表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第ニ十五章 救世主職のお仕事(真)
344/352

25-1 神や舞い降りた

 違和感をぬぐえない。終わる見込みのない作業を永遠と続けている気がしてしまう。さい河原かわらで石を積んでは崩される不毛な罰を受けている。

 蟲星ちきゅうからの侵攻は絶望的であるが、俺が今感じている焦燥しょうそうの原因すべてではない。もっと救われない出来事が起きてしまっている。しかも、それに対して俺が気付く余地がない。

 望んで救世主職となった訳ではない。結果として救世主になっただけ。だから世界が救われなくても何とも思わない……はずがない。

 何も救えない状況は酷く居心地が悪かった。

 特に目の前にいる人物を救えない状況に、心臓が痛くなる。



「心配しないで、パパ。もうすぐ、終わるから」



 黒曜に耳元でささやかれた。このままでは世界が詰んでしまう。そういった黒い気配が一層濃くなる。

 残念ながらループの内側にいる俺には何もできないだろう。二次元の箱から出るために三次元の奥行の概念が必要なように、醜いアヒルの子がアヒルの巣を出て行って白鳥の美しさを知らなければならないように。内側の法則に囚われた俺には動くきっかけがない。

 関係者でありながら俺達とは異なる外側の人間。そんな都合の良い人物以外に、この救われない状況を打破する余地はなかった。

 誰か、そんな奴はいないだろうか――。





「――はぁ、食い飽きた。俺はどうしてコンビニで天丼なんて買ってしまったんだ」


 学生向けの賃貸マンションの一室にて、一人の男子大学生がレンジで温め直したばかりの天丼――税抜き、四八〇円。エビ、ハス、大葉、オクラ、舞茸が具材――を前にして、頭を垂れてなげいていた。


「いや、おかしい。俺は最近、天丼を食べていなかったはずなのに、もう百万回か、下手をすると一億回ぐらい食べ続けている気がしてしまう。口の中が脂っこい」


 机に向かって、いざ食事を開始しようとした直後の事である。


「天丼は好きな料理のはずなのに胃もたれが……天丼……天丼……はぁ」


 箸を置いて湯気が立つ天丼の蓋を閉じる。

 代わりに、食欲がなくなったという言い掛かりに近い文句を伝えるため、スマートフォンを取り出した。アドレス登録しているのに名前と電話番号がXでしか表示されない親友へと電話をかける。



「御影ッ! もたもたしていないで、さっさと決着をつけろ!」



 男子大学生、紙屋優太郎は相手のもしもしを待たずに開口一番そう告げる。


“――最後のピースが揃った! 君が動くのを待っていた!”

「は?」


 ……しかし、スマートフォンから聞こえていた親友ではない声に驚いている内に、紙屋優太郎は地球上より姿を消失させる。





 ――優太郎からの着信に出てみると、いきなり怒られてしまった。

 理由を聞こうとしたのだが一方的に通話を切られてしまう。こんな意味不明なイタズラ電話をかけてくる奴ではなかったというのに、なげかわしい奴め。



「優太郎が無意味な連絡をしてくるはずがない。つまり、イタズラなんかじゃないって事か――黒曜、待った!」



 機械のような足取りで歩く黒曜の片手を掴んで停止させる。たったそれだけの行動であったが、黒曜は酷く驚いた表情を見せる。誰もいないはずの道で唐突に話しかけられたかのごとき反応だ。


「もうすぐ、何が終わるんだ?」

「そ、それは……」


 歯切れの悪い黒曜はゆっくりと目をらしていくが逃がさない。

 心が疲れ切って目の色が抜け落ちてしまっている女を、どうして逃せるだろうか。


「黒曜。もう一人だけで抱え込むな。俺も一緒にやるからさ」

「パパ、でもっ」


 掴んだ腕をたどって黒曜の体を抱き寄せる。抵抗は弱い。


「よくがんばった」

「パパっ、パパっ!!」


 ハグするだけにとどめる事もできたものの、黒曜は猫が甘えてくるがごとく顔を肩口に密着させてきた。ならばと、子供をあやすように後頭部を手で優しくさする。

 背丈は黒曜の方が高いので様にはなっていない。だが、黒曜がしがみ付いて俺を離さない。泣き顔を他の誰かに見せないように、肩に密着させたまま嗚咽おえつする。

 地下空間は黒曜の涙で満たされていく。




「うう、パパ。パパぁ」

「よしよし、黒曜はがんばった。俺を父というのなら、がんばった事を全部教えてくれないか?」


 よほど溜まっていたのか、黒曜はかなり長時間泣き続けた。体感で一時間ほど経過している。泣き疲れても泣いていた黒曜が落ち着くまで、ずっと待っていてくれたパーティーメンバーには感謝したい。


「御影」

「後で」

「吊るす」


 地獄からの呼び声のような小言が背中に突き刺さる。三つしか聞こえなてこなかったが、言葉が重なっていたので実際には三名以上が喋っている。


「で、でも……」


 あれだけ泣いたにもかかわらず、まだ黒曜は語ろうとしない。


==========

“『一発逆転』、どん底状態からでも、『運』さえ正常機能すれば立ち直れるスキル。


 極限状態になればなるほど『運』が倍化していく”

==========

“ステータス詳細

 ●運:230 = 130 + 100”

==========


 それどころか、密かに腰の革ポーチに伸びている黒曜の手が不審だ。何かアイテムを用いて言い逃れをしようとしている。煙玉でも投げるつもりか。

 ハグ状態なので、黒曜のうなじの向こう側が見えている。ポーチの中から干物のようなものが見えてくる。

 どう対応しようか考えていると、黒曜が勝手に指を滑らせて干物アイテムを落とす。


==========

“『吊橋効果(極)』、恋愛のドキドキと死地の緊張感の類似性を証明するスキル。


 死亡率の高い戦闘であればあるほど、共に戦う異性の好感度が指数関数的に上昇する。

 指数関数的なので、まずは2以上に好感度を上げておかなければ意味はない”


“≪追記≫

 異性に対して魅了チャームの呪いに等しい効果を発揮する。

 なお、魅了にはパラメーターが最大五割減、スキル失敗など強力なデパフ効果が存在”

==========


「ちょっとー、そこの子。御影の事、パパとか言いながらしっかり『魅了チャーム』されちゃっているんですけどー」

「……? 親族にいさんに恋する事の何が悪い??」

「アジサイは黙っていて」

「ち、違うぞ!? パパはパパであってっ」


 慌てる黒曜は落とした干物をなかなか拾えない。

 だから、横から現れた落花生がしっかりと奪い取る。


「これ何です?」

「落花生、パスして!」

「パスです」

「何かの動物のミイラの右手? ヘンゼル、分かる?」

「……猿の手、であります。食材としての価値はないでありますが、猿帝魔王様の手なら高く売れるであります」

「ヘンゼル。言い値で買うぞ!」


 落花生、ラベンダー、ヘンゼルを通じて回ってきた黒曜の落し物を受け取る。何度も使われているので、どのようにして使うアイテムかは分かっている。

 折れていない二つの指の内、親指を折る。


「『モンキーカーズフィンガー(右の親指)』よ。天邪鬼で嫌々言っているけど、黒曜は語りたくて仕方がないんだ。喋らせてやってくれ」

「やめてーーっ」


 たまには黒曜も呪われてみるべきだと思う。




 黒曜はようやく百万回におよぶ孤独な闘いの日々を明かした。


「『ZAP』スキル。救世主職は救世主を人間として扱ってはくれないのか」

「世界を救う事以上に優先されるべき事柄はない、と言いたいのさ。人道主義も、人が存続してこその貴重品でしかない」


 自嘲じちょうに近い諦めを含めて黒曜は戦いのあらましを語った。

 誰に文句言えば良いのか分からないので、とりあえず、異世界で一番偉い初代救世主に言ってやろうと棺に目線を向ける。

 ……もぬけのからだ。


「どこに消えた?」

「あんな奴、矛先が向けられると知って逃げたんだ」


 百万回の内で一回も役立っていない初代救世主。黒曜の初代救世主に対する評価はすこぶる低い。

 俺も同意見なので初代救世主の事は忘れる。



「もう、黒曜は『ZAP』させない」



 命の価値をおろそかにしてしまう『ZAP』は禁忌である。こんな危ないスキルはもう使わせない。


「それは無理だよ。今回は時間を無駄に使い過ぎた。蟲星への侵入は時間経過でほぼ不可能になる」

「それでも黒曜は調べ上げたのだろ?」

「調べ上げたルートは、今から禁忌の大空洞まで一時間以内に到達しないと使えない。それに……パパは怒ると思うけど、それでも人類大半死んじゃう。この段階であふれ出た怪生物だけでも人類は致命傷。オリビア・ラインに逃げ込むアニッシュも結局死ぬ」

「えっ、アニッシュ死ぬの??」


 黒曜いわく、オリビア付近の人類は被害範囲の内側にいる。俺達が助けに行かずに生存できる見込みはないという。


「今回はもう無理だから。パパ、介錯かいしゃくお願い」

「待て待て待て待て」


 猿の手を使われたとはいえ、黒曜が素直に全部喋ったのは『ZAP』されると思っていたかららしい。もちろん、命を粗末にする手段を肯定したりはしない。今回で終わらせてやる。


「何か手を考えるんだ」

「ないよ。そんな希望は」


 試行中の記憶がない俺では試さない手段。

 黒曜単独では試せない手段。

 きっとまだ何かが残されている。



“――人類よ! 奮い立てっ!! 最大級の危機が人類を襲うならば、私は再び立ち上がろう! 四千年前と同じように、私が人々の最前線で戦おう!”



 突如、脳内に直接流れ込んでくる男の声。

 強制的な『神託オラクル』を用いた全世界放送が、怪生物に追われる人々の足さえ止めさせる。


“――私は、救世主だ! 私達が、救世主だ!!”


 このような芸当は初代救世主以外にできるはずがない。どこかに消えたと思ったら、一体何をしているのやら。


“――「勝手に俺の体に憑依して救世主? 何様だっ! しかも異世界召喚なんてベタな手使いやがって! 出て行けッ! 出て行けッ!」――”


 ……本当にコレ、初代救世主かな。


“――怪生物と戦闘中に体の主導権を取り戻そうとしな――「レベル0の俺の体で戦うな!」――いや、紙屋君の体へと憑依した事によって、一時的とはいえ私も全盛期の力を扱える。もちろん、救世主職のSランクスキルたる『魔王殺し』も完備――「何で俺を選んだ。言えッ」――こ、こらっ、危ないな”


 うん、この声は初代救世主という事にしておこう。そうじゃないと可哀想な親友が一人出来上がってしまう。


“――かたくなにレベルアップしなかった君は人間が持ち得る可能性が数値化されていない。真の『正体不明』は君なんだ。誰も見た事のない器の中身は分からない。だから、僕のフルスペックを発揮できたとしても決して可笑しくはな――「知るか!」――”


 全国放送なのに言い争いの放送事故を起こさないで欲しい。人類全体が救世主職を怪しんでしまうぞ。


“――さあ、二千年前の救世主に、現代の救世主! 異世界ここは私に任せて先に行け! 君達が世界を救うんだ!”


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミックポルカ様にて連載中の「魔法少女を助けたい」 第一巻発売中!!◆  
 ◆画像クリックで移動できます◆ 
 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


― 新着の感想 ―
[一言] 読み返してたら見つけた 「誰にも中身を確認できない箱の中にゴミを詰めたからって、それが爆弾になるのが量子力学だと思っていたら、お前は真性の馬鹿だぞ」 爆弾になっているんだよなぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。