22-9 究極の魔王に計略も恐怖も不要
“お腹減ったのに~~、お邪魔~~~っ!”
巨大な顔が落下中の俺を見下ろしている。パラシュートなしでのスカイダイブに興じている最中であっても、魔王の体違いな声質が気になって仕方がない。まるで幼児のごとき言葉遣い。最強の生物が使うものではない。
“アナタ誰~~~?”
「俺か?! 俺は御影という」
“そんなこと聞いてないよ~~? お名前は~~?”
言葉通りに子供並の思考しか持っていないのだろう。会話が成り立っていない。
“お名前は~~、美味しい~っ? お不味い~っ? どっち~~??”
いや、会話が成り立っていない訳ではなさそうだ。竜頭魔王にとって他生物を図る物差しが味以外にないだけだ。名前というパーソナリティを味と誤認するぐらいに、俺達を同じ生物と見なしていない。
人間がノミに親近感を抱くだろうか。
大魚が小魚を同類と見なして得があるだろうか。
“お不味いから、恥ずかしいの~~?? 大丈夫、僕は好き嫌いしないよ~~?”
「竜頭魔王ッ、子供の残酷さが具体化しているのか!」
“まおうって何~~、美味しい~~??”
覗き込むままに降下を開始する竜頭魔王。頭部の付け根に設置した融合魔王の遺骸は落下していない様子だが、まだ『魔』を通しておらず起爆準備は完了していない。
針山のごとき骨の谷が後頭部へと迫る。地面が近い。
この窮地に対し、顔の仮面を剥ぎ取るのを躊躇ってはいられない。
「――クソッ。深淵よ。深淵が私を覗き込む時、私もまた深淵を覗き込んでいるのだ」
魔王と対峙するたびに使用して以前のごとく悪霊の代表と化してしまう、なんて恐怖は生きているからこそ味わえる贅沢品だろう。
瘴気で変色し、毒の色となっていたドラゴンの墓場。さらにドス黒い色合いが濃くなっていき、完全に黒くなったその場所へと着地する。水面のごとき波紋が着地地点を中心に生じて広がる。
現世の一部を隠世の黒い海へと置換した。
それだけで高々度からの着地に成功する。
「この状況をまったく想定していなかった訳ではない。ここには材料が多い。だからこそ戦場として選んだ」
片腕を掲げる。
呼応して、うち捨てられていたドラゴンの残骸が独りでに結集する。巨大な骨の腕を形成しながら空へと手を伸ばした。
振りかぶってから丁度良い位置へと降下してきていた竜頭魔王の横っ面を殴り付け、無理やり軌道を変えさせる。竜頭魔王が頭から突っ込んだ所為で、隣の頂が砕けて消えた。
“お邪魔~~”
殴れたダメージを一切感じさせない口調で、クレーターに埋めていた頭部を引き上げる竜頭魔王。上空へと数百メートル後退してから頭の下にある牙を振るう。
牙と少し接触しただけで骨の腕は爆撃されたかのごとく派手に吹き飛ぶ。ただの骨ではないので並みの強度ではないはずなのに、赤子に捻られてしまい簡単にだ。
「舐められているな。数を増やすぞ」
“これ、舐めて良いの~~? わーい~~”
破壊された骨の腕を再生する。別に一本、二本と足元に堆積している骨を材料に生産を開始する。
東京タワー並みの骨の腕の『力』は竜頭魔王の『守』を上回っている。だから殴れば甲殻にヒビ割れさせる事も可能だ。物理的な破壊だけではなく、割れた内側へとドラゴンの呪いが入り込み汚染させてもいるだろう。
“ボリボリ~~。んー、普通~~?”
だが、竜頭魔王に対しては有効な攻撃手段と言い難い。
骨の腕が一本、咀嚼されて口の中へと奪われていった。それ一本で人類数万人をゾンビにできる魔法的な汚染物質なのだが、味は普通だったらしい。
割れた甲殻も内側から現れる新しい殻と入れ替わり、無傷の姿を取り戻す。異常では済まされない新陳代謝スピードだ。
“前に食べた事あるから、普通~~”
「そういえば呪いの付与は翼竜魔王がやったんだったな……」
呪いに対する耐性は既に得ているという訳だ。戦い辛い相手ではあるが、そもそも竜頭魔王とは真正面から戦う相手ではない。
どうにか動きを止めて、頭部に設置した融合魔王へと『魔』を注入しなければ。
「私が行きますッ!」
羽を広げたリリームが頭部へと向かって飛行する。確かに、俺が抑えている間にリリームが行くのがベストなのだろうが……融合魔王の遺骸に近付けばリリームが死ぬ。
「行くなッ! 死ぬぞ!!」
「この瞬間を逃せば、御影様が竜頭魔王に潰されます!」
出会った時からそうであったが、リリームは融通が利かないテンプレートなエルフであった。それはつまり、使命に対して従順で責任感が強い性格を意味する。
リリームの言う通り、俺はもう竜頭魔王に目を付けられてしまっている。しかも、仮面を外してなお勝てる保証のない初めての相手。リリームが無茶に走ってしまうのも仕方がない――、
「――とでも、言うと思ったかッ!!」
悪霊とはこの世への未練だけで意味喪失を拒んでいる魂の総称だ。罰当たりにも彼等をこき使う俺も彼等と思考を共有している。
死とは最上級の禁忌なのだ。
生とは一度手放せば二度と手元に戻ってこない奇跡なのだ。
だから、リリームの行動にどれだけ論理的でも正当性があろうとも、俺は決して許さない。
「悪霊共ッ、来い!」
黒い海と化した地面に両手を突いて波紋を広める。と、呼ばれた魂が現世へと飛び出してきた。黒く変色した体を得て竜頭魔王へと向かい飛翔する。
ワイバーン、成竜、古竜。
俺と直接縁あるドラゴン族達ではなかったが、竜頭魔王に用事があるらしく殺気をあらわに羽ばたき殺到する。
「えっ、ひゃうっ!?」
空を縄張りとする翼竜はリリームを追い越して、群による攻撃を開始した。後ろから衝突されかけたリリームは空中で引き返すしかない。
“おかわり~~?”
竜頭魔王は嬉しそうな声を出して、群がる悪霊ドラゴンを喰った。
“あー、前に食べた事ある~~。おいしいね~~!”
生者が悪霊を取り込んで無事でいられるはずがないというのに、腹を下している様子はない。
悪霊の中の一体、真性悪魔に匹敵する力を有するエンシェントドラゴンが顎を限界まで開く。喉奥で光が輝き、可視光線となる程にエネルギー量の高いブレスで魔王の甲殻を切断していく。
“そっちもおいしそう~~!”
ただ、攻撃力の高さに比例して狙われる可能性が強まる。振られた牙に殴打され、二つに分裂した体を空中でキャッチされ喰われた。
食事の隙を突いて別の悪霊ドラゴンが魔王の額へと張り付いて、ゼロ距離からドラゴンブレスを放った。が、今度は甲殻を熱して赤く染めるだけに留まる。ブレスの威力が低かったようには思えない。
「ッ! もう『魔王殺し』のレジストが始まっているのか」
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“ステータス更新情報
●力:42949672 → 214748360(抵抗中)
●守:655 → 3275(抵抗中)
●速:1024 → 50(抵抗中)
●魔:82/82 → 5/5(抵抗中)
●運:0”
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対竜頭魔王戦では時間制限もある。パラメーターの数値は回復し始めており、既に下級種のドラゴンでは傷一つ付けられなくなってきている。
“分かった~~! 君の名前はお菓子袋なんだ! やっと分かったよ~~”
攻撃の効果が弱まった所為で竜頭魔王の意識が再び俺に向けられる。
“もっと、ちょうだい~~。もっと、食べたい~~”
大きく上空へと頭部を逸らしたと思えば、俺がいる谷ごと粉砕しようと頭部を叩き付けてきた。
頭部を支えようと伸ばした骨の腕は早々に『力』負けして、複雑骨折してしまう。こうなれば自前のスキルを用いるしかないが、残念ながら『暗影』で逃れられる面攻撃ではない。
コンマ秒しかない猶予で逡巡していると、ふと、体に急激がGがかかった後、浮遊感で気持ち悪くなる。
いつの間にか、谷を拡張しながら粉砕する竜頭魔王を見下ろせる上空に俺はいる。
「御影様ぁあッ!」
「おっとっ!」
俺を口で咥えて急速離脱し、甲斐甲斐しく飛んできたリリームへと俺を放り投げたのは、六枚の翼を持つドラゴンの悪霊だ。エンシェントドラゴンと比較すればまだ若く巨大とは言い難い個体であるが、体内に感じる『魔』の総量は異常に高い。
六枚翼のドラゴンは大きく咆哮してから、大地へ頭突きをした竜頭魔王へと攻撃をしかける。口からのブレスはもちろん、同調して輝く翼からも収束させたエネルギーを発射して、竜頭魔王の背中に複数の穴を開いていく。
“やっぱり~~。叩けば増えるから、君はお菓子袋で間違いない~~”
これまでで最も大きなダメージを負っている割には、竜頭魔王は特に痛がっていなかったが。開いた穴へとワイバーンが突入し、内側から肉を啄ばまれているというのに危機感は一切ない。
俺は、これ程までに異質な相手と戦った例がない。
「究極生物ゆえの余裕だと思いたいが。竜頭魔王、お前には恐怖という感情がないのか?」
“恐怖って何~~? 美味しい、お不味い~~??”
巨大な身体に反して、魂があまりにも貧弱だ。
人間は赤ん坊の頃、それこそ生まれた瞬間から恐怖を理解できる。進化の中で蓄積された必須情報として本能に刻まれているから恐怖できるというのに、竜頭魔王にはそういった重要機能が備わっていない。
食事を効率良く摂取するための、食の楽しみしか分かっていない。
「異世界においてもお前は異常だ! お前は一体、何だッ!」
“僕~~? 僕は~~は~~。……あれ~、僕って美味しい、お不味い~~??”
「ステータスからして異世界の基準から大きく逸脱し過ぎている。別の生態系からやってきた外来種としか思えない。竜頭魔王、お前はどこからやってきたッ!?」
“僕~~? 僕は~~は~~。……うん、たくさんお食事したいからきた~~”
「どこからきたんだッ!!」
六枚翼のドラゴンを顎で地面に押し潰してから、竜頭魔王はゆっくりと浮上してくる。
“僕は~~、皆が無数いる所からきた~~。でも、皆が多くてお食事を独り占めできなくて~~、丁度良い穴があったから、そこを通った~~”
やや上へと頭部を逸らして、上空にいる俺の質問に答えてくる。
“穴を作った子は~~。皆が無限繁殖いる美味しい所を、蟲星って言った~~”