9-1 次は妖怪の都
今回の妖怪の街攻略作戦では、俺達以外にも桃源郷の別動隊が陽動として動いていた。
桃源郷の主力部隊と言える選りすぐりだが、州兵と比較して見劣りする実力の妖怪が大多数。人数的にも三十程度と少数だ。
なにより、想定していた以上の敵戦力が街を防衛していた。別動隊の安否が危ぶまれたものの……彼等は生き残っていた。無事とは言い難いが、壊滅はどうにか免れている。
「文化、お前、ひでえ状態じゃねぇか」
「そういう姉御も、で、でぃ丈夫かぁ?」
桃源郷の主力妖怪、文化が巨大化した体で街の城壁に背中を預けている。片目も片腕も失っているものの、仲間の多くを口内に匿っていた。
驚く事に、文化の残った片手は太乙真人型の宝貝人形を一体潰している。結果で言えば、紅孩児を上回る戦果だ。
「四肢の付け根を焼かれて自分で動けねぇだけだ。心配すんな」
「お、俺も心配ない。こうして生きている」
笑い合うような容態でもないのに、紅孩児と文化の二人は爆笑している。在庫は気にせず早く『奇跡の樹液』を使え。
俺達はこの後、撤退予定だ。街は掌握せず放置する。
桃源郷の力を妖怪勢力に示す。今回の作戦の主目的は達成できている。太乙真人を超える妖怪などそういないので、桃源郷を脅威に感じて攻めにくくなったはずだ。牽制のためだけに大妖怪を倒すのは骨が折れたが。
「これだけ苦労したんだ。帰る前に目ぼしい物品や宝貝はいただいていくぞ!」
逞しい桃源郷メンバーは治療も早々に街に繰り出していた。食料は持ち帰れないが、武具の補給はしておきたいのだろう。
「村人がいましたが、どうします。姉御?」
「工場での加工を逃れた村人達か。仕方ねぇから全員連れ帰れ」
「何に使うのかさっぱりな宝貝っぽいのは持ち帰ります。姉御?」
「珍しいものは持てるだけ持ち帰りやがれ」
重傷だったはずの紅孩児も、もう指示を出しながら動いている。
俺はもう黒八卦炉の宝玉という重要アイテムを入手済みであるが、せっかくなので、もう少しアイテムを物色しておくか。
太乙真人の使っていた宝貝は強力そうなので有望である。ただ、使い方が分からない物が多いのでどうしたものか。
「――私を連れていけ」
街の中から声をかけられたので振り向く。
一瞬、宝貝人形に見えるくらいには人間らしさの少ない外見だったので武器を取り出しかける。が、見覚えある鉄色の髪の女だったので警戒を解く。
その辺に転がっていた汎用宝貝人形のパーツで欠損した体を補修したのだろう。体がほとんど棒人間であるが、どうにか歩行するナターシャが現れた。
「お前達は妖怪と戦っているのだろう。私も連れていけ」
太乙真人がいなくなった事で支配を完全に逃れられたのか。何度も敵対していたが、元々、ナターシャは五十年前に複数現れたという救世主職の生き残りである。敵対する理由はなく、むしろ、協調可能なのではないだろうか。
「そんな体で戦えるのか?」
「戦闘能力の回復の見通しは立っていない。ただし、情報面でなら役立てる。私は……妖怪の都が次に現れる座標を知っている」
妖怪の都、という言葉に少なからず反応した心臓の鼓動が早くなる。
妖怪に奪われた黒曜が来い、と指定してきたのが妖怪の都だ。上級妖怪の太乙真人を討伐して勢いに乗っている。妖怪共の最大の街、都に挑むにはいい時期だ。
「妙な言い回しだな。次に現れる座標、まるで都が移動しているみたいだ」
「その通りだ。妖怪の都は、動いている」
桃に類似する果樹の園へと無事に俺達は帰還した。
妖怪の都は気になって気になって仕方がない。とはいえ、大きな戦いの直後に乗り込むような妖怪の重要拠点ではない。
「妖怪の都は太乙真人の取引先だったからな。次に現れる日と場所は決まっている。街の物品を搬入するため移動を止める。逆に言えば、それまではどこに所在しているか私も分からない」
と、ナターシャが言っているので焦っても仕方がない訳だ。
場所は州と州の境目。日はまだ一週間先。
戦いの疲れを癒しつつ桃源郷で待つしかない。体もそうだが、高レベルの落花生、アジサイの召喚を実施した黒八卦炉は長いクールタイムに入っている。次の実戦までは数日、間を空けたい。
「太乙真人を討伐しているのに、予定通りに現れるのか?」
「弱味を見せる事を恐れて、妖怪同士の連絡は基本的に行われていない。通信機に該当する宝貝もあるが、そんな有用品、妖怪共は共有しない」
「本当かぁ? 行く先々に人相書きが出回って、俺の事は妖怪に筒抜けだったぞ」
「それは、御母様の勅令で救世主職狩りが通達されたからだ」
御母様の命令は例外かつ最優先。妖怪も神様には服従するものらしい。
後で紅孩児にも話を聞いて裏取りしておくとして、とりあえず、背負っていたナターシャを俺達の家へと運び入れ、机に寝かせる。
「騙し騙し動いていたが、私も休息が必要だ」
「直せるのか?」
「さあな、機能回復に宝貝人形の部品がどこまで使えるか分からん。……しばらく、感情機能を停止させるからな」
クゥとユウタロウが運んできた壊れた宝貝人形も机の上に並べておいていく。
ガラクタかどうかも分からないジャンクばかりだ。それでも、ナターシャの鉄色の髪からコードが伸びていき、真空管や基盤に似た部品を検分し始める。
ナターシャ本人は眠るように目を瞑る。
「……寝たのか。天竺についても聞いておきたかったが、明日にするか」
機械知性も眠るものらしい。いや、機械とはいえ、半世紀も妖怪に操られていたのだ。むしろ気丈が過ぎるくらいである。今はゆっくりと眠らせてやろう。
静かにしてやるため、家から出ていくが……ユウタロウは腕組みしたまま壁際から動かない。
「ユウタロウの趣味はご婦人の寝顔の盗み見か?」
「お前はコレを信用し過ぎだ。救世主職の生き残りという話に確証は一切ない」
まあ、一理ある。ナターシャの申告をすべて信じるのも嘘つきの多い黄昏世界では危険だ。桃源郷の安全のため、常に監視はつけておかねばならない。
「それじゃあ、任せたからな、ユウタロウ」
「ふんっ、お前は信用し過ぎだと言ったばかりだろうに」
ユウタロウにナターシャを任せておく。
俺は用事があるので紅孩児の元へと向かうが、クゥは俺についてくるようだ。
「疲れているだろうに。部屋で休んでいても良いんだぞ?」
「……ユウタロウと一緒なんて嫌」
クゥに相当嫌われたな、ユウタロウ。