9-5 都への潜入
霧を排出しながら近づく巨大妖魔、渾沌の大きさは当初の三倍。ちょっと近付ぎるくらいの距離まで接近してくる。というか、止まるつもりも制動できるだけの本数の足もないため、このままだと箱に入ったまま轢かれてしまいそうだ。
街を支える物資を潰しはしないはずだが。
そんなに心配せずに待っていると、巨大鳥に乗った妖怪が現れる。
「定期便ご苦労。さっそくで悪いが、次回便の増産を太乙真人様にお頼みできるか?」
「相変わらず、都は贅沢なものだ」
「それもあるが……倉庫の貯蔵が、かなりネズミにやられている。被害規模は分かっていない。上層と違って、下層は千年単位のゴミが溜まり続けているからな」
箱の隙間から見る限り、そこそこ身なりの良い妖怪兵だ。その辺の雑鬼と違って世紀末感はなく知性を感じられるものの、仕事はザル。箱を一つも検めない。それだけ太乙真人の信用度が高いのだろうが。まさか、討伐されているとは思うまい。
三十羽近い巨大鳥でベッドサイズの箱を運んでいく。
俺達が潜む箱も、巨大鳥の足に鷲掴みにされて空輸され始めた。
「下層では病も流行っているようだ。兵にも感染者が出ている。私が個人的に支払うゆえ、次回は薬も頼みたい」
「承知した。太乙真人に伝えておこう」
俺達が置かれていた場所に、代金らしき玉の山が運ばれた。
ナターシャを地上に残して霧の中へと飛んでいく。
「……頼んだぞ。仮面の救世主職」
無事に巨大妖魔のどこかに運び込まれた俺達。甲板のような開けた場所に着艦後、今度は人力で押されて屋内だ。四人入りの箱を、妖怪共は苦も無く運んでいく。
特に中身を見られないままなのは有難い。ただ、なかなか妖怪の気配が絶えず出て行く機会が訪れない。
「どこまで運ばれる?」
「食糧に偽装しているから、食糧庫に保管されるって聞いていたけど?」
「……いや、予定と違うぞ。この雰囲気」
クゥと紅孩児の三人で箱の外に耳を傾ける。箱の奥にいるユウタロウは非協力的にも胡坐のまま不動の構えだ。
「こっちに運び込むんじゃねえのか?」
「やけに良い匂いだと思えば、太乙真人印の高級食材か。そこそこ重いし量がある。よし、すぐにでも注文が入るから上に持っていけ」
「まったく、お上はいいよな。俺達が運ばなきゃ、食事もできない癖に」
「つべこべ言わず運べ。仕事さえできない奴は都の下層にもいられないぞ」
漢方、革、食品という最低な加工ラインナップから、生物としての矜持で俺達は食品箱に隠れ潜んでいる。
ただ、少し見栄を張り、箱の焼き印を最高級食材マークにしてしまったのが失策だったか。需要が高い所為で倉庫ではなく直接市場に向かっているらしい。
「匂いがたまらん。ちょっと味見しねえか?」
「おぃおぃ、バレたら俺達が食材にされちまうぞ」
「ちょっとくらいなら大丈夫だって。減ったのを気付かれたとしても、いちいち指摘する程に誰も暇じゃねえよ」
「……それもそうだな。あっちに持ち込むぞ」
突如、移動方向が代わって人気のない方へと運ばれていく。不穏な感じだ。
しばらくの後、静かな場所で停止した。雑に置かれて尻が痛い。
上蓋を開放されていくと、目と目が遭遇する。
「さーて、一等級の女肉か、それとも肉量のある男肉か。何が入ってい――先客?! 誰だっ、箱に入っている食いしん坊め!?」
「ふんっ」
中を覗き込む妖怪の口を塞ぎながら顔を掴み、ユウタロウが妖怪一体を引き込む。筋肉系ハリウッドスターよろしく、簡単に首の骨をゴキりと言わせて折っていた。
「密航者?! い、いや、徒人もいる。てめぇ等何者だ!」
「よっと」
妖怪はもう一体いたので、刺突ナイフを投げて心臓に刺しておく。『暗澹』で音を遮断していたので、騒ぎ声は響かなかったはずである。
「他に妖怪はいないな。とりあえず、潜入は成功だ」
妖怪の死体は適当な場所がないので箱の中に隠しておく。犯行がバレる前に早めの行動だ。
「紅孩児、現在地は分かるか?」
「繁華街は上の方にある。上に行けば何とかなるだろ」
俺達がいるのはバックヤード部分だ。都の大量消費を支える裏方。見るからに寂びれておりカビ臭い。壁際では埃が山脈になりかけている。
目指すべきは高位の妖怪が住む上層階だ。上級妖怪と何とやらは高い場所を好む。
ガイドの紅孩児を先頭に、無駄に入り組んだ道を歩く。段差があれば基本的に上を選択していく。
「きゃっ」
「どうした、クゥ? 似合わない悲鳴なんて上げて」
クゥは片足を上げて驚いていた。
すぐ傍で素早く動いているのは……小動物、ネズミである。尻尾の長い、いわゆるドブネズミのため可愛らしさは一切ない。
「ただのネズミじゃないか」
「壁村の貧相な生態系しか知らないから仕方がないじゃない」
「環形動物門貧毛綱と、どっこいどっこいだろ」
ちょっと恥ずかしそうにしているクゥに再び不幸が。彼女の顔の横をコウモリの集団が通り過ぎていく。
「きゃぁ、変なのが耳をカスった!」
「こんな場所なのに生態系が築かれている。不衛生な動物ばかりみたいだが」
とても生きるのに適した場所とは思えない。が、灼熱の外界と比較すれば断然マシな環境ではある。注意深く観察すれば――したくはないが――、小動物だけではなくクモやケムシ、甲虫といったものまで発見できるだろう。
「階段がある。そこの二人、遊んでいないでいくぞ」
紅孩児が呼んでいる。
見慣れない動物におっかなびっくりなクゥの手を引いて、先を急ぐ。
……急がなければならないというのに背に冷たい悪寒を覚えて、すぐに来た道へと振り返ってしまった。
「御影君だって驚いているじゃない」
「あれ? 気のせいか??」
洞窟のような薄暗く曲がりくねった通路が続くだけだ。誰もそこにはいない。
階段を上ると、そこは鮮やかな世界。
文化があった。
活気があった。
悪意ある言い方をすれば、ひたすらに雑多だ。
黄昏世界の侘しさなど一切感じられない赤と朱で彩られた建造物の合間を、肩と肩が触れ合うくらいの密度で多種多様な妖怪が通行している。向かい同士の建物の合間で垂れるクス玉が割れるたびに撒かれる札が、関心もなくただ踏まれていた。
「都というだけの事はある」
灼熱に焼かれる世界など知った事ではない。そんな風に繁華街は栄えているのだ。