23-7 不死鳥の赤
魔法が届かない。空中を進んでいた魔法の軌跡が九十度折れ曲がって地上に衝突した。
『魔』を感じさせない理不尽な干渉。間違いなく防御スキルによる効果によるものだ。
「アイサ、頼む!」
「任せてよ、『鑑定』発動」
こういった謎スキルを有する手合いはアイサの宝石眼でパラメーターを確認するのがセオリーである。
膝立ちとなったアイサは狙撃銃のスコープを覗き込む。精神を集中させて、長い円錐型の多脚で近付いてくる怪生物の頭部らしき部位をしっかりと視認する。
「魔法が落下したのは『天地無用』スキルの効果。空を飛んでいる物を落として、逆に地面にある物を浮かび上がらせる作用がある」
聞いた内容に限って言えば単純なスキルだ。が、単純なスキルほど応用し易く、化ける。目前のハルキゲニアなる怪生物は飛翔体を落下させる防御に用いたようだ。飛び道具は魔法だろうと銃だろうと届かない。
遠距離攻撃が駄目なら接近して、というのも危険が伴う。地面を歩いている最中に空へと放られる羽目になりそうだ。
「一パーセントまで下がっているはずなのに『力』が290もあるみたい……」
「本来のスペックを出されたら手も足も出せない相手だったな。そういった意味では初代さんの言う事は正しいのだろうけど」
異世界の水準的に、パラメーターが百あれば英雄、千で伝説、万でふざけている、に振り分けられる。ハルキゲニアは見事ふざけている枠に分類される人類が触れてはならない相手であるが、『魔王殺し』スキルにより倒せる範疇に収まっている。
攻撃さえ命中すれば倒せる。ただ、そんな都合の良い攻撃なんて早々――、
「――氷結、凝固、束縛、冷凍平原、そこは静かな野原そこは動かぬ野原そこは氷樹しか見えぬ白き平原」
連鎖的に駆動する多脚が動きを止めて、霜に覆われた。氷結した足の付け根が砕け落ちて、本数がある程度減ったところで胴体がV字に折れる。氷像のごとく崩壊した。
アジサイの魔法が大気ごと敵を凍らせたらしい。魔法の範囲内にいる数体をまとめて処分していく。
「――創造、構築、圧倒、要塞土精」
ラベンダーは手堅くハルキゲニア直下の土を用いてゴーレムを作成する。岩の拳で下腹を打ち抜き、内臓に重大な損傷を与えている。
二人の魔法使い職のお陰で、範囲的な魔法や対象の傍で発動させる魔法は防がれないと証明された。
「……で、同じ魔法使い職の二人は?」
「相手に直接働きかける魔法って存外難しいから」
「私は格闘魔法の使い手だから許されたです」
皐月と落花生はお手上げといった感じに手を振っていた。皐月の方は燃費を考えなければ雰囲気を出しているが、追い込まれてもいない内から本気を出す事もないだろう。
アジサイとラベンダーの二人で大物の相手をしてもらい、残りのメンバーで戦艦に群がる敵を排除していく。それなりに時間を稼いだと思うのだが、まだ長城から人はやってこない。
「何をもたついているんだ?」
疑問を口にしながら振り返ると、要塞の屋上に集まった兵士達がロープを艦尾に引っ掛けている最中だった。
わざわざ屋上から一人ずつ綱渡りしている理由は、外に出られる通路が屋上のみだからである。侵攻を食い止めるために出入り口を閉鎖したのが仇となっている。
「あれではとても間に合わない。天竜、城に寄せてくれ」
「この体で細かな動きを期待されても困るのだがなっ」
神格戦艦を少し浮遊させて後退させていく。艦尾が漆黒の城壁と衝突して水平に揺れた。
近づけても艦と城には隙間がある。屋上から梯子をかけて、どうにか兵士達の移動が始まる。所々、空中を歩いているように見えるが、月桂花の魔法だろうか。担架で運ばれる怪我人を優先している。
屋上に見える人影は数多い。まだ時間を稼がなければならないようだ。
「避けなさい、落花生ッ!!」
後方ばかり注目していて反応が遅れた。
声の方向では皐月が落花生を両手で押し退けている。彼女の全身を覆って余り余る影が大きく広がる。
頭上からの奇襲だ。『天地無用』スキルで自身を浮かび上がらせ、『魔王殺し』の射程外に逃れていたハルキゲニアが急速降下している。ランスのような足をランスのように突き出して、一人残った皐月を狙う。
本来のパラメーターを取り戻したハルキゲニアの迎撃はできなかった。そうでなくても、その重量と重力下速度のみで人間一人を潰すには十分だ。
ハルキゲニアの足の一本に潰されて、あっと言う間に皐月の姿が消えてなくなった。
ぐしゃりという気味の悪い音は聞こえなかったが甲板を貫く金属音は響く。異形の体の半分近くが艦内に埋まって停止する。
「『魔王殺し』ッ!! お前はァアッ!!」
顔には見えない巨大なコブへと『暗影』スキルで肉薄する。ナイフで横一線に斬り裂く。同時に片脚で横顔を蹴り付けた。
「はああぁッ、蹴り飛ばすです! ――雷撃、足蹴、直撃、金色稲妻、頭を垂れよ実りを授けるは神の御技なれば命を灯すがごとく命を蹴り砕くッ」
落花生が象よりも巨大な横腹を足底で穿ち、爆砕する。落雷のような轟音が異形の体組織を広くぶちまける。
体を甲板に埋め、まったく動けなくなった時点でハルキゲニアの運命は決まっていた。そうでなくても皐月を殺した時点で生きられるはずもなかったが。
一方の皐月はというと――、
「――ぷはっ、あー、死んだっ!」
動きを停止した多脚の隙間から炎が広がり、ローティーン未満の少女の姿で這い出した。
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“『火の鳥』、永遠の命を司る傲慢鳥のスキル。
本スキル所持者が他殺された場合、年齢を幼児期まで若返ってから炎の中よりリザレクションする。
年齢を元に戻すためには、他殺犯に死をもって償わせる必要がある。
また、幼児期に退行している間はリザレクションできない”
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「また高い服を燃やしてしまった……」
蘇ったとはいえ死の精神的なショックで皐月がうな垂れている。きっとそうだ。
……精神状態が不完全であったとしても、甲板に現れた新手、一つ目の節足魔王ごときは片手で始末できる。
「カンブロ……なんだっけ、ともかく、ノコノコと現れて――炎上、炭化、火炎撃!」
現れたばかりの怪生物が火炎に巻かれて燃え上がった。レベル0の人間族並までパラメーターが削られているため、悶える暇なく燃え尽きるだけ。
だが、炎をかき分けた巨大な目。
「そいつは、違う! 逃げてッ!!」
いや、違う。
巨大な目と、後頭部の左右にある複眼が炎を突き破り、小さな皐月の傍を泳ぐがごとく過ぎ去った。アイサの警告は手遅れだ。
一瞬だけ、体の片側半分をもぎ取られた皐月が不安定な状態で静止する。
「あ、あれっ――」
皐月のイメージカラー通りの赤い血が動脈から吹き上げて、甲板を塗りたくる。
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●ゴチカリス系魔王、G666亜種
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“●レベル:31”
“ステータス詳細
●力:39490 守:585 速:508
●魔:31/31
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●ゴチカリス固有スキル『雑魚に擬態』
●ゴチカリス固有スキル『環境適応』
●ゴチカリス固有スキル『ゴチになります』
●魔王固有スキル『領土宣言』
●実績達成ボーナススキル『異世界渡りの禁術』”
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“『ゴチカリス』、雑魚モンスター似の節足動物型モンスター。
外見はカンブロパキコーペとほぼ同一で、外見的な差は後頭部にある一対の複眼のみ。ただし、その相違も初撃を与えるまでは『雑魚に擬態』スキルで隠匿される。
雑魚の中に紛れて行動して敵を欺く戦略を取っている”
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