見出し画像

スーパー戦隊シリーズ第41作目『宇宙戦隊キュウレンジャー』(2017)

スーパー戦隊シリーズ第41作目『宇宙戦隊キュウレンジャー』は前作とは違いド派手なスケール感で作られる作品となりました。
とはいえ、そもそも「宇宙戦隊」なんて名前の時点で私からすれば失笑ものなんですけどね…だって昔から宇宙規模の戦隊なんていくらでもあるのに今更「宇宙戦隊」って(笑)
しかも「キュウレンジャー」という名前も「ゴーゴーファイブ」レベルのネーミングの安易さで、でもまだ「ゴーゴーファイブ」は実際にその名前に負けてませんからね。
まあこの時点でそもそも私は「あ、これは失敗するなあ」と思ったのですが、蓋を開けてみると案の定過去の駄作群を笑えないほどの作品で、まさか戦隊ワーストをまたもや更新するとは思いませんでした

前作「ジュウオウジャー」が王道系でありながらも、こちらを満たせるほどの傑作ではなくそこそこにまとまった及第点止まりだったことから、本作に期待した人もいたでしょう。
しかし、こういう風にスケール感を広げてうまくいった作品群はそのほとんどがしっかり設定を詰められていて、よくできているからもしかしたらと私も思ったものです。
ですが、望月Pと毛利脚本というのを見た瞬間私の中に一気に不安がひた走ってしまい、「これ、どう考えても駄作だろ」と思ってたらこれまた予感的中となりました。
流石にスーパー戦隊ファンをこれだけ長く続けていたら、大体名前と企画、スタッフを発表した時点で上手くいくかどうかというのは流石にわかります。

そんな本作ですが、実は作品そのものをはリアルタイムでは見ていなくて、本格的に見たのはコロナウイルスで自粛となった去年のことでした。
そしてリアルタイムで見なくてよかったと改めて思ったのですが、やはり本作もまた反省会・フィードバックという形での酷評となります。
なんだか2010年代に入ってからえらくこういう評価の作品が増えた気がしますが、これもまた時代の流れなのかなあとは感じる次第です。

(1)「宇宙戦隊」に名前負けしているスケール感のなさ

まず本作は「宇宙戦隊」という名前で、敵も味方も様々な星から来た戦士の寄せ集めなのですが、実際は完全に名前負けしていてスケール感が全くありません
CGによる宇宙表現がショボすぎるというのもあるのでしょうが、人物描写も組織の設定も全てにおいて奥行きや深みに欠けているのです。
歴代戦隊で宇宙規模の作品というと「デンジマン」をはじめとする様々な作品群があるわけですが、分けても「チェンジマン」「ギンガマン」の2作は抜群の完成度を誇ります。
また、この2強に及ばないまでも他に「ゴーゴーファイブ」「ゴーカイジャー」なども敵組織が宇宙スケールであり、良質の名作ではありました。

他にも試験段階といえど「デンジマン」「バイオマン」「ファイブマン」「デカレンジャー」など様々な宇宙規模の作品があるわけで、本作はそうした先達の足元にも及びません。
そもそも宇宙規模の壮大なスペースオペラ自体がスーパー戦隊シリーズで使い古されたジャンルなので今更新鮮味もクソもないのですが、どうして本作はまたこの路線をやろうとしたのでしょうか?
別にやるなとは言いませんが、やるのであればもっとしっかり過去の作品群の検証・精査が必要であり、設定考証からきちんと丁寧に行っていく必要があります。
また、単にいろんな惑星から集まっているから宇宙規模なのではなく、その登場人物が背負っている思いや覚悟などの「生き方」がとても大事なのです。

そう、スーパー戦隊シリーズにおいて大事なのはあくまでも「キャラクター描写の積み重ね」であって、SFであるとかファンタジーとか宇宙規模とか地球規模とか、そういうのは所詮飾りになります。
5人ないし複数のチームが1つに団結し、お互いに補い合って強大な敵に立ち向かっていく…そういうところにドラマがあるわけであって、設定ありきでドラマやキャラが組まれるわけではないのです。
そのあたりのメインで描くべき要素と付随するものの優先順位・比重が本先では逆転してしまっていて、宇宙スケール感を出すことがありきになっていて、登場人物の描写が後回しになっています。
そのせいで本来なら歴代最高の規模になるはずが、かえって物凄く陳腐な狭い箱庭世界の話に終始してしまっており、その辺のご近所騒動と変わらないレベルの物語となってしまいました。

(2)「キュウレンジャー」なのに9人じゃない

そして本作最大のツッコミどころは「キュウレンジャー 」なのに最終的に9人じゃなく12人になってしまっていることであり、せめて最初に人数を規定したならそれを遵守しろよと思います。
まあこれに関しては「キュウレンジャー」の「キュウ」は「球」であって「9」ではないと反論されるのでしょうが、だったら最初は普通に5人で描いて、最後は9人にすればいい話ではないですか。
むしろ史上最大の規模であった「チェンジマン」の方が最終的にはチェンジマン5人に加えてユイ・イブキ、ナナちゃん、シーマ、ゲーター、ギョダーイと9人を超えていますから。
しかし、チェンジマンが最終的にそれだけ膨れ上がりながらも全く没個性にならずにしっかり立っているのは、それこそキャラ描写の積み重ねが出来ているからです。

一方本作のキュウレンジャーは最初から9人も出していながら、実質的に「ラッキーと愉快な仲間達」でしかなく、実質のところラッキー一強でその他はほぼモブキャラと化しています。
場合によっては他のキャラクターのメイン回のはずなのに、なぜだか最後に美味しいところをラッキーが持っていく描写が多いのです。
これだと結局のところ作品名は「スーパースター・シシレッド無双伝説」であって、全然チームヒーローの意味がありません。
何のために他の8人、最終的には11人の仲間たちがいるのかもわからないし、しかもなぜだか全員こぞってそんなラッキーを教祖みたく持ち上げるのです。

そういう設定になっているため、個人的には「キョウリュウジャー」「ニンニンジャー」の時の悪夢が再び脳裏をよぎってしまいました。
ラッキーが用いている「ラッキー」というのも「最後まで幸運を信じる」という、前向きかつ重みのあるものかと思いきやいわゆる普通の感覚の「ラッキー」としても用いているのです。
いわゆる「ツイている」ことと「幸運を信じて前に進む」ことは全く違うのですが、本作のラッキーはそのどちらなのかが全くわかりません。
それに加えて、前向きで屈託のないやつなのかと思いきや中途半端に日和ったりするシーンがあるので、余計にキャラのイメージがブレてしまうのです。

その他のメンバーも一応「こういう設定のキャラ」という風に描かれて入るのですが、その設定が実際のドラマや変身後のアクションなどに全く生かされません
しかもラッキーに出番そのものを奪われてしまうことが多々あるため、これだと最後まで「ラッキー=主役、他のやつら=引き立て役」ということになってしまっています。
これだと悟空一強でその他はかませ犬すら務まらなかった「ドラゴンボールGT」と大差ないじゃないですか…あれも大概酷かったですが、本作はまあそれ以前に「キャラ描写すらできてない」です。
このように、ヒーロー側からして誰1人まともに描写できていないのですから、この時点で「宇宙最大の戦争」というスケール感は完全に挫折してしまいっています。

(3)完全なハリボテの宇宙幕府ジャークマター

キュウレンジャーでさえこれですから敵側のジャークマターはもっとひどくなっていて、そもそも「宇宙幕府」なんていうネーミングセンスのカケラもない組織名の時点で失笑ものですけど。
その組織名の酷さに加えて、何と言っても酷いのが組織を束ねるラスボスのドン・アルマゲ…もうね、こいつに関しては最後まで小物感が酷すぎて威厳もクソもありませんでした。
第一正体が「宇宙思念体」って…どこぞの概念そのものと化した「ドラゴンボール超」のザマス様じゃあるまいし、よくもこんなしょうもない敵をスーパー戦隊で出そうと思ったものです
ぶっちゃけ他の幹部が印象に残っていないのでドン・アルマゲにとことん突っ込みますが、そもそもこいつの行動自体がブレドラン並みにブレブレなんですよね。

だって、いつでも宇宙を支配できる宇宙そのものなのにやっていることが自分の分身を作り出して人を乗っ取って宇宙を欺いてきたって、やること小さすぎませんか
しかもラッキーの父親を操って戦わせるって、それどっちかというと参謀格がやることであって、大将クラスがやることではありません。
挙げ句の果てに宇宙そのものを消滅させようとするのですが、やっていることはゴズマスターやバルガイヤー、ダイタニクスより凄いはずなのに、ちっとも凄さが伝わらないのです。
おまけに逆転の方法も最終的には「ラッキーが宇宙一幸運だったから」という、実質「奇跡」で勝ったようなものであり、全然双方がしのぎを削って勝った感じがありません。

そもそも、ゴズマにしてもゾーンにしてもバルバンにしても、単に「やっていることが凄い」だけでその脅威を表現したわけじゃなく、悪の美学とか一貫性とかいうキャラ立ちで表現していたのです。
ボスはただ偉そうに威張っていればボスなのではなく、その中に「こいつに逆らったら怖い!」と思わせる描写をどれだけ積み重ねていけるかで強固さが決まります。
しかし、本作のドン・アルマゲはそもそも悪の美学すらきちんと描かれていない上、それが主人公のラッキーとの対比にすらもなっていないせいで、どうにも話に広がりと奥行きが生まれないのです。
宇宙思念体という、まともな文芸の素養を積んできたいい大人が出すとは思えないクソ設定に加え、行動すらも行き当たりばったりで何がしたいのかすらわかりません。

第一、宇宙をいつでも滅ぼせる規模の敵なんてそれこそ「ドラゴンボール」はもちろんのこと石川賢漫画のラ・グースや時天空などで見てきましたし、プリキュアシリーズでもすでに3作目ラストで宇宙滅ぼしてますからね?
スーパー戦隊シリーズを別としても、宇宙消滅までやってのけた敵なんていくらでもいたわけで、それら名作の強敵に匹敵する凄みをドン・アルマゲが、ジャークマターが出せたかというと全然出せていません。
せめて全王様みたいに「宇宙なんて軽く消滅できるよハッハー!」くらいのやつを持ってこないと、全然脅威になりません…いやもそうそれくらい宇宙規模の敵を表現するのは難しいのです。
そんなごく当たり前のことすらもわかってない作り手が「これをやれば受けるだろう」という感覚で作り上げてしまったのが本作である…というのがこのジャークマターを通して見えました。

(4)2010年代戦隊とは「レッド崇拝」と見つけたり

さて、ここからは「キュウレンジャー」までを見て私なりに見えてきたことなのですが、2010年代戦隊を読み解くキーワードは「レッド崇拝」であると感じました。
いやまあ「シンケンジャー」が「アンチ00年代戦隊」としてスーパー戦隊シリーズそのものを変えたと共に、もう1つ今度はレッドが露骨に持ち上げられるようになります。
その象徴がスーパーシンケンジャーなどに代表されるように「レッド一強」な強化方式だったり、あるいは好感を持てる要素がないのにやたらと「凄い」と持ち上げる描写だったり。
確かにシンケンレッド・志葉丈瑠を起点に「バカレッド」が登場する確率は圧倒的に減りましたが、その代わり今度は欠点だらけのレッドを周りが神輿に担いで持ち上げるようになります

こうした傾向はネットだと「メアリー・スー」「なろう系」といった言葉で形容されることが多いのですが、とにかくレッドの特別さを出したいがための宗教じみた崇拝が多くなるのです。
これも時代の流れといえばそうなのかもしれませんが、悪く言ってしまえばレッドさえ持ち上げさせて進めれば話が進むという別の思考停止に陥ってしまっています。
2000年代戦隊でしばらく「バカレッド」が続いたのは善悪の境界や正義などが複雑化しすぎた現代において深みにはまらないようにするため、そして平成ライダーとの差別化のためでした。
しかし、その安易な流れを「シンケンジャー」で大きく変え成功するとともに今度は「じゃあ欠点の多いレッドを周りに持ち上げさせればいい」という安易な流れが目立つようになります。

確かにスーパー戦隊シリーズは昔から「どうやってレッドがチームを引っ張っていくのか?」に苦心してきた感じがありますし、90年代は特にその辺りで試行錯誤が見えました。
だからと言って昔の戦隊はそんな風に露骨にレッドを周囲が持ち上げることはなかったですし(結果的になることはあっても、普段はあくまで対等)、メンバーのバランスは基本対等です。
しかし、レッドだけの特別感を出そうと格差を極端にしてしまったことがかえって作劇の幅を狭めたようにも思いますし、それが行き過ぎた結果がキング様や天晴、ラッキーなどにあるのだと思います。
まあ「ゴーバス」のヒロムはその点露骨な持ち上げはありませんけど、姉のもとでぬくぬくと暮らしてるため実質持ち上げられているようなものですしね。

本作は特に戦隊メンバーを9人、最後には12人にしてしまったせいで余計にそういったシリーズでいつの間にか蔓延っていた致命的欠陥を浮き彫りにしたと言えます。
周りがレッドに共感して神輿担いで持ち上げて、そいつに引っ張ってもらえば上手くいくと…しかしそれに甘んじて「ヒーローとは何か?」「戦隊とは何か?」という根本を考えていません。
そうした作り手の無意識の怠慢が本作のラッキーとドン・アルマゲ、そしてその他の有象無象なキャラクターを通して見えてしまったのではないでしょうか。
思えば、次作「ルパパト」が大きくこれまでと路線を変えた異色作となったのも、そうした2010年代の戦隊が根本的に孕んでいた問題を本作が露呈させたからだと考えられます。

(5)まとめ

本作は前作のそこそこの成功からさらなる飛躍を目指そうとスケール感を宇宙規模へ拡大したのはいいのですが、やり方や中身が全く伴わなかった作品です。
それどころか、「シンケンジャー」以降で大き流れが変わったスーパー戦隊シリーズに蔓延してた問題点を白日のもとに晒してしまっています。
もっとも、本作がここまで大失敗してくれたからこそ、改めて「ヒーローとは何か?」「戦隊とは何か?」と向き合うことになったのかもしれません。
そのための反省材料というか、叩き台として「こういうことはやってはいけないよ」ということを教えてくれたのではないでしょうか。
総合評価はF(駄作)、私の中でずっと心に引っかかっていたスーパー戦隊シリーズが陥っていた根深い問題点を明らかにしてくれました。

  • ストーリー:F(駄作)100点満点中0点

  • キャラクター:F(駄作)100点満点中0点

  • アクション:F(駄作)100点満点中5点

  • カニック:F(駄作)100点満点中5点

  • 演出:F(駄作)100点満点中0点

  • 音楽:F(駄作)100点満点中0点

  • 総合評価:F(駄作)100点満点中2点

評価基準=SS(殿堂入り)S(傑作)A(名作)B(良作)C(佳作)D(凡作)E(不作)F(駄作)X(判定不能)

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集

ピックアップされています

スーパー戦隊論

  • 210本

コメント

ログイン または 会員登録 するとコメントできます。
note会員1000万人突破記念 1000万ポイントみんなで山分け祭 エントリー7/8(火)まで
I do the necessary.(必要なことをする) スーパー戦隊シリーズを中心に興味・関心のあるエンターテイメントの記事を発信しています。 また、Webライティングで情報発信したい方に向けての有料記事も販売中です。よろしくお願いいたします。
スーパー戦隊シリーズ第41作目『宇宙戦隊キュウレンジャー』(2017)|ヒュウガ・クロサキ
word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word

mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1