17-26 道は開かれた
水掘まで攻め込まれていると分かり、市民達には街の外に出ないようアニッシュが直々に宣言した。敵軍に攻められ篭城した時のように兵士達は出口を固める。許可なく抜け出そうとする者には厳罰に処される。
とはいえ、ほとんどの市民は外に用事がないため逆らう者は現れない。王都の外も内も、危険な事には変わらないと悟っているのだ。
……だというのに、深夜未明、ついに一般市民が突如目を赤く染めて近場の者を襲う痛ましい事件が起きてしまう。
加害者となった市民はまだ八歳の子供だった。当然、子供が一人で街の外を出歩けるはずがなく、街の中で感染し魔王となったのだろう。ちなみに、被害者はその子供の両親だ。
現場となった住宅は区画ごと閉鎖された。住民全員に検診を強制。未だに感染源を特定できていない俺達であるが、感染者を特定する薬剤がゼナ達エルフチームにより開発され試された。
結果、今のところ、ナキナの市民が怨嗟魔王と化す事例は二十人弱で押さえ込みに成功する。三百人以上が住む地域でたったの二十人だけ。命を数で計らなければ俺達はもう敗北してしまっているのだ。
だが、これ以上はもう後がない。早く怨嗟魔王となる感染源を特定しなければならない。
市民に噂が広まっているから、というのは所詮二次被害的なものだった。滅亡の危機に慣らされたナキナ市民は良い意味で訓練されており暴動を起さない。それも状況次第だろうが、今はまだ持つだろう。
ただし、怨嗟魔王化する市民が同時多発的に発生した場合、ナキナ軍では対処できなくなる。そして制圧できなくなった時こそがナキナの終わりなのだ。
封鎖された区画へと急行する。血で彩られた事件現場には治安部隊や忍者衆、他チームも向かっているが、俺も少し後れて到着した。現場百回という言葉があるぐらいに、己の目で直接確かめる行為は大切なのだろう。
色づけされたロープで閉ざされた道を通り抜けた先が事件現場だ。
一般的なナキナの家屋であり、一家族が住むには十分な部屋数がある。
一階の調理を行う土間、食事を行うリビング、二階の現場となった寝室。
「……この大きな瓶には、水が汲んである」
まず俺が注目したのは調理場である。
異世界には上水道、蛇口付きの水道がない。調理場で使う水は井戸から汲み上げ、瓶に溜めておいたものを使っていたようだ。
怨嗟魔王は経口摂取では感染しないと判明しているものの、瓶に手を付けて感染する可能性は十分にありえた。
怨嗟魔王は水を媒介に感染する。
水掘から発見されたセルカリアなる魔界住血吸虫の新形態を実験した結果、皮膚から人体に侵入する事が判明していた。採取した水に家畜が足を浸しただけで、簡単に感染してしまったのだ。微生物が皮膚を食い破って感染してくるなど意外過ぎて信じられなかったが、真実からは目を背けられない。
これまで一週間以上分からなかった感染方法が判明したと喜ぶべきなのだろう。けれども、そこで終わらないのが怨嗟魔王の恐ろしい特性である。俺達の前には新しい壁が立ち塞がっている。
怨嗟の恐るべき生活史をなぞれば、一目瞭然だ。
その一、怨嗟魔王の正体、微生物の魔界住血吸虫は卵から孵り幼虫となる。
そのニ、その後、幼虫はセルカリアへと変化してから人体に侵入する。
その三、血流に乗って人体を巡り、肝臓にある門脈に到着。血から養分を得て、ようやく成虫として成熟する。
その四、成虫は卵を出産し、卵は腸から排出されて水中へ。その一へ戻る。
「どれもこれも奇天烈だが、許し難い不条理はそのニのみだ。幼虫は実験ではセルカリアに変化しなかった。そのニについて、俺達がまだ知らない謎が存在する」
体を変化させる。モンスターならばそう珍しくない特殊能力であるが、謎で構成された怨嗟魔王が単純な手段を用いているとは思えなかった。逆にいえば、その謎こそが街中にいた無垢な子供をモンスターに変貌させた手段なのだろう。
瓶の中に残っていた水をルーペで調べる。魔界住血吸虫は泳いでない。
「当然だよな。調理でお湯を沸かすたび、討伐メッセージがポップアップしていれば誰だっておかしいと気付く」
あるいは、瓶の水を汲んだ時にはまだ魔界住血吸虫が広まっていなかった、であるが。
調理場を離れて階段を上がり寝室に入る。
体調不良で寝込んでいた子供が怨嗟魔王となって、傍にいた両親を襲った。こう聞いているが当事者達の死体が運び出された後なので検分は難しい。討伐時に暴れたのか、ベッドを含む家具の破片が散乱していた。
成果が得られそうになかったので他の部屋を巡り、また調理場へと戻る。
「調理場、リビング、寝室、倉庫……この家には風呂がないのか」
体が水に触れる機会と聞いて一番に思い付くのは入浴である。
「ちょっと良いかな?」
通りがかった兵士を一人捕まえて、質問を投げかける。
「ここの住民は風呂はどうしている? 水桶で体を拭くぐらいはしているだろう。それとも共用の風呂場があるのか」
「蒸し風呂を営んでいる店はありますが、燃料の関係で営業はしていないはずです。どうしても体を洗いたい者は、井戸か洗濯場で行水をしています」
ナキナの兵士達はもう俺の仮面ぐらいでは恐れなくなっていた。普通に受け答えしてくれる。こういうところが頼もしい。
外を指差されて、区画の中央付近に水場があると教えられる。手がかりを求めて屋外へ向かう。
地域住民が共同で使う水場はバケツを投じる井戸と洗濯場が並列している。洗濯場は長方形の池になっており、奥に排水用の溝が掘られている。
「凶鳥。早いな」
「疲れて眠っていたと思ったのに、ペーパーもきたのか。これから井戸と洗濯場を調べるところだ」
まずは井戸の水を汲み上げて調べる。微生物が泳いでいないか、煮沸によって討伐メッセージが表示されないかを見て、白であると分かった。
続けて洗濯場であるが……井戸から汲み上げた水を使い、洗濯板で洗うだけの場所だ。洗濯に使った水は溜まっているものの、ここにだけ怨嗟魔王が潜んでいるとは思えな――、
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“●魔界住血吸虫 (セルカリア)を討伐しました。経験値はありません”
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――池の中、小さな動く影があったので井戸水と同じように検査してみたのだが、結果は真っ黒であった。
「ど、どういう事だ。これ??」
怨嗟魔王がどこから侵入したのか。合流したペーパー・バイヤーと共に周囲を確認する。水を汲む井戸に潜んでいなかったのであれば、反対側、下水を流す溝の先ぐらいしか侵入口はなかったが。
溝は途中から蓋をされ、遠くまで続いている。たどっていくと、そこは城壁だ。街の外まで通じているらしい。
「まさか、水堀に直接流しているのか?」
「さすがにそれはなさそうだ。排水は川に通じていそうだが、排水口は空中に突き出していて高低差もある。微生物が登れるようには思えないが」
外に出たり、蓋を外したりと粘って色々調べてみたが進展はなかった。溝をたどってまた洗濯場まで戻る。
「……凶鳥。どうするんだ。正直言って、手詰まりだ」
「いいや、まだだ。きっとどこかに手がかりがあるはずだ。発見するまで俺は諦めない」
手がかりを求めて桶や洗濯板をひっくり返す。
手がかりがなかったので、次の桶をひっくり返す。
傍から見ていれば、実に無駄骨な行動に見えるだろう。俺もそう思っている。思っているが、手は動かす。
「魔王の秘密を、絶対に探し出す」
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“『エンカウント率上昇(強制)』、己が遭いたくない相手と邂逅できるスキル。
百回出歩いて一回出遭えるのが通常状態だとした場合、スキル補正により十~五十回まで上昇する。出遭いたくなければ、家で引き篭もり生活を送る他ない。
強制スキルであるため、解除不能”
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諦める訳にいかないからという気持ちだけで、手を動かしている。こんな無駄な行為で結果が伴うはずがないだろう。
「しかし……」
「諦めない限り、きっと手段は見つかる。見つけるんだ」
「どうして、そんなにがんばるんだ、お前? どちらかと言えば、異世界を憎んでいただろうに」
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“『一発逆転』、どん底状態からでも、『運』さえ正常機能すれば立ち直れるスキル。
極限状態になればなるほど『運』が倍化していく。
このスキルを得る前提条件として、『破産』系スキルを取得しなければならないため、『運』のベースアップは行われない。
スキル取得によって『成金』『破産』は強制スキルではなり、自由にスキル能力を発動できるようになる”
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“ステータス詳細
●運:107 = 7 + 100”
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「どうしてって、俺は……救世主だから、さ」
衣類を漬け洗いする大きめのタライをひっくり返した。タライはタライ、手がかりはない。
「世界を救うのがお仕事ってね――んん?」
気になったのはタライの裏だった。
小石か何かと一度目を逸らしてしまったのだが、既視感が脳内で湧き上がってタイルの上を凝視する。
「どうした、凶鳥。何か見つけたのか?」
「こいつ。このタニシ。こんな場所にも紛れ込んでいる」
「タニシ?? この貝の事か。知らない形をしているが、こいつがタニシか」
いや、正確にはタニシではないと思うのだが。淡水に住んでいる小さな巻貝を俺がタニシと呼んでいるだけであり、深い意味はない。言われてみれば、タニシにしては少し貝が長い気がする。
このタニシ(仮)は水掘でも数多く見かけた。きっと異世界では数多く生息しているのだろう。
「ここの区画は城壁から近いとはいえ、こんな場所まで潜り込んでくるなんて。足もないのに随分と長い旅をしてきたんだな、お前」
洗濯場のタイル床を照らしてみる。すると、かなりの数が潜んでいると判明する。
いや、数が潜んでいるなんてレベルではない。数えてみれば百匹以上は確実にいるだろう。
人間に踏まれずどこから入ってきたのかは明白だ。城壁の外から溝をたどって侵入してきたに違いない。『暗視』で暗い溝の内側を覗き込むと、気持ち悪くなるぐらいの数が壁に張り付いている。
ずっと昔から洗濯場に住んでいる貝なのかもしれないが、最近引っ越してきたとすると見過ごせない。
「お前、本当にすごいなー。……ペーパー、ピンセット」
「おう」
長旅を終えて洗濯場にたどり着いた一匹を拾い上げて持て成してやる。貴重なガラスを用いた試験管に井戸水を注ぎ、その中にタニシ(仮)に入ってもらう。
水の中で落ち着いたのか、タニシ(仮)はガラスの壁をのんびりと這いだす。しばらく様子を覗いていると、ふと、粉のようなものが水中に放出され始めた。
「これは何かなー。ゴミかなー。……ペーパー、ルーペ」
「おう」
粉のようなものは小さくて肉眼では形が分からないが、ルーペを使えば多少は見えてくる。貝殻の表面に付着していたゴミである懸念もあったが、尾が二又に分かれた細い微生物だったので安心する。
「ふむ、では最後のもてなしだ。……ペーパー、松明」
「おう、やってしまえ」
試験管の底を松明で炙って温泉気分を味わってもらう。正確には釜茹で地獄であるが、貝のタンパク質が固まりきるよりも早く結果が出る。
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“●魔界住血吸虫 (セルカリア)を討伐しました。経験値はありません”
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怨嗟魔王が含まれていなかった水にタニシ(仮)を入れると、怨嗟魔王が現れた。キャリアーがこの巻貝であるのは確定だろう。
「LIFEを一斉送信! 伝令も走らせろ! ようやくだ、ようやく怨嗟魔王の全容が分かったぞッ!!」
俺の発見により怨嗟魔王の生活史すべてが暴かれた。
ギリギリ間に合ったのだろう。パンデミックが発生するまで三時間を切っていた。三時間後の夜明けと共にナキナの市民が活動を開始し、洗濯場を利用したはずだからだ。
魔界住血吸虫を運ぶ巻貝は複数個所で発見される。迅速に滅却処置が取られ、城壁に近い水場の使用が禁止された。
「お手柄だな。凶鳥。流石だ」
「素直に喜んでおこうか」
これで、怨嗟魔王攻略は大きく前進したと言える。
恐らく、全工程の半分に達したはずである。
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●魔界住血吸虫
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“●レベル:1”
“ステータス詳細
●力:0 守:0 速:0
●魔:0/0
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●魔界住血吸虫固有スキル『正体不明』(無効化)
●魔界住血吸虫固有スキル『寄生』
●魔界住血吸虫固有スキル『繁殖』
●魔界住血吸虫固有スキル『宿主強化』
●魔界住血吸虫固有スキル『宿主改造』”
“職業詳細
●魔界住血吸虫(Sランク)”
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“『魔界住血吸虫』、正体不明の寄生虫型モンスター。
理解し難い生活史を持つ恐るべき寄生虫。
卵、ミラシジウム、スポロシスト、セルカリア、成虫と姿を変え、宿主を変えて確実に人類へと寄生を果たそうする。その想像不可能な千変万化な生活史そのものが『正体不明』を生じさせる要因となっている”
“《追記》
人類では始めて、ナキナ国が生活史の解明に成功している。この功績により、ナキナ国に住む者に対して『正体不明』は無効化されている”
“《追記2》
本寄生虫は単体でも十分に危険であるが、怨嗟魔王の傘下に属するものは『寄生』『繁殖』『宿主強化』『宿主改造』スキルが大幅に強化されているので最大級の対策が必要となる。
ただし人類を最終宿主として選んでいるため、人類を滅ぼす意思は限りなく低い。
むごく苦しめて、家畜のように扱い、家畜のように生産し、気まぐれに叫ばせる。怨嗟魔王が治める世界で生きる人類の日常とは、怨嗟そのものだ”
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重大な謎を解明した事により、俺達の前には新しい道が開けたのだ――。
エルフの森。エルフの古き王城のテラスから、麗しくも野望に狂ったエルフが手を伸ばす。
「機は熟しました。全軍、傾聴しなさいな」
エルフの王都に集いしは精兵たる精霊戦士の大部隊。
しかし、戦力の中核は精霊戦士ではない。背後にいる同盟たる怨嗟魔王から派遣された異形軍、ナックラヴィー一万体、モスマンニ千体、エルク五百体こそが精霊帝国の正規兵だ。
人類統一の夢を実現するためとはいえ、魔王を同盟相手として選び、共に戦う事に嫌悪する者達は当然いただろう。実際、反感を抱く者が精霊大帝たるエルテーナに詰め寄ったはずである。
下手をすれば帝国が半分に割れかねない危機だったのかもしれないが、現在、精霊帝国は全員一丸となっている。強い意思で結ばれ、誰もエルテーナに逆らわない。
いや、逆らった者もエルクとして参戦してしまっている。恐怖によって縛られた帝国は、今こそ歩み始める。
「人類を治めるべきは森の種族。そして同盟たる怨嗟魔王のみ。人類を弾圧する魔王連合を滅ぼし、私の前に魔王連合の盟主たる迷宮魔王と翼竜魔王の首を差し出しなさい」
精霊敵国の敵は弱小国家たるナキナではない。
精霊帝国の進軍を予期し、オリビア・ラインを作り上げた魔王連合である。
「全軍、出撃しなさいな!」
――ナキナの道の一つは、東より襲いかかる精霊帝国を相手にする道。
「愚かしいものです。同盟関係を維持していれば生かしてあげておいたものを、怨嗟魔王」
完成したオリビア・ラインの黒い城壁の上から、鼻の長い毛むくじゃらな化物が東方を俯瞰している。彼の目には滅びかけたナキナなど映ってはいない。もっと遠くにある精霊帝国領に注目しているのだ。
「オーク共の近代化はどうにか間に合いました。人類に対して寄生能力を持つお前達を押さえ込むための長城も完成している。攻め込めるものなら、攻め込んでみなさい」
オリビア・ラインを守護するのは迷宮魔王の三騎士が一体、エクスペリオである。
エクスペリオが組織した魔王軍は、銃武装オークが三十万体、記憶武装を使いこなすインプが二千体。
「いらっしゃい!」
「いらっしゃいな!」
「私達が歓迎しましょう!」
「良いでしょう? エクスペリオ様?」
そして、石化の魔眼を持つ白い羽毛のコカトリスが百体。
他にもゴブリンやケラといった訓練していない雑多なモンスターを大量に所持しているが、統制できない無能共をエクスペリオは魔王軍と呼んでいないので割愛する。
「銃もオークも捕らえた人間族を使って量産を開始しています。戦争とは数なのですよ、怨嗟魔王」
エクスペリオが鼻を東へと伸ばす。
「まずは軽く十万ほど。征東軍、出軍せよ!」
――ナキナの道の一つは、西より溢れるように襲いかかる魔王連合を相手にする道。