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昭和の田舎、土と汗の記憶 うちの田舎にアスファルトの道路が敷かれたのは、今から42年ほど前、昭和の終わり頃だった。それまでは、道といえば土のまま。 車が一台通れば、ふわっと土煙が舞い上がり、夏の陽射しにきらめく。 あの煙が、汗まみれで上半身裸、裸足で駆け回る子どもたちの肌を真っ黒に染めた。 家の前で洗濯物を干すおばちゃんたちは、土ぼこりに悩まされ、朝から夕方までバケツ片手に水まきが日課。2時間おきに、ちゃぷちゃぷと水を撒いて、道を湿らせては「また車が通った!」とぼやく声が響いた。 電信柱は今みたいなコンクリートじゃなく、木でできていた。 表面はごつごつして、犬や猫の糞尿が染みついた匂いが漂う。 そこらじゅうで立ちションするおっちゃんたちの姿も、誰も気にしない日常だった。 雨が降れば、道はでこぼこになって水たまりだらけ。 子どもたちはその水たまりをプール代わりにして、泥だらけになりながら笑い合った。 親に叱られるまで、びしょ濡れで遊び続けるのがお決まりだった。お菓子は駄菓子屋で10円から。ガラス瓶に入ったラムネや、紙に包まれたキャラメルを握り潰して食べた。 アイスは30円の棒付きが定番で、溶け始めたのを急いで舐めるのが夏の楽しみ。牛筋は一袋100円で、煮込みにすると家族みんなの腹を満たしてくれた。ケーキなんて特別な日のご馳走で、バターケーキと呼ばれた、どぎつい黄色のスポンジに偽物のサクランボがぽつんと乗ったやつが主役。 あの人工的な甘さが、なぜか今でも舌の奥に残ってる。 プラモデルは1箱100円。組み立てる前からワクワクして、糊とプラの匂いに胸が躍った。 ジュースの自販機も100円で、瓶のコーラやファンタをがぶ飲みしては「ゲップ!」と笑い合った。めんこは1円から10円。路地裏で友達と地面に叩きつけて、勝った時のドヤ顔が忘れられない。 あの頃の田舎は、土と汗と笑顔でできていた。時計なんて見ず、陽が沈むまで遊び倒して、家に帰ればちゃぶ台で家族が待ってる。 テレビのチャンネルをガチャガチャ回して、プロレスやアニメに夢中になった。昭和の記憶