21-3 竜頭魔王の偉形
バハムートほどに有名な幻想生物はいないだろう。圧倒的な力を持つ存在であるため象徴的なキャラクターとして起用し易く、創作物で引っ張りだこだ。
ただし、バハムートほどにモチーフからかけ離れたイメージを持たれている幻想生物は存在しないだろう。姿形どころか、種族さえ変化して広まってしまっている。言い伝えや物語が時代や場所によって変容してしまうのは珍しい事ではないが、オリジナルのバハムートはドラゴンではない。
「……んー。あれは、どう見てもドラゴンには見えないな。どうして竜頭なんて名前を付けられている?」
バハムートは魚である。もちろん、ただの魚ではなく、世界魚と呼ばれる程に大きいのが特徴だ。千夜一夜物語にも登場しているらしく、巨大過ぎる体が泳ぎ去るまで三日かかったと伝えられる。
似た存在たるヘビモスと同一視する見解に従うなら、その姿はカバかもしれない。
まあ、遥か上空を泳いでいる竜頭魔王はドラゴンでもなければ魚でもカバですらないのだが。
「空を飛ぶ究極生物がドラゴン以外であるはずがない。だから、あれはドラゴンだ。そういった歪んだ羨望と、大きいだけのプライドが名付けの理由だ」
「ドラゴン自ら名付けたと。他種族は誰も異議を唱えなかったのか?」
「あんな馬鹿げた大きさの異形、近類種さえ見つかっていない。種族さえ同定できんのであれば仕方あるまい」
冷たい大気の濁流が、顔の仮面に当たって流れていく。
俺は今、天竜の背に乗って富士山の山頂と同じ高さに上昇していた。高々度にいる竜頭魔王の姿を観察している最中だ。
天竜の背は広く多人数が搭乗可能であるものの、偵察活動中であるため他のメンバーは不在である。本当は誘ってみたが、竜頭魔王を知っている異世界人は接近を拒絶し、皐月達には寒そうだから嫌と断られた。しぶしぶとスマートフォンで撮影を続ける。
竜頭魔王は巨大過ぎて頭部しか見えていなかった。それでも、絶対にドラゴン族ではないと言い切れる。
牙はあるし、鱗もある。
頭の左右から突き出した眼球があるし、丸い口が頭部の下に付いている。口の構造を言い表す言葉が見付からないが、円盤型UFOの開放部と言えば良いのか。
つまり、まったくドラゴンらしくない。
ならば種族は何なのかという疑問は湧くが、答えは頭に浮かんでくれない。ペーパーに調査させるしかないだろう。
「甲殻類。それとも虫??」
頭部の形状は流線型だ。似ている生物はカブトガニである。
大きき過ぎる頭部に阻まれて体は見えないものの、左右から突き出した多数のヒレが上下に動いている。それだけで飛行するのは難しいと思うが、ドラゴンや真性悪魔も同じくらい物理法則より逸脱しているので許そう。
竜頭魔王がゆっくりとこちらへと振り向いた……ような気がする。スケールが違い過ぎるため判断できない。
「あの高度には翼竜魔王の巣があったはずだ。今はワイバーン一匹、巣の欠片さえ喰われて残っておらんようだが」
「魔王連合の一柱で、天竜をテイムした相手だったな」
「竜頭魔王を使役できたつもりでおった愚か者の末路に相応しい。竜頭魔王の腹を満たして大人しくするぐらいの役には立って欲しいものだが……我等を見ている。貪食め。すぐにここを離れるぞ!」
偵察活動により、翼竜魔王の失墜と竜頭魔王の巨大さを確認できた。
十分な成果を得て帰路につくが……全長が東京都並みの大魔王をどう戦えば良いのだろうか。
異世界を滅ぼす原因らしき竜頭魔王を一目見ておきたいと天竜に無理言って飛んでもらった。
竜頭魔王が何に囚われる事なく自由に空を遊泳している。翼竜魔王の一族をすべて食べた食後のため動きは緩慢になっているようで、今すぐに世界を滅ぼしそうな様子はない。
「それはどうだろうな。『カウントダウン』を見てみろ」
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“●カウントダウン:残り六月”
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偵察を終えて竜頭魔王の様子を報告してみたところ、黒曜の反応は芳しいものではなかった。言われるままスキルを発動してみるが、世界滅亡のカウントダウンに変化はなさそうだ。
腹が減ってきたら地上の人口密集地帯を襲い始めるのだろう。魔王に詳しい教国のリセリに、竜頭魔王がいつ動き出すか聞いてみる。
「竜頭魔王は数年ごとに人間族の街や魔族の集落を丸ごと喰い滅ぼし、腹が膨れると大人しくなります。被害地の特定はともかく、活動周期が予想し易い魔王のはずですわ」
「あれ、数年??」
翼竜魔王を含めドラゴンを大量に食べたのは間違いない。これから数年間大人しいのであれば、竜頭魔王は世界滅亡の原因ではないのだろうか。
首を捻る俺の疑問に答えたのは、ゼナだった。
「それはここ近年の話だ。竜頭魔王は倒せぬ相手であるが、追い払うだけの力を有する他の魔王が地上にいたため、食欲を我慢できる間は我慢していたに過ぎぬ」
エルフであるゼナの時間感覚は人間族とは大きく異なる。彼女の言う近年とは直近千年の事を示す。
特にゼナの元同僚、原型一班の魔法使い職が墓石魔王を作成してからは被害が減っていたらしい。
「ここ三百年ほどは更に被害が減っていた」
「墓石魔王以外にあんな規格外の大きさの魔王に対抗できていたのか?」
「ああ、討伐不能王が領土宣言してから、近隣地域に現れなくなる程にな」
「あ、あー」
そうですか、主様、貴方でしたか。
主様は絶対に許してはならない敵であったが、そんな害悪も取り除けば思わぬ影響ができるもののようだ。殺菌のし過ぎで皮膚常在菌が壊滅しまったのだろう。
危険を排除し、安全を求めた結果の末路。それが今の異世界であった。
「ようやく終わりが見えてきたのに、最後まで残した敵が竜頭魔王なのは間違いだった。いや、迷宮魔王もまだいたっけ」
魔王連合が残りニ柱まで減ったと喜ぶのは幼稚な考えらしい。
「どう動くつもりだ。御影よ」
アニッシュに訊ねられてしまっても、アイディアは浮かび上がらない。
そのため、消極的に第二優先事項を先行処理する。テスト前の掃除ほどに捗るものはない。
「……竜頭魔王が動き出す前に、迷宮魔王を討つ」
迷宮魔王の三騎士、オルドボが流通方面より人類に攻勢をかけている。その対策がある程度整っているので、まずは先にそちらを片付ける。
「もちろん、竜頭魔王の観測は続けながらだが、そちらばかりに気を取られている間にオルドボ商会が販路を広げてしまうのも面白くはない」
「分かった。必要な人員を抽出し、動けるようにしておこう」
「そうしてくれ。短期決選を目指すため、ヘンゼルにはオルドボ商会の本店へ向かってもらう」
迷宮魔王が容易い相手ではないと分かっているが、世界が滅びる半年前にこんな雑事に従事していて良いのか。そんな疑念を口にせず皆は動き始めた。
……ただし空気を読まず、俺が撮影した竜頭魔王の録画をパソコンで視聴していたペーパー・バイヤーが一人呟く。
「なあ、どうしてコイツがバハムートになっている。コイツはどう見てもカンブリア生物だろ」