25-2 君と二人で無重力旅行
異世界の窮地は紙……初代救世主に任せられる。お蔭で俺達は蟲星攻略に集中可能だ。
「それでも今回はもう遅過ぎる。教国から禁忌の大空洞までは神格戦艦の最大速度でも三時間はかかる」
「皐月達全員の『魔』でニトロブーストしてもか?」
「それも実験済。それに神格戦艦ではどんなに速度出しても、空を高速飛行するスカイフィッシュを振り切れない」
蟲星の入口たる禁忌の大空洞の周辺には、怪生物の防空圏が出来上がっているようだ。天竜の『速』では振り切れずに戦闘となる。しかも高速飛行中は迎撃難度が高い。試行の結果、黒曜は戦闘回数を減らすのではなく、戦闘時間を減らす方向で攻略を進めていたらしい。
黒曜が己の命を軽視して探し当てた蟲星の最終目標へと至るルート。それが使用不可能になるまで残り二時間弱。
空路では間に合わない。陸路は考慮するまでもなく却下である。
では、残された道はないように思われたが……俺は指を真上に立てらす。
「――よし、宇宙から行こう!」
俺に化けられる程に俺の知識を吸収している黒曜であるが、それでも発想は異世界の技術レベルを超えられない。上には上があるという世界法則の壮大さ、空の上には宇宙があるという真理には至らない。
「神格戦艦を宇宙戦艦にするぞ!」
いやまあ、神格戦艦の原材料から簡単に連想できるのだけどね。
宇宙に行くといっても実施には静止軌道よりも低い低軌道へと登るだけ。第一宇宙速度で惑星の引力から完全に脱出する訳ではない。高度が低い分、アポロ宇宙船を飛ばすよりも求められる技術は低く済む。
この弾道軌道をなぞる飛行ができれば、地球上のどんな場所に四十五分で到着可能となる。準備を含めても二時間あれば余裕だ。
「ピクニック感覚で無茶を言うなッ。我の耐久性は? 異世界の惑星直径は? ここがピュタゴラスの否定した平面世界だったらどうする!」
「まーまー、天竜はタクシーみたいに俺達を連れて行くだけだから」
「ぶっつけ本番で宇宙に行くなど正気ではないぞ!」
科学技術についても知識がある天竜は否定的だったが、作戦は既に開始されている。教国に留まっていたら時間切れで世界が終わるので動くしかない。
「敵が宇宙にいないとも限らない。地表から高度三万キロで戦闘となって旦那様が放り出される可能性だってあるのだぞ」
「あー、どっちにしろ俺と黒曜だけが途中下車するから。天竜は飛行の頂点が大空洞の真上になるように計算をお願い」
「綿密な弾道計算を何だと思っておるのだ!!」
禁忌の大空洞への輸送作戦の概要はこうだ。
まず、皐月、アジサイ、落花生、ラベンダーの『魔』をすべて燃料にして神格戦艦は秒速8キロメートルまで加速する。不足する物理計算は、月桂花の幻惑魔法で物理法則を誤魔化して対処する。
そして、神格戦艦は禁忌の大空洞の真上を頂点とする楕円軌道で飛んでもらう。これは、救世主職たる俺と黒曜がいない状態で神格戦艦を戦場に残さないための処置である。大陸を飛び越えた先にある海に着水してもらう予定だ。
肝心の俺と黒曜は禁忌の大空洞の真上に到達すると同時に、目視で着地点を割り出して神格戦艦から飛び出す。
「パパと流れ星になれるなら死ぬのも悪くない」
「黒曜は詩人だなぁ。そんなに心配しなくても成功するって。○―グルアースのような光景になるだけだってラベンダーが言っていたぞ」
「パパは地球儀があれば地図がいらない人間なの?」
黒曜に言われるまでもない。タイミングが一秒ずれただけでも着地地点は数十キロ以上ずれてしまう。しかも見覚えのない異世界の地表の中からピンホールよりも小さい穴を探してのダイビングだ。成功する可能性は酷く低い。
「黒曜は百万分の一の可能性に辿り着けた。なら、俺だってそのぐらいの可能性を成功させてみせないとな」
虚勢を張っていると思われたかもしれないが、それは心外だ。
俺には、心強い『一発逆転』スキルがある。
神格戦艦は通常飛行で限界高度まで上昇する。そこから、魔法使い職の『魔』を結集して加速し始める。
大気が薄ければ空気抵抗は少なくて済む。地上から加速するのと上空から加速するのとでは必要とされるエネルギー量が大きく異なる。当然ながら、上空から加速する方が効率が良い。
「民間宇宙旅行会社が採用している方法だ」
「あ、兄さん。その番組、見た事ある。確かアメリカの航空会社の試作機が空中分解し――」
「よしッ! 天竜、加速を開始してくれ!!」
神格戦艦にはパーティーメンバー全員が乗り込んでいる。ここまで来たなら一蓮托生。宇宙の塵となるのも一緒だ。ヘンゼルは必死に降りようとしていたが、きっとツンデレなのだろう。
神格戦艦は上向きに傾斜していく。
高速飛行形態へと移行するため、左右に生えるオールのごときドラゴンの翼が閉じられていく。
少しでも成功率を高めようと天竜は自発的に『神格化』を開始。艦全体が淡く発光し始めて、雲の上、神の世界に入り込むのにふさわしい神性を帯びた。
艦尾に核パルスエンジンは備わっていなかった。が、雰囲気的には艦の後方に爆発力が生じて弾道飛行を開始した。
「全員加速に備えろ。揺れるぞっ!」
異世界の生命すべての命運を乗せた神の船が傾斜角六十度オーバーで高度三万キロを目指す。
『守』が強化された体でなければ気絶しかねない10G以上の重圧に呼吸が阻害されていく。途中下車前提の俺と黒曜は甲板の外に出ているため風圧も酷いものだ。
瞼を開けていられない。
だが、しっかりと離れていく地表の光景を睨み続ける。
「黒曜。大丈夫か?!」
「聞こえっ、ないっ!」
「降下地点まで直だから耐えてくれっ。無重力になったらそれが合図だ!」
月桂花の魔法やらリセリの『神楽舞』やらゼナのおまじないやら、付与できるだけ付けたバフのどれが効いているのか分からないが、俺達は生身のまま弾道飛行する初めての人類となった。
地球は青かったらしい。
異世界も青く美しい。
……けれども、その青い世界へと瘡蓋のように黒い浸食が大陸に広がろうとしている。
大空洞を見分けられるか不安だった。けれども、まったく杞憂だった。黒い浸食の中心目がけて、俺達は落下すれば良い。
最終確認を行う。俺と黒曜を繋ぐロープの結び目を引っ張って確認する。離れ離れにならないようにタンデムで落下する予定である。
ちなみに、このロープはアイサとリリームが編んで渡してくれたものだ。
加速になびくロープが……ふと、浮かび上がる。
「弾道飛行の頂点! 『一発逆転』は!?」
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“『一発逆転』、どん底状態からでも、『運』さえ正常機能すれば立ち直れるスキル。
極限状態になればなるほど『運』が倍化していく”
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“ステータス詳細
●運:30130 = 130 + 30000”
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今までにない数値を示した『運』パラメーター。高度がそのままプラスされたかのような値だった。
「条件は揃った! 黒曜。行こう!」
「パパと一緒なら、どこにだって!」
甲板を強く蹴って、無重力の世界を黒曜と一緒に泳ぐ。もう俺達の視界を遮るものはない。
「ちなみに、パパ? 着地はどうするつもり?」
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“ステータス詳細
●運:100130 = 130 + 100000”
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「……………………えっ」