18-7 記憶と戦う
球状広場は鳥の集合住宅だった。壁の穴から次々と白い羽毛を持つ、人間族よりも大きな体を持つ巨大鳥が顔を出す。
所詮は巨大なだけの雌鶏。こう侮るには数が多く、そもそも奴等は鶏ではない。全周囲を囲まれているのは最悪だ。こいつらは全員、『石化の魔眼』スキルを所持するコカトリスなのである。
「まさか、全員がグレーテル! 量産されていたのか!」
「女の名前。グレーテルって、どこの馬の骨よ!」
「馬じゃない、見ろ、鳥だらけだ! 全部コカトリスだぞ!」
皐月はグレーテルを知らないらしい。
俺も久しぶりに顔を見た相手であるが、グレーテルの石化スキルは炎さえ石に変えてしまう強力なものであった。視線を合わせられるだけで体が固まってしまうため、こんな遮蔽物のない広場で戦う相手ではない。
隣に立つヘンゼルが緊張感を高めて、拳を丸めて握り締めている。ヘンゼルはグレーテルを知っているらしい。
「この立ち位置は不味いぞ。階段に戻っ……れる訳はないよな」
階段の入口は当然、壁が動いて閉じられていた。罠に嵌められたとエクスペリオを避難できるほど高度な罠ではない。敵の要塞の中なのだから、侵入者を確実にしとめるキルゾーンがあってしかるべきだろう。
「石化スキルを使う鳥、ねぇ。スキル的にヘンゼルの知り合いなの?」
「……そう、であります」
俺達を鳥の巣に導いた張本人、エクスペリオがどこにいるかというと、堂々と真正面に立っていた。片腕を胸の前に出したお辞儀で俺達を迎え入れている。
「ようこそっ! 仮面のアサシンご一行。招いていない客であっても丁重なるおもてなしを!」
エクスペリオは頭を下げていたが、ヘンゼルに対しては厳しい視線を向ける。
「ですが、客ではない身内がそちらにいるのはおかしい。欠陥品。お前は何をしている?」
勇敢にも、ヘンゼルは一人歩き出して広場中央でエクスペリオと対峙する。
「妹達を返して欲しい、であります」
「金は用意したのか? オルドボと約束した、ここにいるグレーテル全員を購入できるだけの金貨はどこにある?」
「金貨はないでありますが、妹を返せ、であります」
「なんと堂々と。約束を反故にしようとは実に嘆かわしいっ! グレーテル共よっ! お前達の姉は妹の期待を裏切ったぞ!」
エクスペリオは舞台役者のような大げさな手振りで落胆を表現する。と、周囲から少女の声のひそひそ話に花が咲く。
「なんて事。なんて事」
「お姉様が裏切った。ワタシ達を見捨てたのよ」
「自分勝手なお姉様。お姉様の身勝手の所為でワタシ達は死んでしまう。悲しいわ」
ヘンゼルとエクスペリオ、そしてグレーテルの関係性については何も聞かされていないので分からないが、どいつもこいつもヘンゼルを嘲笑っていて腹立たしい。
「あははっ、未熟なお姉様! 未成熟なお姉様!」
「頭足らずで悲しい、悲しいわ」
「そんな事でどうするの、お姉様? ふふふ!」
何をするにも商売ありきで、パーティの仲間に対してもアイテムを売りつけてくる守銭奴であるのは間違いない。が、商売そのものに対しては真剣な子である。商売馬鹿かもしれないが馬鹿ではない。
そんな子が大勢から笑われる状況は看過できなかった。
「お前達、ヘンゼルを笑うな――ッ」
文句を言ってやろうと歩き出したのだが、ヘンゼルが腕を水平に伸ばして制止してくる。
「良い、であります。家族の問題、お客様は手出し無用でお願いする、であります」
ヘンゼルはいつの間にか抜き去っていたリボルバー式拳銃をエクスペリオに向けて構える。
「姉として妹達の解放を要求する、であります。エクスペリオ様」
真剣に脅してくるヘンゼルを目撃して、エクスペリオは鼻を揺らす。どうも困惑しているらしい。
「約束を反故にされた側である私めが欠陥品の脅迫に従う理由は一切ないのですが。とはいえ、親であれ君主であれ隙あれば下克上を狙うのが魔族の性質と考えれば至極当然の要求を受けているだけとも取れる。でありながら、要求内容は家族の解放と魔族らしからぬ意味不明なものと。……ふーむ、悩まされますな」
「エクスペリオ様。お答えを、であります!」
リボルバーの撃鉄は既に起されている。
「その回転式銃にしても、作ったは良いがオーク共の野太い指では上手く扱えず、弾の一つ一つをドワーフが特注しなければならないためランニングコストが高くお蔵入りになっていたものだ。それを欠陥品のお前がこうも使いこなすというのは喜ぶべきか悲しむべきか。まあ、扱えたところで所詮、装填数はたったの五発。私めにとっては脅威ではありませんので、さて、どうしたものか」
「エクスペリオ様ッ!」
心情をそのまま言葉にしているようなエクスペリオに対して、ヘンゼルの宣戦布告は済んでしまっている。無駄に引き伸ばす理由はないはずだ。
「よろしい、ならば交換条件で、後ろにいる仮面のアサシンと赤い魔法使いの殺害を――」
語られていない本音の部分では、どうせ、よからぬ事を企てているはずだ。
「――などと、嗜虐的な提案をするには、残念ながらそちら三名の関係性に関して情報が不足していましてな。私めも同士討ちの喜劇を観て楽しむ趣味はない。仕方がありませんので素直に従い、グレーテル共は解放いたしましょう!」
だが、エクスペリオは結局何もしない。身を一歩横に退いて、ヘンゼルに道を譲る。
「ささ、どうぞ家族団欒を。邪魔はしませんので」
ヘンゼルは銃を下ろして歩き出した。球状広場の奥には巣から出てきたグレーテル数羽が集まっているので、そこへ向かうつもりだ。
エクスペリオの配慮が怪し過ぎたため、俺はヘンゼルを止めようとする。
「鳥系男子のお客様は、私をオリビア・ラインに連れてくるのが契約でした、であります」
「仮面のアサシン。無粋ではありませんか?」
味方と敵、両方から待ったと声をかけられてしまった。
ヘンゼルは安心させるような無表情を見せてきて、一人で進んでしまう。
そして、邪魔者のエクスペリオは何かのスキルを発動させる。
「『ドリームキャッチャー』は私めの固有スキル。手で触れられないはずの夢を物質化し、悪夢と良夢を選別するのが本来の力でありますが、夢と記憶が同じモノであると気付いた時から我がスキルは豹変したのです」
エクスペリオの背後で黒く光る粒子が広がっていく。大きさは三メートル弱でエクスペリオよりも大きい。
濃度を増していく謎の黒い粒子。まるで夜空を見上げた先にある銀河のようなテクスチャが、二足歩行する生物を形作っていく。
「これは貴方の記憶です。忘れてしまっているというのであれば、追体験してみてはいかがでしょう!」
筋肉質な体を持つモンスターとなった粒子が走り始めた。凹凸が分かり辛くシルエットクイズになってしまっているが、頭部に目玉が一つしかないのでサイクロプスを模しているのかもしれない。
粒子のサイクロプスの手には、粒子でできた棍棒が凶器として握られている。
「まさかッ。これ、私と凶鳥……御影が初めて出遭った時のサイクロプスを再現したつもり! 気に食わないッ。燃やす! ――炎上、炭化――」
サイクロプスの動きは図体の割に早い。突進しながら棍棒を振り上げており、俺の脳天を照準している。
俺よりも反応早く、皐月が手を伸ばして魔法による迎撃を行おうとしてくれたので任せる。
「言い忘れていましたが、他人が攻撃するのは止めておいた方が無難でしょう! 仮面のアサシンから記憶が永遠に失われてもよろしいのであれば、別ですしょうが!」
「――火炎ぇぃぬオオオゥ、危なッ! 早く言いなさいよ!」
エクスペリオの助言を受け、皐月は寸前のところで魔法を中断させた。
まあ、その所為で棍棒が俺の頭にぶつかりそうになってしまい、避けようとして避けられず、肩口を殴られる大ダメージを受けてしまったのだが。
「うギャアが、痛イィイがッ、痛ァ!?」
左肩に激痛を感じて倒れ込む。骨が折れたぐらいで済んでいれば良いのだ……が――。
「――ハッ! 皐月、あの時の五千円! そういえば返してもらっていないぞ!」
――ふと、痛みを忘れる程に鮮明に、奪われていた記憶が蘇る。
コンビニ帰りの夜。
実在するとは思っていなかったサイクロプスとの遭遇。
やはり実在するとは思っていなかった魔法少女――当時は高校生――皐月の登場。
そして、川に逃れてからの寒中水泳。投げられた財布。
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“『ドリームキャッチャー(強)』、霞がごとき夢を掴み取り、選別するスキル。
夢を掴み取り、良夢と悪夢を分離する事ができる。
夢の選別が可能という事はつまり、夢も物質のように干渉が可能、操作可能という事に繋がる。悪夢を現実の世界で再現し、悪夢と同じ理不尽な恐怖を実在化するのも夢ではないだろう”
“≪追記≫
本スキル所持者の場合、夢を記憶の一形態と解釈した事により記憶操作や記憶物質化さえ行える程にスキルが強化されている。
誰かが体験したモンスターとの戦いの記憶を物質化した場合、戦ったモンスターと同等性能の記憶モンスターが動き出すだろう。
なお、物質化した記憶は脆く不安定。モンスターを倒して経験値取得するように、記憶が戦闘参加者へと移ってしまうので注意が必要。
赤の他人に記憶が移動して混じってしまうと一大事で、本スキルおよび牛乳とコーヒーが混ざった液体から牛乳のみを抽出する技量がなければ元には戻せない”
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脳内に直接映像を投影されるようであった。映像のみならず、水の冷たさやサイクロプスに襲われた恐怖を触感として味わえた。
不気味な現象であったが、これが己がかつて経験したものであるという確信は持てる。
「どうして、いきなり思い出した? 記憶に攻撃されたら、記憶を取り戻せるのか?」
俺の肩を砕いた棍棒も一部が砕けて飛び散ってしまっている。砕けた破片は俺の体へと入り込み、脳内へと溶け込んでいった気分があった。
「あの五千円は大切に取ってあるから! それよりも攻撃されても思い出せるのは僥倖ね。ボコられてきたら?」
「無茶言うなッ。全部思い出す前に死ぬ!」
輝く黒い粒子でできたサイクロプスの形状が変化していく。
体長はやや低くなかったがその分、全身が引き締まった雰囲気だ。単眼ではなくなり、厳つい表情となっているのでサイクロプス以外の脳筋だろう。
「この姿は、ギルクで間違いないわね」
「ギルク? あいつ怪獣みたいにもっと大きいはずだろ??」
「それは真の姿。目前のは変身前」
バスケット選手並みのギルク(小)が殴りかかってくる。
皐月は戦闘に加わらないように後退していき、俺が一対一で相手を行う。タイマンするにはギルクのパラメーターは高くて危険だ。さっそく一発避けられず腹に良いのをもらう。
「うッ、また、思い出した。前に戦った時は『オーク・クライ』で弱体化させていたんだった」
肩の負傷があって、体の動きが鈍い。一度勝った相手だというのに負けてしまいそうだ。
「ハンデをつけてあげましょう」
甲高い音がしたと思うと、ギルクが俺と同じように肩を押さえていた。
エクスペリオの手には拳銃が握られている。背後からギルクを撃ったらしい。
「これで条件は五分五分のはず。さあ、記憶を思い出す荒療治はまだ続きますよ!」
ヘンゼルは妹達に迎えられる。同じ悲惨な状況をどうにか生き延びた、血の繋がった姉妹達だ。卵生なので別の母鶏が産んだ卵から孵った姉妹も混じっているかもしれないが、血反吐を吐きながら苦しんだ者同士、絆は深い。
「遅れた、であります。迎えにきた、であります」
ヘンゼルは助けにきた妹達へと手を伸ばす。姉の癖して背の小さなヘンゼルでは手が届かず、コカトリスの鶏胸にさえ触れられない。
「お姉様っ!」
「お姉様っ!」
「あはっ、お姉様ァっ!」
ヘンゼルは宿願たる妹達の解放、その一歩手前までやってきた。背は足りずとももう一歩踏み出せば妹達へと届くはずだ。
「さあ、外へ行く、であります。自由に生き――」
あるいは、量産され、使い潰される宿命にある可哀想な妹達の方から近づいても良かった。
「――お姉様ァ? 自由って、何? 美味しいもの??」
だから、妹達の一羽が前に出て、伸ばされたヘンゼルの手へと嘴で喰らい付く。手首を無茶苦茶に引っ張って、骨の関節を喰い千切って、飲み込む。喉が動き、体内の消化器官へと手が落ちていく。
手首から先を失ったヘンゼルの腕から、血が噴出す。
白い羽毛が赤く彩られて、汚らしい。
「お姉様って不味いのね!」
「そもそも、どうしてそんなに貧相で不細工な鳥がお姉様なのかしら?」
「食べましょ! 食べましょ! 自由な生き方なんて分からないけれども、きっと自分勝手に誰かを食べてしまって良いって意味なのよ!」
一匹が動き始めてからは、早かった。
それは森でお菓子の家を発見してしまった子供のように無邪気さだ。あるいは、家路へと導いてくれるはずのパンくずを食べてしまった鳥共のように残酷に。
巣穴から現れていたグレーテル十羽以上が、ヘンゼルを押し倒して捕食を開始した。