23-5 不可視を可視に
由緒正しい煙突内部の発射装置から対空ミサイルの群が飛び立つ。斜め後方の雲の中に逃れた襲撃者を追う軌道で飛行を続け、濃密な白へと飛び込んだ。内側から赤い光と爆音が漏れ出す。
「旦那様よ、一発も命中させられていないぞ」
ミサイルの手応えから全弾外れたと天竜が報告してくる。赤外線ロックもままならず、ただ当てずっぽうに放って自爆させただけだ。まあ、そもそも赤外線でロックできたかは怪しい。
「牽制目的だから気にするな。じゃんじゃん放て!」
誰も視認できなかった敵に対して受身になっていては一方的にやられてしまう。ゆえに、弾幕の壁で接近を許さない。一発数千万円から数億円の贅沢な弾幕であるが、ケチるつもりはなかった。
第二射が再び雲の中へと向かっていく。
だが、ミサイル群をあざ笑い、傍を掠めて突風が艦へと向かってくる。近接信管を発動させるよりも速い突撃だ。
気付いた時には煙突の上半分がかじり取られてしまっていた。
「誰か、見えたか!?」
俺は、見えなかった。迫ってきたはずの敵を目視できなかった。
「『魔』が馬鹿みたいな速度で過ぎ去っていったけど、私には見えなかった」
皐月達、魔法使い組の意見は一致している。俺と同じく目視はできていない。魔法使い職の第六感で僅かな気配を感じ取ったに過ぎない。
「虫のようなものが少しだけ見えたような」
リリーム達、エルフ組は狩猟民族だけあって動体視力に優れている。そのため、敵の尾が見えたらしいのだが、所詮は残像の末端が見えたに過ぎない。本体を捉えた訳ではない。
「観測機器にも映っていない」
戦艦に憑依している天竜がカメラを使って撮影し、コマ飛ばし再生を試したようだがやはり映っていない。
「……いや、レーダーに若干反応がある。大きく旋回しているぞ!」
ただし、艦に装備されていた最新型のデュアル・バンド・レーダーがどうにか敵の方向を示してくれている。
「レーダーにしか映らないぐらいに速い敵という事か?」
「恐ろしく速いには速いが、レーダーの方向にカメラを向けて何も映らないとなると……光学観測を阻害されているという方が正しいな」
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“『直視不能』、光学的な観測を困難にするスキル。
本スキルを発動中、生物の肉眼でスキル所持者を視認する事ができなくなる。鏡やガラスを介したぐらいでは本スキルを突破できないのであしからず。
また、非生物であっても光学観測は困難であるが、何故か低性能な観測装置であれば映り易い”
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「あのクソ初代救世主、何がスキルは悪辣ではないだっ! どこがパラメーター依存した生物ばかりだっ! 十分驚異的なスキルを持っているぞ」
ここにはいない神様に対する悪口であるが、どうせ神通力で聞かれている。よって陰口には該当しないのでセーフ。
見えない敵の正体を異世界侵略生物と決め付けた悪口であるが、外れてはいないはずだ。先日まで竜頭魔王が泳いでいた空にまだ生き物が残っていたと考える方が難しい。不可視化スキルを有していようと、『究極生物』の前では屈服せざるを得ない。
竜頭魔王が滅んでから現れた新しい敵、と考えて対処する。
「レーダーに反応がある方向に、全員攻撃!」
見えない敵を倒す最も単純な作戦は、領域全体を埋める飽和攻撃である。
幸い、魔法使い職に偏ったパーティ編成のお陰で遠距離攻撃手段は多彩だ。面制圧イコール魔法と勘違いしている魔法使い職が多いのが難点であるが、そんな攻撃ばかりを求める俺が悪いのかもしれない。
レーダーが直上から敵が接近中であると告げてくる。
すぐさま、火炎の竜巻が立ち昇り、雷雲の嵐が敵の予測地点を薙ぎ払う。
「――全焼、業火、一掃、火炎竜巻、天に聳える塔のごとき炎の柱にひれ伏すであろう! 安心して、『一発逆転』発動中で『運』は100オーバー。目隠ししていても当てられる」
「――浄化、雷鳴、来迎、天神雷神、神の顕現たる稲妻にまつろわぬ存在は焼き尽くされる事だろう。私もです! 伊達に一度借金していないです!」
……そういえば、二人とも俺と同じ手段で『一発逆転』スキルを会得していたんだっけ。頼もしい。
荒れ狂う魔法が視界全体に広がっている。敵の『速』が高いからこそ、回避できずに炎と雷に焼かれていく。
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“『回避判定』、一方的な回避スキル。
1/10の確率であらゆる攻撃を回避可能。『運』が100上がるごとに2/10、3/10と確率上昇し、9/10が上限となる。
また、スキル所持者の姿が相手に見えていない場合、9/10固定確率となる”
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不可解な気流の動きがあった。そう感じたのは艦が衝撃で揺れた後だ。またどこかを削り取られたらしい。
「旦那様よ、レーダーが破壊されたッ」
「待て待て待てッ。それは不味いどころではないだろ」
ピンポイントでレーダーを攻撃されてしまった。
レーダーの性質上、装甲で覆っておけないので仕方がない。敵がレーダー波を察知していたなら、急所を狙って攻撃してきたのも仕方がない。百歩以上譲ってもうめき声を上げてしまうぐらいの痛手であるが、壊されてしまった物は元には戻らない。
ただ、敵が飽和攻撃を易々と突破してきた異常は仕方がないでは済まされない。
「敵も魔法を使って突破してきたのか?」
「違うと思われます。この理不尽さはきっとスキルによるものです」
月桂花の冷静に分析は全面的に信用しよう。
アジサイとラベンダーが共同で全方位に向けて放った魔法も回避された。突進を受けて艦橋の分厚いガラスが粉々に砕け散って仮面に降りかかる。
ガラスのように俺達が潰されなかったのは、ゼナが精霊魔法で編み上げた蔦のネットで受け止めていたからに過ぎない。
「攻撃魔法のみを回避して防御魔法を突破できないとなれば、やはりスキルであろうな」
ゼナの魔法が受け止めている見えない敵。風通しの良くなった艦橋の前面にいるはずのソイツは、やはり視認できない。
荒れ狂う大気の中に、牙を向けてくる凶暴生物の殺気を感じ取れるだけ。艦橋とほぼ同じ大きさの巨大生物が、俺達を喰い殺そうと暴れているだけだった。
「――トナルプ《樹木よ》、ヲルグ《生えよ》、デステルツゥオ《手を伸ばせ》、ゼオット《世界へ》」
ゼナが更に呪文を唱えて捕縛を試みるが、捕縛は攻撃扱いなのかすり抜けていく。凶暴な気配が後退していく。姿が見えず、速い敵を気配のみで追うのは不可能だ。
対抗手段が次々空振りしていくというのに、不可視の敵は詰めの段階に入っている。次の攻撃はより高速に思わぬ方向から行われて、俺達は無残に敗北する。
「……凶鳥、僕にははっきり視えたよ?」
戸惑った声の方向へ振り向くと、可愛らしく首をかしげたアイサが立っている。
「左目では見えなかったけど、凶鳥から貰った右目では視えた」
「本当か!?」
アイサの右目は生来のものではない。
凶鳥だった頃、俺を矢から庇ったアイサは右の眼球を貫かれて視力を失っている。代わりに、エルフの秘宝らしき『鑑定』スキルを有する宝石の義眼――宝石の形自体が眼そのものであるため、見た目では義眼と判断できない――を使用しているのだ。
綺麗な瞳であるが、彼女の右目は肉眼ではない。
『鑑定』スキルが敵の不可視化スキルを突破したのだろうか。いや、『鑑定』はものの価値を見定めるだけの効果しかなく、隠匿された物を発見するためのスキルではない。
理由は分からない。だが、視えているのならば反撃できる。
「良し、アイサ! 銃を持って攻撃だ!」
「そうしたいけど……僕の『速』だと追い切れなくて無理そう。あ、でも、『鑑定』によると敵は魔王職らしいから、凶鳥の『魔王殺し』が効くはずだよ。それで『速』が落ちればいけるかも」
今の今まで魔王と戦っていたのか。それは苦戦するはずである。
「だったら、『魔王殺し』発動!」
「そっちにはいないよっ! こっち!」
「こっちだな!」
「あ、もうあっちに行っている! あっち!」
「あ、あっち? よ、良し! 『魔王殺し』!」
「そっちじゃなくて、あっちだって! でも、またこっちにッ!」
「こっちあっちって、どっちなんだ??」
アイサは敵スキルを突破できているが、本人の『速』パラメーターが低いため姿を追い切れず見えていない。空を過ぎ去っていく残像に惑わされて指差しさえも遅れてしまっている。せっかく反撃できそうな雰囲気だというのに、まだ一手不足している。
「だったら、凶鳥が視てみる?」
妙な台詞だ。アイサ以外の人間には見えていないから困っているのに、何を言って――、
「はい、これ」
――アイサが片目を瞑ったニコやかな笑顔を見せている。その手には碧眼の宝石が乗せられている。
「……外せるのね。それ」
「元々、凶鳥がくれたものだし」
釈然としない気分だ。女の子が簡単に眼球を手渡してきて良いのか、元を辿ればこの宝石はエルフの物だ、と色々考えてしまうが今は二の次である。
アイサから宝石を受け取る。
青く広がる視界の中、敵が、車ほどの大きさの頭と、電車のように長い体を持つ甲殻生物が、真正面から突進してきている。どことなく竜頭魔王に似ているが、実際は相違点の方が多い。
「『魔王殺し』発動ッ」
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●スカイフィッシュ系魔王、YU3112亜種
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“ステータス詳細
●力:1009 → 10(魔王殺し)
●守:105 → 1(魔王殺し)
●速:1540 → 15(魔王殺し)
●魔:40/40 → 0/40(魔王殺し)
●運:0 → 0(魔王殺し)”
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スキルを発動させて敵の『速』を一パーセントまで減衰させる。
ナイフを逆手に構えつつ窓のない艦橋から跳躍して体を外へ。
食道の淵に牙があるような独特な口を避けて、構え直したナイフを平べったい額へと突き刺す。
深く刃を刺した状態で細い体の上を走り始めた。目打ちはしていないが、鰻を捌く工程に似ている。背中からなので関東風だ。『魔王殺し』で減衰させた『守』はあってないようなもので、発泡スチロールをカッターで切っていくサクサク感だった。
思いがけない場所で強敵とエンカウントした事により、オリビアへの到着は大きく遅れた。同じ敵との遭遇を避けるためにやや東寄りのルートから回り込んだ事も影響している。
高い山脈に沿って飛行を続けていると、山脈に変わって人工物が見えてくる。長く続く城壁。オリビア・ラインである。
「見えていたが、あれは――っ」
黒く続くオリビア・ライン。
オリビア・ラインの西側。人類圏側の地上に見えてくる無数の黒い点。
点と呼べない。上空からでも異形が区別できる程に巨大な生物も混じって、オリビア・ラインに群がっている。
「まだ半日で、ここまで押し込まれたのか!?」
オリビア・ラインは魔界からの魔族侵攻を食い止めるために建設された堅牢な壁だ。それを魔王連合に接収されて、魔界側にいた怨嗟魔王の侵攻を食い止めるべく更に強化されていた。一部分を崩壊させていたものの、ナキナ国主導による修復作業が行われていたはずである。
……その壁が、既に陥落状態だ。
起死回生のためだろう。オリビア・ラインから騎士団が野戦を仕掛けるために出撃していく。
「無茶だッ!?」
騎士団は三千の大部隊だったというのに、たった五分で突進力を失って孤立。俺達の到着を待たずに黒い点に群がられて見えなくなってしまった。