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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第十七章 悪化する世界
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17-24 怨嗟拡大

 堀から引き上げられたトレアは動いていなかった。水を大量に飲んで溺れてしまったのか。まだ経験値は取得できていないので死んではいないのだろうが。

「凶鳥お願い! 僕を助けてくれたようにッ」

 アイサは涙を流しながらトレアを助けるように懇願してくる。

 赤く血走った目を開いたまま倒れている化物を、生来の姿に戻す。俺はトレアの元の姿を知っている。仮面を外した時のみ使用できる『同化』スキルを用いて化物と化した部位を削り、エルフの体を与え直せば可能なのかもしれない。

「お願いします。凶鳥様!!」

 リリームもアイサと同じように懇願してきた。

 これまで、何人かの人間を俺はたたる事で救ってきた実績がある。魔王と化したエルフだって救えるのかもしれない。

 トレアから以前酷い扱いを受けていた訳である。が、視点を変えれば、トレアは魔界で行き倒れていた俺を救助してくれたのだ。意地悪く助けてやらないなんて選択肢はない。

 ハルピュイアの醜い仮面に手をかける。

 ……何故か、倒れていたはずのトレアの手に払われた。


「……お前……な、どに……助、られる、か」


 人間の言葉を喋っていた。ただ、とてもか細い声で今にも消えてしまいそうだ。

「姉さん。意識を!」

「意固地になるな、トレア姉! 凶鳥様に任せるんだ」

 二人の妹に左右からサラウンドに話しかけられて、トレアは口元を柔らかくする。それでも、俺の祟りはかたくなに拒否する。

 そんなにも俺を嫌っているのかと思えば、それだけではないようだ。


「この身は……怨嗟に、穢れた。手遅れ、だ」


 トレアの開いた腹からはヒルのような生物が顔を出していた。このヒルこそが怨嗟えんさ魔王の正体、魔界住血吸虫なる寄生生物だ。一センチの体長は小さく見逃し易い。

 この寄生虫を排除せず『同化』して治療しまった場合、一度回復した後、トレアは再び怨嗟魔王に戻ってしまうのだろう。トレアは再びモンスターと化す苦しみを味わう破目になるのだ。『同化』で彼女を救う事は難しい。

 別の手段、『奇跡の葉』による治療も難しいだろう。傷付いた臓器と傷付いた寄生生物を見分けられないからだ。

 治療不能。

 不治の病。

 自分の体である。トレアは助からないと最初から分かっていた。

「姉さんッ、目を開けて!」

「返事を、私達の名前を呼んで!」

 死は何よりも恐ろしいというのに、どうしてトレアは微笑んでいられるのか分からない。

 ただ、家族に見守れながら迎えられる最後というのは、死に方としては悪くない分類に属するのだろう。

 目を閉じたトレアはもう何も喋らない。

 二人の妹達の泣く声だけが響いていた。


==========

“●エルクを一体討伐しました。経験値を十六入手しました”

==========




 怨嗟魔王の正体が判明した。

 憎き魔王の正体は寄生生物。その種族は、魔界住血吸虫。

 敵の正体が分かれば、次は反撃開始である。


「ナキナ王が勅命にて命じる。かの憎き魔王を根絶するため、ここに怨嗟魔王討伐会議を設立する!」


 魔界住血吸虫とは何か。

 この難問の答えを得るためにナキナの上層部、ゼナ達森の種族、ジャルネ達獣の種族、教国のリセリ達、と数々の所属から広く深い英知が集まって正体把握のために全員が顔を合わせ、討伐会議が設置された。

 敵種族が判明し、知恵者も揃っている。

 ここまで条件が揃っていながら魔界住血吸虫という寄生生物について知っている人物が一人もいなかったのは、そこまで予想外な事態ではない。

「余が問おう。魔界住血吸虫とは何だ?」

「エルフの都にならば書物として情報があるかもしれぬが、多く知れ渡っている生物ではないのだろう。新種として扱いつつ、文献の洗い出しも行うべきだ」

「『神託オラクル』でも詳細までは受信されません。怨嗟魔王の神秘性は以前続いたままなのでしょう」

 情報社会として覚醒した地球でさえ、アマゾンや孤島から新生物の発見今なお続いている。未開地域しかない魔界に未知の生物が生息しているのは当然だ。

 小さな寄生生物となれば、なおさらである。

 顕微鏡を用いなければ観察もままならない極小生物は研究が難しい。そして、極小生物だからといって単純な生態という訳でもない。専門の研究者が生涯をかけてようやく探究可能な、正真正銘の人を喰う化物なのである。

 ただ、研究を開始さえすれば魔法技術を有する異世界だって負けていないはずである。直近の課題、怨嗟魔王がどのようにして人間に感染するのかを早急に解き明かす。討伐会議はそのために走り始めた。

 研究のいしずえとなったのは、やはりトレアだった。

 本来であれば埋葬されるはずのトレアだったが、彼女の体には魔界住血吸虫の標本を有している。しかも生きた標本だ。

 土に還すのはしいというのが本音であったが、その本音を言い出せたのは王様であるアニッシュだけであった。


「……死者の体を切る事になる。多くの者達の目に体を見せる事にもなる。それでも協力してもらいたい。ナキナ全体のため、そなた等の姉の体を調べさせて欲しい」


 親族二人が苦渋しながらもうなずいたため、トレアの体は解剖された。

 医者職および魔法使い職が参加し、総勢五十人ほどが囲んだようだ。その中にはアイサとリリームもいたという。強い意思があるぐらいで、家族の体にメスが入る瞬間を見ていられたはずがない。

「全部『鑑定モノクル』したよ。どこに怨嗟魔王が潜んでいたのか、全部見ていた。小さかったけど、卵だって見逃さなかった」

「アイサはよくやっている」

 解剖室から出てきた二人は倒れそうなぐらいに疲労していたが、家族のかたきを憎む眼光は影ってはいなかった。

「だから凶鳥。お願い、魔王を倒して」

 トレアの肝臓門脈、腸から数多くの魔界住血吸虫が標本として採取された。

 標本は成虫のみならず卵も多数が発見され、各専門チームに回された。もちろん、小さいとはいえ危険な魔王なので管理が徹底される。皐月達四人と月桂花を加えた高位の魔法使い五人と、ゼナがチームごとに配属され、少しでも異変が起きれば魔法で抹消する危機管理規定が作成された。

 なお、感染を防ぐためにはチームメンバーが犠牲になる事もやむなしと定められたため、チームは完全立候補者のみで構成された。が、結局全員が立候補したので脱落者はいない。


「巫女職は魔を退けるのも得意です。必ずやりとげます」

 リセリの教国チームは宗教的アプローチを主軸とする。


「ナキナは魔界に近い事もあって必要な植物は揃っておる。問題なかろう」

 ゼナのエルフチームはエルフの伝わる薬学をもっての挑戦だ。


 その他にも医学、魔術、呪術、忍術と同時平行に様々な視点から怨嗟魔王の探究が開始された。

 ……なお、俺が配属されたのは第七チームたる仮面マスカレードチームだ。施術の際には他チームも全員、医療用マスクを付けるというのに意味不明なチーム名である。

「要するに、俺達は余りものチームなのでは……」

「独自の行動が取れる分、ありがたいな」

 スタッフそのものは十人以上いるが、主要メンバーは俺とペーパー・バイヤーのみの少数精鋭チームだ。他チームに負けるものかと野郎二人でがんばる。


 俺達は動き始めた。名前も分かり、体に寄生する能力も分かり、標本も入手できた。

 討伐会議はすぐに感染経路を暴きだし、治療法さえ発見できる。こう最初の頃は誰もが楽観していたのだ。


 そして……何も進展しないまま一週間が経過した。


 治療法はおろか、感染経路さえも俺達は発見できていない。




 仮面チームに割り当てられた研究室内に、金属製の桶が置かれている。中には水が入っているが、入っているのは水だけではない。

 魔界住血吸虫の屍骸が数匹浮かんでいる。


「水中で孵化してから二日で全滅した。他チームと同じ結果だ」


 今終えた実験は、他チームから依頼された実験の追試である。標本として採取され、氷付けにして保存している魔界住血吸虫の卵を解凍し、水の中に沈めて観察する。たったそれだけであるが、俺達は思わぬ結果に頭を悩まし続けている。

「ペーパーの方の桶も全滅したか?」

「ああ、こっちは一日と半分で全滅した」

「水はきちんと入れ替えたのか? 温度管理は?」

「もちろんしたさ。一時間ごとに計測したデータが残っている」

「他に何が考えられる? 餌がないから餓死したのか、二日以内に寄生しなければ死ぬしかない生物なのか分からないぞ」

 魔界住血吸虫の成虫はヒルのような形状から水棲生物であるという予測が立てられている。ヘンゼルが水を危険と言っていた事とも背反しない。

 怨嗟魔王となった生物が水を恐れるのは水の中に潜む魔王に支配されたというトラウマを持つからだ、という研究報告がリセリからも上がっているので、魔界住血吸虫が水にひそむというのはほぼ間違いない。

 だというのに、魔界住血吸虫の幼虫は最長でも二日しか生きられないのである。

「そういえば、忍者チームが危険覚悟で、魔界住血吸虫入りの水を家畜に飲ませたらしいぞ」

「結果は?」

「感染しなかったらしい」

 実験台にされた家畜が無事生き延びたのは幸いだ。と言いたいが、トレアの解剖結果やこれまでの実験結果をまとめると、俺達は大きな壁にぶつかる。

 魔界住血吸虫の成虫は宿主の体内で卵を産む。産んだ卵は腸を経て体外へと排出される。

 そして卵は水の中で殻が割れ、幼虫が泳ぎ始める。

 だが……魔界住血吸虫の幼虫入りの水を家畜に飲ませても、感染しない。


「実験方法が悪いのか。家畜に感染できるのは過去の事例から間違いないから、環境が悪い? 寄生可能な水温、時間帯が限られているのか。そんな繊細せんさいな魔王か、こいつ」


 死亡し、プカプカ浮かぶ埃みたいな魔界住血吸虫の幼虫をルーペで観察する。

 寄生虫の癖して寄生しようとしない。感染方法が以前不明のままである。ミリ単位未満の生物の癖に実験されていると知って、寄生をえているとしたらお手上げだ。

「感染源を特定していては被害が広がるだけだろう。寄生中の寄生手段なんて、食べるか飲むかの二択だ」

 ペーパー・バイヤーの言う事は最もだった。食べ物で感染する寄生虫は多い。

 たとえば、魚の体に潜むアニサキスがいる。刺身などに隠れる生きたままのアニサキスを食べてしまい、アニサキスが胃や腸に噛み付いて腹痛等を発症するものだ。対処法は加熱調理や冷凍によりアニサキスを死滅させる事になる。

 ペーパーも一度病院に運ばれているので経験則として寄生虫への対処法を示したが――。


「もうアニッシュが国全体に告知している。生水は絶対に飲まず煮沸しゃふつする事を徹底させている。……それでも、山村で怨嗟魔王化する人間が増加しているんだ」


 ――怨嗟魔王に対して効果は上がっていない。

 対処方法が根本的に誤っているのだろう。やはり感染方法を調べる必要がある。遠く思えても、未来の被害を削減するためにはこのまま実験を続けるしかないのだ。

「……やっぱり俺、地球に戻るべきか」

 あせりから、ペーパー・バイヤーに切り出してみる。

 実は、確実に正解とは言えない方法なら一つだけ心当たりがある。ペーパーが持ってきたパソコン。その中の電子辞書を検索した結果、気になる一文があったのだ。


“住血吸虫。意味、動物、寄生虫の一種”


「もしかして、怨嗟魔王って地球では既に解明されているのか?」

「可能性は高いが、対魔王戦が始まった時にお前がいないと始まらない。後輩四人に月桂花、メルグスやリリームも戦力として欠かせない。地球に戻るとすれば俺が適任だが、俺一人でナキナに戻ってくるのは不可能だ」

「地球に帰るのは簡単だって、言っていなかったか?」

「戻るのは一瞬だが、異世界に戻ってきた時の出発地点は魔界の中だぞ。主様が拠点にしていたと思しき森の中。ナキナまでは二週間以上かかる」

 どうしてノーパソに幻想生物事典しかダウンロードしておらず、医療百科を入れていなかったとペーパーに小言を一つ。

 どうしても何も、とある馬鹿の救出を急いでいて忘れていた。そもそも何でも直す回復アイテムがあるのに医療本が必要になるとは思わなかった、とペーパーの回答。

「俺とメルグスたった二人で魔界を突っ切るのはスリルがあったな。車を用意したが、何度か詰みそうになって、リスポーン地点を変更したぐらいだ」

「無茶するべき時には無茶するよな、ペーパーって」

 レベル0で魔界を生き延びた人間というのは、異世界広しと言えど俺とペーパー・バイヤーぐらいだろう。

 ……この俺の思考、いささか以上に違和感があったので、ペーパー・バイヤーの二の腕を掴んでみる。ぶよぶよしていて引き締まっていない。工学系男子の運動不足な体だ。

「ペーパーは、まだレベル0なのか??」

「前に言った通りだが」

 いちおう、腕相撲を行って確かめる。ハンデで俺は小指のみであったが圧勝できた。ペーパー・バイヤーの『力』が1しかないのは間違いない。

「手を握ってきて気色悪い。いったいどうした?」

「……いや、気のせいにしておく」




 状況が悪い方向へと変化したのはその日の夜である。

 ついに、ナキナ王都で怨嗟魔王の感染者が現れたのだ。研究室に詰めている俺達の元へと深刻な表情をしたイバラが現れ、報告してきた。

「イバラ、誰が発症した!」

「感染者は、獣の種族の戦士だ」

「前に怨嗟魔王の大襲撃があった時に疑われた戦士か?!」

「いや、違う。怨嗟魔王に一切近づいてもいない戦士が、夕方になって意識不明で倒れたのだ」

 倒れた戦士の腹は膨らみ、目は赤く血走り始めている。怨嗟魔王の感染者の症状でほぼ確定だ。

 イバラは他に報告する所があるとドアを開け放ったまま去っていく。

 俺は実験を中止し、倒れた戦士がかつぎこまれた病室へと急いだ。





“――正体不明の怨嗟は、続く”

“――正体不明の怨嗟に、おびえる”

“――正体不明の怨嗟が、世界中で繁栄する”


 ナキナ王都外縁。城壁や出城がそびえる真っ暗な夜景の中、魔王を称える歌が聞こえる。


“――正体不明の怨嗟よ、喰い破れ”

“――正体不明の怨嗟と、共に広まろう”

“――怨嗟である。怨嗟である。怨嗟である! 我等にとっては滅ぼされた怨嗟である。お前達にとって当然のむくいであろう!”


 歌声はかなりの数だ。田舎の水田地帯でやかましく響くかえるの輪唱以上に歌われている。

 しかし、この歌は人類には決して聞こえない。声として発音されている訳ではないからだろう。種族内でのみ通じる共通感覚。どす黒い感情を持つ多数の生物が、城壁の傍、水が張られた堀の中で溜まっている。


“――正体不明の怨嗟の魔王! 我等が王よ!”

“――正体不明の怨嗟の魔王! 我等が王よ!”


 侵攻が続いたため、水堀は以前よりも広くなっていた。土木作業に従事していた獣の戦士達のがんばりにより、数日で完成してしまったらしい。


“――正体不明の怨嗟の魔王!! その計略で人間共に無限の怨嗟を!”


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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
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 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


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