20-3 人類圏進出
朝がくるとすぐに水場へと移動した。酒と胃酸臭い口をゆすぐためである。
二日酔いは『耐毒』スキルで耐えられるが、口の喜色悪さだけは何とも耐え難い。合唱魔王でもあるまいに、昨晩は酒の所為で酷い目にあってしまった。
もう怖がる事なく井戸の水を存分に使って、口を洗ってすっきりする。
そして、その帰路――、
「何でそんなところで寝っ転がっているんだ??」
――城の外でうつ伏せに倒れているアニッシュと第一、第二夫人を発見する。寝相が悪くて外に出てしまったのだろう。きっとそうだ。
「ち、違うぞ。御影は余の寝相ぐらい知っておろうが」
疲れ切って顔を伏していたはずの夫人二名から怨敵に向けるべき視線を向けられる。
「おいおい、迷宮攻略時の話だぞ。夫人達を誤解させるな」
アニッシュが聞いて欲しそうだったので、どうして外で倒れていたのか理由を聞いてやる。
「それが……怪奇現象が余の部屋で発生してしまったのだ。二人が怪奇現象を起こす霊的存在を追い出そうと戦っている間に日が昇ってタイムアップした」
アニッシュも大変である。執着心の強いゴーストにストーカーされているのだろうか。
「余には霊感がないゆえ正体は分からぬ。が、きっと面倒見の良かった祖母が余の身を案じてくれているのだろう」
……建物の影に潜んでいるゴーストは若い女忍者にしか見えないが、言わぬが仏だろう。微小なレベルでアニッシュ祖母が忍者だった可能性もある。
「疲れたのだ……」
夫人達も出自がしっかりしているので潜在能力が高いはずだが、ゴーストとの闘いは拮抗してしまった。振り回されたアニッシュも含めて一睡もしていないらしい。
三人で部屋に戻って寝直すらしいが、まあ、疲れ切っている様子なので温かく見送ろう。
昨晩のドタバタの結果、俺の私生活は改善の兆しが見られた。改善ではないかもしれないが、昨日までとは状況が異なっているのは確かだ。
「人類圏への偵察は順調だ。魔王連合の戦力分布も把握できてきた。帝国を真正面から潰しただけあって数は膨大。まともに戦えたものではない。皆で策を考えたい」
ナキナを中心とする人類国家の首脳陣による会議、まあ、いつもの面々による話し合いに出席しているのだが、ナキナ存続への貢献度が高い俺の周囲は少し寂しい。
ダークなエルフが半径五メートル以内に近づく女を狂犬のごとく威嚇していたためだ。
「ガルルル、ガルルル」
「どうどう。黒曜、少し落ち着け」
「凶鳥。そこの人の説得し――」
「ガルルルッ。パパに近づく女は許さない!」
スキル的に信頼度に補正がかかるアイサさえ接近を許されなかった。皐月達も遠巻きに訝しげな視線を向けてくるのみである。
「ちょっと、パパって。さすがに御影の性癖を疑うんだけど」
「兄さんが兄さんが兄さんが兄さんが兄さんが兄さんが兄さんが兄さんが兄さんは妹属性のはず妹属性のはず妹属性のはず妹属性のはず」
「隠し子がいたって事です!?」
「いや、落花生。それは少しおかしい」
いや、俺も突然パパ呼ばわりされて困っているのだが。
「黒曜。その呼び方は止めてくれないか。血縁もなければ育てた覚えもない」
「今更俺を突き放すのか! 森で捨てられた俺を温めてくれたのはお前なのだぞ!」
黒曜が信じたい現実はそうなのかもしれないが、あの森での出来事はすべて『正体不明』スキルが作り上げた幻想でしかない。まあ、否定するのも可哀想なので強く言えない。
「ちょっと、森で、外でって。さすがに御影の性癖を疑うんだけど」
「兄さんが兄さんが兄さんが兄さんが兄さんが兄さんが兄さんが兄さんが兄さんは妹属性のはず妹属性のはず妹属性のはず妹属性のはず」
「うぅ、御影は優しい人だったのです」
「いや、落花生。それは察しが良過ぎる」
黒曜が接近を許している人物は限られる。
まずは、男であるペーパー・バイヤー。
「お前等な。会議中だぞ。少しは真面目にしろよ。御影は昔から変態だっただろ。……パパって女に言わせるレベルの変態だったのは想定外だが」
……違うな。席を自主的に離しやがったペーパーは人数にカウントできない。
「皆様、薄情な人達ばかりですわね」
黒曜本人を除いて、唯一傍に座れている女性は月桂花のみである。
「……えーと、桂さんは何故近寄れるのです?」
「ふふ、時には動かざる事も愛には必要となるのですわ」
黒曜的に月桂花は安全認定されているらしい。一人勝ちした彼女は幸せそうであるが、どのような魔法を使ったのか。
「黒曜様、あの人達は御影様を誑かそうとするので近づけてはなりません。子供として、御影様をお守りください」
「桂は弁えているし、分かっているな! しかも猿の手で服従させている。桂だけは制御しているから安全だ」
「ええ、そんな黒曜様を御影様はお褒めになりますわ」
二人を見ていると、どちらがどちらを制御しているの分からなくなる。
「そこっ! もう少し真面目にするのだ!」
アニッシュに注意されてしまった。
人類国家が名ばかりの集団ではないと魔王連合に知らしめる――主には同じ人類へというのが策謀的――ために活動しなければならない。そのため、初期戦略目標を定める。
本人の意思に関わらず、人類国家の代表たるアニッシュは人類圏の地図を眺めながら思案する。異世界の測量技術を信じるならば、オーストラリアぐらいの大きさはあるだろか。
「遠征となると動員可能な戦力が絞られるからな。さて、攻めるならどこが良いか」
「帝国も完全に陥落した訳ではないようで、少数の残党が抵抗を続けているようです。まずは彼等と接触するべきです」
「余達と合流できる位置にいるのか?」
忍者衆を有するナキナの偵察活動に抜かりはない。頭目のイバラが一週間かけて集めた各地の情報から、攻め込むのに最も適した場所を検討する。
「よし、行くか」
「待つのだ。御影達はオリビアの防衛ラインで待機して欲しい。敵軍がナキナにこないとは限らないのだぞ」
戦支度を整えようと立ち上がると、アニッシュに呼び止められた。
いつも先陣を切っている俺であるが、今回は後方で待機らしい。
人類圏への進出はナキナ、獣の種族、森の種族から選出された先遣隊が行う事になった。俺達は後方で様子見だ。
「帝国の残党とは別に、教国にも使者を送る準備をしなければ。人選はリセリ殿、ネイト殿、ウルガ殿が良いと思う。頼まれてくれるだろうか」
「謹んでお受けいたします。これまでナキナが成しえた偉業の数々、余さず父に伝えいたします」
「うむ。よろしく頼むぞ」
これまで忙しく働き過ぎた反動だろうか。当面は楽はできそうである。
会議から一、二週間後。無事に任務を果たした先遣隊は、目新しい集団を引き連れて戻ってきた。
オリビアに突貫建築された要塞の中で先遣隊を出迎えると、ぞろぞろと要塞内に入ってくる。
「はっ、獣にエルフにオリビア人まで。雑多な奴等の集まりではないか」
先遣隊が連れ帰ったのは、頭の角がそのまま兜になっているような馬に乗った騎士の一団である。騎士の装備も重装でワインレッドが栄える。
「まあ、雑多なモンスター共と戦うには丁度良いのであろうがな。人類の盾およびその他周辺。帝国を助ける名誉を得られて光栄に思うが良い!」
形だけの集団かと思いきや連戦で鎧が傷付いていた。モンスターの返り血で染色された人物などは明らかに猛者っぽい。魔王連合と死闘を繰り広げてきたのだろう。苦労は分かるので、少しぐらいイバっても気にしない。
「『鑑定』。うーん、騎士職が二百人ぐらいかな。平均レベルが40ぐらいありそう」
アイサがやってきて『鑑定』してくれた。途端に始まる黒曜との猫のような激しい戦い。
「騎乗した騎士職はランスチャージでモンスターを蹴散らせられるから、レベルが簡単に上がァダダっ、この!」
「小娘が何をしに現れ……年齢を『鑑定』しようとするなッ」
二人は無視しよう。
新参者の騎士団の人達が無視されて可哀想である。
「どけ、そこの雑多共。帝国がワザワザきてやったのだ。道を譲り、頭を下げろ!」
騎士団の先頭で一番偉そうにしているフルプレートの人がわざわざ俺達の方へとやってきた。狂犬黒曜が襲いかかろうとするので羽交い絞めにして防ぐ。
「どうした? エルフごときが。少しは媚びてみせろ」
「ガルルル、ガルルル」
「そこの人! 挑発するのは止めてくれ! こう見えて黒曜の『力』は俺より強いんだ」
「黒いエルフに仮面の取り合わせ。露骨に怪しいな。魔族か? 仮面を取って顔を見せろ」
もう凶鳥面は装着していないというのに、ぞろぞろ集まってくる騎士団達。剣を抜いたのは向こう側が先なので、今後の行いは正当防衛に値する。きっとそうだ。
「御影にこれ以上のフラグは無用! 天竜川の魔法使いの力を結集して阻止!」
遠くで大人しくしていた皐月達がここぞとばかりに参戦する。
「なんと、新参者が御影に因縁付けておるぞ。命知らずめ。獣の種族、取り押さえろ」
訓練場から戻ってくる最中だった熊の部族およびジャルネが登場する。
「騒がしいと思えば血の気が多い。森の種族、囲んで拘束せよ」
偵察任務を終えて帰還したゼナ達、エルフスカウト部隊が急行する。
「何と!? ナキナの恩人、御影殿に危険が迫っているぞっ! ナキナ親衛隊であえぇ」
「何事だ!?」
「敵襲か!」
「デフコン・ワンか!」
「またどうせ魔王だろ!」
騒ぎと祭りを誤認識しているナキナ一般兵達が愉快な顔で走り寄る。
「お、お主達!? 客人に手を上げるとは何事か!」
「生意気な新人にナキナの実力見せたれ」
「おおおおっ!!」
「今日は無礼講か?」
「落ち着け、落ち着くのだ!」
「アニッシュ様がいらっしゃった! 公認だぞ!」
「ちがーうのだーっ!!」
関係ありそうな人から関係なさそうな人まで集合して乱戦が始まる。
ちなみに、人類国家の一般兵達はここ最近の戦で平均レベル45近くまで高まっている。人類で最も強靭な兵力と化しているのを忘れてはならない。
「ガルルルルッ」
「なっ、早!? ぎゃーー」
「フルプレートなんて生意気だ! ぬーげ、ぬーげ」
「やめ、やめっ」
「全裸装備がナキナ式だ! 筋肉か毛皮で攻撃をブロックしてみせろ」
「鎧がボコボコに!? 剣が素手で折られた!?」
「お嬢! 今夜はこの馬で鍋にしましょう!」
「兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん」
「田舎者共がッ、帝国の力を見せてやれ、突げ――ぎゃーッ」
「いやーー、やめてーーッ」