9-14 狼と徒人 四日目朝から夜
早朝、調理場の隣部屋より人影が出てくる。足音が響かないように静かに歩いているものの、隣部屋より漂う血臭が酷くて意味を成していない。
一方の俺は『暗躍』でしっかりと気配を消している。
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“『暗躍』、闇に生きる者のスキル。
気配を減少させて、発見確率を下げる事が可能。多少派手に動いても、何だ気のせいか、で済まされるかもしれない”
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……ただし、俺の背中側、棚と棚の間に隠れていたクゥの尻が雑に置かれていたお玉を落としてしまった所為で金属音が響く。
「Squeak.Squeak.」
「何だネズミか。気のせいか」
咄嗟に『擬態(怪)』を使って完璧なネズミの鳴き真似を実施して、事なきを得る。
「……とでも言うと思っていたのかっ! 救世主職!!」
「クソ、俺のネイティブな発音がどうしてバレた?!」
「救世主職が張り込んでいる事など予想して然るべき。いや、裏切り者とはいえ徒人を始末する前に止めに現れるものと考えていたが、救世主職とは思えない非情さだ」
食用の男は妖怪陣営に属していた。助けたところでリスクにしかならず、本人も決して喜ばなかった。
そもそも、妖怪に倫理観どうこう言われても心に響かないな。ただし……相応にイラついたのでこの妖怪、ファンファに八つ当たりをさせてもらおう。
「それだけ血臭塗れでは言い訳もできないだろ。現行犯逮捕で昼の投票先はお前で決まりだ」
「俺を捕まえてから言え、救世主職!」
物の多い調理場の中をバッタみたいに動き回る妖怪ファンファ。実際、擬態が解かれた姿は節のある手足を有する虫みたいな姿だ。
すばしっこく動いてはいる。俺相手に二十秒はもたないくらいにはステータスが高い。なお、生け捕り前提でなければ一秒未満であると補足をしておく。
「クゥ。そこから動くなよ。手出しも不要だが、他の妖怪がちょっかい出してくるかもしれないから警戒だ」
「はいはい。分かっているって」
クゥは御影に指示された通りに動かず、自分の身を守るように如意棒を構えている。
「あ、勝手に落ちたお玉を拾わないと」
……訂正。言いつけを忘れて、戦闘中だというのに身を屈めて落ちたお玉を拾おうとしてしまっている。
妖怪と真正面から戦うには実力不足のクゥであるが、それでもワザワザ隙を作るようなものではない。
「――大捕り物ですな」
ドギりと動きを止めたクゥは、中途半端に屈んだ姿勢のまま声の主を見る。
宿舎の従業員服を着た男がいつの間にか近くにいる。従業員は二人いるが、年上の方、テリャと言う名前の初老の徒人だ。
「びっくりした」
「驚かせてしまったのであれば謝罪を。ですが、驚いたのは私も同じです。皆さまの朝食の準備のために調理場に来てみれば、この通りなのですから」
驚いたと言う程にテリャは驚いた顔をしていない。随分と落ち着いて見える。
「妖怪の街で長年を生きた徒人であれば、己の生死に危機感を覚えなくなるものです」
「それって陽中毒って事?」
「違います。と言っても、信じていただけるだけの材料はありませんが。ここは調理場だというのに、はっはっは」
妖怪の街を生きる老いた徒人は自嘲したのか薄く笑っていた。
「私の事など信じる必要はありません。ですが、あちらの仮面の仲間は信用される事です。狼と徒人はもうすぐ終わりますが、最後まで仲間を信じて投票を」
制圧するまでの騒音が人を呼んだらしい。結局、宿舎の生き残りの内、追放されていない全員が散乱した調理場に集まった。手間が省けたとも言える。
骨を折って――妖怪の右腕――捕まえたファンファを足蹴に、従業員のオンロ、テリャの両名に状況を説明する。
「見ての通り、妖怪を捕まえたところだ。今日の投票先はこいつで決定でいいな」
三人娘の内の二人が妖怪だったとは、犠牲となった一人はあまりにも不憫である。
「これで発見した妖怪は三体。残りは一体となれば……お前達二人の内、どちらかが妖怪だ。ついに、追い詰めたぞ」
これまでは妖怪優勢だった。が、妖怪が残り一体まで減ったとなれば戦況は逆転する。俺とクゥの二人さえ生きていれば、数的有利を確保できるからである。
……それは妖怪も分かっているので、今夜はクゥの命が危ないのだが。
「誰が危ないって?」
「クゥ。今夜は寝かせないぞ」
「は?」
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●四日目、昼。投票結果
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・御影 × 2
・ファンファ × 3
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“多数決によりファンファを妖怪として指名”
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●四日目、昼。狼と徒人、参加者一覧
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・御影:生存 … 人間
・クゥ:生存 … 人間
・オンロ(従業員):生存 … ?
・テリャ(従業員):生存 … ?
×名前不明(行商):死亡(一日目夜) … 人間
×マード(行商):死亡(二日目昼) … 妖怪
×シュンシュ:死亡(二日目夜) … 人間
×リント:追放(三日目昼) … 妖怪
×食用の男:死亡(三日目夜) … 人間
×ファンファ:追放(四日目昼) … 妖怪
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御影の予想通り、夜を待って妖怪は動き始めた。
ただし、動き始めたのは……追放された妖怪共、リントとファンファだ。既に徒人の女性としての擬態は解かれており顔は化物そのものでしかない。
「アイツめ、Aランク妖怪と聞いていたがどうにも消極的だ。この段階まで一切動かないで潜伏とはな。であれば、俺達で動くぞ。安全圏に居座るためだったとはいえ、折られた腕が疼いて仕方がない」
「しかし、狼と徒人の規則に反する行動をして、白骨夫人が黙っているのか?」
「追放された身で直接動けばそうだが……そうでなければ規則の範囲内になる。心配はいらない」
別々の部屋に閉じ込められていたはずの二体の妖怪が密会している。壁を壊して移動しただけという力技であり、妖術は使っていない。狼と徒人にキャストとして駆り出されるような二流妖怪ならこの程度だ。
ただ、悪知恵にランクは無関係である。
「そういう訳で、徒人。今晩、死にたくなければお前が救世主職の情婦を殺せ」
密会場には妖怪二体の他にもう一人が参加している。
従業員のオンロだ。
「あの情婦をですか。村娘としては良質でしょうが、救世主職はどこをそんなに気に入ったのか、厳重に守っております。それを一体、どのように遂行を?」
「安心しろ。対救世主職用の宝貝をお前に下賜する。出来る限り部屋に近付いてから床に投げつけろ。この部屋の近くでは絶対に使うな」
「は? ははっ」
「救世主職を倒せないまでも時間は稼げる。その間にお前は女を殺せ」
オンロは狼と徒人より追放されていない妖怪、と言いたいが違う。徒人だ。
狼と徒人をルール通り進行させるとなると、今夜は誰かが妖怪に喰われなければならない。けれども、御影がクゥを守っている以上、喰われる相手はオンロしかいないのが実情だ。
オンロにとっては堪まったものではない。妖怪の鉄砲玉となって他人を殺すという罪も、今夜だけは危機回避という名分により肯定される。
妖怪としてもルール違反はしていない。喰って女を殺すのと、徒人が殺した女の死体を喰うのに差はないのである。
「この青い球体が宝貝ですか。何やら刺激臭が……」
不気味な青色だが、指で摘まめる程度の大きさの球体を頼りなく感じたオンロが呟いた。
「おいッ、指だけで持つな! 喰い殺すぞ」
「ひッ、申し訳ありません?!」
妖怪に本気で怒られたオンロは、授けられた宝貝を両手で包むと慌てて部屋から出て行った。
「あんな貧相な徒人、役に立つのか??」
「徒人に期待などしていない。されど、渡した妖魔召喚宝貝『哮天猟犬』は確実に役立つ」