8-20 太乙真人6
お待たせしました。
音が消失した。
……違う。終わらない落雷音に可聴域が飲み込まれて麻痺し、耳が音を認識できなくなったのだ。
ドームの屋根がひび割れて見えた外界の様子は、眩い白。雷光の瀑布に街の半分が沈没してしまっている。方角はユウタロウを向かわせていた黒八卦炉があった方向である。
膨大な『魔』の供給源になる超アイテム、黒八卦炉の回収は依頼していた。が、誰も街ごと破壊しろとは言っていなかったような。
「なんじゃ、この放電量はッ。雷公鞭とでも言うのか!!」
俺も十分驚いていたものの、一番驚いているのは太乙真人だった。体を格納している球体が一時的に浮力を失い落下しかけたものの、副電源に切り替わったかのように持ち直している。
「炉からの『魔』供給が停止したとな?! これは、たまげた。真なる人よ! ここまで追い込まれては仕方あるまい。遊戯もこれまでじゃ!」
「追い込まれてから本気を出すのは二流の行動だぞ、太乙真人!」
「しかり、しかり。ワシもまだまだ若いという事よ!」
作戦通り、ユウタロウと地球からの助っ人魔法使い――間違いなく、落花生だろう――が敵のエネルギー供給源を断ってくれた。作戦は上手くいったものの、問題は太乙真人が本気はどれほどか。
老人の細く閉じられていた瞳が開かれていく。
眼球の片側は黒く、片側は白い。渦を巻くような図を成した異様な瞳が回転を始めて、色が混じり合っていく。
「炉はなく、備蓄もそう長くは続かんのでな。大人気ないがこれでしまいじゃ。――宝具『太極図』よ、神羅万象を制御せし万能の権能をもって命ずる。真なる人よ、“動くでない”」
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“宝貝『太極図』。
創造神の権限を行使するための証であり、世界の内側のみに対してであるが万能の命令権を有する。
ありとあらゆる命令が可能であり、世界構造にさえ口出し可能な絶対性を保持する。ただし、稼働させるための『魔』の消費量も創造神並みに求められるため、管理神級であっても世界的なルールの変更は現実的ではない。
命令内容を限定して使用したとしても、並の仙人では干からびる。”
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体が……動かない。
指一本どころか鼓動一つできなくなって血の循環が止まる。脳への酸素供給が止まって意識が遠退く。
足でバランスを取る事も当然できず、ナターシャの高速飛行体から落ちていく。
「残量がごっそり減ったのぅ。まあ、必要経費じゃ。とりあえず、手付けにサンプルを採らせてもらおうかの」
球体に入ったまま直線移動する太乙真人は、奈落へと降下中だった俺に急接近する。
格納式のアームが球体から伸びる様子などは、マッドサイエンティストのびっくりドッキリメカそのものだ。
動けない俺の胴体がアームに掴まれた。
別方向から伸ばされたアームの先には注射針が接続されており、首を掴むと同時に刺してくる。患者の事などお構いなしに、掃除機で吸い出すみたいに体の中身を吸引していく。
「抵抗できまい。それとも意識がもうないかのぅ。心配せんでも、真なる人のすべてを解析して、不可思議を暴き、取りこぼしなくワシのものとしてくれる。……さて、どのような成分構成をしておるのか――」
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――Void。
――Void。Void。Void。Void。Void。Void。Void。
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「鑑定不能。ホホ、そのくらいはお見通しじゃ。できれば、自力で解明したかったが、余裕はないのでな。反則であるが使うとしよう。宝具『太極図』よ、真なる人のすべてを解明せよ」
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――Void。Voi――物質粒子検出、ゲージ粒子検出。ヒッグス粒子検出、メタ量子検出――、
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「ほうほう、それで?」
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――無より有の発生示唆。創造神因子と目測。観測世界の向こう側にありし存在に至る道しるべ――
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「やはりか! これで、ワシもワシを超えた次なる知性体、創造神の仲間入りじゃな。黄昏た世界から巣立ち、世界の外で次なる未知に挑むとしよう」
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――ERROR、定義矛盾。有より無への変化計測。世界の壁の超越性を検知。観測世界の内側から外側へのエネルギー流出は創造神に不可能。不可逆の事象。創造神にあらず――
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「なんじゃ、と??」
太乙真人の回転する瞳が、ぎこちなくなり動きを鈍らせていく。太極図の白と黒が反転し、互いの領域が入れ替わっていく。
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――ERROR。矛盾。ERROR。未知なる存在。ERROR。感情の超越性。ERROR。太極図の機能オーバー。オーバー。オーバー。オーバー。
OVER.OVER.OVER.OVER.OVER.
OVER MIN――
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性能以上の命令を実施しようとして過剰駆動した宝具は、限界に達して吹き飛ぶ。
目から煙を吐く狼狽ぶりを見せる太乙真人は、はたして見えただろうか。
「――深淵を覗き込む時、深淵もまたお前を覗き込んでいるのだ」
「お前はッ、なんだ?!」
動けないはずの俺が動き始めた光景を。
動けないはずの俺が動いてアームから逃れて、刺突ナイフを取り出して仙人の喉を突いた光景を。
「『暗殺』発動!」
心の隙は十分に突けた。タイミングとしてはこれ以上ない。
……だというのに、あまりにも手ごたえが奇妙だった。肉ではなくゴムを突いたような微妙な感触である。
「太乙真人。この感触は、まさか!」
「ありえぬッ! あえりえぬゥゥッ。ワシは太乙真人。ワシこそが太乙真人! ワシに扱えぬ神秘などあり得ぬわ!!」
目を失い、首にナイフが突き刺さっても太乙真人はまだ動く。ちょっとしたゾンビのごとくであるが、いや、ゾンビ未満だろう。生命の定義から外れており、『暗殺』が効く手合いではない。
「ナターシャ! ピックアップ!」
太乙真人の球体を足場にして跳躍する。飛んできたナターシャ機の背に乗って上昇する。
「仙人は不老不死なのか。化物め」
「あいつは駄目だな。『暗殺』できないから、物理的に破壊するしかない。それとも、そろそろ『魔』切れするから、それまで待つか」
「幟を見ろ。十絶陣を同時使用し始めたぞ」
十絶陣だけで済めばいいが。球体の中から今まで隠していた鞭やら棒やらがせり出している。エネルギー切れを気にせず、瞬間火力で俺達を粉砕するつもりのようだ。
いいだろう。真っ向勝負で跳ね返す。
……俺ではなく、落花生が。
「そこですか、御影ぇっ!!」
「来たな、落花生。さっそくで悪いが、最大火力でぶっ飛ばせ」
「御影に全力キックをブチかますですッ!!」
いや、俺に向かって雷キックで跳んでくるな。