圭佑と女神の配信劇

浜川裕平

第1話 世界が死んだ日

 いつか有名になりたい。そんな漠然とした夢を抱き、俺は動画投稿を始めた。だが現実は、製氷工場と自宅を往復するだけの、色のない毎日だ。自作の曲を「パクリだ」と炎上させられ、心がささくれ立っていた俺に、少しだけ登録者が多い同業者から、DMが届いた。「炎上して大変ですね。俺も経験あるので辛いですよね。良かったらコラボしませんか? 話聞きますよ」。俺は、藁にもすがる思いで、それを承諾した。


 職場の更衣室。端のロッカーで先輩の田中が、スマホで俺のチャンネルを見ながら「自作曲炎上したのにまだやってんの?」と粘つくような視線を向けてくる。彼のロッカーの内側には、地雷系アイドル『YORU』とのチェキ。「俺、YORUちゃんと繋がってんだぜ」と自慢げに囁く彼を無視し、俺は二つ隣のロッカーで作業服に着替える。休憩時、事務所の隅で事務員の女が冷たい目でこちらを観察していた。


 土曜のコラボ配信で、俺は完全に「道化」にされた。アンチコメントを拾って笑う配信者。追い詰められた俺は、虚勢を張ってこう言ってしまう。「アンチ? うちは『笑顔』で返すのがモットーなんで」。この不用意な一言が、地獄の釜の蓋を開けた。


 週末、家族で外出した隙に、アンチが家に不法侵入し、その様子を生配信した。冷蔵庫の中身、庭に干した洗濯物、仏間の祖父母の遺影までリアルタイムで掲示板に晒された。帰り際、父のスマホに警察から電話がかかり、父は車を道路脇に停めた。視聴者からの通報で、帰宅した俺たちを待っていたのは、赤色灯を回すパトカーだった。リビングで、刑事から被害届の作成を求められる。父は、感情を殺した顔で、それにサインした。刑事が、ぽつりと漏らす。「…まあ、一番悪いのはやった奴ですが、息子さんにも、何か原因があったんじゃないですか?」その言葉が、父の心の最後の壁を破壊した。


 その翌日から、地獄が日常になった。毎朝、パトカーが家の前に迎えに来て、俺は一日中、警察署で事情聴取を受ける。昼食は、刑事に付き添われ、パトカーでコンビニに行き、パンとジュースを買い食いするだけ。会社には「事情聴取で休みます」と、震える声で電話を入れた。そんな日々が、一週間続いた。


 父は「ご近所には謝りに行くぞ」と、俺を連れて頭を下げて回った。近所のおばあさんが「うちのポストに、こんなものが…」と、俺を中傷する葉書を気まずそうに持ってくる。別のおばあさんは「あんたのせいかねぇ。最近、夜中に変な無言電話がかかってきて、怖くて電話に出られないんだよ…」と涙ぐんだ。昨日まで同情してくれていたおじさんは、「おい、お前のせいか! うちにも変な宗教の勧誘が毎日来るようになったぞ!」と、血相を変えて怒鳴り込んできた。


 地獄のような年末が過ぎ、年が明けた。元旦。俺たち家族は、重苦しい沈黙の中でおせちを囲んでいた。その静寂を破ったのは、郵便受けに投函された、数枚の「年賀状」だった。差出人の名前はない。『あけましておめでとう! 今年もKスケの炎上、楽しみにしてるぜ!』『おい!家族!息子がネットで大暴れしてやんよw』。これを見た母は、声もなく泣き崩れた。


 正月休みが明け、俺は、鉛のように重い体を引きずって職場へと向かった。事務所に入ると、同僚たちの視線が、針のように突き刺さる。ロッカー室で、田中がニヤニヤしながら近づいてきた。「よう、圭佑。有名人は大変だなあ? うちの親戚にも、お前のこと中傷する葉書、届いたらしいぜ?」その顔は、明らかに俺の不幸を愉しんでいた。


 夏。俺の元に、一枚の「暑中見舞い」が届いた。卑猥な水着アイドルの写真に、祖母の遺影の顔がコラージュされた、あの悪夢のような画像だった。


 ボロボロの俺は、最後の救いを求め、出会い系アプリで『かりん』と出会った。時を同じくして、SNSのDMでは古参ファンの『リナちゃん』だけが、俺を励まし続けてくれた。だが、『かりん』は、俺を待ち合わせ場所で放置し、その惨めな姿をネットに晒した、悪質な釣りアカウントだった。そのことを教えてくれたのは、『リナちゃん』だった。俺の中で、彼女は唯一の女神になった。


 そして、全てを終わらせる最後の一撃が、届いた。

 リビングのテーブルの上に、一通の封筒。中身は、『かりん』と交わした、みっともないDMの、全てのスクリーンショットだった。母は、これを見てしまったのだ。

「圭佑……これ、本当なの?」

 母の声は震えていた。俺を責める響きはない。ただ、深い、深い、悲しみだけがあった。

「馬鹿息子で悪かったな!」

 自暴自棄に叫び、俺は二階に駆け上がった。


 その日、俺の世界は、完全に死んだ。

 神谷圭佑という一人の人間が持つ、尊厳の、完全なる死だった。

 憎悪。屈辱。絶望。

 だが、その、どす黒い感情の底で、一つの、冷たい決意が生まれていた。


 ――俺の人生のすべてを懸けて、必ず、見つけ出し。

 この手で、地獄の底に、引きずり下ろしてやる。

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圭佑と女神の配信劇 浜川裕平 @syamu3132

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