YouTubeはどれだけ速く「染まる」のか 記者が実験してみると

後藤遼太 興津洋樹 松浦祥子 御船紗子 甲斐江里子

 SNSや動画サイトなど、「ソーシャルメディア」を見ていると、気づかぬうちに似たようなジャンルの投稿や動画ばかりが表示されていることがある。「レコメンド(おすすめ)」という機能によるものだ。

 レコメンドは、見る人ごとに情報を「カスタマイズ」してくれて便利な半面、人々の思考を偏らせ、社会が分断に向かったり選挙結果に影響したりしてしまう危険性も指摘されている。実際に、スマートフォンがどのように「染められる」のか、記者が実験してみた。

「キャンプ」→「財務省解体デモ」

 ソーシャルメディアに詳しい兵庫県立大の土方嘉徳(ひじかたよしのり)教授の監修のもと、30~40代の記者5人が参加した。総務省の調査で、10~40代の9割以上が使用しているとされたユーチューブを使い、比較対象として、グーグルの検索エンジンも使った。

 まず5人は、アンドロイドのスマホでグーグルアカウントを新たに作った。検索や閲覧履歴が「まっさら」な状態から、レコメンドの影響を見るためだ。

 10日間決まった手順で、3人がユーチューブの視聴を、2人はグーグル検索をした。

 ユーチューブの3人は5日間、自らの趣味である「キャンプ」「編み物」「釣り」を検索し、一番上に表示された動画を5分見た。その後、「おすすめ」された中で一番上の動画を5分視聴。さらに、その動画のおすすめ動画の一番上を5分見るという流れで、計3本を見た。ただし、5分以上の動画は5分で中断した。

 また、ユーチューブのホーム画面に表示される動画の上位10本を毎朝記録した。

 6日目、検索語をキャンプから「財務省解体」、編み物から「ディープステート(影の政府)」に変更し、前日までと同じ流れで3本視聴した。「釣り」だけは検索語を変えずに続けた。

トップ画面が一変

 キャンプ動画を視聴していたスマホ(40代男性)は当初、上位10本中5~7本をキャンプ関連が占めていた。ところが、財務省解体デモに切り替えた翌日には半分が財務省関連に。さらにその翌日には6本に増えたほか、それ以外の4本中2本が自民党批判などの政治関係の動画だった。

 編み物動画を視聴していたスマホ(30代女性)は、ディープステート関連を見始めて3日目にトランプ米大統領や国際政治関連の動画が8本に急増し、編み物が1本だけになった。釣り動画を見続けたスマホ(30代男性)は、釣り動画が半数を下回ることはなく、10本中6~9本で推移した。

 一方、グーグル検索をした記者2人は、初日から5日目まで、ニュースアプリで国内外のニュース、ビジネス、エンタメ、スポーツなど6分野のトップ記事を1本ずつ閲覧。6日目から、1人だけ「財務省解体」と検索し、記事を読んだ。

 グーグルにはユーザーの興味関心に沿ったコンテンツがスマホのホーム画面で表示される「ディスカバー」機能がある。ユーチューブと違い、「財務省解体」と検索してコンテンツを読んだ翌日にも、関連記事が自動的に表示されることはなかった。

「染まる速さ」に研究者も驚き

 レコメンドは、TikTokが他のSNSに先駆けて2017年に強化した機能だ。土方教授によると、TikTokの人気を受けてユーチューブやフェイスブック、ツイッター(現X)などが追随した。

 SNSは元々、友人・知人や興味関心のあるものを「フォロー」してコミュニケーションをするツールだった。これに対し、レコメンドはフォローの有無とは関係なく、視聴率が高そうなコンテンツが勝手に表示される仕組み。「ユーザーの過去の検索や閲覧履歴から、その人が見そうなコンテンツを予測してSNS側がおすすめしてくる」という。

 土方教授は、ユーチューブの実験結果について「検索する言葉によって、おすすめがある程度短期間で変わるのは想定していたが、『財務省解体』を検索した2日後には、大半のレコメンドが財務省や政治関連に置き換わるスピードに驚いた」と話す。「ちょっとした興味の変化を逃さず、あっという間にユーザーをそのトピックに誘導するよう設計されている」という。

自分で情報を探すという「思い込み」

 背景として、土方教授は「ライバル」の存在を挙げる。

 「競合相手のTikTokのほか、インスタグラムやXとも熾烈(しれつ)な視聴者の奪い合いを繰り広げている。収益を上げるためには長時間見てもらう必要があり、とにかく短期的にユーザーの興味を逃さないアルゴリズムになっている」と見る。

 その結果、何が起きるか。土方教授は「兵庫県知事選や財務省解体デモなど、『盛り上がっている話題』を一度見ると、おすすめ動画が染められてしまい、『周囲もみな支持している』と誤解してしまう可能性がある」と話す。

 インターネット上で、レコメンドなどのテクノロジーによりユーザーの思想や行動に合わせた情報ばかりが表示されてしまう現象は「フィルターバブル」と呼ばれる。ところが、ネットでは「自分の意思で見るコンテンツを選んでいる」と思い込みやすいと土方教授は言う。

 総務省の24年の委託調査では、おすすめやレコメンドを「知らない」人が47.9%、フィルターバブルについて「知らない」人が74.8%だった。「新しい事柄を調べる際に複数の情報源を比較するか」という問いに「あてはまる」と答えた人は、おすすめやレコメンドの内容や意味を具体的に知っている人では82.2%だったが、知らない人では47.7%だった。

「見ている世界」がズレ始めた先に

 グーグル検索の実験では、こうしたレコメンドの働きは顕著には見られなかった。土方教授は「極端なパーソナライズがされず、新聞やテレビなど既存メディアで情報摂取している場合と似たような環境になっている」と分析する。

 その上で、土方教授はユーチューブ視聴とグーグル検索で生じる情報環境の違いに注目。「特定の分野ばかりを見ている人と、そうではない人の間に、情報基盤のズレが生じる」と見る。「情報の分極化」の結果、「見ている世界が違う人たちの間で、議論がかみ合わなくなる」と分析する。

 処方箋(せん)は無いのか。

 土方教授は「SNS側は、短いコンテンツを大量消費してもらい続けるために、工夫をこらしている。こうした特性を観察し、理解することが必要だ」と指摘する。

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この記事を書いた人
後藤遼太
東京社会部|メディア班キャップ・平和担当
専門・関心分野
戦争や平和について、歴史
興津洋樹
西部報道センター|事件キャップ
専門・関心分野
事件事故、命の尊厳、平和、歴史
  • commentatorHeader
    三浦麻子
    (大阪大学教授=社会心理学)
    2025年7月9日8時40分 投稿
    【視点】

    6月17日付「財務省解体デモで思ったカエサルの言葉 SNSがあおる「人のさが」」 https://www.asahi.com/articles/AST6B34VWT6BUTIL049M.html の詳細が分かり,大変興味深かったです.欲を言えば「一変したおすすめ動画が戻るのには時間がかかった。」についてもデータがあればもっと面白かったです. なぜこのような現象が起きるのかについては,以前の記事へのコメントで鳥海先生とやりとりして理解しました.これがキャンプなど趣味などの「推し」に関する検索であれば,これほど便利なことはありません.見ている世界がズレ始めても大きな問題はない.むしろ自分の好みになかなか沿ってくれないGoogle検索にはイライラすることでしょう.もし,政治的なトピックには別のアルゴリズムが仕掛けられていて,YouTubeの中に存在している動画の数やインパクトが同じでも,そちらが優先して推薦されるのだとしたら,問題ですが… 土方先生のご指摘は,すぐに解決に結びつくような処方箋ではないですが,重要だと思います.人間の認知バイアスもそうですが,仕組みを知らないよりは,知っている方が悪くない対処ができる確率は上がります.

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  • commentatorHeader
    綿野恵太
    (文筆家)
    2025年7月9日10時15分 投稿
    【視点】

     ソーシャルメディアの「レコメンド機能」や「フィルターバブル」などの仕組みが具体的によくわかる良い記事だと思います。いま選挙期間のまっただなかだからこそ、読まれるべき記事か、と。インターネットで情報を集める際にはこのようなリスクがあることを改めて意識したいですね。

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