22-11 温かな光の中で
爆発までの猶予は……分からなった。導火線が付いているタイプの爆弾ではないのだ。起爆の瞬間まで外見的変化はなく、いつ爆発するのかは想像できない。
どちらにせよ、必死に逃げるだけだ。
そう、リリームが。
「飛べッ。もっと飛べ! ここで活躍せずいつ活躍するんだ! リリーム!!」
「ですから、これが限界ですーっ!!」
背後に広がっている景色の中で竜頭魔王の割合はまだまだ大きい。
リリームの妖精の羽は鳥よりも速く空を飛べる優れ物であるが、今求められている速度は飛行機の速度である。生半可な速度では爆発半径から逃げ切れないのだから、必死になってしまう。
「リリーム。チェンジだ。俺が跳んだ方が速い」
「ですが、御影様に飛行スキルは!?」
「基本の『速』パラメーターは俺の方が高いんだ。空中に足場さえあれば問題ない!」
原理は懐かしい系ゲームと同じなので簡単だ。アイテム二号を足元に呼び出し、蹴って跳躍する。作用、反作用といった物理法則が邪魔して成功しない可能性もあるが、何もしないで抱えられているだけなのも忍びない。
「召喚物、墓石ッ。『グレイブ・ストライク』ッ」
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“『グレイブ・ストライク』、墓地のあらゆる物を投擲する罰当たりなスキル。
墓地に存在する物に限定した召還魔法し、投げ付ける。消費する『魔』は重量に依存し、だいたい百キロで1消費する”
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“●レベル:98”
“ステータス詳細
●力:272 守:124 速:429
●魔:106/117 → 105/117
●運:125”
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抱える立場を逆転させる。宅配便のごとく俺がリリームを両腕で抱えつつ、足元に召喚した御影石を強く踏んで空中ジャンプを実行した。
「こ、これが俗に言われるお姫様だっこ?! 死ぬ前のご褒美ですかっ」
「馬鹿言っていないで、舌を噛むぞ!」
案外、思った通りにうまく跳躍できた。上下への揺さぶられが強く、次の足場を召喚するまでのスパンは短いが、単位距離での移動速度はリリームの羽を圧倒する。
『分身』を作り出した『魔』を差し引いて、『グレイブ・ストライク』を使用可能な回数は約百回。
『速』が429ある俺は常人よりも四百倍の速度で移動が……いや、パラメーターの数値がそのまま筋力その他に反映される訳ではない。正味、四十倍が限度となる。
地球最速のスプリンターが時速45キロメートルで走れると聞いた事がある。基本能力がただの大学生でしかない俺ならせいぜい半分未満の時速20キロメートルか。風圧による影響その他もろもろを取っ払って導き出される現在の速度は――、
「――時速800キロ! くそ、音速の壁は破れていないか」
マッハ1は時速1224キロメートルなので戦闘機よりも遅い。まあ、音速突破してしまうとソニックブームが発生してしまう。空気の壁をぶち破るような音は聞いていないし、仮に聞いてしまうと恐ろしい衝撃波が生身に襲いかかってきてしまう。
……あれ、今ばりっていう物を破る異音というか爆音でしてから風圧が強まったような。
腕でホールド中のリリームが口を閉じれなくなって面白い顔になっている。
「あばばばばばばば」
「しっかりしろ、リリームッ!」
このままではエルフの美顔が完全に伸びてしまうが、命には変えられない。
そもそも俺の『魔』も限界だ。この速度は維持できない。
“――うぅ~~、酷い味~~”
それに状況は悪化し、ダウンしていた竜頭魔王が顔を起してしまった。
きょろきょろという表現が似合わない巨大な顔を動かしている。俺を探している動作で間違いない。発見されて追尾されたなら、せっかく稼げた距離が無駄になってしまう。
こうなれば一刻でも早く起爆して欲しいものだが、融合魔王を設置した竜頭魔王の首元に兆しのようなものはない。
起爆スイッチを押した時点で作戦失敗の心配はなくなったが、相打ちで終わるのは避けたかった。どこかにいる神様――我が家のペット以外の神様――助けてください。
“あ~~、いた~~っ!!”
神様に祈っても、現実は非情だった。
俺達を発見した竜頭魔王は……喜色に染まった顔を真下へと向けていた。
“もう~~! お食事の邪魔をしたら駄目だよ~~”
竜頭魔王は下に向けていた顔を振り上げている。構造的に顔の下についている口を地面へと叩き付ける予備動作だ。
「あんな場所で。どういう、事だ??」
「私達を発見したのではないでしょうか?」
俺の『魔』が切れたのでリリームの羽で再び飛ぶ。
後ろが気になって振り返ってみたが、俺の視力では何が起きているのか分からない。竜頭魔王の傍に誰がいるのか分からない。それぐらいに遠ざかっていた。
ただ、エルフの中でも狙撃に長けたリリームには見えてしまったらしい。
「誰かが、二人いますっ! あの姿は……森の種族――姉さんッ?!」
リリームでなければ、あるいはアイサでなければ、見えたとしても誰であるかまでは識別できなかったに違いない。
竜頭魔王に対するデコイとなるために、現世と繋がった黒い海から勝手に現れていたのだろう。翼竜の悪霊を大量に呼び寄せた際に、一人か二人、余分に紛れていたとしても気付けるものではない。
まあ、リリームと一緒にいなければ、俺を嫌っているトレアが登場するはずもなかったが。
「一人はトレアだとして、もう一人は?」
“おそらく、エルテーナだろうね。君が落とした仮面で顔を隠しているようだけど”
「初代さん……」
“あの巫女職は人類を滅ぼしたかった訳ではないからね。とはいえ、償いという訳でもないだろう。さあ、振り返っている余裕はないよ。爆発する寸前さ。飛びなさい”
初代救世主の声によって断ち切れた訳でないだろうに、リリームは目を擦りながら飛行した。
それから数秒後――、
“――いただきま~~――――”
――世界が真っ白に漂白されて音を失う。
刹那の後、地表で太陽が顕現し、その御身を直視する不遜な者共を焦がし、燃やし、浄化していく。
魔王の遺骸を突き破って孵化した由来。地球では人類が人類を滅ぼす兵器としての由来。そのような忌むべき由来しか持たない物理現象だというのに、その数万、数億度の火球に邪悪さはない。エネルギーの塊に意思などありはしない。
だというのに、威圧に耐えかねた大気層は恐れ退いて星を駆け巡る。逃げ遅れた大地は蒸発しながら削られていく。
俺達は前者。逃げていく大気に押されて上も下も分からない状態となって飛ばされていった。
竜頭魔王は……起爆の中心にいて助かる理由はない。消し炭さえも残っていないだろう。
蒸発した大地が巻き上がった煙の柱が大気層を突き破って立ち昇る。
この世の終わりに見える光景。苛烈過ぎて矮小なる人類では太刀打ちする気にもなれなかっ――、
“――あったかぃ、どうしてかなぁ、なつかしいよ――”
火球を泳ぎ切り、煙を食い破り、究極生物の牙が、頭が現れる。
“――みんな、ここにはとてもあったかぃ、きっと僕達が失った何かだよ――”
けれども、それで限界だ。核融合の直撃を耐え抜いたところで限界で、顔が現れた事自体が説明不能な悪夢であったが、悪夢は太陽の光で消えていく。
竜頭魔王の、その象徴たる異形の竜頭が落下していく。頭部以外は火球の中で燃え尽きて出てくる事はなかった。
“――みんな、早くおい――で――”
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“●バハムートを一体討伐しました。経験値を八九三入手し、レベルが1あがりました。レベルが1あがりました”
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“●レベル:98 → 100”
“ステータス詳細
●力:272 → 280
●守:124 → 130
●速:429 → 437
●魔:0/117 → 0/122
●運:125 → 130”
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教国の祠。四千年前の偉大な英雄職を奉る墓所。
教国建国後より観光地と化し、昨今は世界情勢の関係により来客数の減っている豪華な建物の中。観光地と化していても、観光客の訪れられない最奥の石造りの部屋の中。
英雄が安置されているにしては質素で、四千年前の物だとすればヒビ一つない綺麗な石棺の上。
バチあたりにも、一人の男が棺の上で尻を付いている。
「――さーて、並み居る魔王をすべて討伐し終えてしまったね。おめでとう」
赤毛で、やや痩せ気味の男は御影達の戦いをすべて近くで見てきたかのごとく、ぱちぱち、と手を叩いて祝福した。
「そして、これからが本番だ。『カウントダウン』は進み、僕達はついに異世界、蟲星より現れる侵略者と戦わなければならなくなった。だけど、これは絶望的。というよりも絶滅的なんだけど、そんなのはか弱い人類としてはいつもの事さ。誰かがやらないと結果が変わらないのだから、やるしかない」
不思議なのは、男の体がキラキラと神々しく輝いている事だろう。そうでなければ、照明のない締め切られた部屋の中で男の赤毛が見えるはずがない。
「――一番の不安は、後輩達がここにくるかなんだけど。…………皆来てくれるかなぁ、はぁ」
男、初代救世主は世界の危機以上に、己の不人気を嘆いているように見えた。