20-1 夜がくる
「えっ? 怨嗟魔王は既に滅んでいる??」
精霊帝国解体のため、夜通し捕縛や救出を続けているとリセリが妙な事を言い出した。
リセリ自身も困惑している様子で、脳裏に浮かぶ言葉をそのまま告げてくる。
“――『神託』する。
怨嗟は猿の帝王の手に導かれて滅びた。他生物を食料にするのであれば、他生物の食料にされるのは道理だ”
教訓的な言い回しのある神託をそのまま解釈すると、怨嗟魔王は俺達の知らない所で勝手に滅んでしまったらしい。
巨大な湖そのものが正体といって良い怨嗟魔王は攻略法がない難敵だった。滅んでくれたのは喜ばしいが、原因が分からないと納得し難い。疑心というか、根拠のない恐怖を覚えてしまう。
まるで湖すべてを一瞬で干上がらせる謎の存在がいるようではないか。
正直な話を言えば、これから整えて怨嗟魔王の本拠地へと殴り込む準備をしようと考えていたので、その憂鬱な作業がなくなって安心している。勝算のないまま戦わずに済んでホッとした。
また、精霊帝国の後処理が思った以上に厄介な事になっていたため、このままナキナに帰還できるのは嬉しい限りだ。
エルテーナ亡き後の森の種族をまとめているのはゼナである。精霊帝国に反対して捕らわれていた穏健派のエルフ達も多少は発見している。都にいる住民達をまとめて治められる人材は揃っている……と思っていたのだが、今朝になって難題が生じていた。
「も、森は嫌だァ!!」
「怖くて井戸に水を汲みに行けないのッ」
「子供が泣き止まないんです。こんな森の中にはもう住めませんっ」
森の種族の癖に森に住みたくないと住民達が訴えていたのである。一夜にして種族の誇りを忘れ去ってしまったらしい。怨嗟魔王といい、森の種族といい、昨晩から早朝にかけて何があったというのだ。
ふと、背後に微笑みを感じ取る。
振り返ってみると当然のように月桂花が控えていた。投獄の後の徹夜明けだというのに、何故ニコニコしていられるのだろうか。肌艶も良い。
「何か仕出かしました? 桂さん」
「わたくしは御影様がご命じになられた通りの仕事をこなしただけですわ。ですが、仕事は完璧以上にこなせたので満足しております」
「えーと、俺は確か都の制圧を頼んだだけのような」
昨晩は忙しく走り回っていたので、月桂花に対して深く作戦説明はしていない。とはいえ、そんなに難しい事は頼んでいない。仲間の救出を邪魔されないように敵兵その他の襲来を防ぐために都の制圧作業を依頼しただけである。
「はい、森の種族を屈服させればよろしかったのですよね」
「屈服? 制圧とどこまで差があるのか分かりませんが」
外見に反して世代差のある女性である。過去の日本では制圧と屈服が同じ意味で使われていたに違いない。ちなみに、屈服は相手を従わせるというニュアンスを含む言葉だったような。
「二度と御影様に楯突けないように森の種族に恐怖という致命傷を与えました。森に対して過剰な恐怖心を植え付けて、この都に住めなくしましたわ。今日をもちまして、森の種族は森に住めない種族として改名するでしょう」
「ちょっと待ってください!? それって屈服どころではありませんよねっ。俺は別に森の種族を消滅させろとは命じた覚えたはないですよ」
森の種族がいなくなれば精霊帝国などという酔狂を叫ぶ者達もいなくなる。なるほど、後顧の憂いのない完璧な作戦だ。とても悪に支配されていた可哀想な人達を解放する者が採択できる手段ではない。
「またまた。御影様がリリームに対して行っていたではありませんか」
過去の自分が仕出かした悪行を聞かされると反論できない。俺、救世主職ですが、別に正義の味方ではないのです。
やってしまったものは仕方がない。
「こ、こんな場所にいられるかッ」
「遷都をお願いします!」
「ここではないどこかに!」
住民が望んでいる事だし、とりあえずナキナへ連れ帰って事後処理はアニッシュに丸投…いや、心優しき若き国王ならばきっと流浪の民を受け入れてくれるはずだ。
一週間後、ナキナは精霊帝国の降伏を認め、森に住めなくなった森の種族全員を引き受けた。流石に懐が深い。敵であった者達であろうと吸収し、しぶとく生き残ってきた国である。
「余は認めておらぬぞっ! は、離すのだ。今回ばかりは余も黙っては……は離すのだ。イバラ! なッ、兄上までどうして!」
俺達の活躍によってナキナは滅亡の危機を脱した。東西両方から迫る敵を排除して、魔に支配されていたオリビアおよび森の種族を解放したと世界に対して大々的に宣言している。
「きょ、凶鳥!? 見ていないで助けてくれ。ナキナを助けたそなたならば今の余を助ける事だってできるはずだ」
「あ、今の俺は御影なので」
「このっ、裏切りものーーーッ」
ここはその宣言をしている式典会場の裏側である。ナキナ王が登場するまでの前座として、表ではカルテが場を温めている真っ最中だ。
王様なのに恥ずかしがり屋なアニッシュは表に出るのを嫌がって抵抗しているが、忍者と先王の二人に両腕を掴まれて登壇しようとしていた。
「今が魔族より人類圏を奪い返す時! ナキナを中心とする人類国家を結成して世界を救う時がきた!」
会場からウォーという熱狂が聞こえてくる。
アニッシュの情けない悲鳴は無事に誤魔化された。
「周辺国が疲弊した隙に事実上の併合を強行するつもりじゃないですか、叔母上ェェッ」
アニッシュが裏側から去っていく。
あ、いや。最後のあがきで顔だけ裏方へと伸ばして、恨み節を俺へと残す。
「凶鳥よ! お主は余を助けなかった事を絶対に後悔するぞっ!」
自慢ではないが呪われる事には慣れている。アニッシュに恨まれたぐらいで怖くはない。
ちなみに、アニッシュが一番嫌がっている理由は本日の式典が人類国家結成式だからではない。
式典会場には赤毛の美人――復活したオリビア国の王族の姫――とエルフの美人――森の種族の有力者の娘。ゼナやカルテと多少の血の繋がりがあり――が先に登壇しており、二人とも綺麗なドレスで着飾っている。結婚式なのだから当然だ。
「いやぁー、王様って職業も大変だなー」
知り合って一週間とはいえ綺麗な嫁さんをもらえて良かった。しかも二人も嫁さんをもらえるなんて異世界ならではだ。こうアニッシュを祝福して拍手を送った。
――その夜。
「アニッシュッ!! 助けてくれェェェ」
俺は人生最大の窮地を迎えていた。
「御影が逃げた!」
「兄さん。怖くないから逃げないで。あ、姉さんは先回りして」
「追うです! 本物を捕まえてこれまでの汚名を挽回です!」
「いや、それだと汚名の上乗せになるから……」
探索魔法を用いて追ってくる女共から逃げ惑う。
複数の女達に迫られるのは男の夢かもしれないが、現実になった夢ほどに悲惨なものはない。誰か一人を選んだ途端に火か氷か雷か土で俺は死んでしまう。もちろん、全員選んでも同様だ。
四人は何だかんだと仲が良いから、と甘えてしまうのは死亡フラグだ。
「僕の凶鳥ォォぅ」
「御影様ぁぁぁっ」
人間族以外からも俺は狙われている。俺の貞操は種族間抗争の火種になってしまっているのだ。魔法を使って潜伏中の月桂花も潜在的な脅威だ。
情けなくも俺を呪ったアニッシュを頼って玉座を目指したが、途中、「友好」「保身」と呟く美女二人に個室へと連れ込まれていく哀れな少年を目撃してしまった。彼はもう手遅れだ。誰が少年を追いやったんだ、酷い。
ナキナの城(倉庫)を走り抜ける。
夜のチキンレースは今、開始された。