19-7 究極の魔王
ドス黒い血を吐いたエルテーナから距離を取る。黒曜とどうするか目線のみで会話して、とりあえず何か仕出かす前に『暗殺』しておこうと意見を一致させる。
それぞれ得物を逆手に構えていると、中庭に援軍が到着する。
「エルテーナ、もう諦めろ。エルヴン・ライヒなどという妄想は終わったのだ!」
ゼナが到着したようだ。ゼナ以外にも落花生やラベンダーの姿も確認できる。
捕らわれていた仲間達が反対方向から睨みつかせているのでエルテーナに退路はない。今更、エルテーナ一人が逃げたところで脅威にはならないが、彼女は完全に詰まされた。
「……ゲほォ。ここまでのようですね」
エルテーナは自嘲の笑みを浮かべながら指を胸の前で遊ばせている。怨嗟魔王化している影響が出ているのか、指の皮膚が乾いて黒く変色してしまっている。女性の指とはとても思えない。
「違う。あれはッ――」
黒曜が気付いて走り始めるのと同時に、エルテーナは黒い干物のような指を摘む。
「これで私は終わりのようなので、最後に遺言のようなものを遺しておきましょうか」
エルテーナは己の指を折った。
いや、エルテーナの指ではない。
「さて、猿の右手の薬指を折りましょうか。怨嗟魔王様。貴方様の願い通り、私に寄生する事によって貴方様の版図は広がり最盛期を迎えるでしょう――」
女性の手とは思えない干物のような手に見えたのは当然だった。干からびてしまった猿の右手をエルテーナは握っていた。
恐らくは猿帝魔王の右手。他人の願いを悪意によって叶えてしまう救済悪手。黒曜が所持していたのは身を持って知っている。黒曜の捕縛時にエルテーナが没収していたのだろう。
エルテーナは既に指を折った。黒曜が取り押さえているがもう効果は発動してしまっている。
「――ゆえに、怨嗟魔王様。貴方様の拡大は私で終わりです。何せ、今が最盛期ですから。頂点に至ったのであれば後は転げ落ちるだけ。私も終わりですが怨嗟魔王様も終わりです」
エルテーナは怨嗟魔王の最盛期を願った。
意外という程に意外ではない。協力関係にあった敵勢力同士が仲違いをしただけだ。怨嗟魔王が先にエルテーナへと寄生していたのだからエルテーナだけを責められない。
黒曜が猿の右手を奪い、喉にナイフを沿わせる。
ゼナ達も到着してエルテーナを囲んだ。
族長と最高の巫女。最も近くにいたゼナがエルテーナへと語りかける。
「……悔いていないか。お前の野望に付き合わされた森の種族は相応に疲弊したのだぞ」
「その目で心をお読みくだされば分かるでしょうに」
「では、何故だ。今更になって人類の未来のためを思い、怨嗟魔王を道連れにしようと考えている?」
読心スキルがあるからこそだろう。ゼナはエルテーナが怨嗟魔王を道連れにしようとしている理由が分からない。
「どういう意味だ、ゼナ?」
「それがこやつ。怨嗟魔王の滅びを願ったのは悪意ではなく、今更人類のためと……そなた誰だ!?」
仮面を外した黒曜がいるのに御影がいれば驚かれても仕方がない。が、話が進まないので俺の事は放置で。
「土壇場で改心したと?」
「安っぽい改心などと勘違いして欲しくありませんわね。私は世界を征服できそうだったから本気で征服しようとしただけですし、世界を救えそうだったから本気で救おうとした。それだけですわ」
「何故おぬしはそこまで短絡的に!」
「巫女職は直感で動くものです。当然では?」
エルテーナはさも当然に本心を語った。敵として以上に接点のない女なので、俺個人は深い感想を抱かない。ただ、ゼナは長く深い溜息を付いていた。
「私でいられる時間は少ないので、怨嗟魔王の本拠地についてでも」
「その情報は既に得ている。怨嗟魔王の本拠地は川の上流にある湖だろ」
「流石は救世主様ですね」
怨嗟魔王の詳細はオリビア・ラインを攻略した時点で、約束通りヘンゼルから聞いていた。
魔界の水源の一つである高山地帯。そこにある湖こそが怨嗟魔王の本拠地である。聞いた限り湖の大きさは東京ドーム数十個分。水面下には億どころか兆を軽く超える数の怨嗟魔王がナナマキガイと共に生態系を築いている。
巨大な湖は魔王のスキルによって要塞化、異界化が進んでしまっている。ナックラヴィーも多数配置されている事だろう。
また、湖から流れ出る水を伝って勢力圏を順調に拡大している。
あまりにも範囲が広過ぎる。日本の生活排水をすべてかき集めて湖に流し込むのは不可能である。
……ゆえに、現在の俺達では攻略不可能だと結論付けた。群体ゆえに種としては不滅。究極の魔王と言えるだろう。
その事実を死ぬ寸前のエルテーナに言ってやろうとは思わない。敵とはいえ情けをかけよう。
「では、安心して死ぬとしましょう。トドメは誰に頼めば?」
「私が介錯してやる」
「まったく。面倒見だけは良い人ですね、ゼァミリア様は」
ゼナは俺からエルフナイフを受け取ると、赤く目を光らせるエルテーナへと振り下ろした。
魔界の高山地帯に光が差し込む。
太陽が昇って、高山に眠る深い湖の全貌が浮かび上がる。そうと知らずに眺めていればごく普通の湖でしかないが、その本性は魔界の中でも特に害意に満ちている。湖に潜む数多の微生物は、新しい生贄の登場を待ち望んでいるからだ。
数ミリにも満たない彼等は脆弱で、他生物に寄生しなければ繁栄できない未熟な生命体だ。
しかし、種としての彼等は決して脆弱ではない。彼等は己を高等生物と勘違いしている者共を文字通り喰い物にする。
彼等の名前は怨嗟魔王。
他生物が泣こうと、叫ぼうと、狂おうと、寄生して生態系の一部にしてしまう恐るべき魔王の名だ。むしろ他生物の怨嗟は凱歌である。心地良い響きを体の内側から聞きながら増殖する。
もはや微生物一種に関する名前ではなくなっていた。怨嗟魔王は生態系そのものと化していた。討伐などできるはずがない。
そんな恐るべき怨嗟魔王が、既存の生態系に対して戦争を開始した。
既に宣戦布告は済んでいる。満を持してナナマキガイという尖兵を送り出していく。
“怨嗟は続く。怨嗟は続く。怨嗟は続く――”
怨嗟魔王はどこまでも進軍する。人類圏へと遠征するため、湖から川へと生態系の手を伸ばす。
“怨嗟は続く。怨嗟は続く。怨嗟はつづ――”
……ふと、夜が明けたばかりだというのに高山が暗くなった。魔界とはいえ、朝の直後に夜が現れるのは異常事態だろう。
とはいえ、夜の到来はその後の異常事態ほどと比べれば無視できた。
“――怨嗟はつづ――ッ??”
“UOォ、OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOォォォォォッ!!”
空が落ちてきた。
空が落ちてきたとしか思えなかった。
魔界に杞憂などという言葉はない。いつ何時、何が起きても異常ではなかったのだ。
たとえば、高山一帯を影の内側へ取り込む程の巨大生物が大口を開きながら降ってきても不思議ではなかった。
“OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOォォォォォッ!!”
巨大背物はその巨大な牙を広げて高山ごと湖すべてを掘削し、すべてを根こそぎ喉奥へと流し込む。喰い残しなどあるはずがない。十キロを軽く超過する巨大生物が食事を開始すれば地形そのものが消失してしまう。
怨嗟魔王の本拠地が巨大生物に喰われていく。
他生物を喰っていた怨嗟魔王が、丸ごと喰われていく。巨大生物はコップの水で喉を潤すがごとく水分を得ようと湖を飲み干しただけであるが、怨嗟魔王にとっては致命傷だった。
巨大生物が過ぎ去った後には湖も高山も残っていない。怨嗟魔王などという脆弱生物の痕跡も同様だ。痛々しい深い溝だけが縦に長く続いている。
最盛期を迎えた翌朝、猿の手で呪われた通りに急速に滅んだのである。
“OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOォォォォォゥゥゥゥ”
鳴声か地響きかも分からない音を立てながら空へと戻っていく巨大生物の正体は……『古式竜』竜頭魔王。頭しか見えず全長を把握できない事が名前の由来である。
竜と名付けられているが竜とは思えぬ異形をしている。むしろ、竜よりも海老の方がまだ形状的に近かったが、空を飛ぶ王者に対してドラゴン以外の呼び名を異世界人は思い付かなかった。
部位で比較すれば鱗のような甲殻を有する。ただし翼はない。左右に備わる多くの鰭を動かして浮遊している。
竜座に属する座付きの魔王であるが、今現在、竜頭魔王は翼竜魔王に従属させられている。
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“●レベル:82”
“ステータス詳細
●力:4294967295 守:65535 速:1024
●魔:82/82
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●??固有スキル『身体強化』
●??固有スキル『環境適応』
●??固有スキル『雑食』
●??固有スキル『浮遊』
●??固有スキル『究極生物』
●魔王固有スキル『領土宣言』
●実績達成ボーナススキル『異世界渡りの禁術』”
“職業詳細
●??(Sランク)
●魔王(Dランク)”
“座
●THE・竜座”
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