23-13 彼女達の死
「カルテ様ッ! 城門が突破されて敵集団が雪崩れ込み、市民達の虐殺が開始されています!!」
「残念だけど、助けられないから時間稼ぎになってもらいなさい! 地球への避難を最優先。街は良いから兵士達も集中させなさい」
「それでは、城の守りさえも――」
「例外はないからっ! イバラ、早く!! 行った、行った! ……これまでの働き、感謝しているわ」
ナキナの最終防壁は陥落した。王都を囲む城壁は崩れて、街の大通りは怪生物で埋まっていた。
カルテの命を受けナキナ城から去っていくイバラ。もう城に戻って来れないだろうし、忍者職であっても無事に街の外に出て命令を実行できる可能性は低い。
「まったく。ナキナもこれまで、か」
カルテは執務室に一人居残り、椅子に座って片肘を付く。溜息を付いてしまうが、これも人生最後の溜息かと思うと尊く感じてしまう。
「はぁ、滅びるものかってがんばってきたけど、実際滅びるとなると肩の荷が下りるものね。まあ、王都が壊滅してもまだアニッシュが残っている。後の事は可愛い甥に任せましょう」
不死鳥のごとく滅びを回避し続けたナキナであるが、今回ばかりは回避不可能だ。異世界最後の国家となれただけでも上出来。そう心を偽るしかなかった。
人生の最後に、カルテは溜まっていた書類に手を伸ばす。速読を開始し、内容に不都合がなければ検印欄に判子を押す。
ふと、執務室の扉が壁ごと吹き飛ぶ。
甲殻に覆われた亀のような怪生物が、執務室に顔を突っ込んでいた。
「邪魔しないで。仕事中だか――」
怪生物の突進により、カルテごと執務机は粉々になって――。
陥落する寸前のナキナの中で最後まで防衛に成功した施設は、かつて紙屋優太郎が築城した出城である。本丸たる街が先に陥落してしまったのは皮肉でしかない。
出城の中には地球へと通じる世界間トンネルが存在する。まだ完了していない避難民の通過を守ろうと皐月、アジサイ、落花生、ラベンダーの四人は大魔法を行使し続けた。
「もう貴方達は行ってください!」
「でも、まだたくさん残って!?」
「帰れなくなりますわ!!」
リセリが諭さなければ最後まで戦っていたかもしれない。
数多く残っている避難民達と、出城の中央で光り輝くトンネルを見比べる。人々は家財道具を捨てて走り抜けているが、たった一人が通過できる幅しかないトンネルでは捌ける人数に限りがあった。
「アニッシュ王を連れて行ってくださいね」
「通路を維持するにはこっちに人が残っていないといけないから、魔法使い職の私達は最後まで――」
皐月の言葉をリセリは最後まで言わせない。
「この私が残りますわ」
王族たるリセリは常人と比較すれば『魔』を所持している。職業柄、魔法を使用できなくても魔法には詳しい。
「行って、早く!」
急かされた四人は未練を残しながらもトンネルへと消えていく。アニッシュは渋っていたが、レベル的に抵抗できずに引きずられていった。
避難民の列は途切れていない。が、遂に破られた防壁より怪生物が侵入した。逃げ惑う人々は、その瞬間を生きようとして走る。トンネルとは別方向に逃げてしまい喰われる者も多かった。
「さあ、最後まで守りきりましょう! 巫女職スキル『神楽舞』!」
結界にてトンネルを守り一人でも多くの人々の命を救って、宣言通り最後の瞬間までトンネルを守って。
そして、大口を広げる怪生物にリセリは頭から飲み込まれて――。
黒い水面が粟立つ。
マスクを外した状態であるため、直接的に誰かの死を感じ取ってしまう。
「また、誰かが死んだ。俺に縁ある誰かが死んだというのか? うッ!?」
水の音が気色悪い。滑った血の音だ。地球、異世界問わず命を失った者達が流した血が溜まって生まれた海は赤を通り越して、黒く澱んでしまっている。
思えば、黒い海の隠世は異世界の一つなのだろう。肉体を失った魂が次元の囲いから零れ落ちていく下層世界。輪廻転生のない非情な我々の宇宙は、きっと、いつか下層世界が満たされると同時に崩壊してしまう運命にある。
無慈悲な終末が確定済。
生命として誕生したが故に必ず味わうバッドエンド。
どう足掻いたところで全部無駄に終わるのだ。
「だからといってッ! 死なんてものは、受け入れられないんだ!!」
それでも、と吐気を噛み殺して前を向く。
目の前で命が奪われていく様を無感情に受け流せない。その内死ぬのだから今死んでも何ともない、と割り切れる程に心は死んでいない。
「やれッ、山羊魔王ッ! 八節魔法はぶちかませッ!!」
大空洞は垂直に続く巨大な穴であったが、真性悪魔の大魔法を行使して己が巻き込まれない程の大空間ではない。山羊魔王への命令は傍にある爆弾の起爆を命じるに等しい。
安全対策はなかった。自滅は覚悟の上だ。
もちろん、無駄死しないために努力はする。
「天竜! 憑依を解除して俺を乗せろッ!!」
神格戦艦は中央から分断されて、海底に沈んでいた頃よりも酷い状況だった。土地神の力でも維持できる状況ではなくなっており、戦闘力は既にない。
「簡単に言うが。我とて無傷ではないのだぞ」
艦の内側から金属をひしゃげさせて、ドラゴンが飛び出て脱出を果たす。
壁に埋まって体は動かなかったため『暗影』スキルを使用して空中へと跳び出す。飛んできたドラゴンの背中に滑り込んで、折れた足を引きずって首元まで移動する。
「できるだけ離れるんだ。魔法が発動する」
「分かっておる!」
天竜は翼を畳んで下降を開始した。
ほぼ同時に、山羊魔王の悪霊の角が振られて球状に凝縮された八節魔法、大地獄“無間落し”が放たれる。狙いは正確で、五つ目の忌まわしき魔王の胴体へと接触した。
物質世界のすべてを飲み込み強制的に隠世へ落とす大魔法が炸裂した。ビー玉サイズの威力範囲が急速に拡大していき百メートル圏内が飲み込まれる。
超硬の甲殻が悲鳴を上げ、剥がれ落ちる。
巨体を浮遊させるために絶えず動くヒレが数枚まとめて黒い威力圏へと吸い込まれていく。
分類不明の細長い内臓器官が白線となって渦状に流れているので、飲み込まれていく光景を観察し易い。
“OOOォォッ、GU、OOOOOOOOOOOOOォォォォォッ!!”
初めて五つ目の魔王が声らしきものを叫んだ。腹が円形に消えてしまえば虫とて危機感を覚えるだろう。
だが、叫び上げられるという事は……殺すには至っていない。
“OOOOOOOOOOOOOォォォォォッ!!”
欠損した長い巨体が弧を描く。刃物ほどに切れ味の良くないヒレだというのに、呼び出した悪霊をまとめて切り裂いた。
山羊魔王の悪霊も消失したが、五つ目の魔王が天竜の背に乗った俺を執拗に狙う。光届かない縦穴に対する慣れの差か。天竜は螺旋状に下降して追撃を振り切ろうとしているが振り切れない。
「どうした。天竜!?」
「……これが我の限界だ。許せ、旦那様よ」
背後から迫るは魔王の手管。
口元から伸びる管の先が大きく開かれて、天竜ごと俺を噛み砕こうとして――、
「――幻惑、朦朧、暗転、新月、月のない夜は目を閉じて震えているだろう――ムーン・エンド!」
――突如方向を変更した。斜め上へと向き直した管が俺の背中から遠ざかる。
「この魔法は、桂さん!」
「申し訳ありません。『魔』を使い果たしてしまっていたため、到着が遅れましたわ」
月桂花の魔法が魔王を幻惑したのだ。
やはり、月桂花は人類最高の幻惑使い。人類を圧倒する怪生物にだって負けはしない。
「ですが安心してくださいませ、御影様。『魔』の不足分は、わたくしの命で代用いたしましたわ。何もない方向へ誘導するよりも、誰かを身代わりする方が術をかけ易いので」
優しげな月桂花の声は斜め上から聞こえている。丁度、魔王が方向を変えた先。
空洞内に浮かぶ月桂花は額から血を流して片目を閉じている。腕も負傷しているのか左腕をだらりと伸ばしたままだった。
「桂さんッ?!」
「ご自愛くださいませ。御影さ――」
その月桂花の痛々しい姿が、魔王が伸ばす管、手の中に消えてしまう。
血飛沫さえ飛ぶ余地なく、全身をギザギザした開閉部に飲み込まれて……ブチリ、と音がして……月桂花は、死んだ。
「桂さんっ!? 桂さんがァアッ!!」
「旦那様よ、止めよ。行くなッ」
「桂さんが、殺されたアアッ!!」
過剰に分泌されるアドレナリンが体中の骨折を忘れさせて、天竜の背中から跳ぶ。月桂花を殺した魔王を殺してやろうとしたのだ。完全に頭に血が昇った行動であり、後先を考えたものではない。
己の容態さえ忘れてしまっているのだから、当然、敵の使うスキルの存在さえ忘れてしまっていたのだが。
体ごと振り返った五つの目線が俺に集中していた。
見えない手が俺を握り潰しにやってくる。
『暗影』しようにも、回避するべき方向が分からない。
「――『鑑定』発動っ! 塵の動きから……視えた。御影の足元、二方向から。姉さん!」
「御影様はアイサが守れ!」
思わぬ方向からアイサが抱き付いてきた。飛行するリリームから投げられて、跳躍中だった俺の腕にしがみ付いてきたのだ。
跳躍の勢いが弱まり、見えない敵スキルの範囲に突入を入らずに済む。
「アイサ、リリーム!?」
「凶鳥は僕達がやらせない! 魔王オパビニアの心臓に相当する部位を『鑑定』……傷から露出している。甲殻のないあそこなら、姉さんの剣で仕留められる!」
「任せろっ! 精霊戦士は伊達じゃないぞォッ!!」
単身飛行するリリームが、俺の代わりに魔王へと近接攻撃をしかけた。
大きく振られた尾による迎撃を回避して、妖精の羽で魔王の間合いの内側へ。抉れた体の内側へ。ミスリル製と思しき輝く剣を両手で固定したままの格好で、魔王の重要臓器へと飛び込んでいく。
体格比を考えれば心臓に針を突き刺した程度でしかなかった。が、心臓に針が刺さる事自体が大事である。見逃せる程に小さな傷ではない。
“GUOOォォ??、GUOOOOOOOOOォォォォォッ?!”
「どうですかっ、御影様! 私だって魔王を倒すぐらいに役立てるんですから!」
「危ない! リリーム、避けてくれェエッ」
……けれども、管を体内に突っ込み、自ら傷を広げてまで対処するべき傷ではなかったはずだ。管による被害の方が大きく、魔王の傷は決定的なものとなってしまったのだ。
心臓器官の壁を食い破って、魔王の白いリンパ液に濡れながら歓喜していたリリームへと管の先端部が到達した。
「かハッ?! ああ、やっぱり私では駄目――」
「リリームゥううッ!!」
胸から下を失い。リリームは血を吐いた。何か喋っていたかもしれないが、それは錯覚で即死してしまっていた可能性が高い。
即死でなかったにせよ、リリームはもう死んでいるから喋れない。
「――いや、お前の手柄だった。エルフにしては上出来だった。『暗殺』発動」
リリームが崩れていった後方に、影が生じる。
黒いエルフたる黒曜がリリームの体を抱き抱えながら、逆手に構えたナイフを魔王の心臓に叩き込む。仲間の手柄で致命傷を負った魔王が即死しないのは気に入らないと、トドメを刺したのだ。
全身を脈打たせて魔王は硬直した。
鼓動する内臓器官が制止していく。
五つ目の魔王は力を失って……激怒により再起動する。全身のヒレを過剰に広げて、目の色を濃くしていく。
魔王は、滅びていない。
「なッ、心臓を直接狙って『暗殺』したというのに!? まさかっ、この魔王の心臓はッ」
命の危機を悟った魔王は体を労わる事を止めた。たった二つしかない心臓の一つが壊死してしまった以上、攻撃に専念する他ない。体に乗り込んだ害虫を外へ放逐するために巨体を縦回転させて、スプリンクラーのごとく体液を撒き散らす。
黒曜ならば『暗影』で緊急回避できたかもしれない。ただ、他人の体、リリームの死体を抱えたままでは跳躍不能だったため、空洞のどこかへと飛ばされてしまう。
心配ではあったものの、魔王の狙いは空中に残されている俺とアイサだ。