21-21 肝臓から心臓へ、寄り添う恐怖とは
閉塞感はあるが決して狭い訳ではない通路をところてんのように押し出されてワームが迫ってくる。
「後ろからも来ています!」
後方からも通路をぎりぎりの大きさのワームが急速に近付く。実に分かり易い挟み撃ちだ。
「天竜!」
「我にはちょっと狭いぞ」
前方のワームは天竜に一任した。
天竜は少女の姿を捨て去ってドラゴンの巨躯へと変化する。天井に頭が突っかかるのでいつもの五分の一未満の大きさである。
肉体同士が正面衝突して空気が上下左右へと振動する。天竜の掌底がワームの顎下を突き上げて無理やり食い縛らせ、エナメル質の耐久限界を超えたためワームの牙が折れて口内を貫いた。溢れ出る血の量から考えて即死だろう。
「後方はリリームが!」
「お任せください!」
後方のワームは精霊戦士のリリームの受け持ちだ。線路上で列車を待ち受けるに等しい所業であるが、きっと前衛職なので何とかしてくれるだろう。
「――ネイブ《蔓よ》、ニラトセ《拘束せよ》、トーホス《新枝の》ッ!」
レンガ壁を貫いて数本の蔓が伸びる。ワームの前方で絡まりネットを構成し、ワームの顔面を受け止める。完全に勢いを止めるには至らなかったものの、減速したワームの面頭へとリリームは剣を突き立てた。
突いた剣を『力』任せに斬り上げる。割れた頭蓋から中身を垂れ流してワームは停止していく。
「このワーム、明らかに大きさが迷宮に合っていない。どこから入ってきている」
“――外から見たら、面白い事になっているようだけど”
迷宮魔王に圧力を加えるために軍隊を率いて出撃していた人類国家軍。
その総大将として軍隊を率いている人類国家の王様、アニッシュは地下から出現した迷宮魔王の本体を見上げて呆然としている。
「……完全に余達は無視か」
迷宮魔王の特徴は天の頂に達する巨大さと、両目から伸びる無数のワームだ。両目のワームはルーター級と呼称されて、迷宮魔王本体ほどではないにしろ一本一本が十分に図太い。普通の伝説や神話ならば、高層ビルに匹敵するルーター級が一本登場するだけでも豪華なものである。
「見上げるだけでも吐気を催すが、奴に痛覚は存在しないのか」
そのルーター級を、迷宮魔王はあろう事か己の体に突き入れていたのである。
柔らかい腹部に噛み付いて切り裂き、顔を埋めたワームがいる。
胃カメラのごとく喉奥へと入り込みのたうっているワームがいる。
体内に入り込んだワームの腹を噛み千切って、数本のワームが無理やり突入しようとしている。
外敵を迎え撃つためではなく、内側に入り込んだ害虫に対処するためにルーター級は動いていた。少々特殊なウロボロス。手を腹に突っ込んで指先でかき乱す程の荒療治であるが、体内に入り込んだ病原菌が致死性のものであるのなら仕方がない。
「御影は大丈夫なのか?」
「全然、大丈夫じゃないぞ!?」
通路の先から押し寄せてくるワームだけならいざ知らず、通路を無視して壁を噛み砕いて侵入してくるワームに手を焼かされる。迷宮魔王と言いながら迷宮を破壊して攻撃をしかけてくるのは反則だ。
「仕方がない! パーティを分割する。複数個所で騒動を起して腹痛で苦しませてやれ」
閉鎖された迷宮内では魔法使い職組の面制圧を十分に発揮できない。少人数に分かれて行動した方が火力を有効に使えるし、敵をかく乱できるメリットがある。巨体が災いして正確な位置を把握できなくなるはずだ。
心臓を目指す俺と護衛で誰か一人を抽選し、残りをニ、三人ごとの小隊に分ける作戦を採用した。
「分かったわ! じゃーんけーん」
「最初はグーからが定石」
「え、ちっけったじゃないです?」
「ここは公平性を保つために三回勝負にするべきかな」
「ええいっ、遊びで決めるな!」
何が起きるか分からないため器用な人物が護衛として相応しい。遠近両用レンズみたいな人材とくれば――、
「落花生、君に決めた!」
「ふ、ふふっ、キタですっ! 雷の魔法使いの時代到来です!」
本人が器用であるかは疑わしいが、格闘能力を有する魔法使いとなると落花生が第一人者だ。
天竜が砕き、皐月が溶かした横穴から敵包囲を強行突破。肝臓区を後にする。
すべての道はローマに通じ、すべての血管は心臓へと通じる。
動脈と思しきエレベーターのないシャフトを壁蹴りで昇る。ドラキュラが住んでいそうな城によくある意味不明な構造であるが、ドラキュラも魔王も同じようなものなので似た趣味を持ってしまうのだろう。
『速』に優れる身軽な俺と、『魔』で体術を強化している落花生にとってはアスレチックでしかない。僅かな縁へとつま先をかけて数メートルをひとっ跳びだ。
「迷宮魔王の心臓までもうすぐだ」
「私達だけでやれるです?」
「人間だって図体の割に病原菌には弱い。心臓そのものに防御機能がある訳でもないからやれるはずだ」
ビル十階分を踏破して、シャフトの終わりが見えてきた。
ワームの顔が数体まとめてお出迎えしてくれていたので、落花生に蹴り飛ばしてもらう。
「――雷撃、足蹴、直撃、金色稲妻、頭を垂れよ実りを授けるは神の御技なれば命を灯すがごとく命を蹴り砕く!」
蹴散らされたワームの合間を縫って、心臓区へと突入する。
赤く瞬く菱形の直方体が部屋の中央に浮かんでいた。人間が抱きかかえるにはやや大きい各頂点まで一メートル強のポリゴン物体である。
ダンジョンコア。人工物にしか見えないそれは迷宮魔王の心臓で間違いない。
「先手必勝! ――稲妻、炭化、電圧撃!」
落花生が伸ばした手から電撃が放たれてダンジョンコアの上方を削って砕く。三節魔法が通じたのだからやはり心臓そのもののステータスは大した事はない。
だが、光が直方体の中央から満ち溢れたかと思うと、砕けたはずの一部が元通りに戻ってしまう。
「『奇跡の葉』の力だっ」
「生意気です! ――稲妻、炭化、電圧撃ッ!」
電撃が速射されるが回復アイテムによる復元を上回る程ではない。まあ、かなりの数売ってしまったので当然か。
“――我ハ、生キル”
部屋全体が喋ったかと思うと、天井を突き破って上顎が落ちてくる。巨大さから考慮するとハブ級か。
即座に反応した落花生の雷撃が顎を吹き飛ばすが……時間を巻き戻すがごとく顎の断面が埋まっていき回復。ハブ級に対しても『奇跡の葉』を使用して、俺達を圧し潰しにかかる。
吊り天井トラップに引っかかってしまった憐れな冒険者よろしくペシャンコになる訳にはいかない。ハブ級ならば『魔王殺し』が不完全でも『力』で拮抗可能だ。両手を掲げて落ちてきた上顎を支えて踏ん張る。
“――我ハ、生キル”
「御影っ、どうにかして、ですッ」
回復能力を上回って倒し切るには『暗殺』スキルに頼る他ない。
ただし、一撃で決まらなければスキル成功率が格段に下がる。『暗殺』の成功率を高めるためには心の隙を突くのがベストであるが、迷宮魔王が驚くものとは何だろうか。
“――我ハ、生キル”
迷宮魔王は先程から同じ言葉しか喋っていない。リピート機能を用いているかのようである。
「まるで機械のような奴だ……」
血液が一滴も流れていない動脈。
タイルとレンガを組み合わせた臓器。
鼓動しなくなった心臓。
人工物に体を作り変えた生命を地球ではサイボーグと呼ぶが、迷宮魔王は異世界におけるサイボーグなのかもしれない。
「機械を驚かせる方法なんて考え付かないが、まあ、呼んでみるか」
顎を支える役目を少しの間だけ落花生にがんばってもらい、俺は仮面に手をかける。あまり頼りたくない力であるものの、ボスを目の前にして躊躇する理由はない。使えば使う程に祟りに身が染まるが、もう使う機会はそう多くない。
「お、重いですッ」
「少しだけだから。俺の顔は見てくれるなよ」
「ちょッ、私はつっかえ棒として連れてこられただけです!?」
落花生が魔法使い職の中では一番『力』があるのは否定できない事実であるが、わざわざ本人に言って反感を買うつもりはなかった。
「――深淵よ。深淵が私を覗き込む時、私もまた深淵を覗き込んでいるのだ」
仮面の封印を皮膚から剥ぎ取るように解放し、黒い海へと至る穴を開帳する。
死後の世界とのダイレクトリンクを形成し、縁ある魂へと呼びかける。
「誰かある。迷宮魔王を怯えさせる時間だぞ」
足元の影が少しだけ広がって、とぐろを巻いた角のようなものだけが現れた。随分と人見知りな亡霊のようだが……場所に対して体が大きいため角だけで済ませたらしい。
「山羊の角? アイギパーン、山羊魔王か?」
悪竜と化していた天竜戦に引き続き、二回目の登場だった。
山羊の角の先にはパイプを連ねた楽器がぶら下がっている。仮面を持っていない方の手で受け取ると、用事は済んだと角が沈んでしまう。
「この楽器は確か、山羊魔王が使っていた……なるほど」
山羊魔王が使っていたシーンを思い出して、楽器を託された意味を理解する。
吹き方の分からない楽器であるが、音が出れば問題ないだろうと大きく息を吸い込み吹き口へと空気を注ぎ込む。
アイギパーンの楽器には恐るべき効果が備わっている。パニックの語源となった者が用いていた楽器を耳にすれば、魔王であろうと恐慌状態に陥ってしまうのだ。
「『正気度減少』発動。音色に狂え」
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“『正気度減少』、人としての正常性を失わせ、不具合動作を誘発させるスキル。
スキル効果範囲内にいるスキル所持者以外の全員に効果あり。
スキルを受けると一時的狂気に陥り、多弁、退行、幻覚などに悩まされる事になる。数分から数時間、戦闘復帰は不可能となるだろう。
『運』や精神耐性スキルにより対抗は可能である”
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“――我ハ、我ハ、ワ、ワワワワ、ハハハ……ァ”
――恐怖と共に生きる。
その真の意味に気付くのに千年も時間は必要としなかった。
禁忌の大空洞へと人間族をさらって喰う。効率は悪くとも効果はあり、ワームとしては異例の成長を遂げた盲目のワームであったが……所詮はワイバーンにも劣る低級ドラゴン。種としての限界、寿命に逆らう事はできなかったのである。
日に日に老いてやせ細っていく胴体。
脱皮できる程の新陳代謝は失われて、鱗は完全に乾いてしまっている。
一日一歩ずつ死に近づいていると盲目のワームは悟ってしまう。
死の恐怖とは、視力を奪った『正体不明』でもなければ大空洞の底に潜む化物共でもなかった。もっと身近に潜んでいた寿命こそが真の恐怖であったのだ。
なんて平凡で、無常なのだろう。視覚を失い、雌伏の時を過ごしたワームの一生に対してあまりにも酷な正体である。
寿命を延ばそうと森の種族を喰らっても意味がなかった。
どんな傷でも癒すという奇跡のアイテムに縋って意味がなかった。
神秘に程遠い己の身は、既に死ぬ用意を済ませてしまっている。後は精神が受け入れるかどうかでしかない。
……生きたい。永遠に生き続けたい。
だから、盲目のワームの精神は体を裏切った。寿命などというツマラナイ理由で死のうとしている脆弱な肉体を切り捨てて、岩と粘土で代用していったのである。
洞窟ゴブリン共を体内に住まわせて拙いながらに体裁を整えた。スプリガンやミノタウロスに装飾を施させた。時にはドワーフの地底帝国を丸ごと吸収して住まわせてやったりもした。
どこまでが己の本来の体で、どこからが構造物か分からなくなった頃に心臓は鼓動を停止する。
そして腐った皮を破って菱形の立方体、ダンジョンコアが現れた時、盲目のワームはダンジョンとして階級昇華を果たしていたのである。
こうして、迷宮魔王は寿命の束縛から解放される。
寿命という恐怖と寄り添う事を止めて、恐怖の克服を――。
「なるほど、な。分からない話ではない」
俺はダンジョンコアにナイフを突き入れながら共感する。
「恐怖を知ったワームらしい生き様だ。きっと俺だって今わの際では同じ事を思ってしまうはずだ」
“我ハ、生キタイ。永遠ニ生キ続ケタイ”
ダンジョンコアに無数の亀裂が走る。
「けれども、そんな逃避にのみすべてを費やした人生のどこが楽しかったんだ? ……『暗殺』発動」
突き刺したままのナイフを横に捻ると、酷く綺麗にダンジョンコアが粉々に砕けていく。
“――死ニタ…………ァ……、生コソガ恐怖ダッタ”
迷宮魔王の中心核が砕かれた事により、迷宮全体が波打つ。
要石を抜かれた城壁のごとく、迷宮のありとあらゆる構造物が崩落を開始した。
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“●ダンジョンを一体討伐しました。経験値を一一一二入手し、レベルが1あがりました
レベルが1あがりました――、
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