23-9 生きる残るの二択
夜が明けると神格戦艦は速度を上げ、ナキナ王都へと向かった。負傷兵の輸送のためであるが、ナキナ本国に人類が滅亡寸前である事を伝えるためでもある。
流石と言うべきか、滅亡慣れしているナキナは全容が分かっていないにもかかわらず勘が良い。俺達が伝えるまでもなく臨戦態勢を整えており、王都に通じる唯一の道は装備を整えたナキナ兵、獣の種族、森の種族が詰めている。
鉄壁の構えだ。敵が蟲星生物でなければ篭城できたに違いない。
神格戦艦を王都に横付けさせて、アニッシュを下ろしてからはいつもの種族間会議を開催した。
だが、今回ばかりはさして有意義な話し合いにはならなかった。敵の数は七十億以上。普通に考えたところで対策の立てようがないのだから仕方がない。
けれども、決して無意味ではない。
生存を諦めてはならない、という生物としての意地を示す。そういった側面では意義深い会議ではあったのだ。
“――人類の抵抗は縮小し、組織的な抵抗はないに等しい”
この初代救世主の発言を聞いた途端、リセリが卒倒してしまったのは当たり前の反応だ。彼女の故郷、教国も午前中の内に陥落してしまったのである。
“――ナキナへと向かってくるのは時間の問題だと思われるけど、海や山脈を越えて魔界に乗り込んでいる群れが増えている。時間稼ぎにはなっているかな”
「蟲星の怪生物とやら、魔界に逆侵攻をしかけるだけの余裕があるというのか?」
“――実を言うと人類圏って大陸の端の端で、魔界は人類圏の十倍は広いんだよね。だから、魔族だけなら百日は持つと思うよ”
これまで人類は魔族の無関心で生存できていた事が発覚したが、今は有益な情報とは言えない。『カウントダウン』の0日目にいなくなるのが人類のみであると分かっただけである。
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“●カウントダウン:残り五日”
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「撃退はできぬのか?」
「すべてが魔王なのだ。御影がいなければ余はオリビア・ラインから撤退する事さえできなかった。正面から戦っても勝機はない」
「人類圏が陥落したとなれば、物資の面でも苦境に立たされる。篭城も続けられないぞ」
「魔界に逃げ込むのは?」
「それが可能であれば、ナキナはもっと広い国になっていた」
「森の種族の縄張りまでが人類が入り込める限界だ。長期に暮していける程に生易しい生態系ではない」
皆が意見を出し合う中、俺は会議で発言を控えていた。
作戦を一切思い付かなかったから、が理由ではない。
蟲星産の怪生物共は迷宮魔王の瓦礫、禁忌の大空洞――固定化された異次元トンネルが正体なのだろう――を通じて無限湧きしている。異世界に移動してきている総数は、既に異世界人類の総人口を超えていると思われる。すべてを討伐するのは現実的に不可能だ。
だが、まだできる事はあるはずだ。少なくとも、これ以上の侵食を防ぐ手立てはあると思っている。
そのための攻撃作戦、A案は検討済みだ。更に、保険のB案さえも既に考えている。
それでも、口を開けずに黙り続ける。
「ナキナを守る。それが獣の種族、森の種族にとっても故郷を守る事に繋がろう」
「そうだ。ここを守らねば我等にはもう後がない!」
……ただ、俺に言い出す勇気がなかっただけだ。
『――住民が二千人ほど住んでいるが、九州とほぼ同じ大きさだから入植地が不足するという事もない。まあ、面積だけならの話だ。北極圏にあるから年中寒い。人が住むには適しているとは言い難い』
「住民がいる土地に不法入植するリスクは高くないのか?」
『他の島も条件は似たようなものだが、候補地は少し事情が特殊だ。最悪、素性の知れない異世界人が住み着いていると知られても、ナキナがスヴァールバル条約に加盟してしまえば言い訳できる。というか、逃げ口上にするしかない』
スマートフォンの通話相手は、双子でもないのに俺と声質の似ている男、紙屋優太郎である。その特徴により大学で代弁してくれる貴重な存在だ。
『それで、何人来る予定なんだ?』
「ナキナの国民は十万以上。他国からの難民、獣の種族、森の種族を全員合わせて三十万以上」
『で、何人が移住に同意したんだ?』
「……まだ、話せていない」
『……まあ、簡単に言える訳がないよな。生まれ故郷の国どころか世界を捨てろなんて』
地球に優太郎が戻る際に依頼していた異世界人の避難先の選定。親友の依頼を忠実にこなした優太郎は、ノルウェーの北にある島を候補地として挙げてきた。
だというのに、俺は異世界の人々に対して逃げろと伝える事ができていない。実に情けない。
『とはいえ、もう時間がない。『カウントダウン』の残り日数は正味四日。手ぶらで移住する訳にもいかないのだから、時間的にもう厳しい』
「分かっている。この電話が終わったら皆に話す」
こう優太郎には言っているが憂鬱である。
いちおう、地球への移住は一時的なものとして伝えるつもりだ。元凶を取り除くまで危険な異世界から住民を退避させる。これが俺の考えたB案である。
人命を一番に考えた作戦であるので後ろめたくなる理由はない。
アニッシュは重たい口を動かして述べる。
「ナキナの防衛を諦めろ、というのだな……」
感情と現実の擦り合わせに苦悩した言葉だった。前線で怪生物と戦っていなければ即時否定しただろうB案を、アニッシュは拒否できずに受け止める。
「……人類国家全員を連れて行けるものなのか?」
「世界間移動そのものは問題ない」
天竜川上流に多数のモンスターが出現した事があるので、大人数を転移させるノウハウは存在する。ただし、異世界と地球を安定して接続させるためには高位の魔法使い職が必要となるため、パーティを分割する必要はあるだろう。
「向こうでの生活もある程度サポートできる。が、快適な生活は期待しないでくれ。あくまで一時しのぎだ」
「…………分かった。今日中に布告しよう」
戦いの日々でアニッシュの決断力はレベル以上に高まっている。王自ら、国に残るのは危険である、と屈辱的な宣言を行うと決定した。
「ただし、国どころか世界から逃げ出せなどと強制はできぬ。全員が新しい土地で生きられる程に強くはないのだ」
「俺も強制するつもりはない。が、兵士達にも選択させてやれないか?」
「当然だ。今回ばかりは敵前逃亡を問おうとは思わぬ。兵役、地位、役職を無視し、個人の意思のみを尊重しようではないか」
己の言葉を否定しないのであれば、王であるアニッシュも異世界に残るか地球に逃げるかを選択可能だ。
だが、自由意志を尊重するという建前があっても、王が先に決断してしまうと他の者達は遠慮してしまうかもしれない。だからアニッシュは最後の最後まで自らの意志を公表するつもりはないと固く口を閉じる。
そのため、誰が最初に宣言するのか。ナキナの上位階層の中で目配せし合い、牽制合戦が始まったのだが――、
「追放案なんて御免だわ。自由であるのなら、当然残るわよ」
――喪服姿で半端に耳の長い女大臣が、牽制を気にせず率先して残ると言い出した。