「サシで行く」が「刺しに行く」に 誤解され逮捕、16日間の拘束

森下裕介

 相手を刺すと脅しただろう――。身に覚えのない脅迫の容疑で逮捕され、身体拘束は16日間に及んだ。きっかけは、電話でのやりとりから生じた「誤解」だった。

 昨秋、平日の朝。九州地方に住む会社員の50代男性は、長男を小学校に送るため自宅を出たところで、待っていた警察官と目が合い、こう言われた。

 「分かってるやろ」

かけられた手錠、覚えのない容疑

 思い当たるふしは何もなかった。長男を一人で登校させ、警察官と家に戻ると、「逮捕状」と書かれた紙を示された。

 「あなたから脅迫を受けたとして、あなたの義理の兄が被害届を出し、裁判所が逮捕を許可した」。警察官の説明はそれだけだった。

 義兄とは数日前、お金の貸し借りをめぐる口論からもみ合いになり警察沙汰になった。しかし、交番で聴取された後、「今後は直接接触しないように」と注意され収まったはずだった。

 「警察は、家族間の口論で逮捕までするのだろうか。それとも、自分がほかに何かをしたのか」。いくら考えてもわからなかった。

 人生で初めて手錠をかけられ、パトカーに乗り警察署に向かったが、「ちゃんと話せば分かってもらえるだろう」と思っていた。

取調室で告げられた容疑は

 逮捕容疑とされた「脅迫」の内容がわかったのは、取調室に入った後だった。机を挟んで向かい合った刑事が、威圧的にこう言った。

 「(義兄を)『刺しに行く』と言ったんじゃないのか」

 疑いがかけられたのは、義兄ともみ合いになった翌日、男性が親族に電話した際のやりとりだった。

 男性は親族に、義兄とのトラブルを仲裁してくれないかと電話で依頼した。

 男性によると、やりとりの内容はこうだ。

 親族「(トラブルを解決するために義兄を)連れてくるけん」

 男性「警察に(義兄と)接触しないように言われてるのにいいんか?」

 親族「でも、連れてくるけん」

 男性「分かった。じゃあ、サシ(一対一)で行く」

 電話は、山中でバイクを運転しながらだった。通話に使ったヘルメットのインカムは古く、マイク部分のスポンジも取れかけて音を拾いづらい。電波状況も悪かった。

 「サシで行く」が、「刺しに行く」と聞き間違えられたのではないか。

 親族はその後、義兄に「『刺しに行く』と言っていた」とメッセージを送り、義兄が警察に被害届を出していた。

 男性は、一対一で会うという意味で「サシで行く」と言っただけで、「刺しに行く」とは脅していない、と刑事に必死に説明した。

 だが、聞き入れられず、刑事は「刺しに行く、と言っただろう」と繰り返した。

 その後、弁護人の助言で黙秘に転じたが、身柄を拘束された。取り調べは連日続いた。

 刑事の態度は厳しくなった。「質問をしても回答できないようじゃ幼稚園児以下」「人生逃げてばかり」。男性によると、そんな言葉も浴びせられたという。

釈放はされたが・・・

 逮捕から16日目にようやく釈放された。

 その後、検察は、嫌疑が不十分だとして、男性を不起訴処分とした。

 逮捕の影響はあまりにも大きかった。

 病気で入院中だった妻は、釈放後間もなく亡くなった。男性の長男は精神が不安定になり、学校へ通えなくなった。逮捕時に会社への連絡が許されなかったため、無断欠勤で減給処分を受けた。

 男性は取材に「警察が言い分を聞いてくれれば、こんなことにならなかった。捜査方法を見直してほしい」と訴える。

 一般的に、警察は「罪を犯したと疑う相当な理由」や「証拠隠滅のおそれ」があれば、容疑者を逮捕できる。今回の場合、通報をもとに男性が義兄に危害を加えるおそれも考慮して、逮捕に踏み切った可能性はある。だが、その後も身体拘束が続いた。男性の言い分が十分に検討されたかは疑問が残る。

 男性の弁護人の岩本輝尚弁護士によると、男性は逮捕直後の取り調べで、親族との電話のやり取りを詳細に説明しヘルメットのインカムの古さなども伝えたが、警察はヘルメットの押収すらしていなかったという。

 岩本弁護士は、「供述の裏付け捜査を少しでもすれば、聞き間違いの可能性に気づけたはず。証拠をろくに集めず、取り調べで自白を迫る捜査はなくなっていない」と指摘する。

 事件を捜査した警察は朝日新聞の取材に、「個別事件の捜査内容は回答を差し控える」としつつ「被害者や関係者への事情聴取などの裏付け捜査はしている」と回答。捜査は「適正に行われた」とした。取り調べで刑事が「人生逃げてばかり」などと発言したかについては、「調査の結果、取調官が発言を行った事実はない」と答えた。

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この記事を書いた人
森下裕介
東京社会部|裁判担当
専門・関心分野
司法、刑事政策、人権