21-5 破格
オルドボ商会の本店は迷宮の地下といえるが、実質的な本店は崩壊した帝国の都市に存在する。マッチポンプな幸運により魔族侵攻の被害を受けずに済んでいる都市の中央通り、文句のない一等地に建つ明らかに大きい商館が該当した。
往来の途切れぬ事のない街の中心部に、よくも三メートルのオーガがギルド長の商会が出社できたものだと感心してしまう。
「当然ながらこの都市の地下にも迷宮が伸びている、であります」
「え? ここ、魔界からかなり遠いぞ。迷宮魔王はどれだけ地下迷宮を掘っているんだ」
西の魔界から帝国中央までは徒歩で一ヶ月はかかると言われている。日本橋から大阪まで東海道を通って約十五日かかっていたらしいので、東京から九州ぐらいの距離はあるのだろう。
「迷宮の全貌を把握できていたのはメイズナー様だけ、であります。商館の地下から人類圏の半数の国には直通路が通じているため、荷運びは便利であった、であります。換気が悪く空気は悪かった、であります」
ナキナの端にあった地下迷宮だけでも地上に街ができる程に大盛況だったが、冒険者が踏破できたのは豆粒ほどの面積のみであったらしい。
ただ、大部分が迷宮というよりは地下通路というべきものになっており、直線で分かり易い道になっているらしい。地面の下に魔王の巣穴が通っている危機的事実を知らない街人達が、幸せなまま商会の傍を過ぎ去っていく。
「シールドマシーンがある訳でもないだろうに。一体どんな方法を使って掘ったのやら」
商会の真正面に馬車で乗り付けて、ヘンゼルと二人だけで並び立つ。
安全な街中に思えるだけの敵本拠地なので最低限の人材のみで訪問するのである。
「頼もう、であります。ギルド長との面会を希望する、であります」
魔法を使える仲間連中は物騒な事に商会に遠距離魔法をぶち込むべきと進言していたが、少し悩んでから却下した。人類国家の悪名をこれ以上広める必要はない。
しばらく外で待たされたが、無事に屋内へと招かれた。オルドボは対面してくれるようだ。
「留守だと困ったが、第一関門突破か」
「作戦がうまく行くかはこれからの交渉次第、であります」
「だから商人のヘンゼルを連れてきた。頼りにしている」
相変わらず表情の読みにくい顔付きをしているが、裏切った相手と交渉しようとしているのだ。緊張していないはずがない。商館内で一度足をとめて停止したヘンゼルは、一呼吸置いてから歩き始める。
その小さな手には、鍵付きの四角いトランクケースを握り締めている。
交渉役であるヘンゼルには作戦の詳細を伝えている。今回、俺は彼女の護衛に過ぎない。
窓のない応接室へと通された俺達は罠の警戒もそこそこに椅子に座る。薄暗い室内の様子は占いの館のそれに似ている。
そんなに待たされず、奥の扉が開いて金色のガウンを着込んだオーガが現れた。獣臭さがない代わりに成金臭が酷いオーガ。両目が黄色いとなればオルドボ本人で間違いない。
「ぐふぇ、ようこそ、おでのオルドボ商会にィ。今日は何用でェ」
直接対決したのはアイサと出会った頃であり、気持ち的にはかなり昔である。仮面を変えているのであの時戦った相手だと気付かれてはいないだろう。
「仮面のアサシンと共に帰ってくるたぁ、随分と不良に育ったもんだァ。ヘンゼル?」
ただし、凶鳥面を付ける前から俺は魔王連合と戦っていたのだが。オルドボの金眼が俺を敵だと断定し細められていく。
今思えば、初期段階で融合魔王と猿帝魔王の二柱を早々に倒せていたのは幸運と言えた。猿帝魔王はスキルが嵌ると、まさに猿の手の上で転がされる恐ろしい相手であった。反面、融合魔王はまったく苦労した覚えはなかったのだが、あいつは結局何だったのだろうか。
いや、回想や考察は後回しにして、目前のオルドボに集中しよう。
「商人職が商会を訪れる理由は多くない、であります」
「ほう。カチコミにぎた訳じゃねェと」
ヘンゼルは商人職である。商人職の戦いに剣は必要ない。
「商売をしにきた、であります。私共の商会が保有する穀物類、すべて買い取っていただきたい、であります」
商人職の武器は、商品と金だ。背の小さなヘンゼルが巨躯のオルドボと対戦を開始した。
「ブっ、ぐふぇふぇっ。商売を邪魔する相手に商売を持ちかけるなんざァ、ヘンゼル、成長しだじゃネェかァ!」
オルドボが爆笑してしまうのは仕方がない。俺達、グリム商会はオルドボ商会のシェアを奪うために立ち上がったというのに、オルドボ商会の強力なコネクションを崩せず連敗していたのだ。商会の体力面で負けていたのは間違いないものの、それだけではない。客先に賄賂をばらまくだけなら優しい方で、あからさまな妨害を受けていた事例もある。
そんなオルドボ商会と商売しようというのだから、笑われてしまうのは当然だ。
「売ってくれんのなら、ありがでェ。ここのところ人類様の攻勢が激しぐで、在庫はあるにごした事はねェんだ」
邪魔された相手に売ろうとする俺達も大概だが、邪魔した相手と商売するオルドボも大概である。
「本日中に馬車二十両分の小麦を売れる、であります。更に一週間以内に六十両集まる、であります」
「なかなかの数でェ。値段は?」
「マッカル金貨で九万六千枚、であります」
「話にならねぇなァ! 多く見積もっても一万枚でェ」
「馬車の荷車ごと引き渡す、であります。その分も見積もりに含める、であります」
「高けェ、高けェ。三万枚でなら買っでやる」
「マッカル金貨九万枚、であります」
「駆け引きするなら半分ぐらいまで下げたらどうでェ。四万五千枚」
「……八万五千枚が限度、であります」
「五万五千枚。ぐふぇふぇ、ごのぐらいが本当の限界だろう?」
ヘンゼルと目だけで会話する。オルドボが最後に提示してきた金額は最終予想金額である。商会長を務めているだけあってオルドボの金色に澱んだ目は確かなようだ。
足元を見られている立場なので、これ以上粘っても無駄だろう。五万五千枚で同意する。
オルドボが大きな手を叩き、しばらくすると台車に乗せられて複数の袋が運ばれてきた。どうやら支払いを先に済ませてくれるらしい。
日本円に換算して約六億の大取引であったが、たった数分のやりとりのみで決まってしまう。庶民からすると想像し辛い金額の動きであるが、結局は財布に収まっている金の単位の相違に過ぎない。
三〇〇〇万枚の金貨を有するオルドボが、たった五万五千枚の金貨を出し惜しみするはずがない。
オルドボの『ゴールド・アーマー』は、まだ一パーセントも削れていない。
「良い買物だったでェ」
「いいえ、であります。まだ商売は終わっていない、であります」
ヘンゼルは鍵付きのトランクケースをテーブルの上に乗せた。二箇所ある鍵穴に首にかけてある鍵をさし込み開錠していく。
「物々じいでェ。何が入っているだァ?」
「自分がオルドボ商会トップの営業成績を誇った理由をお忘れ、でありますか?」
開かれたトランクケースの中には、大きな葉が重ねられて並んでいた。採取されてから数日以上経過しているが、まるで今朝採ったばかりのごとく瑞々しい色合いを保っている。
「『奇跡の葉』かっ。また大量に仕入れだナ!」
金貨ではないものの、奇跡と名付けられるアイテムがスタックされている光景にオルドボの眼が輝く。
「十枚つづりが十つ。合計百枚の『奇跡の葉』であります。一枚あたりマッカル金貨五万枚として、すべて合わせて金貨五〇〇万枚、であります」
日本円換算で五百億。また単位が大きく繰り上がった。
地球に戻れば簡単に毟り取れる葉っぱなのだが、効能は確かであり世界間移動の輸送費分も値段に含まれていると思えば安いのだろうか。
偽物を用意する、という悪辣な手段も考えられたがヘンゼルは許さなかった。商売は人類魔族問わず公平であるべき、という固い信念に基づく。トランクケースの中身はすべて本物だ。
繰り返すが日本円で五百億だ。流石のオルドボも即決を躊躇う金額だろうと思われるが……いや、契約書にサインを書き込み始めている。
ヘンゼルいわく、オルドボが『奇跡の葉』を買わない選択肢はない。理由までは把握していないらしいがオルドボ商会の中では常識らしい。
それは確かな情報だったらしく、価格交渉もなく『奇跡の葉』百枚セットを金貨五〇〇万枚で即決購入する。
「現金ではない、でありますか?」
「この数の金貨、『個人金庫』スキルでもねぇと持ち運べないでェ」
確かに五〇〇万枚もの金貨を袋で渡されても持ち運べる自信はない。小切手で貰い受けるべきだと思うが……オルドボの『ゴールド・アーマー』の数値は減っているのだろうか。
「ぐふぇ。マスクのアサシン、安心するでぇ。きぢんと減ったぞ」
俺達の狙いがオルドボの保有資金を減らす事にあるのは当然ながら読まれているらしい。
それでも購入を続ける理由は、まだまだ余裕があるからだ。
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●オルドボ
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“●レベル:56”
“ステータス詳細
●力:287 守:205 速:47
●魔:162/162
●運:0
●金:ニ五〇〇万枚マッカル金貨相当”
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「相変わらず、他の商人にはできねェ商売をずるなァ。オルドボ商会に戻ってこねぇか?」
「お言葉だけいただく、であります」
「そうかい。では、これで商売は終わ――」
レアアイテムを大量に買わせても削れた資産は五分の一。オルドボにとっては良い買物でしかない。
「――まだ、であります。オルドボ様には最後に『奇跡の樹液』を買い取ってもらう、であります」
だが、ヘンゼルの商売はまだ終わっていない。懐に隠し持ち、肌身離さず携えていた小瓶を机の上に置いたのだ。
「この一瓶に満たされている液体は『奇跡の葉』数千回相当の奇跡の力、であります」
「ま、前に一度手にいれできだ『奇跡の樹液』……エ、エリクサーかっ!」
「以前はこれで妹達を買った、であります。妹達の値段は金貨一〇〇〇万枚。特別に同じ値段で売る、であります」
妹達と同じ値段、たったの金貨一〇〇〇万枚、一千億円で『奇跡の樹液』を売るとは、ヘンゼルは随分と気前が良い。