19-4 上映大会
精霊帝国の都は時間帯に関わらず厳戒令が敷かれている。一班市民は許可なく屋外に出るのを禁じられている。許可があっても三人以上で顔を合わせて会話していると通報の対象になっていた。
恐怖独裁政治の真っ只中にある森の都。
……が、真の恐怖を味合うのは今夜だ。
夜になって気温が低下したからか、都の全域に霧が立ち込めている。十メートル先を見通すのも難儀する天候の中、武装した歩哨が二人一組で通りを巡回している時であった。
「おい、そこの者。何をしている」
霧の所為でぼやけて見えるが、誰かが向こう側にいる気配がした。歩哨は名前と目的を訊ねるが返事はない。髪の長い女が髪を梳かして無視している。
「ふざけているのか、連行するぞ!」
「いや、ちょっと待て。そこの者……人の気配がしないぞ??」
ふと、女の姿がブレて消えた。女の代わりにフードを被った複数人が苦しんでいる姿や、何者かが真横を指差している姿が見えてくる。特別、恐怖心を駆り立てるおぞましい姿は見えていないというのに、背筋が凍り付いてしまう。
虚勢を張りながら歩哨は剣を抜いた。
「ぶ、不気味な奴等め」
「一体何がしたい! 言え!」
最後に見えてきたのは森の中にある古井戸だった。使われなくなって久しいのか痛みが激しい。
意味が分からず歩哨達が顔を見合わせていると、井戸が消える。
すると、背筋に冷たい息が吹きかけられて言葉が聞こえてきた。
“――これは呪いの記録だ。お前達は既に呪われた。お前達は一時間と三十五分後に苦しみながら死ぬ”
急ぎ後ろを振り返るが、女の姿などどこにもいない。けれども言葉が続く。
“呪いを解くには同じ呪いを二人以上の人間に見せるか、呪いの秘密を解き明かすしかない。急ぎなさい。既に広場では放映が始まっているわ――”
女の息に含まれる冷たさは死人のようであり、あの世から蘇った者にしかこなせない生者を羨む仄暗さがあった。
歩哨達は背中合わせになって女の姿を確認しようとしたが、もう誰もいない。既に歩哨達は呪われてしまったのだ。女ゴーストは次なる獲物を求めて遠ざかっていた。
「お、おい……どうするんだ?」
「そ、それはまず報告をしてからだな」
「そんな余裕、俺達にあるのか?? たったの一時間と三十五分しかないらしいが」
「どうして一時間と三十五分なのだ……」
歩哨達は二人で話し合った結果、まずは広場へと向かう。
「現状を把握してからでも遅くはないよな」
「その通りだ。詳細を調べてからだ」
二人が広場へと歩く。知らず知らずに、相方よりも歩調が早まっていき、置いていかれまいと相方も早く歩く。そのため最後の方はほとんど走っていた。
そして、広場に到着すると、他ルートを警戒していた歩哨やシフト外で眠っていた兵士達、無関係な一般市民までおよそ三百人以上のエルフが集まっていたのだった。広場に通じる道からは、まだまだエルフが集まっている。
精霊帝国建国以降、広場にここまで多くのエルフが集まった例はない。
「こ、こんなに呪われたのか!?」
「み、見ろ! 上の方に何か映っているぞ!」
歩哨が指差した広場の上方。そこには氷で作られた巨大なスクリーンが浮かび、映像が映っている。
丁度時間が良かったのだろう。最初の恐怖場面たる風呂場が開かれるシーンを見逃さずに済む。
直後、女男問わずエルフ共が恐怖を叫ぶ。叫ばずに済んだのは気絶してしまったエルフだけだ。
「ひぃぃぃ、呪いは本物だッ! 逃げろ!!」
「馬鹿、逃げるな! 呪いを解くんだ!」
「きゃああ!? もう冗談じゃないわ! こうなったら道連れよ! 嫌いな奴を道連れよ!」
「嫌だ。嫌だ嫌だァァァ!」
「落ち着け、落ち着くんだ! 呪いを拡散するな! 止めろォォォ」
実は別の広場でも同じように悲鳴が上がっているが、霧に遮音されているため遠くまで届いてはいない。若干、上映時刻をずらしている所もあるため、今頃は映画ラストシーンで悲鳴を上げている所もあるのだろう。
『兄さん。巡回の敵兵はほとんど集めている。けど、エルクには無視されている』
「邪魔なエルクは俺に任せておけ。アジサイは放映作業に集中してくれ」
『分かった。このまま続ける』
映画の集客率はかなり高い。所詮は魔界に住んでいる田舎者共である。ホラーとはいえ映画という斬新な娯楽に抗えず、視線はスクリーンに釘付けであった。
「まあ、ホラーの集客に本物のゴーストを使っているのは反則だけど」
確保した民家の一室にて、アジサイにはプロジェクターとパソコンを操作してもらっている。外周りはアジサイ姉が担当である。
そして俺は映画に興味を示さない化物の駆除担当。要所を守るエルクの背後に回り込んで、背中から心臓を一突きだ。たったそれだけで図体の大きいエルクが前のめりになって倒れていく。
記憶を完全に思い出した俺のパラメーターは最高潮に達している。先んじて攻撃できればエルクとて敵ではなった。
「『暗殺』発動……他愛のない」
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“●レベル:95”
“ステータス詳細
●力:257 守:113 速:413
●魔:104/104
●運:119”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●アサシン固有スキル『暗器』
●アサシン固有スキル『暗視』
●アサシン固有スキル『暗躍』
●アサシン固有スキル『暗澹』
●アサシン固有スキル『暗殺』
●アサシン固有スキル『暗影』
●スキュラ固有スキル『耐毒』
●救世主固有スキル『既知スキル習得(A級以下)』
●救世主固有スキル『カウントダウン』
●救世主固有スキル『コントロールZ』
●実績達成ボーナススキル『エンカウント率上昇(強制)』
●実績達成ボーナススキル『非殺傷攻撃』
●実績達成ボーナススキル『正体不明(?)』
●実績達成ボーナススキル『オーク・クライ』
●実績達成ボーナススキル『吊橋効果(極)(強制)』
●実績達成ボーナススキル『成金』
●実績達成ボーナススキル『破産』
●実績達成ボーナススキル『一発逆転』
●実績達成ボーナススキル『救命救急』
●実績達成ボーナススキル『ハーレむ』
●実績達成ボーナススキル『魔王殺し』
●実績達成ボーナススキル『経験値泥棒』
※無効化スキルを除外して表示”
“職業詳細
●アサシン(Sランク)
●救世主(Cランク)”
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『兄妹愛は不滅』
「そういう愛じゃない」
歩きスマフォならぬ暗殺スマフォを止めて、二階から建物へと侵入する。この建物にいるのは――。
「外が騒がしくなってきたです」
鎖に繋がれている落花生が『魔』の揺らぎを検知した。
「落花生も気付いたかい。隠蔽されているけど、大規模な魔法が使われているね」
「誰の魔法か分かるです?」
「これは……温度的にアジサイかな?」
同じ牢屋にはラベンダーも囚われている。
「何か起きているのか?」
二人だけではない。ジャルネも同居人だ。三人一部屋にまとめられたらしい。
外の異変に気付けたのはSランク魔法使い職たる二人だけだった。魔法使い職ではないジャルネはまだ気付いていない。
「恐らく、オリビア・ライン攻略組が救出に来てくれたのかと」
ラベンダーは慎重に『魔』を探って、仲間が助けにきてくれた事をジャルネに伝える。
「では、動くべきじゃな。“レオン”よ、鍵を取ってきてくれまいか?」
牢屋の鍵は鉄格子と鉄扉を挟んだ向こう側にある。しかも、牢屋の前にはエルク二体。鍵を保管している詰め所にもエルフが一人いる。警備は厳重に思われた。
しかし、ジャルネがレオンなる何者かに頼んでから一分少々で、牢屋の扉が勝手に解錠される。その後、エルク共は首を押さえながら倒れこんでいった。
見えない何者かが助けに現れたかのようである。
……事実、姿を透明にできる何者かが天井に張り付いて、長い舌でエルクの首を絞めていたのだが。くりくりと可動するカメレオンの目が少しだけ見える。
「ふむ。良い子じゃな」
「まさか、ずっと天井に張り付いて待っていたですか。あのカメレオン」
「カメレオンではない。レオンと名付けた」
ジャルネがレオンと呼ぶカメレオンは淫魔王の子供である。
淫魔王亡き跡も魔界の生息地に戻らず何故かジャルネの傍から離れなかったため、ついにペットとして飼われ始めていた。淫魔王の直系だけあって、透明化スキルは恐ろしく有能だ。
レオンは器用に舌を使い、牢屋の鍵を掴んで伸ばす。鎖に囚われるジャンルネを解放する。
「よし、皆脱出するぞ!」
ジャルネがややベットリする鍵を使って、仲間達の鎖を外していく。
牢屋の外に出てみればレオンが敵を全員絞めていて障害は残っていなかった。三人は悠々と外に出るが――、
「待ってですっ! 新手です」
――運悪く外から新手のエルクが姿を現す。
「ここは私の出番です」
前衛職でもないのに格闘可能な落花生が前に出た。
けれども落花生の行動は遅過ぎる。エルクが剣を振り下ろすよりも前に、落花生の蹴りがエルクに炸裂するよりも前に、謎の電撃がエルクを襲って痺れさせた。
“――稲妻、炭化、電圧撃ッ!”
麻痺のステータス異常に陥ったエルクを落花生が蹴り倒す。
エルクの巨体が倒れた向こう側には、落花生と良く似た格好のゴーストが立っていた。
良く似ているのは当然だった。二人とも同じ矢絣柄の着物を着て、同じ編込みブーツを着用している。
「なッ、え、嘘!?」
落花生が声を詰まらせる程に驚くのは仕方がない。もう二度と再会するはずながいと思っていた最愛の師匠が目の前に現れたのだ。自らがSランクに到達するために犠牲となってくれた、師匠が再び姿を現してくれたのだ。
理由は分からないが、落花生にとって理由はどうでも良い。
「し、師匠ぉぉですっ!」
感極まり、落花生は両手を広げて師匠の元へと走っていく。
“相変わらず、遅いッ!!”
そんな落花生を、先代の雷の魔法使い小豆は張り倒した。
「な、何でですかぁ」
“Sランクになっておきながら囚われるとは、情けない! おちおち成仏してられん! ええ、離せ!”
「うわーん、師匠―っ」
小豆の足に泣きつこうとする落花生は、頬を足蹴にされて嬉しそうにしている。
その師弟の仲睦まじい光景を、ジャルネはやや顔を引きつらせながら眺めていた。
「そのレイスは敵ではないのか。蹴られておるようだが。ふーむ、世の中は広いのう」
「淫魔王の眷族をペットにしているジャルネだって、きっと他人からそう思われているよ」
――牢屋の鍵穴に鍵を突っ込み、中に囚われている人物に声をかける。
「桂さん! 助けにきましたよ!」
「はい、御影様がわたくしを助けにきてくださる。ずっと信じておりましたわ!」