21-2 竜頭魔王が正体
作戦会議で使用される広い室内のど真ん中で正座を続ける。固く冷たい床が容赦なく足から血の巡りを奪っていき、意識せず足を崩そうとしてしまう。
「被告人。誰が足を崩して良いと許可しましたか?」
「……はい」
真正面の席に座っている皐月に睨まれたため正座を続けた。足の上に石板を載せられていない分、マシだと思おう。
「検事。続きを」
「はい。被告人、御影は今朝未明。己のペットに対して淫行を強要した容疑がかけられています。主従関係を盾にしたハラスメント行為であり、被害者たるそこの淫乱ペットは抵抗できなかったものと思われます」
俺から見て左側の長椅子には検事役のラベンダー、落花生、黒曜が並んでいる。今は筆頭検事たるラベンダーが罪状を読み上げているが、完全なる誤認逮捕である。
「分かりました。被告人は死刑!」
「もう判決ッ?! 誤解なんだ!」
「被告人の発言は許可されておりません」
まるで裁判のようである。ほとんど魔女裁判に酷似しているが、裁判なので俺を助けてくれる弁護士も存在した。
俺から見て右側の長椅子に並ぶ弁護士は、ペーパー・バイヤー、アジサイ、アイサである。最強の人選、最強の弁護士軍団。勝ったな。風呂入ってくる。
「被告人。立つな」
「はい……」
弁護人筆頭はペーパー・バイヤー。ただの大学生の癖に異世界までやってきてくれた男だ。これ以上、頼れる親友がいるだろうか。
「被告人は無実です。憎らしくも、被告人にはパートナーとなる女性が多数存在します。わざわざリスクを犯さずとも欲望を発散可能な状況で、ペットを襲う必要はがあるでしょうか。……弁護していてムカ付くので死刑が妥当ですね」
この男。本当に弁護するつもりがあるのだろうか。
「突発的な衝動であった可能性もあります。証人として被害者をここに」
天竜が法廷に呼ばれて俺の隣に並ばされる。さすがに正座はさせられていない。
「ふーむ。冗談の通じない奴等め。少し我が亭主をからかっただけで大事にしおって。もぐもぐ」
おい、真犯人がいきなり犯行を認めたぞ。ちょっとした悪戯のつもりだったと酷過ぎる動機を語っているぞ。
「まったく。地球でも異世界でも変わらぬ小娘共よ。もぐもぐ」
「証人、裁判中ですよ、何を食べているのですか?」
「朝食のレモンだ。無性にすっぱい物が食いたくなってな」
見ているだけでも口を萎ませてしまいそうになるが、天竜は甘いシュークリームでも食べるがごとく酸味の強い果実にかぶりついていた。
とても美味しそうに食べているが、一体何を暗示させたいのだ。神様がなさる事は意味深過ぎて凡夫には理解できない。
「証言の必要さえありませんね。証人喚問は以上です」
「分かりました。判決を言い渡します。被告人は死刑」
俺は何度殺されてしまえば良いのだろうか。
「まったく。お前達の所為だぞ。もぐもぐ」
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“『勘違い(被害者)』、鰯の頭も信心からなスキル。
本人の意思によらず、他人の強い意思により状態変化を引き起こす”
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俺の冤罪で貴重な時間を浪費している場合ではない。『カウントダウン』の急激な減少こそが緊急課題である。
「ゼナ。そろそろ教えてくれ。『カウントダウン』は何を示している?」
ゼナは救世主職ではないが、原型一班として戦っていた頃に面白くない真実を何者から聞かされたらしい。
「……そなたからは明かしてはいないのだな?」
「明かしたところで意味がない。だが、半年後まで近付けば別だ」
俺以外の救世主職である黒曜も『カウントダウン』の真実を知っていた。
真実を知っている者同士、目配せしながら明かすべきか話し合っている。二人とも渋い表情を作っているが、たった半年という期限に観念したようだ。
「我々以外は人払いをせよ。聞き耳を防ぐため部屋に結界を敷け。衝撃的な内容ゆえ、聞く勇気のない者は退室を推奨するぞ」
アニッシュの指示で警護の兵士達が去っていく。アニッシュ自身は残った。
室内にはお馴染みのメンバーだけが残されたが、その後もたっぷりと一分間は口を開こうとしなかった。
「皆の者、本当に良いのだな?」
ゼナが重い口調で最終確認を行う。
「救世主職でもない私が言うよりも黒曜の方が良かろう。頼む」
それでも、ゼナはなかなか言い出せず最終的には黒曜が語る。
「――救世主職の『カウントダウン』は、この世界の滅亡が確定するまでの残り時間を示す」
まあ、世界を救う職業のスキルである。効果について一切想像できなかった訳ではないので、そこまでの衝撃は受けなかった。
「せ、世界が滅亡するのか!?」
「ああ、なんてことでしょう。創造主よっ!」
異世界人と地球人という決定的な差があったからかもしれない。
「『カウントダウン』はあくまで現在観測される世界の脅威より推定される残り時間だ。ゆえに、状況変化により容易く変動する」
黒曜から聞かされる詳細と、俺が経験した残り時間の変動は一致している。
前に極端な変動をしたのは怨嗟魔王が台頭した時だっただろうか。残り期間が約五年と大きく減ったが、怨嗟魔王の寄生能力を考えれば納得できた。あのままでは世界は魔王によって滅ぼされていた。
「変動。つまり下がるだけではなく、上がる事もあるのだろ。怨嗟魔王を倒した時には五年から十年に持ち直した」
「直近の脅威を取り除けば回復する。が、俺が救世主になってから、少なくとも減少傾向は千年以上続いている。根本原因を取り除けていないからだ」
世界を滅ぼす原因たる魔王を倒す事で、その魔王がもたらす滅びは回避される。だから怨嗟魔王の討伐により期間は元の値まで持ち直した。
だが、元の値以上に増えていない。それはつまり……世界が滅びる原因を未だに取り除けていないからである。
既に、世界を滅ぼせる魔王が顕現している。
「千年以上前からずっと減っている? そんなに長くいる魔王がいるのか??」
随分と気長な魔王である。他に何か要因があった考えるのが自然か。
いや、気長なのは人類の方なのか。世界を滅ぼすと分かっていながら千年も魔王を放置しているのは怠慢と言える。
「ち、簡単に言ってくれる」
「知らぬ内が幸せなものだ」
……あれ、黒曜が舌打ちしている。ゼナも耳の角度を下げた。
「世界を滅ぼすか。であれば、座付きの魔王となり、千年以上留まり続けているとすればあやつしかいないではないか」
天竜も苦虫を噛み砕いたかのように表情を歪めてレモンを食べるのを止めた。まだ食べていたのか。
「『古式竜』竜頭魔王しかおらぬではないか。憎らしき捕食者の名前よ」
異世界人の人々は竜頭魔王の名を聞いた瞬間、身を竦ませていた。世界の滅亡に疑問を持っていた者もいただろうが、納得して絶望の表情を作る。
「天竜は知っているのか?」
「知っているも何も、我が地球行きを決意した宿敵で、翼竜の愚か者に捕らえられた原因だ。竜頭には何人も敵わない。我が喰われなかったのは奇跡に等しい」
「マジか……」
天竜が異世界から地球にやってきたのはレベルアップのため。そこで思考停止していたが、災害レベルで猛威を振える天竜が何故レベルアップしようとしていたのか考えた事がなかった。
天竜が異世界を旅立った時代、天竜を超える数少ない敵、主様はまだ魔王化していなかった。俺の知らない天竜の天敵が異世界には存在する。
気のせいか天竜が仲間に加わるといつも世界滅亡レベルの敵が出現している。土地神であって厄病神ではないはずなのに。
「交戦しているのなら、竜頭魔王の種族も判明しているよな。聞いておきたい」
聞いたところで対抗策はない、と前置きをして天竜は教えてくれた。
「竜頭の奴の種族は、究極生物、バハムートだ」