23-6 擦り下ろしドラゴン
「行くな、行ってはならん!」
オリビア・ラインまで撤退した人類国家残党は、戦力の立て直しに失敗していた。
想像以上の早さで怪生物の大群が侵略を続けた所為である。オリビアはたった一日で九割以上征服されてしまい、オリビア・ラインにも万の群れが進んでいる。
強固なるオリビア・ラインにて敵を迎え撃つつもりであったものの、結局は敵の大群を引き連れてしまっただけだった。オリビア・ラインが長過ぎる事も仇となり防御体勢がまったく間に合っていない。
アニッシュ等は仕方なく、区画間の主要通路を爆破して閉鎖。人類圏西側に戻る道を自ら塞いで遅滞作戦を取っていたのだが……帝国から合流していた騎兵部隊が閉鎖予定のゲートの外へと留まった。
「自国をせっかく取り戻せる時に、訳も分からぬ化物共の好き勝手を許せるものか」
「短気を起しては駄目だ!」
「……お前は国に帰れ。ナキナのような地形では、騎兵の一斉突撃に向かない。この時を逃せば我等が活躍する機会がない」
「行くなッ!!」
大群が張り付くオリビア・ライン西側。そこへと駆け出していく騎兵達。
アニッシュは家臣や政略結婚相手に引っ張られて城の奥へと移動し、怪生物が殺到するより早く城門はエリアごと爆破閉鎖された。もう騎兵達は戻って来られない。
……城門が無事だったとしても帰還できるはずもなかったが。
騎兵部隊三千と、部隊を率いていた帝国戦闘姫は同数以上のカンブロパキコーペが待ち受ける平原を駆け抜けて勇敢に戦った。
レベル差、パラメーター格差を考えればありえない戦果を上げた。
そして、彼女達は無事……汗と血と……肉と食料になった。群れを突破し祖国に戻る事ができた者はゼロ。オリビア・ラインに引き返そうとして後退できた者もゼロ。消える炎の一瞬並みの活躍しかできなかった。
戦闘姫だった者の腕だけが、怪生物の勝利と共に掲げられる。
怪生物の勝利をだらりと弛緩した手首が揺れながら祝っている。そう時間をかけず、腕の付け根から行儀悪く咀嚼されて消えてしまうだろう。
空から三連砲で砲撃が開始されたのは、その直後。
粉々に砕けていく怪生物と壊滅した騎兵部隊の残骸は仲良く土の中に埋もれて消える。
無慈悲な痕跡の上を、西方から現れる新しい怪生物の一団が踏みつけて進む。
第一砲塔、第二砲塔が旋回して、艦ごと傾斜させて地上を指向する。砲弾が放たれてけたたましい音が全艦を揺らし、少し遅れて着弾の衝撃波でまた少し揺れた。
45口径46センチの三連砲は地上を埋める怪生物、カンブロパキコーペなる魔王とオドントグリフスなる魔王をまとめて吹き飛ばした。もっと種類や亜種がいるとアイサは『鑑定』しているが、分類はさして重要ではない。
異世界に現れた蟲星生物がすべて魔王に分類されている異常性さえも、今は大事ではない。
怪生物は、砲で殺せるかどうかが最重要であった。
「『魔王殺し』の射程外でも撃破はできる。挽肉にしてやれッ」
三連砲が火を噴く。地上に三本の長い爪跡が刻まれて、百の怪生物が引き裂かれた。
戦果は上々、と言いたいが黒い点で埋まった地上を多少抉っただけでは話にならない。倒した数よりも、西方より現れる数の方が多いのだ。焼け石に水、イナゴの大群にナパーム。小さな攻撃を繰り返してもオリビア・ラインは陥落してしまう。
また、主砲を用いた攻撃には残弾という問題があった。それをヘンゼルが几帳面に指摘してくる。
「記憶武装、残りが少なくなってきた、であります」
一度の砲撃で記憶武装の玉を一粒消費してしまっている。本来、ある程度のリロードが可能なはずの記憶武装の擬態武器であるが、主砲の砲弾が極太であるためか使い切りでしか運用できていない。蛇口をひねる勢いで希少な記憶武装の玉を減らし続けている。
破壊された第三砲塔から記憶武装を持ち出し、第一、第二砲塔へ供給してまかなっている。が、連戦に耐えられるだけの弾数が最初から用意されていない。いつかは尽きてしまう。
「構うものか!」
すべての弾を消費してもオリビア・ラインを守れるようには思えない。そんなツマラナイ事は想像が付いている。
「本当に良いのか、旦那様よ。助けるべき相手は、下にいる者達だけではないのだぞ?」
そもそも、オリビア・ラインを守る事自体に全力を注ぐのは間違いなのだ。俺達が真に達成するべきは異世界の救済である。そのために必要となる貴重な武器は残しておかなければならない。
オリビア・ラインに立て篭もった者達が憐れに虐殺されたとしても、異世界を救えるのであれば尊い犠牲でしかない。
「誰も旦那様を責めはしない。明確に見捨てられぬというのであれば、時間を稼ぐポーズを見せれば良い。それで、味方も旦那様自身も納得させられる」
「……そうだな、犠牲は必要だ」
異世界の滅亡原因を知って一日未満。作戦を考える余裕もない内に戦場へと飛んできてしまって、異世界救済の具体案は未だ骨格も出来上がっていない。多少の犠牲から目を逸らしてでも戦力を温存させて、時間を稼ぐ。天竜の主張は正しいものであった。
魔界で様々な戦闘を行い、また土地神として土地を管理してきた経験が、天竜に嫌われる発言を行わせているのだろう。
……ならば、俺から言う事はない。天竜本人が言っているのだ。仕方がない。
「分かった。主砲撃ち方やめ。オリビア・ライン防衛を諦める」
砲塔にいるエルフ達に弾の無駄使いを止めるように通達する。
「――代わりに、オリビア・ラインに残った者達の撤退支援を開始する。全艦、急速下降。地上にハードランディングさせて神格戦艦の艦底で異世界からはるばる現れた害虫を踏み潰してやれ」
やけになるにはまだ早い。自殺目的の特攻を命じたのではなく、神格戦艦の底を地面に密着させながら滑らせて広範囲に敵を潰していこうと考えたのである。
「は、はぁッ?! 旦那様よ、正気か!」
「弾の節約しながら、広く攻撃するにはこれしかない」
「神格戦艦を失うつもりか!?」
「天竜の現在の『守』なら地面を滑っても艦の被害は少なくて済む」
「乙女の柔肌を大根おろしで磨り潰せと命じているのだぞ!?」
「ええい、憑依しているだけじゃないか。つべこべ言わず実行!」
実際に肌を痛める天竜の尊い犠牲によって、オリビア・ラインに残る戦力を救い出し温存できる。ペットの悲鳴ぐらいで中断はありえない。
「従僕虐待ではないかっ、こなくそッ!」
艦が傾斜していき一直線に地上を目指す。高度が下がっていき、嫌な浮遊感に体を慣れる前に全身を大きく揺さぶられた。
オリビア・ラインの城壁に沿うように神格戦艦は着陸を開始したのだ。
城壁の傍なので大きな障害物は撤去されているものの、滑走路とは言い難い野原。そうでなくても海に浮かぶための船の底に着地用のタイヤは装着されていない。重力落下の勢いを一切殺さず突入すれば、ガリガリと金属の身を削っていく音と火花が散る。
天竜が実行を嫌がったぐらいには艦体が破損しかけているが、補助はラベンダー達にお任せだ。魔法でも気合でも良いので艦の形を保たせてくれれば良い。
壊れた艦橋の外を流れていく景色。
艦体が巻き上げる煙と土砂の境界線に接触した途端、カンブロパキコーペ共は圧倒的な質量に屈服して飛び散った。そこに何があったかさえ分からなくなる。
慣性を失うまで、二キロを超える走行距離を百メートル以上の横幅で耕した。
最後はスリップするように艦体を九十度滑らせて停止する。どうにかバランスを保ち、横倒しにならずに済む。
「桂さん、オリビア・ラインへ向かって内部にいる者達に、アニッシュがいればアニッシュにナキナへ撤退するように……いや、艦に乗り込むように伝えてください」
空白地帯が出来上がった事により怪生物の侵攻が一時的に停止した。すぐに埋まるだろうが、そう簡単には通しはしない。
「それまでの時間は俺達が稼ぎます。『魔王殺し』発動! 化物共、ここは通行止めだ」
パラメーターの激減により、俺を視界に収められる範囲にいる怪生物共の動きが大きく鈍った。その隙に、空を徒歩移動できる月桂花が背後のオリビア・ラインへと消えていく。
見栄を張ったものの、全員を神格戦艦に収容するまで、何十分持たせれば良いのだろうか。万の大群に対して俺達は極小。一騎当千でも不足する。
「――ラテッペ《花びらよ》、エカシリック《切り裂け》、イイサラトグム《むごたらしく》、ツヅ《塵とせよ》、《黄金樹の果実に手を伸ばさんとする愚者の腕は斬り落とされるだろう》」
ゼナが魔法を行使する。どこからか飛んできた無数の黄金色の花びらが異形共の体を解体していった。考える事は良い事であるが、今は体を動かす方が良いのだろう。
幸い、パラメーターを激減させた敵は酷く弱い。
傍で同類を仕留めればその屍骸に群がる程に連携も最悪だ。
戦艦の上から攻撃を加え、登ってきた奴等を蹴り落とすだけでも時間を稼げるような気がし――、
「下がれッ!」
――黒曜に首元を引っ張られて艦の縁から強制退避させられる。少し遅れて、音もなく忍び寄っていた軟体が立っていた場所へと覆いかぶさってくる。
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●オドントグリフス系魔王、A11Z3亜種
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“ステータス詳細
●力:1601 → 16(魔王殺し)
●守:898 → 8(魔王殺し)
●速:31 → 0(魔王殺し)
●魔:37/37 → 0/35(魔王殺し)
●運:0 → 0(魔王殺し)”
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「馬鹿が、油断するな」
「悪い。多少は動ける奴がいるのか」
多少といってもレベル一桁の人類よりは、程度に留まる。黒曜に助けられなくても対処は可能だっただろう。体の底に歯を持ったスライムごとき、ナイフで縦一線して簡単に始末する。
「……あのデカブツを見ても、余裕を保っていられるか?」
黒曜が珍しく本当に嫌悪感を含んだ目線を遠くに向けていた。醜悪な造形を目撃してしまった少女のような反応であるが……俺も同じような目付きを作ってしまう。
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●ハルキゲニア系魔王、T20301亜種
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“ステータス詳細
●力:29021 → 290(魔王殺し)
●守:10314 → 103(魔王殺し)
●速:48 → 0(魔王殺し)
●魔:51/51 → 0/51(魔王殺し)
●運:0 → 0(魔王殺し)”
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冒涜的な体をした、体の皮や脂肪をどこかに捨て去ってしまった多脚の巨大怪生物が十体ほど、神格戦艦目指して侵攻中だった。動きはやはり遅いものの、身長は神格戦艦の甲板より上。近付かれるのは正直不味い。
ゼナの魔法の花びらが強襲して一体を刻んでいくが、巨体だけあって攻撃を集中させなければ止まりそうにない。平気な顔――顔かどうかも分からないコブのような顔――を俺に向けている。地のパラメーターもかなり高いのだろう。
「近付かれる前に処理しよう」
魔法使い職の少女達がそれぞれ腕を伸ばして巨大な生物を照準し、得意の属性で攻撃を放つ。
巨大生物の体に魔法が到達する。
……その寸前に、魔法は突然地面へと直角に向きを変えていく。
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“『天地無用』、天地の逆転、錯覚を引き起こすスキル。
上下の感覚を失わせる程度の精神作用から実際の座標を変更する物理的な作用まで様々な上下逆転効果を発揮するスキル。空にいるものは地面へ浮かび、地を這うものは空へと叩き付けられる。
逆さまにしてはならないという言葉本来の意味さえ逆に考えてしまうのは、本スキルの効果によるもの”
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