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現役東工大生が、東工大の女子枠導入に思うこと

ことのあらまし

2022年11月10日、東京工業大学は突如143人の「女子枠」導入を発表した。総合型選抜と学校推薦型選抜の入学試験において、推薦型入試の全定員の実に6割以上を女子枠とする強気の改革である。これにより、東工大で最も募集人員の多い工学院は男子生徒の総合型選抜による入学が不可能になった他、ほとんどの学院で男子生徒の総合型選抜による入学が不利になった。

この改革についてはTwitterを始めとしたソーシャルメディア上で大きなセンセーショナルを巻き起こした他、Yahoo!ニュースを始めとした多くのメディアで波紋を呼んだ。この記事では、東工大に在学する身として当該の入試改革について思うところを述べる。なお、細かな内容やメディアによる報道は以下の各リンクを参照されたい。

東工大ニュース 2022年11月10日公開「東京工業大学が総合型・学校推薦型選抜で143人の「女子枠」を導入」

Yahoo!ニュース 2022年11月18日 14:22配信 「東工大が設置する「女子枠」に賛否 多様性の“恣意的な確保”はいる?「大学へ遊びに行く」意識を変える必要も?」

朝日新聞 2022年11月10日 「東工大が143人の女子枠導入へ 2025年までに「学部」入試で」

まずは意見を整理する

件の改革について、まずは両者の言い分を整理してみよう。まずはTwitterを中心に、女子枠導入を肯定する意見を拾い上げる。

最もよく聞かれる意見として、現在の日本のアカデミアには多様性に対する理解がないが、本来的に社会は多様性を尊重するべきであり、柔軟な評価軸を用意するべきである、というものがあろう。この手の主張では、女子枠の導入が女性の社会進出と絡めて議論されることが一般である。多様性を確保することで今よりも幅広い視座を持つ環境が実現し、国際的な競争力も向上するという。

男性が多い環境は女性にとって居づらく、アファーマティブ・アクションで強制力を持った改善を行わない限りこの状況は打開されないという意見もある。現状として工学系の学部には男子生徒が多く在籍しており、このような環境を女子生徒が避けた結果として男子生徒の比率が上がり、悪循環に陥るというのだ。

無論この他にも様々な意見があろうが、概観するとこの二点に集約するように思われる。ここではそれぞれの意見に対する具体的な言及は避け、次に反対派の意見を整理しよう。

女子枠に反対する声としては、そもそも女子枠の導入は性差による逆差別であり、本質的に許容されないというものがある。憲法第14条では性差別が明確に禁止されている。男性であるという理由により国立大学への入学権利を奪われる男子生徒にしてみれば、大学自治の観点を考慮したとしても、憲法第26条第1項の述べる「ひとしく教育を受ける権利」の剥奪に値するのではないかと思わざるを得ないだろう。

次に、女子枠で入学した女子生徒には学力的な不安があり、学生の学力低下が様々な問題を招くというものがある。この意見の帰結は主に2つあり、「一般入試で保証されていた東工大全体としての学力が低下することにより、東工大の競争力が低下する」「女子枠で入学した女子生徒が授業に追いつけず、本人の心理的負担を招く」という2つの点がよく指摘される。

この他、女子枠以外の取り組みは尽くされているのか、LGBTQ+への配慮はなされているのか、といった意見も見られたが、大きくまとめると反対派の主張は以上のようになろう。

10兆円ファンドとの関係

さて、ここからは筆者自身の考えも多分に含まれるため、注意されたい。

先程までは主に学生間のやり取りで見られた意見を俯瞰してきたが、大学の思惑は実に淡白なものである。東工大と医科歯科大学が正式に合併を発表したのは2022年10月14日のことだ。この改革の主な目的は、文部科学省が2023年からの導入に向けた準備を進めている「大学ファンド」制度における国際卓越研究大への認定だと言われている。

東工大ニュース 2022年10月14日公開「国立大学法人東京工業大学と国立大学法人東京医科歯科大学の統合に向けた基本合意書を締結」

1ヶ月も経たぬうちに発表された女子枠の導入も、国際卓越研究大への認定を目指したものと無関係ではなかろう。「世界と伍する研究大学専門調査会」が2022年3月に発表した10兆円規模の大学ファンド創設に関する資料にも、ダイバーシティ環境情勢の状況が経営の評価項目の中に組み込まれている。女子生徒の比率は直接要件になっていないものの、女性教員の具体的な割合や留学生比率を重視する旨が明記されており、女子学生を増やすことによって多様性をアピールしようという大学の狙いが伺える。女子枠導入の元々の目的は、機会に恵まれない女子生徒を救済しようという大学の義侠心によるものでは決してない。

2022年3月24日 世界と伍する研究大学専門調査会 「10兆円規模の大学ファンドの創設」

議論の混同

女子枠導入をめぐる議論の話に戻ろう。先述したように女子枠導入に賛成する意見は主に多様性の促進という観点に集約されるのだが、どうも筆者には二つの議論が混同されているように思えるのである。

一つに、大学において多様性を確保する意義、もっと言えば社会的に多様性を確保することの重要さを巡る議論がある。米国に代表される先進諸国は、多様性を確保することで成長を遂げてきた。今やMITの留学生比率は3割近くに上り、世界最高峰の競争力を支えているのは世界各国から集まる優秀な彼らであるとも言われる。根本的な信条として、多様性を確保することで成長を促すことができるという考えは広く浸透してきている一方で、多様性を確保することの重要性が未だ認識されていないケースも多い。

第二に、多様性を確保するために女子枠を導入することが適切かどうか、という議論である。この点に関してもこれまで多くの議論がなされてきており、東工大の発表したような女子枠の導入は国公立大学に限っても初めての取り組みではない。2011年には九州大学の理学部が一度発表した女子枠の導入を見送っており、名古屋工業大学は1994年から工学部に女子枠を設けている。また、類似する議論として米ハーバード大では、黒人等に有利な枠を設ける措置が最高裁まで議論された。女子枠に限らず、アファーマティブ・アクションを巡る議論は海を超えて大論争を巻き起こしているのである。

翻って女子枠を導入することに賛成する意見を眺めてみるといかがだろうか。「多様性を尊重するべき」「柔軟な評価軸を用意するべき」という意見は、いずれも第一の議論に対して提起されているように思える。一方で女子枠の導入に反対する意見を見ていると、第一の議論については異論を挟んでいないことがわかる。女子枠への導入へ反対する意見はあくまでも「女子枠」という制度自体を問題視しており、大学に多様性を確保するべきだ、さらに言えば大学の女子生徒比率を高めるべきだ、という点には反論していない。

この点を差し置き、女子枠という制度設計の問題視に終始した建設的でない意見と、多様性の尊重が理解されていないという誤解に基づいた性急な反論が錯綜しているというのが、ソーシャルメディアで見られる「議論」の実情だろう。多様性に対する理解を十分に伝えきれていない反対派にも問題があるが、女子生徒を増やすという目標に執着するあまり反論を差別と断じる導入賛成派の意見にはさらに大きな問題が存在する。女子枠という制度を導入する上では「女子枠」という制度そのものが持つ利点を挙げる必要があるが、十分に説得力のある主張を筆者は寡聞にして知らない。

女子枠導入の構造的な問題点

「現状として低い状態にある女子学生の比率を上げるためには入学時に女子枠を設けるほかない」という意見もあるだろう。しかし、入学時に女子枠を設けることの構造的な危険について論じられただろうか。

入学時に女子枠を設けるということは、言うなれば男子学生を強制的に削減するということである。すると何が起こるか。女子枠を利用して入学した生徒は多くが「多様性に理解がある大学だ」「女子枠があって良かった」という意見を口にするだろう。女子生徒が増えることによって生まれた喜びの声は、東工大生自身からの意見として取り上げられることになる。

しかし、女子枠の導入によって不合格となった男子生徒はどうだろうか。今回東工大が発表した予定は、入学者の定員を増やすというものではない。あくまでも既存の入学定員の中に143名の女子枠を設けるため、その他の枠で用意される定員は143名分削減されることになる。当然、女子枠がなければ合格するはずだった100名を超える男子生徒は東工大に入学できない。すると、彼らの声は見えないうちに東工大という組織の中からかき消されることになる。

結局の所、導入から時間が経てば女子の比率は多少なりとも改善され、「あのとき女子枠を成功したためにバランスが改善されたのだ」と肯定論が聞かれるのだろう。そこに、たまたま女子枠が存在する年に当たった受験生の声は含まれていない。

世代間に存在する大きな分断

無礼を承知で、益一哉学長のツイートを引用したい。以下は、2012年10月23日に投稿された益一哉による投稿である。

ここで、筆者は学長のジェンダー平等に対する意識の低さを論いたいわけではない。そもそも学長を務めていない頃のツイートであるし、10年も経てば人間の考えなど大きく変化してもおかしくない。現在の同氏の取り組みがジェンダーに対して無理解であるとは決して思わないし、むしろ時代に合わせた柔軟な思考の変化が、益学長率いる東工大の強みであると言えよう。

このツイートを見たときに筆者が感じたのは、世代間に存在する認識のギャップである。少なくとも現代の日本においては、年代が高い世代ほど不当な女性差別を目にしてきており、一般論として保守的なジェンダー観を持っている。それであるがゆえに、彼らは近年俎上に上る女性の権利問題へ人一倍敏感な視点を持つことが必要だ。益学長がダイバーシティへの取り組みについてとりわけ力を入れていることは、この点において正しい。

一方で近年の10代20代はどうであろうか。Z世代とも総括されるこの世代は、女性の権利問題に対する様々な取り組みを目の当たりにしてきた。小中学校で「さん付け」の取り組みが奨励されるようになったのもこの世代であるし、両親が共働きの家庭も多い。剰え、「男性差別」を主張するだけで差別主義者と抑圧されてきた経験を持つ人も少なくないだろう。多少なりとも状況が改善されてきた時代に育った現役高校生、大学生の世代の価値観は明らかに団塊ジュニア世代、団塊ジュニア世代のそれと異なる。実際、筆者は20代であるが、公人であればまず先のようなツイートはしないだろう。

世代間に存在する価値観の相違もあり、女子枠導入に対する学内、特に学生からの理解は全く得られていないのが現状だ。無論、女子枠に賛成する声もゼロではあるまいが、女子を含めた多くの学生は少なくとも疑問を呈している。対外的に発表されたあとに学内向け説明会が開催されたものの、この説明会を通して学生の意見が変わったという話は耳にしたことがない。明らかに説明不足であり、学費を納める現役世代の視点が欠如した強引な発表である。

学生の意見が得られないもう一つの原因を補足しよう。女子枠の導入で不利益を被るのは、主に「女子枠がなければ受験に受かるはずだった」100名前後の男子受験生である。しかし、今までの男女不平等を作り上げたのはどの世代であろうか。女子枠を導入することによって一時的にでも男子受験生の権利の縮小をおこなうというこの取組みは、いわば過去の世代が犯した過ちのツケを現役世代に押し付けていることにほかならない。これに説明不足が重なったのでは、若い世代の理解が得られるべくもないだろう。

入学試験におけるダブルスタンダード

都立高校では現在、男女別の定員が撤廃されようとしている。男女別に枠を確保した結果、男子生徒のほうが合格最低点が低いというので男女別定員を撤廃しようという試みである。話題になっている都立高の受験者層では女子生徒のほうが平均的に優秀であるため、実力順で選考を行えばこれまで機会を奪われてきた優秀な女子が多く入学できるのだという。

東京新聞 2022年9月22日配信 「都立高入試の男女別定員が24年度にも撤廃、23年度は男女不問枠2割に拡大 現場からは歓迎の声」

実力主義で機会の平等を促進するのかと思えば、かたや女子枠の確保で結果の平等を促進しようとする。当然このような取り組みの割を食う男子学生にしてみれば、納得できたものではない。中高生の年代では概して女子のほうが成長が早いために、学力も高いのだ。大学入試の年代になると男子の成長が追いつき学力の差も縮まるが、このそれぞれの段階で男子は不利な競争を強いられることになる。

最後に

東工大が女子枠の導入にあたり発表した声明を見てみよう。

OECD諸国の中で日本の高等教育機関における女子学生の割合が最低に位置する現状を打破するためには、純粋に「女子学生数の割合を増やす」という目的に特化した方法を遂行することが重要です。

東工大ニュース 2022年11月10日配信
「東京工業大学が総合型・学校推薦型選抜で143人の『女子枠』を導入」

欧米諸国と比較して東工大の女子生徒の割合は極めて低く、女子生徒の割合を増やすためには目的に特化した「純粋な」取り組みが重要なのだという。誤りである。女子枠の導入は、この記事で紹介した構造的な問題を孕んでいるとともに、過去の負債を一部の受験生へと押し付ける強引な制度だ。十分な議論や周知もないまま急いで公表された、極めて短絡的な発想であると言わざるをえない。

筆者はアファーマティブ・アクションに反対しているわけではない。制度の歪みによってもたらされた不平等な結果に対して、大学が積極的に介入することが正義に適う場合も当然ながら存在する。しかし、少なくともソーシャルメディアを見る限り、現在の議論は十分に深まっているとは思えない。男女間に存在する生得の能力差や指向性を指摘すること自体が差別とも揶揄されかねない時代である。真に多様な観点を交えた、公平でオープンな議論が望まれる。


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コメント

2
TennisSup
TennisSup

「十分な議論や周知もないまま急いで公表された、極めて短絡的な発想であると言わざるをえない。」 Couldn't agree more bro. Well written.

moronso
moronso

都立高校は共学が87校、女子校が63、男子校30で女子校が圧倒的に多いため共学の入試ではむしろ男子を多く取らないと機会が公平でない気がしますね。

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現役東工大生が、東工大の女子枠導入に思うこと|1toku2
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