22-8 幼少
思った以上に強い気流に体を押されて、背中をリリームに支えられる。外に出て、ここが山よりも高い空の上だと認識して白い息を吐いた。
「ロープで私と縛ります」
「高々度での活動はレベルが高くても厳しいな。素早く済ませよう」
インストラクター付きのスカイダイビングと同じ体勢で密着した。リリームが上で俺が下。
森の種族は狩猟種族であり、弓を撃つために最適な体形へと進化してきた背景があるため無駄がない。別にどこがどうと言いたい訳ではないのだが。人それぞれだ、それぞれ。
「ではいきます。『精霊化』!」
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“『精霊化』、先祖の神秘を蘇らせし者のスキル。
妖精としての性質を高める事により『力』『守』『魔』がニ倍になる。身体的な変化も生じて背中から光沢ある羽が生えてくる。
ただし、スキル発動中は森林地帯から出られなくなる――正確には、出てしまうと空気の関係上生死に関わる――ので注意”
“≪追記≫
リリームは例外的に森林地帯以外でスキルを発動可”
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妖精の光沢ある羽を生やしたリリームと密着して甲板から飛び立つ。竜頭魔王のごつごつした腹に沿って飛んだが、相対速度に差があり過ぎてすぐに尾の方へと流されていく。
「腹の方は設置が難しい。背中側に回ってくれ」
「風がっ、うまく聞き取れません!」
「ええいっ、俺が手を握ったら顔を近寄せてくれ。側面から上に行く」
リリームの妖精の羽で甲殻の上を巡る。
巨大な影から外に出ると上空には地上よりも眩い太陽と、下方には雲海が見下ろせた。気流に流され過ぎないようにいったん魔王の背中に着地する。
空に浮かぶ大陸のようなもので、起伏が多い。たくましく苔や雑草が生えているのは僥倖だ。融合魔王の設置は難しくはなさそうである。
今いる場所は竜頭魔王の中央部。爆発半径に脳や心臓、肺といった重要な内臓器官を多数含めたいので、もう少し頭部方向へと移動したい。
「竜頭魔王の脳が頭にあるとは限らないが……」
原生生物であり、異星生物と疑いたくなるレベルで異なる体付きをした魔王である。人間の常識は通用しない。
「少なくとも口を潰せれば餓死させる事は可能だと思います」
「そう信じよう。リリーム、飛んでくれ」
「はっ!」
風と戦いながらなので早いとは言えない速度で進んでいると、下で動きがあった。
神格戦艦が魔王の腹への密着状態を解いて姿をさらしている。ついに幻影を維持できなくなったのだろう。
目聡く神格戦艦の位置を特定した竜頭魔王がその身を反転させようと大きく動く。
「ここからは時間との勝負だな。『魔王殺し』発動!」
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“『魔王殺し』、魔界の厄介者を倒した偉業を証明するスキル。
相手が魔王の場合、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が百倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、魔王はスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦み、パラメーター全体が九十九パーセント減の補正を受ける”
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“ステータス更新情報
●力:4294967295 → 42949672
●守:65535 → 655
●速:1024 → 10
●魔:82/82 → 1/1
●運:0 → 0”
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竜頭魔王の飛行速度が体感できる程に下がり、リリームの飛行速度が勝る。神格戦艦も魔王の牙の射程外へと逃げ延びた。『魔王殺し』は効いている。
天竜達は竜の墓場の上空を直進するルートを採用したようだ。『速』が落ちても竜頭魔王は追従を止めていない。囮としての役目を果たして、逃げるイワシのように艦尾をあえて振っている。
「急げ、リリーム!」
『魔王殺し』が竜頭魔王の『究極生物』によりいつレジストされるか分からない。爆発する瞬間までパラメーターは激減させておくのが理想だ。羽で飛ぶリリームを急かして魔王の頭部を目指す。
甲殻ギリギリの低空飛行で三分ほど飛んだ。左右に突き出している魔王の目玉が大きく見えるようになった。更に一分飛んで、甲殻が上へと傾斜し始める。
頭部と胸部の境目らしき谷を越えたのでリリームの小さな手を握って停止を指示した。
「もう少し行けます!」
「ここで良い。ここで起爆させる。ロープを解いてくれ」
融合魔王の強力な毒に耐えられるのは俺だけだ。『暗器』で取り出す前にリリームと離れておく。
風を避けられる溝を探し、丁度良い場所を探り当てる。
「よし、固定用に植物でネットを作ってくれ!」
「承知しました――ネイブ《蔓よ》、ニラトセ《拘束せよ》、トーホス《新枝の》ッ!」
近くに生えていた植物で設置用のネットを作り出してから、手の平を溝へと向けた。
「『暗器』解放!」
異空より黄色い柱の結晶体が手の平の前方に現れた。重量を支えつつ、溝にはめるように横たえさせる。竜頭魔王が多少動いても転がらないようにネットの内側に取り込んでから入口を縛る。
「準備完了だな。あとは『魔』を注入するだ――」
残作業は起爆の時限スイッチをオンにするだけである。が、その前に地面が大きく傾く。
いや、竜頭魔王が体を傾けたのだ。傾斜角は六十度を過ぎ、九十度をあっと言う間に超えていく。
「バレルロール!?」
竜頭魔王は体の長い軸を捻って回転させつつあった。前方を飛ぶ神格戦艦を追うだけであれば無駄な横回転を行う必要はない。
竜頭魔王の生物らしくない両眼が、冷たい視線を俺へと向けている。
「比率がノミ未満の俺達に気付いたのかッ! お、落ちるッ」
「御影様ッ!!」
「近付くなッ。自分の事だけを考えろ!」
融合魔王の毒圏へと近付くリリームを制したため、一人で空へと投げ出される。
地上は丁度、竜の墓場の谷底。古竜の巨大なあばら骨が無作為に突き出すそこは地獄の針山に等しかった。
身を翻した竜頭魔王の、名に付けられる程に巨大な頭部が回りながら俺を見ている。もう神格戦艦は見ていない。
“OOOOOOOOォォォォォゥゥゥゥ!”
鳴声とも咆哮とも異なる、野太い筒を風が通り抜ける際の鳴動のごとき魔王の鳴声。
それが、魔王職の固有スキルにより人語へと変換されていく。
“――お食事の、邪魔~~~っ!”
……意外と可愛らしい声だ。