野生のニンゲン
力関係やマウントでしか、ものを考えられないヒトがいる。
彼ら彼女らは人間を「こいつには勝てる」「勝てない」の二択で判断しており、そして人を馬鹿にすることこそが勝者の証だと思っている。
勝てると見做した相手に対してはどんどん増長し、事あるごとに貶したり、「冗談」と称しては面白くも何ともないマウントを吐き散らしたり、まあ調子に乗る。
そして耐えかねた相手や見かねた周囲が、反論したり拒絶するような素振りを見せると、「空気の読めないやつ」「お前は馬鹿だからわからないんだな」と嘲笑したり、「傷つけられたッ!」と被害者みたいな顔をしたり、よくわからない暴論で相手を呆れさせた挙句「勝った」みたいな態度を取り、相手を更に馬鹿にする。
何故そんなことをするのか。
何故しょうもないレスバに時間と労力を費やし、常に自分だけが絶対的に正しいと妄信し、それを周囲に押し付けるのか。
臆病だからである。
「弱い犬ほどよく吠える」とはよく言ったもので、彼らは「負ける」こと、「否定される」こと、「馬鹿にされる」こと、「傷つけられる」ことを深く深く恐れている。
だから彼らをよくよく観察すると、自分のフィールドでしかイキれないのだということがよくわかる。
要するに、キャンキャン吠えて噛みつきまくるきっしょい全面内弁慶ということだ。
だから他人を見下し、馬鹿にし、痛々しい威嚇を繰り返す。
彼らの生態は、一見すると不可解である。
人の話を一切聞こうとしない癖に、何故自分の話だけをやたらと聞かせたがるのか?
人間の寿命は短いのだから、もっと有意義なことに時間を使えば良いのではないか?
「勝つ」ことに固執して無意味なレスバを繰り返すなど、一体何の意図があるのか?
「自分は正しい。賢い。論理的だ」と言いつつ、自分で自分の視野を狭めていないか?
得意げに振りかざしているその「勝利」には果たして何の意味があるのか?
本当は彼らは単純極まりない生き物だ。
文字通り弱肉強食の世界観で生きているから、彼らにとって「負け」は何もかも失うことを意味する。
自分を含めて、全ての人間が野生動物に見えているのだ。
野生動物の群れの中で生きていくには、方法はただ一つ。
「自分が肉食動物になること」だ。
だから彼らは負けることができない。絶対にできない。
彼らにとって自分は常に勝者で、強者で、正義で、特別で、他の人間とは比べ物にならないくらい知性に満ち溢れ、誰にも否定されず、誰にも馬鹿にされず、誰にも傷つけられることはない。
そう在らねばならないと思っている。
そう在らねば、食物連鎖の下位に転落し全てを奪われ、食い殺されてお終いなのだ。
少なくとも彼らにとっては。
正当な批判を述べても、彼らは絶対に聞く耳を持たない。
ある程度寄り添った上でアドバイスをしても、逆張りを繰り返すだけだ。
ではどうすれば良いのか。
根本的に解決するには、彼らを仁義なきサバンナから、ぬるま湯の現代日本に連れ帰らねばならない。
人を馬鹿にし、意味もなく全否定し、威嚇し、マウントを取り、意味のない喧嘩を吹っ掛け、聞く耳を自ら引き千切らずとも、生きる方法はあるのだと実感させねばならない。
しかし野生動物社会から無事に帰って来られた彼らを、わたしは未だ見たことがない。
わたしも広く言えば「彼ら」の中の一匹なのかもしれないし、そうはならないように生きたいと気をつけてはいても、未だ殺伐とした世界から、やっぱり完全には帰って来れてはいない。
だから身にしみついた習性を自覚し、平和ボケしきったこの社会に適応して、それなりに生きていくしかないと思う。
ではまた。


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