米騒動の原因と思われる仮説 まとめ
今回の米騒動について、正確な統計が出てからでないとまだ断言できないが、私なりにだいぶ整理がついてきたように思う。しかし、その原因について、分かりやすく包括的に説明した文章があまり出ていないようなので、私なりに現時点での「仮説」としてまとめておこうと思う。
まず、「網下米」について。おコメは収穫されると、網(ふるい)に通して、大粒のものと小粒のものに分ける。網を通過した小粒のコメを「網下米」、網を通らなかった大粒で上等のコメを「網上米」というらしい。そして2023,24年の2年立て続けで、この網下米が減ったという。
原因は、2年とも猛暑でコメが大粒になったこと、品種をコシヒカリとは別のものに切り替えて大粒になりやすかったこと、などがあるらしい。網を通過しなかった大粒の網上米はそれなりの量(平年並み)がとれたようなのだけれど、網下米がえらく減った。2年で約30万トンの不足(図1)。
商社は、網下米のうち比較的品質のよいものを大手スーパーや飲食店、施設などに下ろしていたのだけれど、網下米が手に入らないので、網上米のうち、まだしも安値のものを買い漁った。これがコメ高騰の一因になった、というのが、流通業者から聞いた仮説の一つ。
さて、もう一つの仮説は、これはいろんな記事が書いているけれど、大粒で高品質なはずの網上米が、実はあまり出来がよくなかった、という点。2023年の猛暑で新潟県は壊滅的な打撃を受け、特にコシヒカリの一等米はわずか4.9%。しかも精米すると粒が崩れ、くず米になった。
しかも、カメムシによる被害も多かった。カメムシがイネの汁を吸うと、斑点米といって、茶色い米粒になってしまう。このため、色彩選別機というコメの選別機にかけると、斑点米がはじかれ、そのぶんおコメが減ってしまう。
ここまでをまとめると、小粒な網下米の収量が2年間で30万トン不足するという問題と、大粒な網上米でも、精米してみたらくず米になってしまったり、斑点米だったりして食用に回せる量が減った、ということらしい。思ったよりも食べられるおコメが少なかった、ということ。
さらに大きな問題が。コメの消費量は年々減っているので、コメの収穫量が少々減っても釣り合うだろうと思われていたが、どうも消費量が予想されていたよりも減らなかった。むしろ増えた、という大きな問題が起きた。
2023年(令和5年)、2024年(令和6年)のコメの需要量と生産量をみると、2023年で21万トン不足、2024年で41万トン不足していることがわかる。合計で62万トンの不足。コメの需要は減らなかった、むしろ増えたのに、コメの生産量が落ちた。
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/komesangyou_ikenkoukan/attach/pdf/ikenkoukan-65.pdf
この需給のギャップ、62万トンの不足が、今回の米騒動の原因になったものと思われる。これだけのギャップが起きた原因には、上にも書いたように網下米が30万トン減ったこと、網上米もくず米だったり斑点米になったりで思っていた以上に品質が悪化して食用に回されなかったことも大きいだろう。
しかし、私が気になるのは、2024年が前年と比べてコメの需要量が一気に11万トンも増えていること。上で紹介した需給のグラフを見ても、2023年までの15年間、ほぼ右肩下がりでコメの消費は減っていた。11万トンも需要が増えた年は見当たらない。いったい何が起きたのか?
私は、「日本人が貧乏になり、肉を食えなくなってコメの消費が増えた」のではないか、と考えている。
https://maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/ohanasi01/01-11.html
の図2を見てもらうと、小麦の消費はここ50年ほど増えていないのに、肉の消費が増えるのと反比例するかのようにコメの消費量が減っていることがわかる。
実は、お肉のようなタンパク質の摂取量が増えるとコメのようなデンプン質の摂取量が減り、お肉が食べられなくなるとコメのようなデンプンの摂取量が増えることが知られているという。それについては「科学者たちが科たる食欲」を参照してほしい。
https://www.amazon.co.jp/dp/4763137921?ref=ppx_yo2ov_dt_b_fed_asin_title
そして実際、日本人の肉の摂取量が5年連続で減っている。2020年には肉を53573g購入していたのに、2024年には50350gと、6%も減少している。これは、物価高のために節約志向となり、肉を買い控えるようになったからではないかと考えられる。
https://piif.jmtc.or.jp/wp-content/uploads/2025/03/%E6%9C%80%E8%BF%91%E3%81%AE%E9%A3%9F%E8%82%89%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8B%E7%8A%B6%E6%B3%81%EF%BC%882025%E5%B9%B4%EF%BC%93%E6%9C%88%E5%A0%B1%E5%91%8A%EF%BC%89.pdf
肉を買い控えた結果、でんぷん質であるコメを多く食べるようになったのではないか、と思われる。実際、コメの需要量は2023年の691万トンから、2024年の702万トンへと、11万トン増加している。コメの消費が減るどころか増えたことが、コメ不足に拍車をかけた可能性がある。
全体としてコメの消費が増えたのはなぜなのか?それは、節約志向からではないかと思われる。2024年は、世帯で購入するコメの量が前年と比べ6.3%も増加している。おそらく、外食などを控え、昼もお弁当を持参するなど、節約志向になったためではないか、と思われる。
https://news.yahoo.co.jp/articles/a90c8ccfcb109370cf5323f785528d53058be0d6
「節約志向でコメの消費が増えた」のは、2024年のふりかけの売り上げが過去最高になったことからもうかがえる。ふりかけの多くはご飯にかけて食べる。ふりかけの売り上げが増えたのは、家庭あるいはお弁当でコメを食べる機会が増えたことを物語っているように思う。
https://toyokeizai.net/articles/-/844403?display=b
「2024年にはコメの高騰が始まっていたのに、コメを食べて節約というのはおかしいではないか」と考える人がいるかもしれない。ただ、2024年の6月くらいまではコメの価格は安く、肉などの他の食品が高かった。コメは安く腹を膨らませることができるものとして、需要が増えた可能性があるように思う。
「米穀機構「米の消費動向調査」」を調べると、1カ月当たりのコメの消費量が、2024年度(令和6年度)は、2025年3月を除き、前年度よりも増えている(表1)。2025年3月に減ったのは、さすがに高騰してコメに手が出なくなったからだろう。でも、2024年度はコメの消費が増えていることがここからも読み取れる。
以上から考えると、今回の米騒動は、
・猛暑で網下米減少、網上米もくず米や斑点米となって食用で出荷できる量が減少。このため、コメの供給量が減った。
・日本人が貧乏になって肉などの消費を抑えた結果、まだ当時割安だったコメの消費が増え、その結果、コメ不足が加速した。
のが原因ではないか。
単純化してまとめると「コメの消費がコメの供給量を上回り、推定で62万トン不足した」のが、米騒動の原因と思われる。
8月には、2024年のコメの消費量の推計が出ると思われるので、このあたりの最終的な答え合わせができるように思う。
以上、私なりの米騒動の原因のまとめ。
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追伸(補足)。
大阪の堂島取引所で「コメ指数先物」が始まったのがコメ高騰のきっかけでは?という意見を時折見る。ただ、市場取引は、今、コメの取引価格がどのくらいなのかを明らかにする機能はあっても、コメを持続的に高騰させる機能は薄いと見るのが妥当だと思う。
JAやコメ卸がコメの価格を釣りあげようと、コメの買い占め・出し渋りをしたのではないか?という意見がある。しかし、上述したようにコメはそもそも不足していたのが価格高騰の原因、と考えるのが妥当。出し渋りに見えたのは、新米が出るまでに在庫切れを起こさないため仕方なく、が妥当だろう。
小泉進次郎農水大臣が備蓄米を放出した途端、多くの銘柄米が出てきたのはなぜか?値上がりするように出し渋っていたからではないか?と疑う意見があるけれど、興味深いことに、ウェルシアなどは以前は、網下米による格安米とブランド米の2種類くらいしか扱いなかったのに、今は銘柄米10種類以上。
これは商社が、格安米を販売するために網下米を確保したかったのに十分な量を確保できず、やむを得ず割高な網上米、つまり銘柄米を仕入れざるを得なかったことも影響しているのだろう。
また、新米が出るまでにコメを切らしてはいけないというプレッシャーが小売りにもある。
小泉大臣が備蓄米を追加放出すると決めるまでは、新米が出る季節までにコメの在庫が払底するという話まであった。そうなっては一大事なので、小売りも卸も、コメを出し渋らざるを得なかったのだろう。しかし過剰なまでに備蓄米が出てくることになったので、安心して出荷できるようになったのだろう。
なぜ農水省は、コメが不足することを予想できなかったのか?という問題を考えてみる。これは多くの人が指摘しているが、農水省がコメの出来を調べる「作況指数」の調査では、目の細かめの網(ふるい)を使うのだけれど、農家が農協や業者に出荷するコメは、もう一つ目の大きい網を用いる。
目の細かい網で調べたら「平年通りとれている」という結果になったけれど、目の大きい網だったらそうではなかったのではないか、ということで、小泉大臣がやり方を改める、という話になっている。しかし、どうも、玄米では無事に見えても、精米すると崩れてしまうコメも多かった様子。
農水省は、網で通らない大粒の玄米の量を調べはしても、その玄米を精米する工程は調査していなかった。精米してみたら色が汚かったり、粉々に砕けてしまうかもしれなかったのに、それを農水省は把握していなかった。これがコメ不足を把握できなかった大きな原因だろう。
ではそれを調査したらいいじゃないか、といいたくなるが、あいにく農水省も人員不足。そもそも、丁寧な統計がとれなくなったのは、2003年に食糧庁を閉鎖し、人員を大幅削減したことが大きい。昔のように現場を丁寧に回る調査を復活させることは困難だろう。
農水省の減反政策がコメ不足の原因だ、とする意見もよく見る。ただ、もし減反政策、あるいは減反に近い指導をやめていたらどうなっていたか。2022年以前にコメ余りが極端になり、コメの暴落が激しくなり、コメ農家が大量にやめてしまっただろう。その結果、コメの生産量が激減したかも。
減反は、コメの消費が徐々に、しかし確実に減っていく中、コメの生産量を抑えめにすることでコメ価格の暴落を防ぎ、コメ農家の生活をギリギリ崩壊させずに済ませていたという面がある。減反をしていなければ、コメ農家崩壊とコメ不足がもっと早くに起きていたかもしれない。
2024年の春には、NHKの特番でコメ農家の多くが経営危機になっていることを報じていた。2024年の春までコメの価格は非常に安く、大量のコメ農家がコメ生産をやめることになる、という危機感が強まっていた。
2024年はもしかしたら、減反政策で減っていくコメ農家、というより、経営難で減っていくコメ農家の方が増えた、という年だったのかもしれない。コメの生産量が伸びなかった要因の一つに、コメ農家の減少ということも可能性の一つとして頭に入れる必要があるだろう。
コメの生産を増やすには、コメ農家の生活が安定することが大切。けれど、小泉大臣はどうも農家よりも消費者の顔ばかりうかがい、コメを格安で売りたそうな様子。しかしそれではコメ農家の多くが廃業を余儀なくされるだろう。長年の安値でコメ農家の経営は相当厳しくなっている。
やはり、コメ農家がある程度利益を出せるように、5kg3000円台で売ることができるような環境を整えないと、コメ農家の経営が破綻し、結果としてコメ不足が解消できなくなる恐れがある。コメはもう安ければ安いほどよい、とは今後言えなくなるだろう。
「安いコメを輸入すればいいじゃないか」という意見がある。しかし、もし安いコメを輸入すれば、日本のコメ農家の多くが廃業し、国内生産が大打撃を受けるだろう。もちろん、食料自給力も失われることになる。それでもかまわないじゃないか、という人もいるが。
現在のアメリカ大統領は、自動車関税をいきなり25%に上げてしまう人。なんならもっと上げようとまでしている。もし海外にコメを依存したとして、本当に安くコメを輸出してもらえるかどうか、疑わしい。今後、自由貿易が保証されない時代が来る恐れがある。
また、日本の工業力が失われつつあることにも注意が必要。日本がコメを安く輸入できるのは、まだしも自動車という強い商品を持っていて、それを輸出できるから。でも自動車産業がダメになり、輸出できる魅力ある製品を失ったとしたら、日本の円は海外の通貨に対して暴落するだろう。
もし円安が今よりひどくなったとしたら、安いと思っていた外国産のコメが、国内で作るより高いということが起きうる。実際、2000年に入るころには、海外産のコメは国産のコメの20分の1の価格と言われていたのに、今ではそこまでの価格差はない。日本の国力が低下し、円安が進んだためだろう。
「海外のコメは国産のコメより安く買える」時代は、恐らくそう長いことではない。バブルの頃の感覚で、海外産は安いという固定観念を維持していては危険。日本はすでにかなり貧乏になり、海外のものを安く買える時代は終わったのだ、という認識が必要だろう。
追伸2。
農水省が、古臭い作況指数なんて調査をしているから実態を把握できないんだ!という批判があるが、ちょっと厳しすぎる気もする。というのも、作況指数という調査は、2022年までは問題なく機能していたのだから。ではなぜ、2023年、2024年と機能しなかったのか。異常な猛暑だったから。
玄米を精米してみたら砕けてしまったり、やはり精米してみたらカメムシのせいで変色していたり、と、玄米の段階で判断する作況指数の調査の仕方では、把握できない問題だった。これが2023年から2年立て続けに起きたが、そんな猛暑は過去に例がなかった。
もちろん、もし過去のように食糧庁が残っていて、十分な人員を調査に割けていたら、現場でおかしなことが起きていることに気がつく人もいて、農水省も早くに把握できたかもしれない。しかし、現場に身を置く人員が減り、現場の状況を把握することができなくなっていた。
人を減らすだけ減らしておいて、今まで以上に調査できるようになれ、と要求するのは酷。それに、ここ2年の猛暑は、過去に例のない被害をもたらしたものだった。「まさか」という思いが、農水省にもあっただろうと推測される。もちろん、それでも責任は免れないのではあるが。


コメント
1食糧庁廃止であらためて実感したのが、先進国中、人口あたりの公務員数が最も少ない日本。
実はあのアメリカよりも小さな政府。
普段は無駄に見える人員や制度も危機に備えてのもの。
財政難だからといって何でも削ってきた弊害がどんどん出てきていると思われます。