きっかけは米大統領選 陰謀論にハマった高知東生さんが抜け出すまで

後藤遼太

 米大統領選に向けた指名候補争いで根強い人気を見せつけたトランプ前大統領に、「ハマったことがある」と話す俳優の高知東生(たかちのぼる)さん(59)。白黒ハッキリさせてくれる物言いに、爽快感を感じたとふり返ります。国際政治に無関心だった高知さんがどのようにトランプ氏の支持者になり、そして「陰謀論にドップリつかっていた」という状況からいかに抜け出したのでしょうか。

逮捕され全てを失い、人生やり直していた

 前回の大統領選のころ、トランプさんにハマった時期がありました。ちょうど慣れないSNSを使い始めた時期です。人生を「生き直そう」と、社会に目を向け始めたころでもありました。

 私は2016年に覚醒剤取締法違反(所持・使用)などの罪で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けました。家庭も仕事も失い、「生きていていいのか」と考えたこともあった。19年に依存症の自助グループと出会い、回復プログラムに取り組みました。

 自分が薬物依存という病気だと受け入れ、過去と向き合う。本当にキツかった。父は任俠(にんきょう)の世界の人で、子どものころは親戚の家で肩身狭く育ったこと。嫌っていた母の自死。そうした過去を振り返り、自分に向き合ったのが19~20年でした。

 徐々に厚生労働省の啓発イベントの仕事や取材が入るようになりました。かつて生きてきた世界とは180度違う世界の人たちと出会ったんです。

 正直、ニュースなんて見たこともなかった。それまで偏った生き方をしてきた反省があり、「社会に目を向け視野を広げて人生やりなおさなきゃ」という向上心が芽生えました。

 周囲を見習い、SNSで社会や政治の情報収集を始めました。それが、今思えば大統領選の前後だったんですね。

不慣れなSNS使い、出会った動画

 スマホは持っていましたが、使うのは電話とLINE、ショートメールくらい。SNSなんてほとんど知りませんでした。そんな私が情報収集に使い始めたのが、ユーチューブでした。

 寝る前、ベッドに横になってスマホでユーチューブを開くと、エンタメとかスポーツとか、色々なジャンルの動画が出てきます。その中の、国際ニュースが目にとまりました。「狭かった視野を広げ、これからはグローバルに物事を見なければいけない」。そんな気持ちでした。

 流れてきたのは、トランプさんが敗れた大統領選挙を取り上げた動画でした。「選挙にすごい不正があった」という内容だったと記憶しています。米国の選挙なんて興味を持ったこともなかったんですけど、「こんなことが起きているんだ」と驚きました。

 面白くて一つ二つ、関連の動画を見たかな。そうしたら、画面に出てくる動画がすべてトランプさん関係になった。「アメリカでは今、大問題なんだ。世の中これ一色なんだ」と衝撃を受けた。

写真・図版
連邦議会議事堂に集まったトランプ氏の支持者たち=2021年1月6日、ワシントン、ランハム裕子撮影

実体験からマスコミ不信

 ところが、日本では大統領選挙の不正なんて報道されていないわけです。自分自身、芸能界で生きてきて逮捕もされ、ありもしないことまで報道されたという、日本メディアに対する不信感もありました。芸能界で、「表があれば裏がある」ということも、嫌というほど経験してきた。

 メディアが流さない隠された真実が、ユーチューブという画期的なものによって世界中に発信されている――。そんな興奮と感動。

 それからの2、3カ月間は、ほぼ毎晩動画を見続けたと思います。2~3時間はあっという間。目がさえちゃって眠れないんですよ。「マジかよ!」の連続でした。

 動画では、大統領選の開票の時の票の集計の仕方がおかしいとか、データを元に色々説明されるわけです。具体的な数字を出してくるのですから、こっちはもう「へぇ~、そうなんだ」と。

 トランプさんという人物に魅力を感じたのも確かです。ぶっちゃけ、好きなタイプの人物。本音を言えない芸能界できれいごとばかり言ってきましたから、ハッキリとした物言いで建前を斬ってくれるのがスカッとしたんです。

 不景気の原因は、移民に仕事を奪われるからだ。エリート層が社会を牛耳っている。マスコミはフェイクニュースで情報操作をしている。どれも、自分たちの抱く不安に答えを出してくれるように思えた。複雑な世界を分かりやすく言い切る言葉が心地よく胸に刺さりました。

写真・図版
選挙の「不正」を訴えワシントンに集結したトランプ氏の支持者たち。数万人に上った=2021年1月6日、ワシントン、ランハム裕子撮影

「みんなを守らなきゃ」 正義感と高揚感

 動画を見続けていると、どんどん「点と点が線になってつながっていく」感覚になるんですよ。パズルが解けるような快感。世界は「ディープステート(影の政府)」に支配されていて、トランプさんはその勢力と戦う救世主、正義なんだ。そして、国は違えど日本は大丈夫かという気持ちになりました。みんなはこのことを知っているのだろうか、と。

 あの当時の自分の心情を説明するなら、正義感と高揚感でしょうか。「みんなに教えてあげなきゃ。守ってあげなきゃ」という義務感すらありました。依存症から立ち直る時に私を助けてくれた、大切な仲間たちでしたから。

 大統領選から2カ月ほどたった21年1月ごろ、自助グループの定例の集まりに行きました。ミーティングの後の雑談で、満を持して5、6人の仲間に披露したんです。

 「オレ、すごいことを知っちゃった。気づいたんだよ」と。

 私が心から信頼していた仲間たちが全員、一斉に笑ったんです。

写真・図版
高知東生さん=2024年2月16日午後6時0分、東京都中央区、後藤遼太撮影

 「は? なに?」と思いましたよ。だって、ユーチューブではこんなトランプ一色なのに。

 仲間の一人が「関連動画」の仕組みについて教えてくれました。ある動画を視聴すると、次々に同じような内容の動画が表示されるということでした。初めて聞きました。

 試しに車の動画をいくつか見てみたら、本当にユーチューブが車関連ばかりになった。「そうだったのか……」と、あっという間に我にかえりました。今、話しながらも恥ずかしくて仕方がないですけれど。

勉強熱心なシルバー世代こそ

 自助グループというのは、自分を素直にすべてさらけ出して、どんなささいなことでも話すという訓練を受けた場所でした。そういう人間関係があったから、戻ってこられたんだと思います。

 でも、そんな付き合いが無い人が今の世の中、大半じゃないでしょうか。家族、夫婦、パートナーに言えますか? 余計、意固地になってしまうかもしれない。テクノロジーの進歩が加速し、何が正しいかが以前よりさらに分からなくなった社会で、一人ひとりが気をつけたとしても限度があるでしょう。「陰謀論にハマりやすい世界」になっている現代、大変な問題だと思います。

 時代についていこうと努力しているシルバー世代、世の中に追いつこうという向上心がある人は、特に危ない。私もその一人でしたから。

写真・図版
ノースカロライナ州グリーンズボロで開かれた集会で支持者らの声援に応えるトランプ前大統領=2024年3月2日、藤原伸雄撮影

 いままた、米大統領選でトランプさんが話題になっているようですが、私はあれからユーチューブも見なくなりました。

 でも、いまでも支持を集めているのは不思議だとは思わない。リーダーシップや「強さ」といった魅力を感じる人はいるでしょうし、私と同じようなひかれ方をする人だって多いでしょう。

 最近、友人と食事していても、何人もいます。「日本も含め、世界を救えるのはトランプしかいねえ」「プーチンに勝てるのはトランプだけだ」と熱弁をふるう人。あえて口は挟みません。

 自分だってあの時、一対一で議論になってたら反発して、信じ続けていたかもしれない。大勢の仲間の前で言わず、自分一人で閉じこもっていたらどうなっちゃっていたんだろうと思うと、本当に怖いです。

写真・図版
高知東生さん=2024年2月16日午後6時0分、東京都中央区、後藤遼太撮影

「デジタル版を試してみたい!」
というお客様にまずは1カ月間無料体験
さらに今なら2~6カ月目も
月額200円でお得!

この記事を書いた人
後藤遼太
東京社会部|メディア班キャップ・平和担当
専門・関心分野
戦争や平和について、歴史

関連ニュース

関連キーワード

トップニュース

トップページへ戻る

注目の動画

一覧