21-12 ルーター破壊
「今なら『魔王殺し』が効いている! 魔法が貫通するぞ!」
『魔王殺し』に加えて『怪物的誘惑』も追加でかかっているリーター級ワームの動きは緩慢だ。鱗の強度は激減しているため、皐月達の魔法でも打撃を与えられる。
「――全焼、業火、疾走、火炎竜巻」
炎の旋風に焼かれたワームの体が焦げ臭さを漂わせる。竜巻の先が抉るように身を削り、不規則に蛇行する線で炭化させていく。
「ダメージが入った。けど体が大き過ぎて四節魔法は火力不足。ならば――全焼、業火、一掃、火炎竜巻、天に聳える塔のごとき炎の柱にひれ伏すであろう!!」
皐月は更に巨大な炎を繰り出す。一回り大きいでは済まされない馬鹿でかさ、高層ビルに匹敵する火炎旋風がルーター級に直撃した。皐月も納得の火力を持って触れるすべてを焼き尽くす。『魔』を込め続けて魔法を維持して体の表層三割を焼き尽くす。
体の数割を焼くだけでも皮膚呼吸が阻害されて窒息死するという俗説がある。ただ、人間に関して言えば皮膚呼吸の割合はかなり低いため誤解だと聞く。肺呼吸がメインと思われるワームも似たようなものだろう。
ルーター級はまだ動く。
「――零下、凝固、八寒、凍結世界、命の灯火さえ凍り付く永遠の白き世界が訪れるであろう」
炎が暴れる箇所の対角線上で急激な気温低下が発生。吐いた息さえ凍り付き、息さえ吐けなくなる極寒にワームの体が凍り付いた。割れた血管から突き上げる血が剣となり、自身の体を体内から傷付ける。
「兄さん、ワームは変温動物?」
「ドラゴンだとすると違うと思うが」
「氷が弱点になっていないから見かけ程に効果が現れていない。私達の魔法だけで押し切るのは困難」
確実なダメージを与えながらも、氷の魔法使いらしくアジサイは冷静に戦況を分析していた。
「皐月と私の魔法でも体の内側まで達していない。長期的に見れは致命的な傷にはなっている。けど、この一戦の間で倒すのは無理。落花生が助走して走り始めているけど――」
「じょ、助走?」
「――そのまま倒壊した建物からジャンプして――」
「――雷撃、足蹴、直撃、金色稲妻、頭を垂れよ実りを授けるは神の御技なれば命を灯すがごとく命を蹴り砕くッ!」
「――格闘魔法でワーム顎を蹴り砕いたとしてもまだ足りない」
アジサイの説明通りに落花生は地上から発進し、稲妻の速度でワームの顎へと飛び蹴りをかましていた。地上から電撃を食らわすものとばかり思っていたが、まさか直撃攻撃しようなどとは予想できなかった。
「つらッ、抜けない、ですッ!!」
落花生の編み上げブーツは鱗を砕き、肉を引き裂いた。だが骨を断つには至らない。
鋼鉄同士が衝突した重厚な音が響いてから、戦艦の衝角同士が削りあう金切り声が戦場を震わした。
『魔王殺し』でステータスを激減させ、魔法でブーストしている落花生でさえルーター級の骨は砕けない。下顎に深く刺さった足を抜いて跳び去った。
「弱点らしい腹を狙うしかないのか。ラベンダー頼むっ!」
「やってみる――創造、新生、生命、人類創生、人を生み出し世界を作り上げた泥こそは世界の始まりにして世界そのものとなろう!」
ラベンダーの女神型のゴーレムが上半身を起して腕を伸ばす。ワームの側頭部に平手をぶつけてそのまま押し込み横に倒すつもりだ。
「お、重いっ。体が長くて倒すのが難しい。私のゴーレムだけだと厳しい。後一人欲しい!」
女神型ゴーレムが力を込めて踏ん張ると、ラベンダーも奥歯を噛み締めて全身に力を入れる。それでも長い体をくねらせて倒れまいとするワームの体を傾けるのが限界だ。
ルーター級の巨体に『力』で対抗可能な仲間はもう天竜しか残っていないが――、
「据え膳がここにありますよー、旦那様。にゃは」
――絶賛魅了中で役立たずなゴミドラゴンと化している。『怪物的誘惑』を解除して正気に戻すしか手がないが、そうすると今度は『魔王殺し』が不十分なものとなってしまう。デッドロック状態だ。
「天竜! お願いだ。戦ってくれ」
「旦那様ったらSなんだから。発情していて『力』が出ないのに、仕方ないにゃー」
「ボスだったくせに何でステータス異常耐性備えていないんだ!?」
『怪物的誘惑』を解かずに天竜を正気に戻す方法はないだろうか。睡眠なら殴れば治るし、ブラウン管テレビも同様だ。天竜も殴れば治らないだろうか。
「ドメスティックぅー」
「何言っても喜ぶんじゃありませんっ」
手詰まりになりかけている俺達に対する救援は、空に現れる。
……まだ明るかった空に、朧を伴った満月が浮かび上がっている。
「かごめ、籠目――」
翼なく空中に歩行し、スリットの深いドレスから生足をちらりと見せている。
「――加護の中の鳥は、いついつ出合う? 夜明けの番人、鶴と亀を統べった――」
「あれはッ、桂さん!!」
月を背にして踊る魔法使いの名は、月桂花。幻惑魔法を操る最強の魔法使い職であり、その幻覚は世界にさえ作用し現実の事象さえも歪める程だ。
「――後ろの正面、だあれ? 偽造、誘導、霧散、朧月夜、夢虫の夢は妨げないだろう――ムーン・エンド」
月桂花が行使した現実否定、現象抽象化の対象は天竜にかかった『怪物的誘惑』である。月の柔らかな光が照らされると瞬間的に天竜の体が光る。すると、あれだけ呆けていた顔を引き締めて立ち上がり、伸びをするがごとく両翼を大きく広げた。
「ふふ、お役に立てましたか、御影様」
これ以上ないタイミングで要求を完璧にこなす魔法を行使した月桂花が俺へと微笑みかけている姿が見えた。ええ、何もかもパーフェクトです。
「はっ、我はこれまで何を……? それはそうと、我が力に屈服せよォオオオッ!!」
離陸した天竜が直線的に飛行し、そのままルーター級の横腹へとタックルする。
新たな衝撃は長い全身でも受け止めきれるものではなく、遂にルーター級は真横に倒れた。接地させる事で守り続けていた柔らかい下腹を俺達の前に晒している。
ルーター級を討伐する最大の機会到来だ。
「皐月ッ!! これで決めろ!」
「ラストアタックは私だァア! 退魔、神罰、業炎、火鳥猛襲ッ! 魔王を滅する鳥こそは火を象徴する鳥をおいて他になしッ!!」
『魔』を温存していた皐月が火炎を翼に飛び立った。
ワームの白い下腹の直上に到達すると一気に急降下。影に潜むゴーストから『魔』を回収し、それでも足りぬと生命力を差し出して初めて実現可能な灼熱を生み出して、皐月はワームの腹を融解させて体内へと突入した。ルーター級そのものを炉に見立てた灼熱が体内を駆け巡る。
ルーター級の口から爆炎が吐き出され、白く濁った目玉は内側から飛び出した。
鱗の隙間から光が漏れて、金属が溶けるように崩壊を開始した。開いた穴からは炎が噴出す。
こうして、地上に出現していた一キロの巨大ワームは炎に飲み込まれて滅せられたのである。すべて炭化してしまって見分けがつかないが、燃え広がる腹からボロボロと何かが落ちて崩れていく。
ワームの体内に構築されたいた迷宮の残骸だ。
“素晴らしいチームプレイだった。ドラゴンの土地神がいたとはいえ、トドメを刺せたのは魔法使い職達のがんばりがあってこそ”
脳内ボイスが皐月達を絶賛している。俺も同意見だ。がんばった本人達が初代救世主の声を直接聞く事ができないのは不幸……なのだろうか。正直うるさい。
ワームの弱点を教えてくれたのは初代救世主だ。彼の言葉に助けられたのは確かである。無下に扱うものではないとは思う。
“――この調子で、迷宮魔王本体を倒してくれると良いね!”
ただし……足元が激しい横揺れに襲われて立っていられなくなったのは、初代救世主の言葉の所為だと確信している。難癖かもしれないが、彼以外に心当たりがなかった。
地平線を傍、平原の遠く向こう側。
土砂を上空に弾き飛ばして、地中から新たなワームが顔を現している。しかも複数体だ。距離感を考えれば、先程倒したばかりのルーター級と想像できた。
遅れて、ルーター級の群の中央からもう一本だけワームの顔が現れる。
ルーター級のか細い体では隠せない馬鹿でかい顔が、水中から息継ぎするかのように顔を現したのだ。
目に相当する器官は大きく斬り裂かれて古傷化しているように見えたが、そこから無数のルーター級の体を生やしている。何本も電源コードを束ねて編みこんだものを無理やり入れ込んだかのようである。
ルーター級との差異は大きさと目、それぐらいか。
“さあ。もう一戦、やってみよう!”
「無茶を、言うなァァアッ。全員撤退だッ!!」