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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第十七章 悪化する世界
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17-25 怨嗟魔王の計略

「腹が痛いのをいつから黙っておった! このおろか者めがッ」

 獣の種族の住居区画は騒然としていた。松明がかれて嫌に明るい。

 白いテントが特に明るく照らされている。簡易的な病院として機能し、これまでの戦で傷付いた戦士達を数多く癒してきた設備であるが……杭が周囲に打ち付けられテントそのものを覆う格子が完成しようとしている。見た目は監獄そのものだ。

 周囲を固める戦士達もテントの外を見ているのではなく、内側に対して注意を払っていた。

 まるでテントを封鎖しているかのような処置であるが、怨嗟魔王の感染症状を訴える患者が十人もいれば警戒もしたくなるだろう。十人を多い少ないで判断できないが、感染者が十人で済むと楽観できない。まだ自覚症状のない潜在的な感染者はいるはずだ。


「ガフェイン! ローネ! お前達は無事か!」

「俺達はな」

「ジャルネは病室です!」


 顔見知りの熊顔と兎耳を発見する。二人ともテントに駆け込む途中だった。立場話も早々に、一緒にテントへと入る。

 テントの内部に並べられたベッドには空きが多い。感染者以外は全員他施設へと移されたようだ。

 感染者以外には診断を行っている医師職と、更にはジャルネの姿も見受けられた。


「いつからだ! いつから症状が出た!」


 子供とは思えない物凄い剣幕で、ベッドで横になった犬の戦士に詰問している。

「ジャルネ、落ち着けっ。そんな態度では話もできない」

「そんな事は分かっておる! 本人が一番辛いはずだ。それでも、わしはこの者からかねばならんのだっ!」

 犬の戦士は呼吸が荒く、手足が震えている。体の内側にいる魔王と必死に戦っているのだろう。

 だが、劣勢は確実。犬の毛はげ始めている。筋肉の異常発達に外皮が弾けているのだ――ナックラヴィーに皮膚がない理由も同じで、体内の膨張に表皮がたえられず千切れてしまうのだろう。

 残った精神力が尽きた時、この犬の戦士は怨嗟魔王となって暴れ始める。

「人間である間に答えよっ! いつ、どこでだ! 言ってくれれば無念は必ずわし等が晴らす。言え、言ってくれッ!!」

 ジャルネの必死の呼びかけに、戦士の瞳孔は焦点を取り戻す。


「自分が、痛み……気付いた、の……は、ほ、堀で……仕事を……」


 かすれた声であったが確かに聞こえた。

 俺達が室内で実験を続けている最中も、外では敵軍侵攻に対する防御を高めるために水掘の拡張工事が行われていたらしい。その工事に、犬の戦士は参加していた。

 何かに気付いたジャルネが、テント内の感染者全員の一週間以内の仕事内容を問診していく。症状の軽い者は口頭で、喋れない者は名簿と名前を照らし合わせた。

 結果、ここにいる感染者全員が水掘の工事に参加していたと判明する。


「……堀で、足にッ、おね、がい、し、Si、これい、痛I、上の、犠牲…痛痛痛、IA!?」


 犬の戦士は怨嗟魔王を発症しかけた。ガフェインが熊の部族の力で抑え込んでいるが、秒速で筋肉量が増加している。

「流石は獣の種族の戦士だ! 魔王に負けず、よくぞ答えた!」

「犠……Gaaッ、ああアッ、こ、殺、殺してっ」

 ジャルネは小瓶から取り出した丸薬を犬の戦士の口に近づけていく。

 戦士は舌で自ら丸薬を含み飲み込むと、喉を詰まられた時のように体の動きを瞬間的に停止する。その後は赤い目を瞼で隠れていき、二度と開かれる事はない。

「……a、ァ、あり、が、と…………」

 寝顔は安らかに思えたが、そんな感想は絶対に抱きはしない。

「何が、ありがとうじゃ。……けっして許さぬ。怨嗟魔王」

 ジャルネは泣いていなかったが、伏した顔を絶対に上げようとはしなかった。




 感染者全員の過去一週間の仕事内容が詳しく調査された。

 結果、やはり全員が水堀の工事に参加していたと分かった。そして、水の中に浸かる仕事に従事していた者は九割におよぶ。水堀が感染源なのは間違いない。

 また、これまでの感染者も最調査が行われた結果、水田を所持している農民や川釣りをしていた者ばかりであった事が判明する。やはり、怨嗟魔王は水の中にひそんでいるのだ。


「探し出せ! 必ず水掘に魔王がいるぞ!」


 太陽が昇るのを待って、水掘の傍に獣の種族が多く集まった。半日経過して、獣の種族の感染者は新たに三十人以上追加された。感染者をもう出したくないという思いが強い彼等は必死そのものだ。

 リレーのように堀の水をすくって、器を渡し、焚き火で堀の水をでている。

 本当は目を凝らして水中に魔界住血吸虫の幼虫が浮かんでいないか確認するがベストであるが、川の水を引いた堀の中にはミジンコを代表とする微生物と大量多種が生息してしまっている。微生物に限らなければ、魚や小エビ、タニシのような巻貝、藻のたぐいも数多く存在した。

 速度を優先するならば――異世界オンリーの手法となるが――、すくった水を沸騰させて討伐メッセージを網膜で確認した方が早い。


==========

“●魔界住血吸虫を百体以上討伐しました。経験値はありません”

==========


「いたぞぉぉッ、いたぞォォォッ!!」

 獣の種族達が沸き立つ中、俺はアイサを助手にして怨嗟魔王がどの程度潜んでいるのか調査を開始する。

「『鑑定モノクル』で鑑定できない微生物がいれば教えてくれ。魔界住血吸虫の幼虫は楕円みたいな形をしているから、まずはあたりを付けてく――」

 アイサは顕微鏡を用いなくてもマイクロメートルの微生物を見分けられる。もちろん、俺の目はそんなに高性能ではないので、呪術師が用いるルーペを使用しミジンコの世界を眺めていた。


「凶鳥……ここに浮かんでいる微生物のほとんどを『鑑定』できないのだけど」


 微生物に注目していたので、アイサが表情筋を引きつらせて固まらせているのに気付くのが遅れた。

「――そんな馬鹿な。こいつら、魔界住血吸虫の幼虫と形状が全然違うぞ」

 水中を覗くと地球でも馴染み深い肉食性のミジンコ系の微生物、体が緑色のミドリムシ系の微生物が見えてくる。ただし、数的には全体の三割程度にとどまる。

 一番多く泳いでいるのは、もう少し小さな微生物だ。二つに分かれた尾が特徴的だ。

 初見の微生物であるのは間違いなく、卵から生まれた魔界住血吸虫の幼虫とは別物である。大きさも体の形も全然異なった。

 いちおう確認のため、スポイトのような器具でくだんの微生物のみを吸い取りアイサに『鑑定』してもらう。


「『鑑定』発動……やっぱり視えない」


 アイサを疑いたくはないが勘違いである事を祈りつつ、確保した『正体不明』の微生物を焚き火に投じる。


==========

“●魔界住血吸虫 (セルカリア)を討伐しました。経験値はありません”

==========


「確定した。確定してしまった。……怨嗟魔王は姿も違うし、大量にいる」

 姿は違ったが、尾が二又の微生物は魔界住血吸虫であった。しかも上澄みを少しすくった水の中にさえ数百匹は泳いでしまっている。

 王都を守るための水堀が、実は敵の手に落ちていたのだ。ナキナは既に袋のネズミだった訳である。


「これは……まずいな。ナキナ王都には数万の人間がいるんだぞ。各地の難民も王都に集中している。これだけの人間が怨嗟魔王と化してしまったら――ッ」


 追い詰められていたと分かってから気付いても遅いのだが、俺は怨嗟魔王の計略に気付いてしまう。

 怨嗟魔王はナキナを落とすつもりはなかったのだ。以前、百体のナックラヴィーとモスマンで攻め込んできたのだって手を抜いていたのだろう。

 なにせ、怨嗟魔王はナキナの国民全員をモンスター化させ、眷族とするつもりだったのだから。

「水掘を埋めても今更遅い。そもそも、堀がなければナックラヴィー型から街を守れない。オリビア・ラインの銃装備のオーク共だっているんだ。ナキナは既に詰んでいる??」

 怨嗟魔王と化した者達が水を恐れるのも、魔王がしかけた計略の一つだったのだろう。

 異形の化物になった者達が感じる水への恐怖心が本物だったからこそ、俺達は何も疑わず堀を広くしてしまった。結果、墓穴を掘るがごとく、自ら魔界住血吸虫の生息域は広まってしまったのだ。

「人類を滅ぼすのではなく掌握してくる魔王。力ではなく戦略で挑んでくる魔王。こんな魔王、どうやって倒せば良いんだ……」

 魔王の真意に気付き愕然がくぜんとする俺を傍目はために、水堀の中をフナが泳いでいく。魚には感染しないらしい。感染はヒューマノイド限定か。

 また壁伝いに巻貝が登っている。

 水棲動物のくせにカタツムリみたいだなと眺めていて思いだしたが、カタツムリは陸に生きる貝の仲間だったか。そういえば、ペーパーが趣味で始めたアクアリウムがタニシの巣窟となり、水槽から脱走貝が多発して部屋中タニシだらけになっていたっけ。どうでも良い記憶ばかり思いだしてしまう。

 何も考えられずに城壁を見ていると、小さな点がゆっくりとミリ単位で動いている。

 多数の小さな点はすべて、巻貝のようであった。


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