「暗殺なんかしても似たような奴はまた現れてくるからあまり意味がない」とよく言われる。例えばトランプを暗殺してもトランプ的なものがまた出てくるだけ、みたいな。けど本当にそうなのかな?
SNSやYouTubeみたいな自分から発信できるメディアが増えたことによって、今って昔よりもその人だけが持っているカリスマ性にかなりバフがかかるようになっているように感じる。だから、例えばトランプが暗殺されてトランプ的な人(ヴァンスとか)が代わりに出てきたとしてもトランプのカリスマ性は持ち得ないわけで、今のトランプと同じような支持は得られないと思うんだよね。そういう意味で暗殺の価値が上がっているように感じる。N国だって立花がいなくなったら即しぼむでしょう。カリスマ性の価値は爆上がりしてる。
あと、暗殺を狙われる側が法やルールを軽視することも増えてるじゃん?法とか関係なく俺を批判するやつは即刑務所行きだ、みたいな。あと、そもそも“敵”と見做した相手とは対話もしないような権力者側の姿勢も最近よく見る。そんな風に、権力者が法もルールも建前も守らないとなると、権力を持たないものの抵抗の手段としてはもう暗殺位しか残されてないのではと思うんだよね。
あんまりこういう事言うのは良くないかもしれないけど、暗殺によっていろんなことが解決し出した例が日本にもあったじゃん?暗殺の価値を上げてるのは権力者側の振る舞いにあるという面も大きいのでは。(かといって暗殺を肯定したいわけではないんだけども...だけど、あの暗殺が無かったら今も悪いことが悪いままだったのは確かだとは思うのよね)