21-6 倒産の足音
オルドボにとってはかなりの決断を有する商談だったはずだ。『ゴールド・アーマー』対策で金貨を減らそうとしている、と分かっていても手を出したくなるSSR級のアイテム。
魔族らしく殺してでも奪い取る手段が思い付かなかったはずがない。けれども、オルドボは魔族である前に商人だった。少なくとも机の上での商売が終わるまでは暴力に訴えるつもりは一切なかったのだろう。
金貨一〇〇〇万枚を支払えば、オルドボの『金』はついに半減してしまう。
「――か、買うでェ」
……いや、まだ半分も残っている、と言い直せる。
オルドボが購入を拒否する金額を提示しては意味がない。そういった理由で、金貨一〇〇〇万枚という価格は妥当と言える。ただし、オルドボの『金』を金貨一〇〇〇万枚以上も余らしてしまっては意味がない。
商売によってオルドボを打倒するという行為そのものが無意味であり、無理であったのだろう。
ヘンゼルの手元にあった小瓶とオルドボが金額を書き加えた小切手が交換されてしまう。結局、俺達はオルドボの『金』を半分しか削れなかった。
「これですべての商売は終わり、であります」
「終わったかァ。良い商売だっだぜぇ」
小瓶とカバンを手に入れうっとりしているオルドボ。
「……良い商売の後は、良い殺し合いだァ」
ふと、物騒な事を言い出したかと思えば、席から巨躯を立ち上がらせて壁際へと近付いていく。何をするのかと思えば、壁掛けしている絵画の額縁をスライドさせていた。
「戦う事に異存はないが、商館の中で暴れて良いのか?」
「おでは迷宮魔王様の三騎士だァ。戦う場所は地下が良いぜェ」
額縁の後ろに隠してあったレバーを引っ張り上げて、何もなかった壁を開いて隠し階段を出現させる。階段は地下へと通じているらしい。
戦闘を野蛮だとは思わなかった。魔王の幹部の癖に商売に応じていたこれまでが異常だっただけである。
オルドボが先行し、隠し階段を下りていく。
「ヘンゼルは残るか?」
「商売の成果を最後まで見届ける、であります」
俺とヘンゼルも後を追い、隠し階段を下りていく。
踊り場のない階段は長く続き、出口の光に達するまで随分と時間を有した。
「どこに通じている?」
「おそらく地下ターミナル、であります」
オルドボ商会のみが有する物資運搬路。その巨大輸送施設へと案内されているらしい。
「ここがオルドボ商会の中枢でェ。部外者を招待するのは初めでか」
地下に到着後、第一印象で思い浮かんだのは高速道路のトンネルと地下鉄のホームだ。向こう側が見えなくなる程に長いトンネルが南北に伸びている。
集積所も兼ねているためだろう。トンネルに沿うように広大な空間が設けられており、オーガの焼印がされた箱が山積みになっていた。仕分けの効率化のために照明も整っている。
物資運搬に使われているのは列車大のイモ虫型のモンスターであった。背中に埋め込まれた太い鎖に何台もの荷台が連結されてトンネルの向こう側へと消えていく。
「敵の施設ながら、この規模には驚かされる」
「グフェフェ、ちょっとじた自慢だァ。ただ、戦うには狭いだろゥ。向こう側のトンネルなら邪魔にならねェ」
オルドボに促されるままに奥へ奥へと移動していく。
到着した場所は、イモ虫のいない巨大トンネル。
戦うのに十分な広さのトンネルの中央にて、オルドボは金色のガウンを脱いだ。分厚い胸板に岩のような太腕。成金らしく油物ばかり食べて弛んでいたりはしない。
「仮面のアサシン。お前ェをあの夜、逃したのはおで達だ。挽回の機会が巡ってきだのは嬉しいなァ!」
魔王達から呪いを受けた夜、俺を捕らえた者達の中で生き残っているのはオルドボのみ。
俺にとっても挽回の機会が巡ってきたという訳である。
ヘンゼルを後方へ下がらせてオルドボの正面に立った。
「破れたメイズナーとエクスペリオの弔いもでぎる! 最後の三騎士として、役目を果だぞう!」
俺の得物は凶悪な形をしたエルフナイフ。異世界にきて使い方に随分と慣れたため愛用を続けている。
魔王と戦い続けた俺にとって、たかがオーガごとき手間取る相手ではな――、
「『記憶武装』、重機関銃、ロード」
――オルドボの指にはまる指輪が光り形状を伸ばした。あっと言う間に重機関銃が出来上がる。
「……は?」
「ぐふぇぇっ」
野太い指でトリガーが押し込まれ、射撃が開始される。反動の強い重機関銃を手のみで支えるなど無謀であるが、オーガの筋力と体格がそれを可能にしていた。
思わず手放したエルフナイフが極太の銃弾に撃ち抜かれて粉々に吹き飛ぶ。
ナイフを犠牲にしながら横に逸れて回避したが、避けれなかった銃弾がかすった頬が抉れて血が舞う。『守』が常人の百倍あろうと、銃弾が人間に当たると死ぬ。いや、デリンジャー程度であれば耐えられるだろうが、12.7×99mm NATO弾は流石に死ぬ。
俺が異世界製の武器で満足していたというのに、オルドボは躊躇なく近代兵器で銃撃を続ける。不条理である。
『速』では圧倒的に俺が有利であるため、射線を避けて横合いから蹴りを入れる。
「――迷宮管理者権限発令、隆起ィ!」
オルドボが立つ場所が押し上げられて回避された。
迷宮の構造をリアルタイムに変化させる。この行動はメイズナーがやっていたと思うが、オルドボに権限が委譲されていたらしい。三騎士の最後の一体であるためか、他二体の能力を備えているというのか。
「三騎士能力の全乗せだと!?」
天井付近に足場を生成して、オルドボは乗り移る。新たに重機関銃を一挺増やして二挺機関銃で上から射撃を加えてきた。
「マズ、いったん『暗影』!」
「迷宮管理者権限発令、確殺穴ァ!」
オルドボが天井まで逃げていたのは新たな攻撃の布石だったらしい。俺を中心とする地面が横にスライドして消えていく。開いた穴の下には鋭角なトゲが無数に生えていた。
『暗影』の跳躍限界よりも穴は大きいため、スキル完了と共に落下を開始してしまう。
「このクソ。『既知スキル習得』発動。習得スキルは『分身』!」
落下が終わる前に分身体を足元に作り出し、足蹴にして穴から脱出する。
「これぞ、二段ジャンプ」
「お、俺ぇぇぇえぇーーっ」
スローモーションになって穴の底へと消えていく俺(分身)に敬礼しつつ、穴から脱出。天井方向へと手を伸ばして詠唱を行った。
「――炎上、炭化、火炎撃!」
火炎の魔法は命中し、オルドボの体が燃え上がる。
だが、オルドボの顔は涼しいままだ。ダメージをすべて肩代わりする『ゴールド・アーマー』が発動しているのだ。炎に照らされるオーガの瞳が黄金色に輝いている。
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“ステータス詳細
●金:一四、九八五、五三〇枚マッカル金貨相当”
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「金は最高だァ! 金の前には誰しも屈する!」
大声を上げながら天井から落下してくるオルドボ。手に持つ重機関銃の形状を変化させて、巨大なハンマーを作り上げて俺を潰しにくる。
潰される瞬間を見切って、着地する寸前のオルドボの顔を抉るように殴り付けたが……金属を殴った感触しかしない。
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“ステータス詳細
●金:一四、九八五、五一六枚マッカル金貨相当”
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開始早々にエルフナイフを失ったのが痛かったが、ナイフを装備していたとしても何も変わらない。
俺では、オルドボの無尽蔵な『金』を突破できない。
ダメージではなく『暗殺』スキルで即死させる事も難しい。『暗殺』の成功率は対象の精神状態に依存しているが、大量の『金』を所持するオルドボに恐れは一切ないだろう。
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“『成金(強)(強制)』、両手から溢れ出る金にほくそ笑むスキル。
金銭感覚が麻痺するが、持ち資産で実現可能な欲望に対する耐性が百パーセントになる。
往々にして、人は現在資産以上の金を求めてしまうため、スキルを有効活用できる場面は少ない。
強制スキルであるため、解除不能”
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「おでは金に命を救われだッ。今も金はおでを守ってくれる!」
ハンマーから更に形状変化した棍棒により、俺の体は薙ぎ払われて大きく飛ぶ。
ある場所に若いオーガがいた。
まだ体の出来上がっていない若いオーガは、ちょっとした冒険心により集落を離れて外の世界へと飛び出した。オーガとしてはそう珍しくない行動だ。
そして珍しくない事に……人間族の冒険者と出くわして殺されかけたのである。
「オーガにしては小さいぞ、こいつ」
「小さいといってもオーガだ。今の内に殺してしまえ」
「グフェ、グフェフェっ」
冒険者に敗れて討伐される。血を流して倒れた若いオーガの運命は決まっていたはずである。
けれども……若いオーガが拾っていた物が運命を激変させたのだ。
「こいつ、まだ抵抗を……おっ、金貨だ!」
「オーガが金貨かよ! これは儲けた」
若いオーガ自身、その物の価値はよく分かっていなかった。偶然、落ちていて目立っていたから食物と間違って拾っていただけであった。
「ぐふぇぇ??」
しかし、藁にもすがる気持ちでその物を冒険者へと投げ付けた事により、若いオーガは窮地を脱したのである。
「そっちに転がっていったぞ。くそ、探せ」
「オーガはどうするんだ?!」
その日、若いオーガは金貨の価値を知った。
「そんな死にかけよりも金貨だろ!」
金貨は命を助けてくれる貴重な物であり、食料よりも大事で、愛するに足る黄金色だと理解したのだ。
その日以来、オーガは金貨を集め続けている。
重機関銃の射線を避け続けて集積所まで後退する。が、オルドボは商会の物資があろうとなかろうと構わず射撃を続けてきたため足を止められない。
曳光弾が地下を照らす。
弾けた箱の破片を頭から被る。
無駄弾が多いのは間違いない。実際、弾を浪費し尽した重機関銃から湯気が生じ、小さな球状に戻って機能を失っている。ただし、オルドボはそのたびに新しい『記憶武装』を取り出して本体ごとリロードを行うため弾切れは遠いだろう。
「ヘ、ヘンゼルっ! リボルバー持っていただろ。貸してくれ!」
「レンタル料は一マッカルにしておく、であります。……弾代は別、であります」
「金を取るのかよ!?」
ちゃっかりと逃げ延びているヘンゼルへと声をかけて、武器の補充を行う。五発のリボルバー式の銃でも手元にあると心強い。
「このままだとジリ貧だ。まだなのかヘンゼル!」
「……そろそろ、であります。既に連絡は数多く入っている、であります」
ヘンゼルは専用に配布されたスマートフォンを手に、じっと待ち続けていた。日本語は読めないため、世界中から時々入ってくる連絡を聞き取り、進捗をまとめ続けている。
猛攻を続けるオルドボへと、リボルバーを一発、二発と放つ。
一発のみ命中したが、体の表面で弾かれてダメージは通っていない。
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“ステータス詳細
●金:一四、九八五、三ニ一枚マッカル金貨相当”
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「ぐふぇっ、効がないぞ!」
重機関銃の射撃だと気にしていると、隙を狙うように落ちてきた天井のブロックに押し潰されそうになる。
慌てて避けた所の地面が崩れ、『暗影』で跳んだ先の一帯が隆起し、跳ねられた体が重機関銃の射線へと戻ってしまう。
オルドボはここぞとばかりに『記憶武装』を新たに二つ用意し、片手でニ挺、両手で無理やり四挺を構えて俺を照準してきた。
「チャンスが、ぎだ! 仮面のアサシンの最後が!!」
オルドボの金眼が勝利の笑みに歪む。
「――きた、であります――」
新たに着信を受けていたのか、ヘンゼルがスマートフォンを耳にしながら呟く。
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“ステータス詳細
●金:一一、〇〇三、三ニ一枚マッカル金貨相当”
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「――オルドボ商会の…………黒字倒産が確定した、であります」
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“ステータス詳細
●金:五、五〇〇、七四〇枚マッカル金貨相当”
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オルドボは重機関銃のトリガーを引かない。
恐怖をもよおす速度で減少していく網膜内の『金』を隠そうとして、手の平で顔を覆っている。既に戦闘どころではなくなっている。
「な、なっ! ナッ!! 何がおぎだァアアアあァアッ!!」