25-4 カンブリア起源種という正体不明
黒曜が先行して歩き、俺はその足跡をなぞって移動する。
阿吽の呼吸が求められる移動だ。命のやり取りというストレス負荷のないダンスであっても、相手の足を踏んでしむなどのミスを犯す。怪生物の星を隠れ進んでいるのなら尚更だ。
ミスを犯すのは常に俺で、フォローするのは常に黒曜。
地面から噴き出る蒸気によろめいて足を止めかけた際には手を引かれた。凹凸に気躓いた時には襟首を掴まれて事なきを得た。
「もう黒曜が俺を運んでくれないか」
「お姫様抱っこで良ければね、パパ」
まだ十分の一も進んでいないとの話を聞いたので、文字通りおんぶに抱っこで黒曜に運んでもらいたくなってしまった。
対面を気にする相手のいない敵本拠地であったが、意地でも背中を付いていく。
「流石に格好悪い。迷惑をかけるがこのままで」
「そうでもない。これだけミスしているのに進めているのはパパの『運』が高いから、としか思えない」
黒曜に言わせれば蟲星がイージーモードに設定されているらしい。怪生物に発見されてしまう重大なミスを犯した時は、別の怪生物が現れて俺達を発見した怪生物を捕食して去っていったぐらいに道中の突破が簡単になっている。
「一発即死が基本のはずなのに。何か釈然としない……」
「突破できているんだから良いじゃないか。それよりも、最終目標はあそこか?」
蟲星へと潜入してから四時間は経過しただろうか。
禁忌の大空洞が頂上にある山を下り、マントルの湖に近づいている。湖の中心には五十メートル四方に満たない孤島が溶かされる事なく取り残されている。
黒曜の紫色の瞳は、明らかに孤島へと向いている。
「あそこに『正体不明』の怪生物が一体いる。状況から考えて、アイツが元凶で間違いない」
異世界を滅亡させる敵の大将。Sランク魔王。それが俺達の最終目標だ。
「『正体不明』なのか」
『正体不明』程度のスキル、所持しているのが当然と言えるラスボスだった。
「パパ。アイツを討伐したら禁忌の大空洞は閉じられる。もう異世界にも地球にも戻れなくなる。今更だけど俺に任せてパパは――」
「本当に今更な事を言うと、猿帝魔王の最後の指を折ってでも無理やり付いていくからな」
黒曜から没収したままの猿の手をちらつかせた。既に四本の指が折られているが、まだ小指だけが未使用のまま残されている。
黒曜が内心付いてきて欲しいと考えている事は読心スキルがなくても分かる。
「俺もこんな場所に置き去りにされるのは御免だ。魔王を倒して、皆の場所に帰ろう」
「俺はパパと一緒ならどこでだって良いけど……。パパがそういうなら、もう止めない。行こう。ここからもう少しだ」
最終地点へと二人で向かう。
……終わりの時は近い。
オレンジ色の水面が揺れる黒い岸辺で、最後のミーティングを行う。
「『正体不明』スキルの所為で敵のパラメーターやスキル構成は不明。それでも、他の怪生物と比較して身体機能が低いというのが俺の直感。どうであれ、俺とパパにできる事はアイツが何か反撃してくる前に『暗殺』する事だと思う」
黒曜は奇襲作戦を提案してくる。救世主職としてではなくアサシン職としての技能をフルに使って敵最終目標が反応するより先に討伐する。
方向性に異論はないが、『正体不明』スキル持ちは死さえ神秘のベールで包み込み隠してしまう特殊性を有する。『正体不明』の謎を解いてからではないと『暗殺』スキルとて確実とは言えないのではなかろうか。
「だったらパパにはアイツの正体が分かる?」
「そう言われると答えに詰まってしまう」
蟲星の怪生物はカンブリア・モンスターをベースにしている。
だが、孤島でいる最終目標は辞典に掲載されているどのカンブリア・モンスターとも一致しない。鱗や足のようなものが備わっているがどちらも未発達。節足動物と軟体動物、二つに適合しそうな部位を有しておりどっち付かずだ。
原始的、というべきなのか。生命が環境に適用、特化するため様々な種に分岐する寸前の、ミッシングリンクなのかもしれない。
ペーパーが自腹で買ってくれた辞典に掲載されていない珍しい種類、という単純なオチであればもっと学術的な辞典を探せば『正体不明』を簡単に突破できるだろう。
けれども、地球人類が発見していない完全な新種、未発見種であったとしたらお手上げである。
「いや、そもそも……怪生物がカンブリア・モンスターである理由を考察するべきなのかもしれないが」
「時間切れだよ、パパ。もう考えている時間はない」
急かしてくる黒曜の言う通り、敵の本拠地で長考している余裕は俺達にはなかった。最終目標の『正体不明』は突破しておきたくても、今跳び出さないと最終目標の討伐そのものが不可能になってしまう。
結局、孤島を目前にした段階であれこれ考えるを止めて『暗殺』作戦で最終目標に挑む事になった。勝ち目がある代案を、この場では提示できそうにない。
「――勝ち目。そうだな、目があるかどうかは重要になる。『正体不明』があってもアレなら――」
「パパ?」
「――いや、何でもない。そろそろ行こう」
黒曜が黒い刃のナイフを構えて、孤島へとつま先を向ける。俺も彼女に並んでナイフを構えた。
「『暗殺』は連続して発動させても効果が薄い。それでも、道中でのパパの『運』を考えれば可能性はあると思う」
「……いや、最後まで『運』任せなのも不確定要素が大きい。パラメーター的にも黒曜が最初に一撃を加えるべきだ。俺はサブに回る」
世界を救うのが救世主職ではなくアサシン職というのが俺達らしい。
「パパと一緒ならきっと成功する。『暗影』発動!」
「黒曜と一緒に成功させよう。『暗影』発動!」
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“『暗影』、やったか、を実現可能なスキル。
体の表面に影を纏い、己の分身を作り上げるスキル。
即死するはずの攻撃が直撃したとしても、作り上げた影に攻撃を肩代わりさせる事が可能。なお、本人は、半径七メートルの任意の場所に空間転移できる”
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マントルを跳び越えるために『暗影』スキルを連続発動させる。連続使用により以後使用不能となってしまうが気にしていられない。
同じスキルを使用しているのに、使用しているからこそ、精度に差を付けられる。
孤島へと先に到達したのは黒曜。
「――取った! 『暗殺』、発動ッ!」
そして、黒曜のナイフが最終目標の原始的な体へと食い込む。
――分類不能のカンブリア起源種は悲鳴を上げた。
“――僕を、殺すの?”
長く続いた戦いが遂に終わろうとしております。
連載開始してから、思えば遠くに来たものです。
次回がラストバトルとなります。