18-13 エクスペリオの計略
エクスペリオは凶鳥の記憶を手で弄びつつ、成り行きの結果に酷く落胆してみせた。
凶鳥が鳥の鳴く森によりいつ殺されるのだろうか。こうドラマを視聴するかのように楽しんでいたはずなのに、結果的には酷い駄作であったのだ。空気を読んだつもりで手を出さずに見守っていれば、かなりの量の記憶が凶鳥に戻ってしまった。
エクスペリオが残念に思い、いい加減茶番に決着を付けようと考え始めても仕方がない。
「さて、この戦いの勝利条件は覚えているでしょうな?」
封じられた記憶が形となったモンスターから記憶を取り戻していくこの戦い。勝利者が得られる報酬は凶鳥の全記憶の所有権。本人の承諾は得ていない報奨であり、エクスペリオとしては失うものが何一つないところがキーポイントだ。
そして勝敗の判定方法は、記憶との戦いでより多くの記憶を確保する事である。しかし、実は一部虚偽が含まれている。虚偽というのは言い過ぎかもしれないが、エクスペリオがあえて伏せたルールが存在する。
より多く記憶を確保すれば良いという勝利条件は変わらない。
問題は……確保した記憶が同量だった場合、ゲームの親であるエクスペリオの勝利と見なされるルールにある。
「覚えているさ。かなり思い出したさ。やっぱり魔王連合は俺の敵だったという事を含めてな!」
「それはようございましたが、再び忘れてしまう記憶です。意味はありません」
「重要な部分はほとんど思い出したんだぞ。記憶の所有権は俺に移る」
「いえいえ。鮮明な記憶であろうと些細な記憶であろうと記憶に違いはないのですよ。記憶自体に主観はありませんので、一年前の夕食の献立と一年前に見た大切な人物の表情は等価なのですよ」
そして、記憶が移る法則性にも問題があった。記憶と経験値に明確な境がないためか、モンスター討伐時の経験値取得とまったく同じ法則が適用されるのである。
複数人でモンスター討伐を行った際、経験値は人数で割られて分配される。モンスター討伐に参加したと見なされるためには少しでもダメージをモンスターに与える必要があるものの、参加後のダメージ量は特に評価されない。
かすり傷しかモンスターに攻撃できなかった人物も、心臓を突き刺して討伐に貢献した人物も、等しく同じ経験値が与えられる。公平過ぎて不公平なのである。
「記憶を取り戻したといっても、半分はまだ私めの手の中にあります」
「な、に?」
「だから、ツマラナイ茶番だったと言ったのですよ」
戦闘の初期段階。エクスペリオは記憶モンスターに銃弾を撃ち込み、凶鳥を援護していた。敵に塩を送ったかに見えたエクスペリオの行動であったが、誤解だ。エクスペリオは勝利条件を達成するために記憶モンスターにダメージを与えたのである。
記憶を半分得るとエクスペリオの勝利となる。丁度、同量だった場合もエクスペリオの勝利となる。
記憶に一撃加えただけでもエクスペリオは半分の記憶を入手できる。
長い鼻の後ろで笑うエクスペリオが言う通り、凶鳥は茶番に付き合わされていたのだった。凶鳥の負けは既に確定してしまっている。
「では、勝利を判定いたしましょう! この私めの勝利判定を!」
エクスペリオは特異スキル、『ドリームキャッチャー』を発動させて戦いを終わらせる。
記憶の所有権を得た後、凶鳥は全記憶を奪われて廃人にされてしまう。その後は鳥の餌だ。
エクスペリオが茶番を楽しんでいる間にグレーテル共は皐月によって一掃されていたものの、代わりは簡単に調達できた。鶏の卵を迷宮内で孵化させるだけで戦力化可能な消耗品。ヘンゼルの嘆きや決別さえ、茶番でしかなかったという訳である。
「『ドリームキャッチャー』! 仮面のアサシンの全記憶を私めの手中に!」
エクスペリオはスキルを発動させた。
勝利を確信した顔付きでエクスペリオはスキルを発動させた。
その瞬間から……毛むくじゃらな手に握られていた粒子が停止し、指の間から抜け出していく。
記憶の正統な持ち主たる俺の中へと流れ込んでいく。
「ん……? 少しずつ記憶が戻っているんだが。これって俺の勝ちという事か」
「は……なっ、馬鹿なっ! 何が起きてっ?!」
策士の思惑に反して記憶は俺を勝者として認めたらしい。上々な結果なので俺は受け入れられるが、エクスペリオは納得していない。
「何をしたというのですか、仮面のアサシン!!」
「いや……何も?? お前が記憶に嫌われただけだろ」
そもそも俺の記憶が俺の中へと戻るだけなので、納得も何もあったものではない。
「記憶に好き嫌いなどという主観はありません! 説明可能な原因があるはず、理由は必ずあるはず。……まさかスキルですか。いや、そのはずはない。その手のスキルがない事は記憶が証明しているのですよ!!」
文字通り記憶を手玉に取られていたというのに俺がエクスペリオに勝利できたのは何故なのか。
「異常なスキルは多くありましたが、記憶はおろか経験値に関するスキルは何一つなかった」
俺も気になって考えてしまうが、エクスペリオの記憶操作に対抗できそうなスキルはなかったはずだ。エクスペリオが知らないとなると、俺が凶鳥となって以降に覚えたスキルしかないが、激闘の割にスキルは最近そんなに増えていない。
網膜の中に並ぶスキルを見回してみるが、やはり都合の良いスキルなどどこにも――、
「――あ、もしかして、これか?」
==========
“『経験値泥棒』、戦闘で大して役立っていない邪魔者を証明するスキル。
基本的に、共同撃破時の経験値入手は人数割りである。が、本スキル所持者はまず全体の二割分の経験値を得る。その後は通常通り、残りの経験値を人数割りする。
なお、本スキル所持者が四人以上共同戦闘を行った場合、スキル効果は発動しない。そんな無能ばかりのパーティは悲惨だが”
==========
エクスペリオに記憶を封じられていた訳でもないのに、すっかり忘れてしまっていたスキルがあった。いや、戦闘のたびに他者よりも多く経験値を取得していたはずなので、俺が認識していなかっただけなのだが。
「出鱈目ですかッ。何故ッ、そのような情けないスキルに目覚められるのですかッ!」
「いや、そう言われても……」
俺もこんな形で役立つとは思っていなかった。レベル0の頃の苦労が報われる思いである。苦労は買ってでもしておくべきという話は確かなのかもしれない。
「今、買うと言った、でありますか?」
「そっちも終わりそう?」
皐月とヘンゼルが合流してきた。エクスペリオの計略から全員生還できたのだから満点だろう。
「いいえ、まだです! まだすべての記憶が戻った訳ではありません!」
けれども、エクスペリオはしつこかった。
「仮面のアサシンの記憶は危険が多かったゆえ調査不十分な面がありますが! 手段を選んでいる余裕はなくなりました」
「……おい、何の記憶を再生するつもりだ? ソイツだけは止めておけ」
エクスペリオはまだ手中に残っている俺の記憶を振り上げて、地面に叩き付ける。
「さあ、壮絶なる追体験を! 仮面のアサシンの記憶の中で、最も邪悪で強大な怪物よ! 私めの前に現れるのです!!」