18-6 反乱発生
囚われた人間族を解放してまわる。錠前付きのドアを破壊して開放する。
狭苦しい室内には百人以上の人間族が押し込まれており、生きているのに生力が感じられない。ドアが開かれても皆、俯いたままだった。
「助けにきたッ! 早く外に出ろ」
「……何だ、化物か」
凶鳥面が煩わしい。いや、今回は仮面の所為だけではないのだろうが。
命が助かる見込みがある。もうオーク共に怯える必要がない。こう俺の口から説明しているとタイムロスなので、人望のありそうなパーティメンバーと交代する。
「皆様方! 教国の巫女、リセリです! ここから逃げ出しましょう!」
リセリが開かれた扉の前に立って、中の者達に訴えかけた。
「……巫女?」
「そうです。教国です! 今が神託の時、皆助かります!!」
囚われた人々は顔を上げた。隣同士で顔を見合わせて、リセリが幻想ではないか確認し合った後、叫ぶ。
「巫女、巫女……巫女キタァアッ! よっしゃァアアッ! 皆、脱出だ! 脱獄だ!」
「ブラックルーム、クソ喰らえッ! こんなストライキもできない工場辞めてやるッ!!」
「オーク共から武器を奪え! ここから逃げ出すんだ!」
リセリが俺達のパーティに参加していて本当に良かったと思う。
囚われた人々は多かった。俺達だけではとても間に合うものではなかったが、解放した人々に手伝わせる事で人員不足を解消する。解放人数が増えれば増える程に解放速度は加速した。
旧オリビアの軍属だった者達を発見してからは戦力も整った。率先して恨みあるオークを襲い、反乱を大きくしていく。
「おい、凶鳥。解放するのは良いが、どこに逃がすつもりだ?」
「そんなのナキナしかないだろ。ペーパー」
「だったら東側に逃がすか。おっと、銃装備のオークのお出ましだ」
工場は階段でも梯子でも上れない階が存在する。製造作業に勤しむ一階を見下ろすためだけにある通路みたいな階であるが、何のために存在するかと思えば、今のように反乱が起きた際に上から銃撃し、鎮圧するためにあったらしい。
ぞろぞろとオークが雪崩れ込み、一階にいる俺達へと銃口を向けてくる。
そして、冷たい風が吹いてオークは氷像となって心停止していく。
「――零下、凝固、八寒、凍結世界、命の灯火さえ凍り付く永遠の白き世界が訪れるであろう」
アジサイの氷魔法が吹雪いたのだ。現れたオークのみならず、冷気は通路の扉を凍らせて新手の侵入を防ぐ。
「もう魔法使うけど、良い?」
「ああっ、存分に使え!」
武装オークが現れたという事はもう敵に反乱がバレている。俺達の侵入も知られていると思っておいた方が良い。こそこそ隠れる必要はなくなったので、ウェポンズフリーで敵を迎え撃つ。
オーク共で敵わないとなれば、次は上級魔族が現れるはずだ。
「――これはこれは。ようこそ、我等が迷宮に!」
壁が左右に分かれて隠し階段が現れる。予想はすぐに現実となった。
二足歩行する毛むくじゃらが下りてきたのだ。渋味ある男性の声と野獣染みた外見が一致していない。
「ふむ、見たところ人類とは思えぬ高位の魔法使い職が数名いらっしゃるご様子。珍妙な仮面の方も多いですが、この方々はそこの小娘がご招待したのですかな?」
「こいつはッ! 三騎士の――」
「――エクスペリオ様、であります」
いきなり三騎士が現れるとは、幸先が良い。しかもエクスペリオは俺にとって因縁深い相手でもある。
エクスペリオは長い鼻を操り、臭いを嗅いでいる。まるで俺達の顔を一人ずつ見て回っているかのような動かし方だ。
「初見の方ばかりのようですが……ほう、まさかまさかの珍客だ。……いえ、そちらの鼻の長さにシンパシーを感じる貴方ではなく。そう、そちらっ! 仮面を変えていても、記憶を奪った相手の臭いぐらい覚えているものです。仮面のアサシンではありませんか」
鼻先が俺へと向けられた状態で停止する。エクスペリオも俺の事を覚えていたらしい。
エクスペリオを倒せば、俺にかかっている最後の呪い『記憶封印』が解除される。記憶を思い出したところで何かが変わるとは思えないが、喉に刺さった魚の小骨程度には煩わしいのだ。
「……ん、最後の呪い? あれ?」
忘れた記憶の中にしかない出来事もあるだろうし。
「仮面のアサシン。まさか生きていたとは驚きだ。メイズナーを屠ったのも貴方ですかな」
立ち話を続けるような相手ではない。殺傷力の高いエルフナイフを抜いて逆手に構えつつ、片手を広げて魔法を放てる準備を整える。
エクスペリオは人差し指をニ、三度振ってから、階段の上を指し示す。
「ここには重要な設備が多く、戦闘で壊されては困りますゆえ、ささ、どうぞ上へ」
階段の上へと消えていくエクスペリオを追う。ヘンゼルも無言で俺に続き、皐月も付いてきた。
「兄さん。待って」
「凶鳥様! 前衛は私が!」
アジサイとリリームも遅れて階段に駆けつけるが、『魔』の気配増大を察知して二人とも足を止める。
工場の奥、黒い部屋の扉が内側から開かれた。そこから膨れ上がる透明な軟体生物の触手が二人に襲いかかる。
「――巫女職スキル『神楽舞』。お二人とも、背後に対しても気を抜かず!」
リセリの舞いにより小規模な結界が展開された。触手の侵攻が見えない壁にぶつかって停止する。
「何者ッ!」
「こいつ、スライム? 見た覚えがある」
誰も帰ってこない黒い部屋。室内に踏み込んだ者の姿はもう見る事はない。
その理由は記憶武装の原材料となって死んでしまうからであるが、死体も残らない理由にはなっていない。つまり、死体を処理する大きな理由が別にいる。
黒い部屋の扉が弾け飛ぶ。中から巨体が溢れ出ようとしているのだ。
更に焦げるような臭いがして、黒い壁が溶けて崩壊した。半液体の体を持つ巨大モンスターが洪水のように迫る。
「ジ・ジオグラフィカル・スライムッ!?」
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“『ジ・ジオグラフィカル・スライム』、ポピュラーな軟体モンスターのクラスチェンジ体。
スライムが長年成長し続けた結果、地形と化す程に巨大化した姿。
強酸性の粘液を分泌して獲物を溶かして吸収する性質はスライムの頃と変わらない。水分を加えると無尽蔵に肥大化し、川すべてがこのスライムだったという話がある。
ジライムと略されて呼ばれる事も多い。
なお、主人の言う事を聞くぐらいには頭が良い”
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工場の椅子や机を押し流し、溶かしながら巨大スライムは進む。進行方向にはまだ逃げ遅れている人間族も多い。
「クソ、アジサイ、リリーム、リセリ、ついでにペーパーも残れ!」
階段の下までスライムの体で埋め尽くされた。パーティが分断されてしまったがもう戻れない。
階段を上れた俺、ヘンゼル、皐月の三人のみでエクスペリオを追跡する。
数階層を一気に貫く階段だったのか、終着地点まで少し時間がかかった。
たどり着いた場所は球状のホール。曲面の壁に一定間隔で穴が開いているのが特徴的だ。
「ヘンゼル。ここは?」
床の上に散らばっているのは白い羽毛か。あまり掃除は行き届いていない。
「きたわ。きたわよ」
「ああ、いらしたわ。きてしまったの」
「どうしましょう。どうもてなすのが一番かしら」
大量にある穴の中から女の声が響くが、まだ姿が見えない。高音域の少女の声で行われる噂話は、実に耳障りだ。
「お姉様ったら、酷い人」
「妹達のために、餌を運んでくるなんてまるで姉鳥ではなく親鳥みたい」
「そんな暇はないのに。早くワタシ達を買ってくださらないと。ふふっ」
穴の中から顔が出てくるよりも先に、嘴が見えてくる。
白い羽毛を持つ、まるで烏骨鶏みたいな体長ニメートル近い巨鳥が百体。階段を上ってきた俺達を全方位より見詰めてきた。
ヘンゼルが言葉を詰まらせながらも、ここが何なのか答える。
「こ、ここは……鳥の、巣、であります」