エピローグ
蟲星の脅威より異世界は救われた。世界間の接続は解除され、禁忌の大空洞は崩壊する。億を超える怪生物の侵攻が本格化する寸前の出来事だ。
異世界に現れていた先遣の怪生物だけでも被害は酷いものであったが、嘴付きの仮面で顔を隠した救世主の登場により戦線はどうにか維持。アニッシュ王に率いられた人類国家軍の善戦により人類圏の蹂躙は回避された。
なお、人類は滅亡こそ回避されたものの、帝国を代表に主だった国家のほとんどが体制を保てなくなる程に強烈な被害を受けてしまっている。魔王連合、竜頭魔王、蟲星と続く怒涛の後、人類が生き残っているだけでも儲け物と言えただろうが。
戦後、復興のため、なし崩し的に人類はより大きな枠組みの中でまとまる。
アニッシュ王を中心とする、人類圏全体を一まとめにした大ナキナ王国――通称。現在、相応しい名前を募集中――の誕生だ。
「なぜ、余なのだァアアッ!!」
最前線での勇士を多数の兵士、将軍に目撃されていたアニッシュ王の人気は絶大であった。救出された住民の信頼も固く揺らぎない。屈強とは程遠い線の細いアニッシュであるが、出回っている肖像画では筋肉の塊で描かれているところがご愛嬌である。
旧帝国の姫の嫁入りが決定打となって、辺境国の王族でしかなかったアニッシュ王は人類全体の王様となったのだ。
「余はできる事をしていただけなのだぞっ」
「そのできる事が普通できないの。伯母もこれから忙しくなるわ。あー大変。各国の負債ばかり抱え込んでいて、もー大変。旧帝国派もどう懐柔したものか」
「伯母上ぇえっ!」
「あら、また魔界から魔族侵攻ですって。もう、お構いなしなんだから。あー急がし」
「王様に仕立て上げたのなら、少しは余の話を聞いてはいかがですか!」
なお、本人の意思は一切尊重されていない。
戦後になっても変わらないのが魔界からの魔族侵攻である。
人類が大きく疲弊している割に魔界は大した被害を受けていない。魔王連合に参加していた魔王が討伐されて空白となった地帯を通じて、雑多なモンスターが人類圏へと現れる。
「オロロロロロッ!」
「オロロロロロッ!」
「オーロロロロッ!」
そのモンスター共を嬉々としながら撃退しているのは、このたび、人類圏の防人としての地位を獲得した獣の種族の戦士達だ。
「我等の生活は何も変わらぬが、このたびの戦で人間族に我等の力を誇る事ができた」
獣の種族の生活圏は大きく変化していない。生き方も変わらないだろう。
ただ、戦後、大ナキナ国より人類の一員として正式に認められている。まだまだか細い関係であるが人間族との交易が開始された。闘争心溢れる獣の種族の力を頼り、魔族の討伐を依頼される事もある。
多様な姿を持つ獣の種族と人間族の間の溝は深い。が、将来の事は誰にも分からない。
「お嬢! 快勝です」
「これなら、我が教国へ留学に行っても問題あるまい。より知識を得て戻ってくるまで、ガフェインとローネ、お前達に部族のまとめ役を任せるぞ」
幼女でありながら未だに多数の部族を従えているジャルネ。
ジャルネは子供らしく成長が早い。指定席であった熊の戦士ガフェインの肩もそろそろ狭く感じ始めていた。
傷付いた世界では様々な物資が不足している。食料、住居の不足も深刻であるが、何より医者の人数がまったく足りていない。
異世界ではもともと医療技術が未成熟だ。地域によっては、裂傷を治すには傷の原因となった刃物や農具に薬を擦り込むと良い、という迷信が信じられているぐらいである。
適切な治療を受けられずに衰弱する民の数は、モンスターに襲われる犠牲者と同じぐらいに多い。
「救世主様達は世界を救ってくださいました。次は、この私の番です」
民にとっての救いは、巡回で現れる巫女職の一団だった。
人里離れた山間部の村にも、モンスターが現れるという森の向こう側にある集落にも、バトルシスターを有する歴戦の巫女達は平気な顔して現れるという。
職業スキルによって場を清め、人の持つ治癒能力を高める事が可能な彼女達は、医療設備のない異世界の中では最も適切に治療行為を行えた。今日は、竜頭魔王の食害により崩壊してしまった街で集団診療している。
彼女達のもとには今日も人々が詰めかける。大忙しだ。
「ご家族が魔王の所為で……分かりました。祈祷の後、お墓を立てましょう」
「お仕事ですか? そうですね。隣町では農地を広げるために人を募集していましたわ」
「まあ、双子ですね。おめでとうございます。え、この私が名前をですか? そうですね――」
巫女職の中でも最も人気なのは、一団を率いるリセリである。診療とは関係ない事でも人々がリセリを訪ねてきている様子であるが、リセリはいつも笑顔で応対している。だからまた人々が集まっていく。
「…………はあ、また赤字になりそうです。またグリム商会に援助していただかないと」
リセリの溜息は、常に人々の見えない所で吐かれている。
「旅の途中で拾った石。三百レッソ、であります」
「魔界で採取した薬草。三百レッソ、であります」
「ペーパーなる人の忘れ物のペットボトル。三百レッソ、であります」
大ナキナ王国の新王都予定地。
まだ区画整備が始まったばかりで、建物の建築さえ始まっていない街以前の街の某所。
将来的には人通りが最も活発になる予定の大通り。その地価の高い区画に、あまり綺麗とは呼べない敷物を広げただけの露天が存在する。商店も商品もみすぼらしい。
店員だって、少女たった一人だ。
建築資材を運ぶ作業員や巡回の兵士、などなど、そこそこの通行量を誇る大通り予定の砂利道にもかかわらず、店が繁盛している様子はない。
一方――、
「ぐふぇ、百レッソでお買い上ぐふぇ。ありがどでェ」
――既に隣に存在するライバル店は列ができる程に盛況だ。細いながらに柱があって、布製の屋根もある。従業員も五人ほど。品揃えも客が求める必需品で構成されていた。
はっきり言って、店のレベルはライバル店の方が高い。
まあ、ライバル店にも問題はある。従業員が盗賊職あがりとしか思えない人相をしていたり、そもそも店長らしき大柄の男が遠くから目を細めて見てもオーガにしか見えなかったりするのだが。通りを歩く兵士が素通りするどころかライバル店で商品を買っていくので誰も文句は言わない。
「おめぇ、何でぞんなゴミと高級品とオーバーテクノロジーを一緒に売っでるんでぇ?」
「自分の目で見て集めた商品、であります。気長に目利きのお客を待つ、であります」
「場所を考えだらどうでぇ。その薬草なんでエルフぐれぇしか価値知らねえでぇ。そんなんじゃ、いづまで経っでも売れねぇよ」
貧相な店構えにごちゃ混ぜに商品を無造作に並べただけであるが、グリム商会の第一号店を営むヘンゼルは自信を持っていた。
「せっかく世界が救われたのなら、自分が納得する商売を続ける、であります」
人間族から逃げるように魔界に隠れ住んでいる森の種族。大ナキナ王国の王様に直接貸しを作っているため、もう隠れて住む必要はあまりない。
不幸な事故により、怖くなって森に住めなくなった住民もいる事なので、小ナキナ――本来のナキナ国の事を示す俗称――の東側への殖民を始めていた。
「ゼナ様は魔界に戻られるのですか? ゼナ様にはここで音頭を取ってもらわねば」
「残している貴重品の管理はどうする。向こうでの残務作業は私でなければこなせない。……それに、リリーム。そなたでは森に入れないではないか」
魔界の深い森を愛するエルフも数多くいるので、エルフの領土は飛び地として魔界にも残り続けるだろう。
若い森の種族を中心にナキナ東部に集まって新しい都市を築く。寿命がない森の種族の中にも新しい世代が生まれようとしている。
古い世代に入るゼナは素直に新世代の台頭を喜んでいた。
「名実共に最高の精霊戦士、リリームよ。ここはお前に任せよう。人間族との折衝の最前線だ。任せるぞ」
ゼナはリリームの肩に手を置いて種族の半分を託す。
「……あ、あのぅ。とても光栄で、引き受けたいのは山々なのですが、その妹が――」
リリームの顔は酷く引きつっていた。
異世界は救われた。これでハッピーエンド。
「――うん。だから、ここで神様の一人ぐらい滅んじゃっても大丈夫だよね。うんっ」
救われた代償に初代救世主と呼ばれる神様が一柱ぐらい散っても、それは致し方ない尊い犠牲で済む。人類のために消える神様なんて善神以外にありえない。
禁忌の大空洞が崩壊して生じた盆地を見下ろせる高台。
その上に正座させられているペストマスクの救世主と、彼を見下ろす冷たい笑顔を絶やさないアイサ。
「ま、待てっ! メルグス、いや、アイサ! 俺は関係ない!」
「可哀想ですね、ペーパーさん。でも、その神様。ペーパーさんの体に入れていないと僕が攻撃できないから」
「俺ごと攻撃するつもりかッ」
……訂正。初代救世主とアイサと初代救世主を憑依させたペーパー・バイヤーの三人。
「駄目ですよー。ペーパーさんに人格預けて引き篭もるなんて手は。ラベンダーさん。石を追加してください」
「土魔法で石抱ってのも無駄が多いけどね。えーと――創造――」
「呪文唱えるんじゃねぇッ――おいおい、君達には人の心というのがないのかいっ?!」
更に訂正する。高台には拷問を受けようとしている被告人と魔法使い職ばかりの検察が集合している。
いちおう、裁判官役になっている天竜が同じ神格のよしみで初代救世主に助言する。
「小娘等は本気になっておる。さっさと吐いた方が楽になれるぞ。さあ、旦那様はどこにいるのか言ってみよ」
理由もなく初代救世主は折檻されようとしている訳ではない。
鬼のごとき形相でアイサ、ラベンダー、落花生、アジサイ、皐月、月桂花が初代救世主を封じる結界を作り上げている理由は、蟲星から帰ってこない男の居場所を吐かせるためである。
「帰ってこないって事は死んじゃっ――」
「――うむ、死にたいとな。最初から石四枚抱きたいと言っておるぞ!」
「馬鹿救世主がァッ、俺を巻き込んで心中するつもりかッ」
蟲星の脅威が去って一週間経過して、空の高さが変わり始めている。そろそろ季節が巡ろうとしている。夏が終わって、秋がやってくる。
「で、冗談言っていないでそろそろ自供したらどう? 今、喋ったらアンパンぐらい恵んであげるから」
「牛丼でも可」
皐月達は魔法使い職である前に大学生だ。大学生の夏季休暇は長いと言っても限界がある。そろそろ地球に戻らなければ講義が開始されてしまう。
「そう凄まれても、神様にだって分からない事は多いんだっ!」
「神様電波で御影を発見しろって言っているの」
「そんな都合良く行方不明の人を探せる力じゃないんだって。神格から見た人類は、人類から見たアリみたいなもので、そもそも個人を見分けるのが困難で!」
「月桂花―っ。ヒアリに埋もれる悪夢を見たいってー。できるー?」
「宿主ごとであれば可能ですわ」
「だから、俺を、巻き込むなッ」
神様への生贄になった憐れな男が暴れる。
その隣で、用途不明の鉄の棒をアイサが並べている。一部を焚き火で熱し始めた様子を見て更に男が暴れる。役立たずの神様に代わって知恵を振り絞らなければ、命を継続できない状況だった。
「――はッ。スマフォだ! スマフォを使って連絡を取ってみろッ!!」
逆手に構えたナイフを真横に構える。空いた片手も指を広げて、敵の視線を遮る盾にした。
立ち位置が悪い。敵は階段の上を確保している。『暗影』で一気に詰め寄るべきか。
汗が額を伝わっていく感触さえ邪魔に感じる緊張の中、不意に、ポケットの中でデジタルな音が鳴り響く。
「――隙ありッ!!」
「しまッ?!」
黒曜が相手をしているはずのもう一人の敵に、真横から強襲されてしまった。敵の矛は避けられたものの、ポケットから電子音が続くスマートフォンを落としてしまう。
「ほう。この一撃を避けるとは、徒人ごときが侮れない。兄ジャ、どうする?」
「そうさな、弟よ。普通にやっても負けるはずはないが……よし」
階段の上の方にいた敵。金色の刺繍を鎧に施したキツネ顔の魔族が、腰から取り出した瓢箪の蓋を外した。
液体の音が聞こえてくるように、瓢箪の口を俺へと向けてくる。
瓢箪の中は暗い。別の次元に繋がっているかのごとく黒く、嫌な気配がする。
「仮面の男。《お前の名前は?》」
俺の知らない言語で語りかけられた癖に、言葉の内容がしっかりと伝わってくる。何も考えずに反射的に喋りかけて……慌てて口を閉じる。
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“『破産』、両手から消え去った金に泣くスキル。
資産がなくなった圧倒的な喪失感により精神崩壊する。既に精神異常状態であるため、魔法やスキルによる精神攻撃を拒否できる。
垂れた顔になるのはスキルの仕様ではない”
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「『破産』が効いた? 精神作用があるのか。危なっ」
「徒人が我が妖術に抵抗してみせたというのか。やはり侮れんな。弟よ」
「まったくだ、兄ジャ! ……それにしてもうるさい。何だ、これは??」
敵は兄弟だった。パラメーターのみなら互角以上に戦える相手であるが、魔法ではない未知の技を使ってくるため必要以上に慎重になってしまう。
弟の方に落としたスマートフォンを盗られてしまうが、兄はまだ怪しげな瓢箪を俺に向けていて近づけない。
弟の太い指が、液晶をスライドさせて通話が開始する。
『――おい、御影ッ! お前どこだ!? 俺が死ぬから早く戻ってきてくれッ!?』
……瞬間、崖先に立たされて脅されている時の声量で、馬鹿な男が俺のプライバシーをばらしやがる。誰だコイツ? 俺の親友はもっと賢いはずで、俺の敵に情報なんて流さない。
「ほう、御影、とな。《お前は御影という名前か》?」
兄に返事をした途端、瓢箪の穴から風が吹き出す。
「名前が何だって、うおっ!」
……違う。瓢箪の小さな穴へと向かって大気が吸い込まれていく。スケールは異なるが、山羊魔王が用いた八節魔法と気配が似ている。『力』で踏ん張ってみせようとするが、怪しげな力が働いて抗えない。
目も開けられない強風により、足が地面から離れていって体が浮く。
瓢箪の小さな穴へと縮尺を無視して体が吸い込まれてい――、
「って御影って偽名みたいなものだし!」
――途中で重大な事実を思い出すと風が弱まった。
ついでなので、風に乗ったまま瓢箪を持つ兄の魔族へとナイフで斬りかかる。
兄の魔族、『金の宝』こと金角魔王は片腕を深く傷付けつつも致命傷を避ける。
弟の魔族、『銀の法』こと銀角魔王はダメージを負った兄へと素早くかけより、矛で俺を追い払う。
「偽名を使うとは礼儀を知らぬ徒人がッ。手持ちの宝が足りぬ、ここは退くぞ。弟よ」
「よくも兄ジャをッ! 次出遭った時がお前の最後だッ、仮面の徒人!!」
謎の力やアイテムを使う二柱の魔王を相手に、追い払えただけでも上出来だ。
弟の方にスマートフォンを奪われてしまったものの、今は無事に切り抜けたのを祝う。
「パパッ! ごめん、一体逃がした!」
「いや、俺も逃げられた」
別の場所で戦っていた黒曜と合流するが、彼女の体にも傷は見当たらない。未知の世界に飛ばされて、右も左も分からない状態での戦闘だったというのに頼もしい。
蟲星から世界の境界面を抜けた先、そこは見慣れた異世界……ではなかった。常に夕焼けに覆われた黄昏世界が広がっていた。
ここは人類が魔王に屈服した世界だ。徒人と呼ばれる人間族は百人未満の村に小分けにされて、徒党を組むのを禁止された世界。
なお、村が自身の意思で支配階級に居座る魔族に反乱を挑む事は許されている。どうせ、解禁期間中にはランダムで村が潰されるので少し時期が早まるだけである。
「まったく、辞表を叩き付けるはずの救世主職がBランクに。変な職業も増えてしまって」
「それでも、パパは魔王と戦うんでしょう?」
「仕事だったらこんな危ない事、続けられるか!」
俺はどこでだって魔王と戦い続ける宿命にあるようだ。
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“●レベル:100”
“ステータス詳細
●力:280 守:130 速:437
●魔:122/122
●運:130”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●アサシン固有スキル『暗器』
●アサシン固有スキル『暗視』
●アサシン固有スキル『暗躍』
●アサシン固有スキル『暗澹』
●アサシン固有スキル『暗殺』
●アサシン固有スキル『暗影』
●スキュラ固有スキル『耐毒』
●救世主固有スキル『既知スキル習得(A級以下)』
●救世主固有スキル『カウントダウン』
●救世主固有スキル『コントロールZ』
●救世主固有スキル『丈夫な体』
●遭難者固有スキル『エンカウント率減少(人類)』(New)
●人身御供固有スキル『味上昇』(非表示)(New)
●実績達成ボーナススキル『エンカウント率上昇(強制)』
●実績達成ボーナススキル『非殺傷攻撃』
●実績達成ボーナススキル『正体不明(?)』
●実績達成ボーナススキル『オーク・クライ』
●実績達成ボーナススキル『吊橋効果(大)(強制)』
●実績達成ボーナススキル『成金』
●実績達成ボーナススキル『破産』
●実績達成ボーナススキル『一発逆転』
●実績達成ボーナススキル『救命救急』
●実績達成ボーナススキル『ハーレむ』
●実績達成ボーナススキル『魔王殺し』
●実績達成ボーナススキル『経験値泥棒』”
“職業詳細
●アサシン(Sランク)
●救世主(Bランク)
●遭難者(初心者)(New)
●人身御供(初心者)(非表示)(New)”
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どうせ、誰も俺を助けてくれない。
「黒曜は嫌か?」
「森で泣いていた俺を探し出してくれたパパの生き方、否定できると思う?」
「まあ、嫌でも続けてやろう。異世界で天邪鬼は少し直ったけど、やっぱり止められない」
だったら、せめて俺だけは、誰かを助け続ける――。
「さあ、次は誰を助けようか!」