらしい。
「だったら、どうしてテリャに投票しなかった?」
「私が投票したのはオンロさん。御影君がテリャさんに投票しろって言うから、オンロさんに投票したのに」
「……いや、何を言ってんだ、この女??」
ただ、明らかに言動がおかしい。無自覚なだけで、やはり、どこかがおかしい。
「仲間を信じるのは当然じゃない。言葉にするのは恥ずかしいけど、私が一番にして唯一信頼しているのは御影君なのよ」
クゥも俺と同じくらいに俺を信頼してくれている。考えてみれば、天涯孤独の彼女には、俺以上に親密な関係の相手がいないのだ。
「だから狼と徒人の間は、御影君を信じないようにしないと、ね」
信じないという不穏な発言にさえ、俺を信頼しているからだぞ、という彼女の意思が感じ取れてしまった。
「妖怪ッ、クゥに何をしやがった!」
怒気を込めて部外者の生き残り、テリャを睨み付けた。
同方向にいたために無関係に殺気を浴びた憐れなオンロはロビーの隅まで逃げていく。俺が妖怪だと決めつけているテリャの方は、特に動じずその場で全員分のお茶を用意している。
「お互いに強く信頼されていますな。焼けただれた貧しい世界で、そこまで他人を信じるというのは貴重で美しいものです」
「テリャ!」
「そう心配される事はありません。『斉東野語』のコツは効果範囲を絞る事。あまり広く曖昧に指定しても、水で薄めた茶のような効果になるか、思っていない方向に解釈されて制御できないものになってしまう」
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“『斉東野語』、信用などあるはずもない怪しげなる存在のスキル。
本スキル所持者の言葉を確実に信じさせない事が可能”
“取得条件。
妖怪として不信用を買い続けて、Aランクに達する”
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「私は『最後まで仲間を信じて』と言ったまでです。狼と徒人が終われば、私が仕掛けた『斉東野語』は無害になります」
ナイフで脅しても無駄という具合に、首筋の刃を気にせず淡々とお茶を汲むテリャ。優雅な仕草で、高い位置の急須から湯呑みへと茶を注いでいる。
「特にお二人の間には相当に強い信頼があるようで。言葉を信じず真逆に解釈する程度で、根本的には仲間を信じている。何を信じるかは個人の範疇とはいえ、こういう効果の発現の仕方も珍しいものです」
「大きな害はないと言いたげだな。妖怪の言葉を信じて安心しろと?」
「信じて欲しくて、正直に話している訳ではありません。さあ、お熱い内にどうぞ」
湯呑みを近くに置かれたが、口をつける気にはなれない。
「信じていただけないついでに。私は私を妖怪だとは考えておりません」
今更、テリャは自分が妖怪である事を否定してくる。妖怪職固有の『斉東野語』まで使っておきながら、本当に今更である。
「私の主は『灰と骨』白骨夫人様。幽世より蘇ったキョンシーでございます」
「キョンシーというよりも、勝手に他人の体に取りつく幽霊もどきだろ」
「魂の移ろい易いお方であるのは間違いないですが。私の狼と徒人への参加は、白骨夫人様の指示ゆえです」
テリャの身の上話に興味はないが、白骨夫人が関わるのであれば話は異なる。
「ご自身を復活させた反魂術に白骨夫人様は強い興味を持ち、術の完成に尽力したと聞きます。魂を特定できない、誰が蘇るか分からない、という課題解決のために何度も試行実験を繰り返したのです」
「その実験とやらはもちろん、安全で倫理的なものだったのだろうな」
「もちろん、危険で猟奇的でありました。魂の器として生者の肉体を用意する必要があった時点で、実験に犠牲はつきものであったかと。悪神が蘇った際に処置し易いように、脆弱な徒人の子供を使うのが定番だったという話です」
数えきれない犠牲を無駄にした結果、反魂術は結局完成せず今に至る。そんな気分が悪くなるだけの話をして何が言いたい。
「実験ですので、時には徒人の子供以外の体も使われました。実験が成功しないのは器の質が悪い所為ではないかという推論を検証するべく、上級妖怪の体を使った反魂術も試されたのです。残念ながら、魂と器に関係性はないというのが結論でしたが」
「魂なんてふんわりした物に、よくも簡単に結論を出せる」
「上級妖怪の体を使ったというのに、徒人の凡夫が復活してしまっては仕方あるますまい」
テリャは昔話を語るような口ぶりだった。自分の手の平をジっと見詰めているというのに、赤の他人の手を鑑賞しているような無感情な目をしている。
「狼と徒人への参加は白骨夫人様の指示でございましたが、私の希望でもありました。……さて、この私は徒人なのでしょうか? 妖怪なのでしょうか? 器が重要なのか魂が肝要なのか。蘇ってから続く疑問に対して、ついに答えが示されると期待しています」
狼と徒人もいよいよ佳境であるが、ゲーム終了までに答えが出て欲しいとテリャは語った。
部屋には戻らず、ロビーに留まる。妖怪確定のテリャを監視するためだというのに、当の本人は怪しい動きを見せず、従業員らしく清掃作業に務めている。妖怪の自覚がないというのは本当らしい。
「クゥ、大丈夫か?」
「私が異常かって、失礼な!」
「クゥはおかしいよな?」
「大丈夫かって心配されてもね。自覚症状がないから何とも」
俺の言葉を信じず、逆に受け止める妙なステータス異常は未だ発症中らしい。
「クゥは世界一、心の汚い女」
「誰が世界一、心の綺麗な男だ! どこに目つけてんのよ。その仮面、汚れてんじゃない」
「会話が難しい」
一日前からこの状態だったというのに気付けなかった俺が悪いのか、クゥの持前のコミュ力が高い所為で気付けなかったというべきか。俺達の絆の強さがアルミホイルくらいだった事が判明してしまう。
どっと疲れたが、クゥの状態が分かれば明日の投票は合わせられる。だからこそ、今夜のテリャの行動が怖くあるのだが。
「まあ、生まれた世界の違う者同士が偶然、旅をしているだけの弱い関係だから仕方がないか。強い絆なんてあるはずがないし、思い込みだった」
「……な、何よ。急に恥ずかしい」
「クゥとはこれからも、そこそこの友でいよう」
「これからは、友人関係から踏み出したい?! ちょっと、時と場所を考えて言ってよ」
「やっぱり会話が難しい」
『白の力』牛魔王が自領、火焔州より出撃したのは数日前になる。
「都でネズミが異常発生しているだと。どうして、今まで報告を遅らせたっ! 蝟集型の混世魔王が現れる兆候ではないか!!」
荒廃していても、僅かに残された生存圏を必死に守ろうとしている健気な者はいる。牛魔王は熱心に働いている妖怪の代表だろう。牛魔王の州は質素ながらに寂れておらず、徒人に対する税も軽い事で知られている。
そんな牛魔王も、独立色の強い他州に兵を送り込むのは本来、難しい。しかし、地球より召喚され、救世主どころか生命そのものに復讐を果たそうと暴れる混世魔王の対処に限って遠征を許されている。
「先遣隊だけで急行する。私に続け!!」
混世魔王の出現兆候を捉えた牛魔王は、彼の巨躯を支えられる巨馬にまたがり出撃していた。数百の騎兵を従えているものの、蝟集型に対してはまったくの不足だ。不定形型よりはマシだが、都に住み着いた害虫、害獣駆除にはより多くの人手を必要とする。
「悪趣味な都がどうなろうと知った事ではないが、全滅するのを見過ごす事もできん」
一日で百里どころか千里を走る馬を駆り、牛魔王は妖怪の都へと急行する。
「……コウちゃんは都にいないと思うが。ううーむ」