23-2 侵攻開始ののろし
魔界から空を一直線に進んで到着したのは教国の北方。
初めて訪れた国の場所が観光名所というのは観光客としてはごく自然だ。ただし、俺達は観光客ではない。観光地で眠っている初代救世主に会いにきただけである。
「あれが初代救世主の墓所。大きい。墓というよりも霊廟というべきか」
異世界の建築技術水準と遥かに超えた、地球人が見たとしても心が動かされる白く流線型の建物が高く聳えていた。山肌を削って作ったのだろう。背後には同じ色の山が見えている。
山の中腹に存在する霊廟までたどり着くためには、何段も続く長い階段を上らなければならない。戦時下であるため人は少ないが、それでも敬虔な人々が巡礼している姿が見えている。
霊廟の入口に立ったならば、荒い北海が地平線の先まで続く風景が眺められる。大自然を感じられるこの場所は、確かに墓としては悪くない。
“別に、僕はここで死んだ訳ではないんだけどね。生前に来た覚えもないし。死後に聖地と勝手に言われているだけの土地だよ”
「あー、あー、この私の耳がおかしいですわー。巫女職なのに『神託』が聞こえないですわー」
何故か艦橋の隅でリセリが両耳に手を当てて騒いでいる。聖地を訪れた際に必須の、教国の独特の風習だろうか。
“僕の死因は最愛の妻が作る手料理があまりにも美味しくて。「腐りかけがおいしいのよ」とか「炭には脱臭効果があるのよ」とか、他の人間では真似できない至高の品々ばかり食べていたから腹痛で――”
「あー、あー、聞こえませんわーっ」
“――妻? 妻は僕にとって最高の人だったさ。いや、台所にいなければ最高だったに違いないけど。毒ではないから耐性スキルが効かないなんて、それなんてスキルと常々思っていたけれど……”
「あー、あー、知りませんわーっ」
この北の大地に追い詰められた人類の唯一の希望として戦い、魔王軍の総大将たる大魔王の討伐に成功した初代救世主。ただ、その壮絶な戦いの中で呪われ傷付いた体は癒える事なく、戦いから一年後にこの海が見える丘で息を引き取った。
……教国発行、観光地案内より。
“妻の手料理を食べなかったとしても寿命は三年も違わなかった。なら、最後まで愛する人の料理を食べていたいと願うのが普通じゃないかな?”
初代救世主の声を聞いた皐月達が何やら感動し、俺に食べさせる手料理の献立を考え始めている。
初代救世主め。世界が滅亡しかけている土壇場で、今更、人気を得ようとしているのだろうか。
世界滅亡という重大事項を隠し続けていた初代救世主の信用度、好感度は低いが、ここまで来て引き返そうとは思わない。
「せっかくここまで来たんだ。全員で話を聞きに行く。天竜、下りられそうな場所に艦を下ろしてくれ」
丘の隣の平原へと神格戦艦を垂直着陸させる。天竜も憑依状態を久しぶりに解いて人間の姿となり、全員で霊廟へと向かう。
霊廟の中に入り、棺が安置されている地下階段を下りるように初代救世主から案内される。建物を管理している神官職も『神託』を聞いているためか、頭を垂れて俺達を出迎えてくれていた。
石の階段を下るたび、強まる冷たさを肌で感じる。
十人程度なら入り切るが、二十人となると手狭になりそうな暗室が目的地だ。
「狭苦しい場所ですまないね」
立ち入りを禁じ、装飾をあえて施さず四千年前からの内装を維持しているその部屋の中央に、眩い気配が存在する。特異な気配であるが、悪意的なものではなくむしろ真逆に相当する。似た気配の持ち主は土地神職たる天竜か。
「うん、顕現するのはニ千年ぶりかな。どうやら人類は、ギリギリ救われる余地があったらしい」
特異な気配の持ち主、赤毛の男が己の石棺に座りながら俺達を待っていた。
「――――ここが、最後の救済地点さ」
赤毛の男は俺を見詰めている……ように思えたが、目線の先は追えなかった。
「救世主パーティご一行。ようこそ、僕の元へ。きっと初対面なのだから僕の紹介をしようか」
石棺から立ち上がった男の身長は俺と同じぐらい。中肉中背。目立つ特徴は髪の色ぐらいなものだ。世界を救う男なのだからもっと特殊なのかと思っていたが、案外、平凡な男である。
「僕は生前、救世主職として世界を救った初代救世主。けれども今は、この世界から立ち去った創造主代行として世界を維持している管理神職。よろしくね。後輩達。仲良くしよう」
初代救世主は握手のために俺へと手を伸ばしてきた。挨拶は大事なので、俺も手を伸ばしてしっかりと握る。
「初めまして、初代さん」
「初代というのも気恥ずかしいものだけど、今の役職で言われるよりも悪くないかな。神様って柄じゃない」
初代救世主はもう片方の手も伸ばして、黒曜とも握手を望んでいる様子だった。
ただ、黒曜は地下の壁に背中を預けたまま動こうとせず、握手は空振りに終わる。
「俺達の紹介は省いても良いでしょう。それよりも早く本題に入りたい」
「ふむ、エルフ君もそれで良いのかな?」
初代救世主は救世主職の黒曜に意見を求めたようだが、やはり無視されてしまった。黒曜の人当たりの悪さには定評がある。相手が初代救世主だろうと神様だろうと変わるものではない。
特にめげた様子を見せず、初代救世主は語り始める。
「では、結論から言おう。人類はこれから一週間以内に滅亡する。原因は異世界からの侵略さ」
ついに明かされた異世界滅亡の原因。滅亡する事も滅亡の原因も想像の範囲内だ。
……範囲内だが、改めて言葉にされた際の精神的負荷は思った以上に強かった。人から事実を突きつけられてしまうともう否定できなくなってしまう。
「誰が、侵略してくるので?」
「誰が、ではないよ。単体ではない。群ですらない。ソレは……異世界の生態系そのものが僕達の世界を滅ぼしてしまうんだ」
「て、敵襲ゥゥゥウッ!!」
巡回の兵士が叫び、耳を覆いたくなる警笛が高音域で響く。
迷宮魔王だった瓦礫の中から突如現れたモンスターに襲撃を受けたのだ。迷宮魔王に飼われていた魔族の生き残りの可能性が高かったが、そのモンスターの形状は既知のものと大きく異なり正体不明。新種の可能性もあるとして、兵士三百人が即座に急行した。
……しかし、兵士達は魔族の撃退に失敗する。
それどころか誰一人、帰ってこなかった。兵士三百人が最初の犠牲者であったと気付けたのは後日になってからであるが。
三百人が出撃してから三十分後、駐屯地が襲撃を受けたのである。それゆえ安否を確認している余裕はなくなっていた。
「何だ、こいつはっ?! 虫か?」
駐屯地を守る兵士達は初めて対峙する敵、巨大な眼とエビに似ていなくもない節足が特徴のモンスターから逃げだそうとはしなかった。体長一メートルの魔族は、異世界の常識から言えば強い相手ではないからだ。
「虫は炎が弱点というのが定番だ。魔法使いは詠唱を開始、前衛は接近を許すなっ!」
モンスターがたった一体だけだったため、逃走の必要性を感じさせなかったのだろう。
エビのごとく内側に曲げた体を地面から少しだけ浮かべて泳いでいた。駐屯地に近付いてからは様子見のためか動きが止まっている。
その隙に兵士達は前面に盾を並べて、後方の魔法部隊の先制攻撃を待っている。
「――発火、発射、火球撃!」
「――発火、発射、火球撃!」
「――発火、発射、火球撃!」
三節魔法の火球が複数飛んでいき、魔族の体を赤く染め上げる。これでほぼ勝負は付いたはずであるが、念入りに、長槍を持つ兵士数名が進み出て炎の中へと穂先を突き入れた。
硬い甲殻に阻まれて槍が停止する。
表面を少しだけ焦がした棘のような手腕が広げられ、最も近くにいた兵士を捕縛する。体ごと抱き付いて複数の腕で絡める。兵士は逃れようとしたものの、万力に押さえ込まれているかのようでびくともしない。
「は、離れ――止めろぉぉおおおッ!? ぐぉ、が、やッ、ギャ」
胸に相当する部位、脚の付け根の間にある口が兵士の悲痛を生きたまま貪り喰う。
「この、モンスターがッ」
「放せ、この野郎!!」
仲間を救おうと兵士達は駆けつけて剣で斬りつけ、斧を振るった。が、かすり傷を付ける事さえ稀だった。
兵士の中にはレベル20を超える者がいる。レベル30を超える強者さえいた。そんな兵士達でダメージを与えられない相手となると、モンスターのパラメーターは酷く高い事になってしまう。だからといって攻撃を止める事にはならなかったが。
けれども、必死の救出作業は中断される。
今戦っているモンスターとまったく同じ特徴を持ったモンスター、カンブロパキコーペなる名前を持ったモンスターが二十体強、地面すれすれを泳いで急速接近している。
==========
“『カンブロパキコーペ』、一つ眼の節足動物型モンスター。
カンブリア紀に存在したという異形の生命体。本来の体長は一ミリ程度のものであるはずだが、蟲星産の個体は一メートルの体を有する。
ミジンコと似た生命体と表現されるが、どこか似ているかと言うと巨大な一つ目だったりする。ミジンコを正面から見てみよう。
なお、ミジンコと同じく生態系では下の方に位置するため脆弱。その代わり数が多い”
==========
「敵の増援ッ。司令部へ救援要請。のろしを――なッ」
魔法を使ったのろしが、駐屯地の各所から上がっていく。
隣の駐屯地からも、後方に設置されている司令部からも――。