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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第ニ十一章 迷宮崩壊
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21-8 予備兵力

 隠し階段から商館へと戻り、そのまま外に出る。止まらない地震は地上の街にも大きな影響をおよぼしており、建物から出てきた住民達が大勢通りに現れている。立っていられないため全員四つんばいだ。

 一部の建物は倒壊が始まっており、被害範囲は拡大を続けていた。

 オルドボ商会の商館も屋根が崩れた。地震に耐えられなくなったのだ。


「ッ! 違う!? 中から何かが!」


 いや、商館中央が大きく膨れ上がって屋根が吹き飛んだだけだ。内側から何かが現れる前兆だったのか。

 破片の中で何かがうごめいている。手足のないシンプルな形をした胴を持つ何かが暴れて商館を崩し、開口部を広げていた。

 地下から姿を現したからだろう。いつの間にか地震が停止している。

「何が出てきているのか分からないが、先手必勝! ――炎上、炭化、火炎撃!」

 煙の中で炎の赤が燃え上がるが、胴回りが二十メートルはある謎の存在に対して火力不足は否めない。皐月を連れてくるべきだっただろうか。

 白く濁った目が見えた。深海生物のそれと同じく、視覚機能が退化した目だ。

 上空を見上げていた頭部を、嗅覚を頼りに俺達へと向けてくる。

 見覚えのある凶悪な顔付き。大きさは随分と異なるが、何度か狩った覚えがある。


「こいつは……ワームかっ?!」


 噛み合せに問題が生じる程に牙が発達した貧食どんしょく生物。蛇と体の構造はそっくりであるが、ワームはドラゴン族である。鳥でありながら空と飛べないペンギンと同じ、というにはワームは凶暴が過ぎるが。

 動く物体は同族であろうとも飲み込み消化するワームは魔界に広く分布しており、比較的エンカウントし易い。下級と言えどドラゴン族であるワームは強敵で、冒険者にとっては厄介者扱いされている。

 レベルが95もある俺にとっては今更な相手であるが、出現したワームは通常よりも遥かに大きい。

「まさかこいつが迷宮魔王なのか?」

 異常に発達した特殊種が魔王か魔王の幹部級である事は多い。迷宮魔王の幹部は三騎士のみであるはずなので、消去法的に地下から現れた魔族が迷宮魔王であると判断できた。

「ワームが正体というのは意外だな」

 知能的な行動が目立った三騎士を揃えた迷宮魔王が、ただ食欲に忠実なワームだったとは正直信じ難い。目前に現れた巨大ワームを見てもただ凶暴な野生生物としか思えない。

 口が開かれて数層に並んでいる牙が俺に向けられた。

 頭部ごと俺へと飛び込んでくる。思った以上に速い動きであるが避けるのは容易く、横っ跳びで避ける。

 巨大質量の衝突で整備された通りに亀裂が走る。ワームの顔が地面に埋まっている。割れた地面は口の中に収まっており、吐き出さず咀嚼そしゃくしているようであった。

 ゆっくりと抜け出ようと後退するワームの頭部。白い眼球が現れた時点で、ヘンゼルから借りているリボルバーを向けて至近距離から発砲する。

 弾は……貫通しない。対人装備で大型生物を相手にするのは難しいか。

 俺が戦う相手はオルドボのみだったので装備が足りない。一度後退するべきであるが、街中に現れた迷宮魔王を放置してしまうと逃げ遅れた住民がどうなるか分からない。


「下がれッ!!」


 鳥でもないのに空より落下してきて迷宮魔王の脳天へとナイフを突き刺したのは、褐色のエルフ、黒曜である。ハルピュイアの羽を多数編みこんだ黒いマントを着ており、凶鳥面以外は完全装備だ。

 敵拠点へと攻め込んだのであれば、迷宮魔王本人が現れる事態も少なからず想定されていた。そのため、予備兵力として黒曜に待機してもらっていたのである。

 華奢に見えて俺よりも『力』がある黒曜の一撃はワームの鱗を貫通し、青い血が吹き上がる。魔物の血は危険な場合が多い。魔族や魔王との対戦経験の多い黒曜は警告されるまでもなく避けている。

 ワームの血が降り注いだ地面で煙が立ち昇った。強酸性に焼けただれて穴が生じる。

「黒曜。予備のナイフを!」

「ええい、手間がかかる!」

 俺にではなく血が酸だった迷宮魔王に悪態を付いただけ、だと信じたい。

 黒曜が投げてきた黒刃のナイフを空中でキャッチして、俺も戦闘に加わる。そういえばヘンゼルは……ああ、乗ってきた荷車と共に既に後退していたか。抜け目ない。

「お前は左から攻めろ! 地上に現れている内に仕留めるぞ」

 何柱も魔王を討伐している黒曜と共に戦えるのは心強い。

 迷宮魔王の左頬へとナイフを突き入れて、後退。痛覚に反応して左を向いた魔王の右側面へと黒曜が忍び寄り、一呼吸の間に数度の斬撃。痛みを叫んだ魔王の喉元へ、今度は俺が攻撃を加える。

「反撃させるな! 魔法もスキルも使わせずに倒し切るッ。『暗澹あんたん』発動!」

「了解した。『暗澹』発動!」

 ナイフと短剣の二本を構えた黒曜が暗澹空間の中で迷宮魔王の首を駆けながら傷付けていく。

 俺も黒曜を見習ってワームの長い首へと乗り、ナイフの刃を突き入れたまま走った。二人でらせん状に傷口を広げていく。迷宮魔王の体で傷付いていない箇所はなく、己の血で己の体を焼いている。

「これだけ傷付ければ三節でも――炎上、炭化、火炎撃!」

 鱗の落ちた肌へと手の平を向けて魔法を放つ。迷宮魔王が商館を倒壊させる巨体でも、体中を引き裂かれればかなりのダメージとなる。

 それでもナイフや短剣では深さが足りないと感じた黒曜が、手頃な牙の根元を斬って力で抜歯する。

「魔王は滅びろッ!! 『暗殺』発動!」

 抱える程に大きな牙を奪った黒曜は迷宮魔王の眉間へと足をかけた。杭を打ち付けるがごとく鋭い牙の先を眉間へと突き刺し、その下にある脳を破壊する。

 串刺しにされても迷宮魔王は首をもたげたが……ようやく力を失って倒れ込む。

 しばらく様子をうかがうが動き出すような雰囲気はしない。


「倒したように見えるが……ポップアップがない。『暗殺』失敗か?」

「手応えはあったが……魔王相手に常識を信じても仕方がない」


 『暗殺』スキルの失敗に黒曜は動揺せず、無慈悲にナイフを投擲していた。刺さっても迷宮魔王の反応はない。外見上は死んでいるようにしか思えないが、討伐メッセージはなかなか表示されない。

 どこかで大きな得物を調達して首を輪切りにしようかと考えていると、再び地震が始まる。

 メジャーが巻かれるように、息をしていない迷宮魔王の頭が地下へと戻っていく。地面が揺れている状態で無理な追撃はせず、黒曜と背中合わせになって身構えた。

「次に何が起きると思う? 黒曜」

「あの巨大ワーム、魔王にしては歯ごたえがなかった。今度こそ本物の迷宮魔王が現れる」

 黒曜の予想は外れた。

 地震が一番高まった次の瞬間現れたのは、やはりワームだったからである。

 ただし、地面を突き破って現れたのは一体だけではない。街中から巨大ワームの頭部が姿を現している。

「雑魚がゾロゾロと面倒……なッ」

 けれども、黒曜の予想は完全に外れた訳でもなさそうだ。

 倒したワームが消えていったオルドボ商会の商館跡地が陥没して、迷宮魔王が姿を現したからである。

 とはいえ目新しさは皆無だ。現れたのはこれまで通りワームである。顔幅が五十メートルはありそうな巨大さは特殊であり、髪の毛のごとく小さなワームを頭に生やしているのも特殊であるが、ワームの一種であるのは間違いない。

「『暗殺』が効かなかったのも、討伐メッセージが表示されないのも納得だな。俺達は毛先を傷つけていただけに過ぎなかったらしい」

 五十メートル級ワームに頭の上に一本だけ息絶えたワームが生えていた。

 かなり大きくなってしまったがワームには違いない。戦い方に代わりはなく、俺と黒曜はナイフを構えるのみである。


「いや、怪獣の相手は怪獣に任せるか」


 時間をかければ倒せる相手かもしれないが、敵が戦力を投入してきたのなら俺達も戦力を出し惜しみはしない。

 黒曜が空から落下してきた理由は、空に黒曜を運んできた者がいたからである。

 五十メートル級ワームは上空の気配を感じて上を向く。


「――誰が怪獣だッ!!」


 影が落ちてくるのとほぼ同時に、降下してきた七十メートル級のドラゴン、天竜がワームの首へと噛み付いた。やっぱり怪獣対戦にしか見えない。


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