18-5 エクスペリオの正体
高所の優位。射程の優位。手数の優位。
二門の重機関銃による防衛は完璧と言える。天井に穴を作り――上層から見れば床に穴であるが――狭間としていた。銃口を覗かせて、階段を上ろうとする者を問答無用で銃撃してくる。
「アジサイ、狙えるか?!」
「――串刺、発射、氷柱弾。……あの盾、邪魔」
銃座は攻撃のもならず防御も完璧であり、トリガーを引くインプを守るために分厚いタワーシールドが二枚、銃身の動きを妨げない位置に固定されていた。アジサイの氷の弾を防ぎ切った強固さから対魔法防御がエンチャントされていると分かる。視界は悪くなっているだろうが、弾をばら撒く機関銃に精密さは必要ない。
雨が地面に当たって雫が飛ぶように、銃弾が石床を削り取って破片が舞う。
「記憶武装による模倣武器は弾切れの心配がほとんどなくエコロジー、であります。記憶武装そのものが高価であるのが難点、でありますが」
「一分間に五百発以上も消耗するのに、記憶武装は一体何でできているんだ!」
「名前の通り、でありますが??」
銃弾の嵐の中、何を今更といった顔でヘンゼルは記憶武装の原料を説明し始める。
「記憶武装一粒を作り上げるのにおよそ三千人の人間族を必要とする、であります。もちろん、材料となる人間族の質によっても必要数は増減する、であります。戦士職は数も揃えられて優秀、とエクスペリオ様が言っていた、であります」
更に、記憶武装の製法についても説明した。
「肉や骨といった余分な部位を溶かして記憶のみを抽出して凝縮している、であります。原料が原料なのでどれだけ煮詰めても賢者の石の生成はできないが、か弱い者が武器に抱く信頼を凝縮するのは造作もない、とエクスペリオ様が言っていた、であります」
どう考えても原料となった者の生命は保証されそうにない。人間族を原料扱いしている時点で生命など気にしていないのだろう。魔族のやる事など決まっていた。
「誰が、そんな許されない禁忌をおかしている? ヘンゼル、まさかお前か?」
「自分は魔族でありますが、記憶を物質化する特殊なスキルを使える方はエクスペリオ様以外にいない、であります」
今用いられている記憶武装の原料は、魔界の一部となって消えた国の人間族らしい。
そして記憶武装は現在も生産が続けられており、ここオリビア・ラインの内部に製造工場が存在する。
「ここオリビア・ラインは元々、オリビア国だった、であります。ここに住んでいた者全員がオークやゴブリンに惨殺された訳ではない、であります」
「……分かった。その製造工場とやらの位置は知っているな。教えろ」
「鳥系男子のお客様。お客様には急ぎのご用事があるはずでは、であります?」
ヘンゼルに問われるまでもない。俺は優先順位を間違えず、製造工場を破壊してから迷宮魔王を討伐する。いつ何時でも人命優先。命以上に失ってはならないものはないのだ。
パーティメンバーに対して承諾を得る必要さえなかった。仮に反対されたとしても、強引に説得しただろうが。
「凶鳥、お前の好きなようにしてみせろ」
「そうさせてももらう、ペーパー・バイヤー。だが、その前にあそこにいる邪魔な奴等を破壊しないとな」
階段の上へと向かう障害となっているのも記憶武装が変化した重機関銃である。実に忌々しいアイテムだ。
もちろん、攻略するだけならばいくつも方法がある。タワーシールドの防御力を上回る魔法をぶつけて突破するゴリ押し戦法が最も安全で皐月達の得意技だ。が、『魔』の消耗は極力抑えたい。
『既知スキル習得』で『分身』スキルを習得して、分身を囮にしての突破もスマートとは言い難い。『分身』スキルを使用するのにも『魔』は消費する。
「仕方がない。ヘンゼル、金を払うから石化スキルを使って銃を黙らせてくれ」
「自分の『石化の魔眼』は効きが遅い、であります。壁から身を乗り出して悠長に眺めていると撃たれる、であります」
「皐月。化粧用の手鏡、迷宮にも持ってきているんだろ?」
頭の良い攻略法は石化スキルと化粧用具のコンボである。
ヘンゼルの言う通り、堂々と射線上に立てば撃たれて死んでしまうだろうが、壁の後ろに隠れたままでも手鏡を使えば銃座を視認可能なはずだ。
皐月が冒険に必要なさそうな手鏡を所持しているかというと、火力ばかり高い彼女であるが身だしなみぐらい整えている。
「鏡越しに成功する、でありますか? 難しいと思われますが……あ、効くであります」
「バジリクスは鏡で反射する己の視線で死ぬらしいから、可能性はあった」
申告通り、ヘンゼルの石化スキルが効果を発揮するまでしばらく時間を有した。
まず左側の銃座からの射撃が停止する。銃身内部で弾丸が石となってジャムったのだ。十秒ほど間隔をあけて、右側の銃座でも同様の現象が発生する。
「商売完了、であります」
「ナイス、後は俺が!」
「お供いたします、凶鳥様!」
「一マッカルの請求書を書いている間に終わらせください、であります」
重機関銃を操っていたインプ共があたふた混乱している間に、『速』を活かして階段を駆け上がる。
上層階に辿り着くと同時に右手側へとナイフを投擲。俺自身は左手側へと走り込み、重機関銃のグリップを握っていたインプの背中を斬り割いた。
俺に遅れて到着したリリームが右手側へ斬り込んでいく気配を背中で感じる。
人間族の子供程度の体格しかないインプ共は三人一組で重機関銃を操っていたため、一体斬っても五対二。数的には劣勢だった。ただ、最後まで重機関銃の復旧に固執したインプ共は三又槍を持とうとしなかったため、簡単に制圧できてしまう。
「モンスターの癖して銃に頼るから」
使用者の死亡によって、重機関銃に変化していた記憶武装がビー玉形態に戻っていく。
床に転がる球体を俺は迷わず足底で潰し、粉々に砕く。リリームにもそう指示を飛ばした。
「制圧完了だ。皆、上がってきて良いぞ!」
記憶武装の製造工場はオリビア・ラインの内部、第一層の中心部に存在するらしい。
詳しく聞けば、オーク共が使っている先込め式銃の製造工場も傍にあるみたいだ。
工場では囚われた旧オリビア国民が厳しいノルマで働かせられている。ノルマを達成できない不器用者や、衰弱により働けなくなった者達は隣の区画へと連行されていき、二度と戻ってこないのだ。工場内流通に無駄がない。
「もう敵に侵入が気付かれたはず。ここからは時間との勝負だ。走るぞ!」
「おや、侵入者ですかな」
オリビア・ラインの最上階にいたエクスペリオは、己が製造した記憶武装二つが機能喪失したのを察知する。シリアルナンバー一五四号と一五五号の二つ。階層は随分と下であるが、Z軸的にはエクスペリオの立ち位置と重なる場所に設置した銃座二門が破壊されたのだろう。
「地下より鼠が迷い込みましたか。……迷宮魔王様。この私め、亡きメイズナーに代わって迷宮掃除を行ってきますゆえ、御身より離れる無礼をお許しください」
エクスペリオが象のように長い鼻をたらしながら平伏する。と、建物全体が振動した。迷宮魔王独特の返事である。
「ありがとうございます、迷宮魔王様。では、失礼いたします」
全身毛だらけの野人染みた姿をしていながら、エクスペリオの物腰は柔らかく紳士的だ。魔族らしからぬ研究欲を有するエクスペリオはかなりの知識人であるため、礼儀作法についても一通り調べているのだろう。
迷宮魔王が三騎士の一体、エクスペリオ。
記憶を操るという独自能力を持つに至った恐るべき魔族の種族は……獏。
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“●レベル:76”
“ステータス詳細
●力:172 守:98 速:31
●魔:356/356
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●獏固有スキル『水中適正』
●獏固有スキル『無病息災』
●獏固有スキル『夢食』
●獏固有スキル『夢を見ない夜』
●獏固有スキル『ドリームキャッチャー(強)』
●研究者固有スキル『知能上昇』
●研究者固有スキル『分析』
●研究者固有スキル『設計』
●研究者固有スキル『未知への挑戦』
●研究者固有スキル『物作り』”
“職業詳細
●獏(Sランク)
●研究者(Aランク)”
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“『獏』、幻獣系モンスター。
象の鼻に虎の腕を持つキメラ。
本来は縁起物であり、悪夢を食して安眠を保証してくれる人類にとって有益な妖怪である。ただし、悪夢などという毒素ばかり食べていて生物濃縮が起こらないはずがない。特別、魔界を有する世界の獏は悪夢によって悪性変異し易い。
夢とは記憶のデフラグ処理であるという説が正しければ、夢を食せる獏は記憶を操作可能なのかもしれない”
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「さて、どこの愚か者が迷宮魔王様の居城へ鼠を導いたのでしょう。厳しい仕置きが必要だ」
オリビア・ライン内部に囚われている旧オリビア国民の数はおよそ八万人。一時はニ十万、いや三十万人近く収容していた頃もあったようだが、体と心の弱い者から脱落していった。
「ブィィッ!」
「こ、工場長! 許してください! 許してください!」
睡眠時間、僅かに四時間。
食事量、パン一つとスープ一皿。
休日、そんなものは死ぬまでありえない。
「先週までと仕様が違うって、知らなかったんです!」
「ブィィッ!」
「せめて鞭打ちでッ。い、いやァッ! 連れて行かないでッ! ブラックルームなんかに行きたくないッ!!」
個室は与えれず、窓のない長方形の部屋で赤の他人と眠る日々。ストレス負荷しかない生活ゆえ喧嘩が絶えないが、喧嘩していた相手が黒い部屋へと連れて行かれたっきり帰ってこない事も珍しくはない。
囚われの人間族達に課せられる仕事とは、用途の分からない筒状の何かの組み立てだ。研究熱心なオーナーが毎週のように設計図を更新してくるため、手順の誤りによる不良品製造が絶えない。
不良品を出してしまった労働者は、工場長オークや現場監督オークによる折檻が加えられる。
オークの顔も三度までなので、不良品を四度出してしまった場合は折檻では済まされず黒い部屋行きとなる。なお、オークは人間族の顔を見分けられないため、一度の失敗で黒い部屋に連れて行かれる不幸人も多かった。
主任オークと主事オークの二体に両腕を掴まれて、今日も憐れな男が一人、黒い部屋へと連れて行かれる。
「ブィィッ!!」
「やめてくれッ、止めてくれッ! 誰か、誰かァッ」
工場には憐れな男と同じ境遇の人間族達がいるものの、次は我が身だ。誰も彼を助けてくれない。
「誰かァッ!! 助けてくれェェッ!」
黒い部屋の扉が開かれた。
憐れな男の片足が真っ暗な室内へと入り込んだ時……ふと、オーク共が倒れていく。憐れな男が救われる奇跡が起きた。
オークはナイフで脇腹から心臓を一突きにされている。手練れのやり口だ。
「……お前って魔法少女以外も救うんだな」
「失敬なッ」